栄養繁殖により親個体と遺伝的にまったく同じ子孫を作る植物を"クローナル植物"と呼ぶ。温帯で森林以外の場所を占める植物の約70%はクローナル植物であり(van Groenendael&de Kroon 1990)、緯度や高度の高い地域や水界、林床、撹乱の頻度の高い場所では特にその割合が高い(Cook 1983)。クローナル植物において、独立して成育可能な単位をラメット(ramet)、さらに同じ遺伝子を持つすべてのラメットをまとめてジェネット(genet)と呼ぶ(Harper 1977)。これらのラメット同士は物理的にだけではなく生理的にも接続しており、ラメット間で光合成産物や水などを輸送して(physiological integration)相互扶助的な挙動を示す場合がある。また、生育環境に応じてジェネットの形態が可塑的に変化する(e.g.Hutchings&Slade 1988)。このような特有の挙動を示し、さらに厳しい成育環境でも成功しているクローナル植物は生態学的に興味深い対象である。しかしながら、ジェネット全体について研究することは困難であることから、その研究例は少ない。なぜなら、一般にクローナル植物のジェネットは寿命が長く、サイズも大きく、そして多くの場合ラメットは地下で接続し、しかも複数のジェネットが同じ生育場所に混在していることが多いからである。 イタドリ(Reynoutria japonica Houtt.)は東北以南の日本各地で、低地から山地の明るい場所によく見られるクローナル植物で、火山噴火の跡地にまず最初に出現する先駆植物としても知られている(e.g.Ohba 1975)。富士山南東斜面の標高1500m付近には1707年の噴火で火山荒原が形成された。この荒原はまだ遷移の初期の段階にあり、イタドリが優占して大きな円形群落(パッチ)を形成している。多数の地上茎(ラメットに相当)により成立するこれらのパッチは、それぞれが一つの種子から発芽した実生由来のクローン群落、すなわちジェネットである。ここではこれらのパッチは散在しているので、ジェネットの識別は容易である。これらのジェネットでは、パッチが発達するにしたがい中心部で出芽する地上茎が減少するドーナッツ化現象が観察されている。ドーナッツ化したパッチ中心部には、裸地に直接定着することができない種が侵入し、局地的に遷移が進行している。したがってイタドリのパッチの発達とそれに伴うドーナッツ化現象は、富士山の火山荒原の遷移機構としても重要である。本研究では、植物の成育には厳しい環境である火山荒原におけるイタドリの資源獲得過程について、個々のラメットだけではなく、ジェネット全体の挙動を考慮して研究を行った。 地下茎の成長のシミュレーションモデルを用いた修士論文の研究により、ドーナッツ化現象は他種との、あるいは種内での競争によってではなく、イタドリの地下茎の成長様式によってもたらされ、特に地下茎の分枝角度が40度前後であることが重要であることが示唆された。本研究ではこれをさらに拡張して、分枝パタンの確率的な変動を考慮したモデルを開発し、地下茎の長さ、分枝角度、分枝本数、分枝位置の各形態パラメータの与える影響を定量的に解析した。その結果、分枝角度が最も重要であること、分枝角度の分散も平均角度と同様に影響すること、平均分枝角度が50度のときに地上茎がもっとも均一に分布すること、分枝角度が50度未満のときに限ってドーナッツ化が再現されることが明らかになった。現実のイタドリの地下茎の分枝角度は平均40.4度(角分散±7.5度)であり、現実の確率変動を考慮したモデルによりドーナッツ化は再現された。また、分枝角度を変化させるだけでパッチの大きさと地上茎の空間分布パターンを変化させることができることがわかったが、地下茎の長さを変化させる場合と異なって特別な物質的コストがかかならいことは注目に値する(後述)。 光は植物の成長にとってもっとも重要な資源の一つである。イタドリは一般に明るい立地でのみ成育することから、この種にとっては豊富な光資源の確保は特に重要であると予想される。イタドリ地上茎の成長が光条件によってどのように変化するかを調べるために、同一のパッチ内で被陰格子を用いて相対光強度が25%,50%,100%と異なる3つの実験区を設け、成長を追跡した。その結果、弱光条件下では光合成能力そのものが低下して生産量が著しく減少すると同時に、繁殖器官への分配も低下し、枯死する地上茎が増えた。しかし、すべての地上茎の成長が同様に低下したわけではなく、一部の地上茎は弱光でも良い成長を示した。その結果、100%光では地上茎が背ぞろいしていたのに対して、被陰処理によりサイズ分布は不均一になった。このことは地上茎同士の共倒れを防ぐ調節機構の存在を示唆するが、従来クローナル植物について言われてきた地上茎のサイズの均一化は、100%光のときにのみ見られるものである可能性が高い。 このように被陰を避けることは、高い生産を保ち、また安定な群落を維持するために不可欠であると考えられるので、次に受光効率という観点からイタドリ群落の構造を検討した。直径3m程度のドーナッツ化したパッチにおいて、生産構造と光の垂直分布を調べたところ、パッチ周辺部ではキャノピー(葉冠)上部から地上茎の基部まで葉があり、これらの葉が受ける平均相対光強度は54%であったのに対し、内部では葉層はキャノピー上部に集中し、平均光強度は14%と弱かった。一方、ドーナッツ化したパッチ中心部では葉層は地表近くまであり、平均光強度は48%で、パッチ周辺部と似た構造となっていた。すなわち、ドーナッツ化によりパッチ中心部の地上茎も周辺部と同様に明るい光環境のもとで成長している考えられる。これを、ドーナッツ化によるエッヂ効果と呼ぶ。 ジェネット全体の生産性を上げるためには、相互被陰を避けて群落を拡大することが有効であることはもちろんだが、これを地下茎の伸長によって実現するには物質的コストがかかる。本研究の結果、分枝角度の調節という物質的なコストを伴わない方法によって、受光効率の良いエッヂ部分が拡大し、ジェネットの受光量が増加し得ることが明らかになった。 窒素は植物にとってもっとも重要な栄養であり、土壌中の窒素含量が極端に少ない富士山の火山荒原では、このことが植物の侵入と定着を制限していると考えられる。しかしイタドリのパッチの中心部にはリター由来の窒素が蓄積し、土壌中の窒素含量はパッチ中心部ほど高い。一方、イタドリの葉内窒素含量は、パッチ周辺部の地上茎でむしろ高かった。しかし、周辺部の地上茎に含まれる窒素は雨水、あるいは土壌中の有機窒素の無機化からだけではまかなえないことは既存データ(Tateno&Hirose 1987)に基づく計算の結果明らかで、イタドリのパッチ内で地下茎を通じて窒素の転流が行われているのではないかと推察された。この仮説を検証するために、直径5m程度の中型のパッチで周辺部の地上茎の成長に及ぼす地下茎の切断と施肥の影響を調べる野外実験を行った。その結果、地下茎を切断すると地上茎の乾重は75%も低下したが、施肥をすると20%減にとどまることから、周辺部の地上茎の成長は地下茎を経由して輸送される窒素に依存していることが明らかになった。さらに同様の実験系で15Nでラベルした施肥を行うことにより、周辺部の地上茎に含まれる窒素の60%が地下茎を経由して輸送されたものであることが示唆された。さらに春先にパッチの中心部に15Nでラベルした窒素を与えたところ、3m離れた周辺部の地上茎でこの窒素が検出され、中心部から周辺部への輸送が行われることが実証された。また15Nの濃度の時間変化から、地上茎は成長初期には地下茎に貯えられた窒素を利用し、地上茎がほぼ成長し終えてから根を伸ばし、土壌中の窒素を利用するようになることがわかった。 以上のことから、ドーナッツ化現象をもたらすようなイタドリ地下茎の分枝パタンは、物質的コストをかけずにジェネット全体の受光量、ひいては生産量を増やす上で合理的なものであることが明らかになった。また、火山荒原で不足している窒素についても、イタドリは地下茎の接続を維持することにより、土壌中で局在化する窒素をジェネット内のラメットが共有することを可能にしていた。すなわちイタドリは、そのクローナル植物としての特性と構造を利用して、資源の獲得場所と利用場所をジェネット内で空間的にも時間的にも使い分けることにより、空間的に不均一に存在する資源を有効に利用していると言える。Hirose&Werger(1987)はシュート内で光強度の傾きに沿って窒素を分配することによりシュート全体として高い光合成生産を行うことができることを示したが、本研究の結果は、クローナル植物では同様のことがラメットレベルだけではなくジェネットレベルで行われている可能性を示唆した。 |