源氏物語において、楽器、楽器の演奏、楽器の演奏を含む遊びの場面など、音楽に関係する要素が、物語の方法としてどのように用いられてくるかを検討する。 源氏物語には、和琴・琴の琴・箏の琴・琵琶の四種類の絃楽器 が登場する。この四種類の絃楽器の組み合わせによる合奏は、若菜下巻の女楽の場面で描かれ、他に、光源氏・内大臣(もとの頭中将)・蛍兵部卿宮などにより数回行われており、この物語の中では特殊な意味を持っていると思われる。それぞれ律旋律・呂旋律に基づくという構造上の理由から、和琴と琴の琴を同時に含む合奏は難しいものである。光源氏の琴の琴と内大臣の和琴を含む合奏は、四種の絃楽器の合奏における琴の琴と和琴の関係にうまく対応するが、これは女楽の場面に於いて一層顕著となる。 若菜下巻の女楽は、和琴・琴の琴・筝の琴・琵琶の四つの絃楽器の合奏形式の特性から、それぞれを担当する女君たちの六条院における人間関係を象徴的に表している。対極にある和琴と琴の琴に対して、伴奏となる筝の琴と琵琶、という楽器間の関係は、丁度それらを担当する四人の女君たちの関係に相応しいといえる。六条院の中で対立する立場の紫の上・女三宮とその六条院の繁栄を支える立場の明石母娘という人間関係を象徴しており、また、この編成の合奏が、特に琴の琴と和琴の協調という点において至難の技であるところも、女君たちの関係の難しさと対応している。そして、そういった構造的な難しさを乗り切る実際の合奏の調和の姿を、その場の光源氏は自らの造った六条院の人間関係の理想的な調和の象徴として評価し満足するのである。しかし、その調和をつくり出す女君たちの側にとっては、女楽はまた違った意味を持っている。彼女たちが、この時点で確かに女楽の成功に貢献し、それによって六条院世界に貢献していたのだとしても、これから先の展開では、六条院の枠組みの中で単純に源氏の庇護のもとに抱えこまれる存在から、たとえ無意識であれ逸脱していくだけの要素を、それぞれの演奏は示しているのである。 源氏物語においては、琴の琴や横笛などの奇端に結びつきやすい楽器が、奇端を避けて描かれるという特徴がある。また、絵合巻以降、梅枝、藤裏葉巻に至るまでの物語の中で、繰り広げられる各種の遊びは、有職的知識の有無が問題であった当時の貴族たちが、御遊や年中行事の多くの私的な記録を残しているように、六条院の生活風景を写し取った記事とも言え、それは如何に理想化され華麗に描かれても、登場人物たちの生活の次元からはみだすものではない。また、若菜下巻の女楽の叙述は、遊びの風景を描写しながら、中心となる女君たちの表情をクローズアップし、その内面の心情を克明に写し出してくる。源氏物語において、楽器を描く意味は、あくまで、楽器を通して、その登場人物の心情や属性を、象徴的に表すことである。そういった作者の物語の方法としての楽器のあつかい方は、光源氏の琴の琴論を含めたこの女楽の場面に、最も顕著に現れているといえるだろう。 |