学位論文要旨



No 111574
著者(漢字) 立花,敏
著者(英字)
著者(カナ) タチバナ,サトシ
標題(和) 日本の針葉樹材需給構造に関する計量経済学的研究
標題(洋)
報告番号 111574
報告番号 甲11574
学位授与日 1996.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1626号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 助教授 井上,真
 農林水産省森林総合研究所 海外協力室長 加藤,隆
 日本木材総合情報センター 需給情報課主幹 荒谷,明日児
内容要旨

 本論文の目的は、日本の針葉樹材需給構造を解明することであり、2段階に研究を構成した。第1段階では、針葉樹材需給構造を構成する立木市場(第1章)、国内挽き製材品生産(第2章)、米材輸出(第3章)の構造を分析した。第2段階では、それらの知見を踏まえて針葉樹材貿易モデルを構築し、その推定によって需給構造の総体を明らかにした(第4章)。

 第1章では、針葉樹所有者と素材生産業者とで構成される針葉樹立木市場を対象に、その構造モデルを推定して立木需給構造を明らかにした。さらに、その結果を利用して針葉樹立木市場の誘導形方程式を導出し、第4章での針葉樹材貿易モデルの構築へと繋げた。

 立木市場モデルをつぎのように定式化し、需給均衡条件をおいた。なお、各説明変数に付した符号は、説明変数と被説明変数との因果関係の方向を示す(以下、同様)。

 立木供給量=f(立木価格、針葉樹蓄積量、前期林業所得、トレンド)

 立木需要量=f(立木価格、丸太価格、伐出労賃単価、建築着工床面積)

 関数形:両対数線形、データ:1973〜93年の年次データ、推定方法:2段階最小2乗法(2SLS)

 推定はスギ、ヒノキ、マツとそれらの総数の4立木市場モデルについて行った。ほとんどの係数の推定値は期待通りの符号条件で有意となり、推定の当てはまりも良好であった。

 針葉樹所有者の立木供給行動を表す供給関数の推定では、定式化した変数の他に前期立本価格の係数も採用された。よって、彼らは長期的な見地から立木価格をみて供給を決定すると考えられる。供給の価格弾力性を樹種ごとに比べると、スギが弾力的であった。スギの蓄積量が増加し齢級構成が伐期に近づいていることを反映して、スギの立木価格が高まればスギ立木の供給はより増大するようになっていると判断される。また針葉樹立木の総供給では、不在村所有者の増加などを背景にすると思われる負のトレンドが確認された。

 素材生産業者の立木需要行動を表す立木需要関数の推定では、立木価格や丸太価格、伐出労賃単価の係数が定式化で期待した通りの符号で有意となった。一方で、建築着工床面積の振る舞いに4モデル間で差異が現れた。スギとヒノキでは、建築着工床面積が立木需要を増大させるという結果になったが、パルプ・チップ需要も多いマツが含まれた針葉樹立木の総数では、建築着工床面積は有意にならなかった。これは、針葉樹材を集計して扱うと、樹種ごとの質的な要因が捨象されてしまい、重要な要因(説明変数)が見落とされる可能性を示唆している。また、1991年以降の政策要因をダミー変数でみてみると、政策効果はスギの需要のみで認められた。

 上述のデータと関数形から立木市場の誘導形方程式を導き、最小2乗法(OLS)で推定した。その結果、立木総需給量では説明変数に丸太価格、針葉樹蓄積量、前期林業所得トレンドが、立木価格では丸太価格、前期立木価格、針葉樹蓄積量が有意となった。

 第2章では、製材品生産構造を製材品生産関数の計測によって明らかにした。それをもとに、製材工場の丸太需要行動と製材品供給行動とを知る手がかりが得られた。

 生産要素間の代替性は製材用動力と製材工場従業者とで強く、両者と丸太との代替性は極めて小さいと判断される。よって、生産関数には2段階生産関数(荏開津モデル)を採用し、生産関数を次式に特定した。なお、関数gはコブ・ダグラス型に特定し、関数hは弾力性を一定と仮定した。

 製材品生産量=min[g(工場数、動力出力数/工場、従業者数/工場)、h(丸太投入量)]

 データ:都道府県単位のクロスセクションデータ、推定方法:OLS

 製材品生産全般では、製材品生産に占める労働用役の比重の重いことが判明した。1製材工場当たりの生産には規模の経済性があり、また製材工場数でみると製材業には産業としての規模の経済性があることも分かった。したがって製材業全般で捉えると、製材工場の大型化と製材業の規模拡大とを並行して推進することが、とるべき方向性といえる。

 さらに詳しくみると、国産材製材品生産にも外材製材品生産にも、規模の経済性が認められた。だがその内容には、国産材製材品生産は労働集約的で、外材製材品生産は資本集約的である、という相違点が明らかになった。視点を変えると、製材用動力出力数の増大に代表される製材工場の大型化は、まだ国産材製材品生産の増加へは結びついていないということになる。また、生産された製材品の価値に占める労働用役の割合が高まっていると判断された。したがって、国産材製材品生産において資本集約度からみた規模拡大の経済性を導く政策が望まれる。

 関数hの推定では、総素材入荷量と総製材品生産量との関係は一次同次であることが判明した。国産材と外材とに分けてみると、国産材では素材入荷量が多いほど加工の歩留まりが良く、外材では素材入荷量が変わっても歩留まりは変化しないことが明らかになった。

 さらに、製材工場の生産活動について以下の特徴が分かった。国産材製材品生産では、製材工場数や1製材工場当たりの従業員者数、国産材素材入荷量が重要な働きをし、外材製材品生産には、1製材工場当たりの動力出力数が大きな貢献をするということである。

 第3章では、米国北西海岸地域の木材輸出構造を、丸太収穫量などに注目して分析した。

 日本向け輸出関数を次式に定式化した。同地域の公有林丸太輸出は制限ないし禁止されてきたため、公有・私有別に丸太生産量をとり、両者の木材輸出への振る舞いも比較した。

 丸太輸出=f(輸出丸太価格、米国製材品価格、公有林丸太生産、私有林丸太生産、トレンド)

 製材品輸出=f(輸出製材品価格、米国製材品価格、公有林丸太生産、私有林丸太生産、トレンド)

 関数形:両対数線形、データ:1980〜93年の年次データ、推定方法:OLS

 日本向け丸太輸出では、各係数は期待した通りの符号で有意に推定された。日本向け輸出価格と米国内の製材品価格の係数値は1に近く、日本向け輸出が価格に弾力的であるという結果が得られた。丸太生産については、私有林丸太生産量の係数が大きく推定され、輪出供給に対してその寄与度の高いことが判明した。また、トレンドの係数は負となった。これは、同地域の木材輸出構造は丸太中心から製材品主体へと転換されてきたが、それを説明すると考えられる。なお、米国内丸太価格の継続したデータはなく利用できなかった。

 日本向け製材品輸出では、価格や丸太生産量の係数の値は丸太輸出の結果と同様に推定された。トレンドの係数は正に推定されたが、丸太輪出とは反対の符号となり妥当である。

 第4章では、以上の分析を基礎として針葉樹材貿易の構造モデルを定式化した。それぞれの需要と供給は均衡するから、本モデルは18本の方程式からなる同時決定モデルである。

 (1)国産丸太供給=f(国産丸太価格、針葉樹蓄積量、前期林業所得、伐出賃金単価、トレンド)

 (2)国産丸太需要=f(国産丸太価格、国産材製材品価格、工場数、従業員数/工場、動力出力数/工場、木造建築着工床面積、非木造建築着工床面積、ダミー)

 (3)米産丸太供給=f(米産輸出丸太価格、米国内住宅着工数、米国丸太生産量、トレンド)

 (4)米産丸太需要=f(米産丸太価格、国内挽米材製材品価格、工場数、従業員数/工場、動力出力数/工場、木造建築着工床面積、非木造建築着工床面積、ダミー)

 (5)国産材製材品供給=f(国産材製材品価格、国産丸太価格、工場数、従業員数/工場、動力出力数/工場、ダミー)

 (6)国産材製材品需要=f(国産材製材品価格、他の製材品価格、建築業賃金単価木造建築着工床面積、非木造建築着工床面積)

 (7)国内挽外材製材品供給=f(国内挽米材製材品価格、米産丸太価格、工場数、従業員数/工場動力出力数/工場、ダミー)

 (8)国内挽外材製材品需要=f(国内挽米材製材品価格、他の製材品価格、建築業賃金単価木造建築着工床面積、非木造建築着工床面積、ダミー)

 (9)米産製材品供給=f(米産製材品輸出価格、米国内住宅着工戸数、丸太生産量、トレンド)

 (10)米産製材品需要=f(米産製材品価格、他の製材品価格、建築業賃金単価、木造建築着工床面積、非木造建築着工床面積)

 関数形:両対数線形、データ:1975〜93年の年次データ、推定方法:2SLS

 定式化した変数のうち、符号条件を満たして有意となったものに下線を付した。推定の当てはまりは、概ね良好であった。ダミー変数は1991年以降を1とし、以前を0とした。

 (1)式の結果から針葉樹蓄積量が増大すると国産針葉樹丸太供給量も増加すること、(3)式から米国の丸太生産量が減ると日本向け丸太輸出量も減少することが分かった。近年の動向を反映したものと理解される。

 製材工場に係わる変数については、丸太需要構造を説明する(2)式と(4)式では工場数のみが有意となった。また、製材品供給構造を表す(5)式では工場数のみが採用されたのに対し、(7)式では定式化した全ての変数が有意となった。よって、国産材製材品生産へは工場数が影響するが、国内挽き外材製材生産へは他の生産要素も寄与するということができる。

 また(6)式、(8)式、(10)式の結果から、国産材製材品と国内挽き外材製材品の需要構造は似ているが、米産製材品はそれらと異なることが判明した。特に、国内挽き製材品需要へは建築全般が寄与するのに対し、米産製材品のそれには非木造建築が影響するといえる。

 世界的に森林資源の保続的利用を実現させるには、わが国においては国産材生産を増やし、国産材時代を現実にすることが求められる。本論文の成果から明らかになったように、それにはハード面として、特に国産丸太挽き製材工場の規模拡大を推進する必要があると考える。また、広葉樹材需給構造の解明も必要と思われるが、それは今後の課題としたい。

審査要旨

 針葉樹丸太・製材品輸入の大半を北米に依存する日本では、環境保護運動の高まりを背景とした北米の丸太輸出規制や国内針葉樹人工林の成長・成熟によって、針葉樹材需給構造が変化しつつある。その変化の方向として製材品輸入の増加が表れているが、一方で、針葉樹人工林材が木材需給の中心となる「国産材時代」の実現が期待されている。その実現に向けては需給構造の解明が必須となるが、その方法の一つに計量経済モデルの構築および推計がある。

 日本の木材需給を対象とした既存の計量経済モデルでは、針葉樹材と広葉樹材を分けたものは少なく、針葉樹材については丸太と製材品を個別にモデル化するに留まっている。すなわち、既存の研究において針葉樹材需給の総体に関するモデル構築は行われていない。

 本論文は、このような背景と認識のもとで、日本の針葉樹材需給モデルの構築および針葉樹材需給構造の解明を課題としている。

 序章では、上述のような課題設定と先行研究のレビューが行われている。

 第I章では、国内の針葉樹立木需給モデルを構築し、その推計結果をもとに樹種別の立木需給構造が明らかにされている。特に、針葉樹林所有者の立木供給行動において今期立木価格と前期立木価格が影響を与えること、スギとヒノキとマツの立木供給を比べるとスギ供給が立木価格に弾力的であること、建築着工がスギとヒノキの立木需要には寄与するがマツの需要には影響しないこと、が示されている。さらに、第IV章のモデル構築に向けて立木市場の誘導形方程式を導出しているが、立木需給量は丸太価格と前期針葉樹蓄積量と前期林業所得、立木価格は前期立木価格と丸太価格と前期針葉樹蓄積量によって説明されている。

 第II章では、都道府県単位のクロスセクションデータを用いて荏開津型の製材品生産関数を計測し、基本的生産要素と原材料の2側面から製材品の生産関係を解明している。前者の基本的生産要素に関しては、国産材製材品生産が労働集約的なのに対して外材製材品生産は資本集約的であること、製材品生産全体では製材品生産に占める労働用役の比重の重いこと、が示されている。後者の素材と製材品の関係では、外材製材品生産には前期入荷素材の2割と今期入荷素材の8割程が、国産材製材品生産には前期入荷素材の1割と今期入荷素材の9割程度が使われていること、国産材も外材も素材の質に低下が推測されること、が示されている。

 第III章では、日本の主要な針葉樹丸太輸入先である米国北西海岸地域を対象として、木材輸出モデルの構築・計測を行い、丸太および製材品の輸出構造が明らかにされている。ここでは、特に日本向け木材輸出に対する私有・公有別の丸太生産量の振る舞いに注目して、北米の環境保護運動の影響も分析されている。推計結果から、日本向け木材輸出は日本向け木材輸出価格と米国内の製材品価格に弾力的であること、日本向け木材輸出に対する私有林丸太生産量の寄与が大きいこと、北西海岸地域の木材輸出構造が丸太中心から製材品主体へと転換していること、が示されている。

 第IV章では、以上の解析に基づいて、針葉樹丸太市場と製材品市場を製材工場の生産関数によって連結した針葉樹材需給モデルを構築している。それにより、既存の研究では集計して扱っていた国内挽き製材品および外材製材品を、国産材製材品と国内挽き外材製材品と輸入製材品に分けてモデル化することが可能となり、その意味で初めて針葉樹材需給構造の総体の解明が行われたといえる。また、第II章でみたように製材品生産における基本的生産要素と原材料に補完性があることを利用し、製材品供給行動を基本的生産要素を用いた定式と原材料である素材消費量を用いた定式の、どちらを用いた場合もほぼ等しいモデルが得られることを明らかにしている。

 針葉樹材需給構造については、丸太需要行動は丸太価格や製材品価格の影響を受けること、製材品需要行動は建築着工量によって決まり製材品価格の影響は少ないこと、輸入製材品需要には国内総生産の寄与もあること、等の知見が得られている。

 本論文は、以上要するにミクロ経済学・計量経済学等を用いて、針葉樹材需給構造の総体を初めて解明したものであり、学術上あるいは応用上の貢献は多大である。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文に十分に値するものと判断した。

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