学位論文要旨



No 111577
著者(漢字) 郭,清蓮
著者(英字)
著者(カナ) カク,セイレン
標題(和) にじみイメージのダイナミックモデリングと水墨画への応用
標題(洋) Dynamic Modeling of "Nijimi" Diffusion and its Application to Black ink Painting
報告番号 111577
報告番号 甲11577
学位授与日 1996.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第2987号
研究科 理学系研究科
専攻 情報科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳,義夫
 東京大学 教授 平木,敬
 東京大学 助教授 金田,康正
 東京大学 教授 高木,利久
 東京大学 助教授 今井,浩
内容要旨

 現在のデジタル描画システムは、伝統的な図形と画像を生成する概念に変革をもたらすものである。以前は、三次元レンダリングアルゴリズムに基づく立体的、動画的な画像を生成するためのシステムが主流であったが、近年、入力した画像を編集したり、写真をre-touchしてアートpaintingを生成したり、三次元画像を平面のイラストに変換するような、ノーフォートリアリスティックな描画システムが特に注目されている.現在ではユーザーたちが、これらのシステムが提供する限りない色彩、豊冨な編集機能、複雑な数学曲線、および伝統的なアートの質感をシミュレートするさまざまな描画ツールとテクスチュアーを利用して、変化の豊かなアートワークを簡単に生成することができるようになっている。その結果、描画する道具を用意したり、絵の具で汚れたりすることもなく、コンピュータのインターフェースを用いて、紙かキャンパスの上で描くと同じように自由自在に描画することができるようになっった。

 本論文は、水墨画と毛筆書道文字を生成するための対話的描画システム(LMS)、およびこのシステムの中心となる描画アルゴリズムについて述べる。(水墨画と書道は筆と墨を使って絵あるいは文字を描く芸術で、文化的な背景と伝統的な手法及び使う道具などの面において同じ特徴があるので、この論文では、統一して水墨画という言葉で表現する)。水墨画はアジア地域において最も重要かつ基本的な絵画芸術であり、水墨画は物体の輪郭と特徴点に重点をおき、かつ、構図が非常に簡潔であるという特徴を持っている。その代表的な表現技法として、墨の色、にじみ、かすれなどの繊細かつダイナミックな効果を持つストロークが挙げられる。

 既存の描画システムにおいては、ストローク、筆、絵の具の性質、キャンパスおよび紙の質感、さらに毛筆文字などを表現する機能がすでに提供されている。AdobePhotoshopとFractalDesign’sPainterはこの代表的な例である。このようなシステムの描画アルゴリズムは水彩画、クレヨン、油絵などの効果をリアルに合成することができるが、水墨画を生成する場合に、他の絵画スタイルを生成するためのグレースケールモードを用いるため、リアルな結果が得られない。水彩画における絵の具が紙の表面に流動するような効果では、

 にじみの微妙な色変化とテクスチュアーを正確に表現することができない。また、油絵のゴッホタッチの効果が、かすれとかなり異なることは事実である。ストロークのの集合と色彩でオブジェクトを描く他の絵画スタイルに対して、水墨画は一つ一つのストロークに微妙な変化を持たせ強調している。水墨画のストロークを描画するに際して、紙、筆および墨の物理的な特徴を利用して、にじみ、かすれのようなはっきりとしたテクスチュアーで質感を出すことと、運筆における筆の状態(含まれた墨の量と墨色の分布)の時間的な変化を表現することが必要かつ重要である。

 毛筆ストロークを合成する方法に関する問題は、多数の研究者によって試みられてきた。例えば、ストロークの簡単なかすれが生成できるMacShudoシステム、ストロークの幅を自由に連続に変化させることができる多次元制御入力装置や、筆モデルに基づいたストロークの濃淡の変化をシミュレートする機能と、効果的なかすれレンダリングを行なうStrassmannの描画モデルなどが挙げられる。しかし、実際の墨絵と比べてみると、従来の方法で生成したストロークはまだ単純で、不自然であることが認識される。その原因としては紙、(特に画紙)がストロークのレンダリングに与える物理的な影響を考慮していないことが考えられる。それは、からである。紙が墨絵の性質を決める最も重要な物理的要素であるからである。一般的に、画家たちは吸収性のある紙を使用し、この性質を利用して、墨をストロークから拡散させ、これによって微妙なにじみを自然に出すことによりイメージを具現するなのである。吸収性のある紙が一般的に使われており、画家たちはこの吸収性を利用してインクをストロークから拡散させる。これによって、自然に微妙ににじんでいるイメージを作る.

 従来のシステムの欠点を克服するために、我々はにじみ拡散の物理的メカニズムに基づいたにじみレンダリングモデルを開発した。また、従来のかすれ描画モデルを拡張し、描画用インターフェースを加えて、墨絵描画システムを構築した。このシステムは主に5つの部分から構成される:(1)インターアクチブな描画操作をサポートするインターフェース;(2)紙の繊維構造をシミュレートするモデル;(3)ストローク内部を描画し、かすれの効果を生成するモデル;(4)ストロークの外部を描画し、にじみの効果を生成するモデル;(5)ストロークにおけるかすれを定義、制御するモデル。

 紙の吸収性によるにじみは連続な媒質中の拡散と違い、ランダムに分部する繊維の間に形成された毛細管の網に液体の墨がの流れることによって生じる現象である。一般的な非均一な濃度の分布による拡散現象と違って、にじみのイメージは局部的なランダム性を持っている。にじみイメージにおける微妙な濃淡とテクスチユアーは紙の繊維の密度、長さ、形状、分布の特徴などに左右されている。従って、我々は拡大写真を用いて紙の繊維構造を分析し、その構造をシミュレートするモデルを提案する。この方法の特徴としては、繊維を表わす線分を2次元の領域に一定の制約に従ってランドムに分布することである。この方法で、実際の紙と限りなく近い繊維構造を持つ繊維の網を、データとして描画するモデルに提供することができる。また、線分の形状、長さ、分布の密度などのパラメータを調節することによって、様々な構造をもつ繊維の網を生成することが可能である。

 この研究の最も優れた部分は、にじみ効果を描画するモデルである。これは実際の現象を簡略化したものである。Tree構造を持つ墨トランスポーテーショーンモデルを用いて、墨が、紙の繊維の網を流動する過程をシミュレートした。拡散frontの方法を用いて、各時間において流動する墨によって占められた紙のピクセルをきめる。そして、墨に占められた各ピクセルにおける濃淡を、そのピクセルで吸収された墨の量と濃さから計算する。繊維の網の構造がランダム性を持つため、各ピクセルに吸収できる液体墨の量が微妙に異なる。この吸収量とそのピクセルにおける繊維の密度の関係を、表面張力についての考査をもとに、統計的に計算するモデルを構築した。拡散過程において、墨の粒子が繊維の表面に吸着することによって、墨の濃度に変化が生じる。この変化を、一本の半径が一定で、かつ真直の毛細管における墨の流れのケースに基づいてモデル化した。

 我々のにじみ描画モデルはいくつかの優れた特徴を持っている。まず、このモデルを利用して、コンピュータで生成した結果は例のない自然かつリアルなにじみストロークを生成することができる。また、このモデルは様々な紙において、広く変化するにじみイメージを表現できる。紙、墨、筆、およびストロークの形に関連するいろいろなパラメータに従って、にじみの結果を変化させることができるようになっている。さらに、このモデルは既存のすべてのストロークモデルとアウトラインフォントに簡単に統合することができ、いろいろな描画システムに応用できる。また、紙の繊維構造モデルが基礎的なベースとして、ほかの描画効果をシミュレートするモデルをより完成した形にすることができる。

 にじみ描画モデルのほかに、我々は既存のStrassmannのストローク描画モデルに対して改良と拡張を行なった。ポリゴンレンダリングアルゴリズムを改良することによって、ストロークの、描画に必要とする計算時間を減少した。また、かすれ効果を物理的な諸要素から分離し、単にストロークにおけるテクステユアーとしての考査に基づいて、Strassmannの描画モデルと統合できるかすれ定義、制御するモデルを提案した。さらに、かすれ描画する際に、紙の表面の凸凹による微妙な濃さの変化も加えた。ユーザーはインターフェースのメニューを利用して、7つのパラメータを設定することによって、ストロークにおける、かすれの形の位置を制御できるようにした。このような拡張によって、よりリアルなかすれ効果を生成することができ、実際に筆を使って書くことより、簡単に思い通りのかすれを生成することを可能にした。

 本論文は6つの章から構成される。

 第一章は、この研究の重要性と目的について述べ、従来のシステムと関連研究に対して分析を行なった。また、我々のシステムの全体構成と優れた特徴について述べた。

 第二章は、ストローク内部の描画およびかすれ効果の定義、制御、生成方法について紹介した。

 第三章では、紙の繊維構造のモデルについて詳しく説明した。

 第四章は、にじみ描画モデルについて述べた。

 第五章は、インターフェースの構成、機能、使い方などについて紹介した。

 第六章は、この研究の特徴をまとめ、将来の課題と可能な応用領域について述べた。

審査要旨

 本論文は6つの章から構成される。第一章は、この研究の重要性と目的について述べ、従来のシステムと関連研究に対して分析を行なった。また、本論文で示されるシステムの全体構成と優れた特徴について述べた。第二章は、ストローク内部の描画およびかすれ効果の定義、制御、生成方法について紹介した。第三章では、紙の繊維構造のモデルについて詳しく説明した。第四章は、にじみ描画モデルについて述べた。第五章は、インターフェースの構成、機能、使い方などについて紹介した。第六章は、この研究の特徴をまとめ、将来の課題と可能な応用領域について述べた。

 現在のデジタル描画システムは、伝統的な図形と画像を生成する概念に変革をもたらすものである。以前は、三次元レンダリングアルゴリズムに基づく立体的、動画的な画像を生成するためのシステムが主流であったが、近年、入力した画像を編集したり、写真をretouchしてアートpaintingを生成したり、三次元画像を平面のイラストに変換するような、ノーフォトリアリスティックな描画システムが特に注目されている.現在ではユーザたちが、これらのシステムが提供する限りない色彩、豊冨な編集機能、複雑な数学曲線、および伝統的なアートの質感をシミュレートするさまざまな描画ツールとテクスチュアを利用して、変化の豊かなアートワークを簡単に生成することができるようになっている。その結果、描画する道具を用意したり、絵の具で汚れたりすることもなく、コンピュータのインターフェースを用いて、紙かキャンパスの上で描くと同じように自由自在に描画することができるようになっった。

 本論文は、水墨画と毛筆書道文字を生成するための対話的描画システム(LMS)、およびこのシステムの中心となる描画アルゴリズムについて述べている。(水墨画と書道は筆と墨を使って絵あるいは文字を描く芸術で、文化的な背景と伝統的な手法及び使う道具などの面において同じ特徴があるので、この論文では、統一して水墨画という言葉で表現する)。水墨画はアジア地域において最も重要かつ基本的な絵画芸術であり、水墨画は物体の輪郭と特徴点に重点をおき、かつ、構図が非常に簡潔であるという特徴を持っている。その代表的な表現技法として、墨の色、にじみ、かすれなどの繊細かつダイナミックな効果を持つストロークが挙げられる。

 既存の描画システムにおいては、ストローク、筆、絵の具の性質、キャンパスおよび紙の質感、さらに毛筆文字などを表現する機能がすでに提供されている。Adobe PhotoshopとFractal Design’s Painterはこの代表的な例である。このようなシステムの描画アルゴリズムは水彩画、クレヨン、油絵などの効果をリアルに合成することができるが、水墨画を生成する場合に、他の絵画スタイルを生成するためのグレースケールモードを用いるため、リアルな結果が得られない。水彩画における絵の具が紙の表面に流動するような効果では、にじみの微妙な色変化とテクスチュアを正確に表現することができない。また、油絵のゴッホタッチの効果が、かすれとかなり異なることは事実である。ストロークのの集合と色彩でオブジェクトを描く他の絵画スタイルに対して、水墨画は一つ一つのストロークに微妙な変化を持たせ強調している。水墨画のストロークを描画するに際して、紙、筆および墨の物理的な特徴を利用して、にじみ、かすれのようなはっきりとしたテクスチュアーで質感を出すことと、運筆における筆の状態(含まれた墨の量と墨色の分布)の時間的な変化を表現することが必要かつ重要である。

 毛筆ストロークを合成する方法に関する問題は、多数の研究者によって試みられてきた。例えば、ストロークの簡単なかすれが生成できるMacShudoシステム、ストロークの幅を自由に連続に変化させることができる多次元制御入力装置や、筆モデルに基づいたストロークの濃淡の変化をシミュレートする機能と、効果的なかすれレンダリングを行なうStrassmannの描画モデルなどが挙げられる。しかし、実際の墨絵と比べてみると、従来の方法で生成したストロークはまだ単純で、不自然であることが認識される。その原因としては紙、(特に画紙)がストロークのレンダリングに与える物理的な影響を考慮していないことが考えられる。それは、からである。紙が墨絵の性質を決める最も重要な物理的要素であるからである。一般的に、画家たちは吸収性のある紙を使用し、この性質を利用して、墨をストロークから拡散させ、これによって微妙なにじみを自然に出すことによりイメージを具現するなのである。吸収性のある紙が一般的に使われており、画家たちはこの吸収性を利用してインクをストロークから拡散させる。これによって、自然に微妙ににじんでいるイメージを作る.

 従来のシステムの欠点を克服するために、提出者はにじみ拡散の物理的メカニズムに基づいたにじみレンダリングモデルを開発した。また、従来のかすれ描画モデルを拡張し、描画用インターフェースを加えて、墨絵描画システムを構築した。このシステムは主に5つの部分から構成される:(1)インタラクティブな描画操作をサポートするインターフェース;(2)紙の繊維構造をシミュレートするモデル;(3)ストローク内部を描画し、かすれの効果を生成するモデル;(4)ストロークの外部を描画し、にじみの効果を生成するモデル;(5)ストロークにおけるかすれを定義、制御するモデル。紙の吸収性によるにじみは連続な媒質中の拡散と違い、ランダムに分部する繊維の間に形成された毛細管の網に液体の墨がの流れることによって生じる現象である。一般的な非均一な濃度の分布による拡散現象と違って、にじみのイメージは局部的なランダム性を持っている。にじみイメージにおける微妙な濃淡とテクスチユアは紙の繊維の密度、長さ、形状、分布の特徴などに左右されている。従って、提出者は拡大写真を用いて紙の繊維構造を分析し、その構造をシミュレートするモデルを提案した。この方法の特徴としては、繊維を表わす線分を2次元の領域に一定の制約に従ってランダムに分布することである。この方法で、実際の紙と限りなく近い繊維構造を持つ繊維の網を、データとして描画するモデルに提供することができる。また、線分の形状、長さ、分布の密度などのパラメータを調節することによって、様々な構造をもつ繊維の網を生成することが可能である。

 この研究の最も優れた部分は、にじみ効果を描画するモデルである。これは実際の現象を簡略化したものである。Tree構造を持つ墨トランスポーテーションモデルを用いて、墨が、紙の繊維の網を流動する過程をシミュレートした。拡散frontの方法を用いて、各時間において流動する墨によって占められた紙のピクセルをきめる。そして、墨に占められた各ピクセルにおける濃淡を、そのピクセルで吸収された墨の量と濃さから計算する。繊維の網の構造がランダム性を持つため、各ピクセルに吸収できる液体墨の量が微妙に異なる。この吸収量とそのピクセルにおける繊維の密度の関係を、表面張力についての考査をもとに、統計的に計算するモデルを構築した。拡散過程において、墨の粒子が繊維の表面に吸着することによって、墨の濃度に変化が生じる。この変化を、一本の半径が一定で、かつ真直の毛細管における墨の流れのケースに基づいてモデル化した。

 提出者のにじみ描画モデルはいくつかの優れた特徴を持っている。まず、このモデルを利用して、コンピュータで生成した結果は例のない自然かつリアルなにじみストロークを生成することができる。また、このモデルは様々な紙において、広く変化するにじみイメージを表現できる。紙、墨、筆、およびストロークの形に関連するいろいろなパラメータに従って、にじみの結果を変化させることができるようになっている。さらに、このモデルは既存のすべてのストロークモデルとアウトラインフォントに簡単に統合することができ、いろいろな描画システムに応用できる。また、紙の繊維構造モデルが基礎的なベースとして、ほかの描画効果をシミュレートするモデルをより完成した形にすることができる。

 にじみ描画モデルのほかに、提出者は既存のStrassmannのストローク描画モデルに対して改良と拡張を行なった。ポリゴンレンダリングアルゴリズムを改良することによって、ストロークの、描画に必要とする計算時間を減少した。また、かすれ効果を物理的な諸要素から分離し、単にストロークにおけるテクステユアとしての考査に基づいて、Strassmannの描画モデルと統合できるかすれ定義、制御するモデルを提案した。さらに、かすれ描画する際に、紙の表面の凸凹による微妙な濃さの変化も加えた。ユーザはインターフェースのメニューを利用して、7つのパラメータを設定することによって、ストロークにおける、かすれの形の位置を制御できるようにした。このような拡張によって、よりリアルなかすれ効果を生成することができ、実際に筆を使って書くことより、簡単に思い通りのかすれを生成することを可能にした。

 なお、第4章は、國井利泰との共同研究であるが、論文提出者が主体となって設計、実装、分析を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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