内容要旨 | | 三階教とは,南北朝末期から隋代に活動した仏教者信行(540-594)によって始められた仏教の一宗派である.本論文は,三階教の近代的研究の出発点といえる矢吹慶輝『三階教之研究』(1927年)の成果と問題点を整理し,その後の三階教研究の諸成果も取り入れつつ,三階教とは何かという問題を改めて問い直そうとするものである.矢吹の研究の問題点は,個々の文献の性格や文献相互の関係について緻密に検討されていないこと,信行の著作とそれ以降の著作を区別しないで三階教思想を論じていること,テキストの翻刻,校訂,読みに厳密さを欠くことなどである.これらの問題点を踏まえて,本論文の課題として次の5点を設定した. (1)『敦煌宝蔵』所収の敦煌写本の中から新たな三階教写本を捜集する.矢吹が発見しながら番号が不明のためアクセスできない三階教写本について番号を特定する. (2)新出写本も含めて,現存する三階教写本の文献的性格の再検討を行なう. (3)開祖信行の著作を中心とした三階教思想の解明をおこなう.中でも,最晩年の著作と推定される『対根起行法』の思想について深く検討する. (4)新出資料P2849に基づいて,三階教教団の修行生活の特徴について解明する. (5)三階教の主要文献の一つである『対根起行法』について,新たにその一部であることが特定されたS5841も含めてテキスト校訂を行なう.同時に現代語訳と註釈を作成する. 以上の課題に基づいて論述された本論文は,第1部「資料の考察」,第2部「思想の研究」,第3部「『対根起行法』テキスト研究」の3部からなる. 第1部「資料の考察」は課題の(1)と(2)の達成を目標とした.序節では矢吹の発見した断片の中で番号不明の6点の写本番号を特定し,さらに新たな三階教写本として6点の写本,8文献の紹介を行った.第1節から第11節は,文献的性格の再検討が必要と思われる写本を一つ一つ取り上げて,その内容,成立,写本の特徴などについて考察した. 第2部「思想の研究」は課題の(3)と(4)の達成を目標とした.信行の主要な著作における「階」の語の用法を検討し,三階教の基本的思想構造が,一乗,三乗,空見有見の衆生という三階の根機に対して第一階,第二階,第三階の仏法を説くという点にあることを明らかにした.三階教のねらいは第三階の空見有見の衆生に対して第三階の仏法を説くことにあった.したがって,第三階の空見有見の衆生とは何かという問題と,第三階の仏法の中心である「普敬」と「認悪」の思想について,教証を引きつつ詳しく解明した.また,P2849の第一文献『制法』が三階教の教団規律であることを証明し,それに基づいて三階教の思想が実践的に具体化される過程を考察した. 第3部「『対根起行法』テキスト研究」は課題の(5)に対応する.思想研究の前提となるテキスト校訂,現代語訳と註釈の作業を信行の主要な著作である『対根起行法』に関して行った.『対根起行法』のテキスト校訂では,矢吹が用いたS2446,龍大写本,および智儼『五十要問答』における引用箇所に加えて,S832とS5841の二つの写本も校合した. 「〈付1〉三階教写本資料」は,今回あらたに捜出した写本を中心に複写資料を掲載した. |