学位論文要旨



No 111586
著者(漢字) 栗田,紀之
著者(英字)
著者(カナ) クリタ,ノリユキ
標題(和) 建築の木部仕上げに関する研究
標題(洋)
報告番号 111586
報告番号 甲11586
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3536号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 香山,寿夫
 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨

 いわゆる「新木造」という建築分野が登場してからおよそ10年を経ようとしているが、この間の木造建築およびこれに対する意識の変化には目覚ましいものがある。そこでは、木材あるいは木質材料が「現代的な新しい材料」として捉えられている。「木の空間」とよく言われるが、この場合は空間内の意図的な木の用法によって表現されたものでなければならない。この表現は木という「材料」およびその「形態」として為されるものであり、これを「力の表現」と「テクスチュアの表現」に分けて考える。前者は、力学的な荷重外力など建築に入力されるあらゆる因子を抽象した「力」を空間の構法的形態によって表現することであり、後者は空間内に木のテクスチュアを露出しその特性を利用して空間表現を為そうとするものである。両者の均衡による相乗で達成される空間が理想的であるが、現状の木造建築では概して後者が先行している。これは木のテクスチュアが饒舌な記号性を具有し、それを空間に導入することが表現手段として最も容易であるからだと考えられる。木のテクスチュアは、表現の効果が一目瞭然で理解しやすいぶん、その性質や意味するところのものを詳らかにしておきたい対象である。

 このテクスチュアを、構法的に表現する行為が「仕上げ」である。本論文では、「木の仕上げは、一種の建築構法である」と規定し、したがってこれを「仕上げ構法」としている。このことは、以下の2つの論拠によるものである。

 ◆「木の仕上げ」を構成する諸要素は木や塗料といった物的な材料ばかりではなく、歴史的背景や嗜好、地域性、工法、性能など広範なものがあってそれらが因果関係を有し、また建築の局面によって多様な表徴がある。すなわちきわめて構造的な対象であり、その構造の方法を表すものとしての構法である。

 ◆建築学における構法分野では、構法とは建築の諸要求に応えるためのものであるという前提のもとに構法計画というプロセスを構築してきた。構法計画に関わる要素はすべて「木の仕上げ」の評価に関与する。すなわち「木の仕上げ」において構法計画のプロセスが有為である。

 木の仕上げ構法の概念は錯綜を極めている。本論文ではまず分析的手法を採り、関連する諸事象をキーワードとして抽出した。それを(1)全体概念、(2)木材、(3)様式や経年変化、(4)加工や行為および工具、(5)塗装・塗料・塗料名、(6)補助的材料、(7)顔料、(8)漆、(9)塗装の技法、(10)木を模したもの、(11)性能を示すもの、などに関連づけて大別し、各々の特徴や背景、位置づけを概説するのに多くの紙数を費やしている。そしてそれらは個別相互に様々な関係性を有している。

 これらを総合化して仕上げ構法の全体を俯瞰する「構造」を考察するに際し、「木部仕上げに関するあらゆる事象は、『白木仕上げ』との相対的な位置関係で以て把握することができる」という仮定に基づいて単純化を図った。「白木仕上げ」は木部仕上げの根幹を占めるものであり、さらに周囲に対し多様な外延性を有している。そしてこの相対的位置関係を見出し、明らかにすることで、これを「白木の構造」と題して提示することを試みた。

 現代語の「白木(しらき)」にはいくつかの意味があるが、ここでは第一義の「削っただけの木地のままの木材」であり、これには「素木(しらき)」という別表記もある。天平期の法隆寺文書に「合白木高座貳具」とあるのを始め古い文献の「しらき」は「白木」の表記がほとんどであるが、少なくとも近代以降は厳密に区別されてはいない。ただし黒木について言及のある場合は意図的に「白木」が用いられている。元来、「白(ハク)」は爪の根元、「素(ソ)」は絹糸と別種の白色の意を持つ色彩語であるが、日本の上代語の「しろ」は抽象的な概念語に過ぎず、これがやがて結びついて「白(しろ)」や「素(しろ)」となった。色彩語については諸説あるが、はっきりしているのは、中国で青・赤・黄・白・黒が陰陽五行説の五色として一組であり、日本であを・くろ・あか・しろ(元来は色彩語でない)が一組であり、両者がどこかで接点を持ったということである。これに相対して青木・黒木・赤木・白木という事象が現実にあり、この過程の中で白木は工匠によって精魂込めて磨き出されたものという位置付けが為される。すなわち宮殿や神殿に見られる白木の系譜である。特に白木と黒木は概念的な普遍化が進んだことにより、現代に至るまでにその内容も輻輳してくる。白木や黒木から派生した成語は多いが、特に鎌倉期の証空による「白木の念仏」の譬喩は彩色と白木の相克を自力と他力に譬えたもので、「白木」が記号として成立する基盤がすでにあったことを示唆している。

 建築において一般的な白木、特に白木造りなどと言った場合には、主に檜や杉の鉋による最終仕上げを意味する。しかしここで白木の外延性をはかる場合、もっと広い範囲のものを包含していると考えるべきである。

 (1) 塗装された白木 …美観維持や汚れ防止の目的で塗装された白木は少なくない。砥の粉による目止め、ワックス、さらにはクリアに白色顔料を少量加えた白木用塗料というのもある。これらは新鮮な白木を凍結保存しようとする現代的行為であるが、本来、透明塗装自体が木を対象として成立したものである。

 (2) 経年変化した白木 …自然の影響や人為によって木は大きく経年変化する。これを古色と呼んで賞美する傾向もあるが、評価は主観的なものである。白木古色は変化の履歴も包摂して白木と認識されることが多い。また木の樹脂成分や研磨料の蝋や油類、あるいは手垢や煤煙の干渉によって強力な塗装効果が発揮されるが、これも一種の白木と考える。そして拭き磨くメンテナンス行為の蓄積による付加価値はもっと評価されるべきであろう。

 (3) 樹種による相違 …黒檀など濃色の広葉樹は「素(ソ)」の状態でも白木とは呼ばないが例外的なものである。しかし檜や杉は同じ白木でも区別する必要がある。

 伊東忠太は随論集「白木黒木」を上梓するに当たり、「僭上の沙汰と覺しくて空恐ろし」と述べている。ここには非日常性が示唆されており、古代よりの宮殿神殿系の白木・黒木を指すものである。しかし庶民住居の「板屋草舎」(續日本紀)の類は、現代の語義からすれば白木・黒木に相違ないが、前者と同質のものではあり得ない。両つの白木が概念的に混淆するには、時代を降って台鉋の登場を待たねばならなかったと考える。白木と塗装は対立概念とは捉えない。このうちの宮殿神殿系の白木と彩色とが対置されるべきものである。彩色は様式化されかつ輸入された構法であり、したがって近代洋風建築のペンキ塗りも広義の彩色と考えたい。一方、近世初頭に顕著な色付けの構法は、これが古色より見立てられたものだという説を認めるならば、一種の白木の延長線上に置くことができる。

 白木と塗装に関しては、アンケート調査を実施した。対象は木造建築研究フォラムの会員で木材や木造建築については造詣の深い属性である。回答数は194であった。仕上げ構法の認知度、使用経験、建築種類・部位ごとの好みや性能、地域的な特徴、白木および塗装の志向になどについて問いを設けた。

 (1) 住宅建築(和風と洋風)および学校・幼稚園について木で仕上げられる造作、床、内壁、外壁などの各部位、加えて神社や寺院などの建築物、と36項目の「部位」を設定し、「どのような仕上げが最も好きであるか」、「どの仕上げが最も優れていると思うか」の2つの質問を行った。結果のグラフのうち典型的なものを図1〜5に示す。洋風住宅の外壁は例外的なもので、やはり白木を中心に木目を活かした塗装方法が好まれるという結果がほとんどであった。特徴的なのは神社の軸組で圧倒的に白木が支持されているが、実際の神社建築で白木造りはさほど多くないことは別に行った調査で明らかになっている。これは現代人の白木の概念に伊勢神宮の存在が大きな位置を占めていることを端的に物語っている。

 (2) 様々な要因を含み措いて、強いて一言で言えば「白木派」であるか「塗装派」であるかを聞いたところ7割が「白木派」と回答し、対象の特殊性を考慮しても「白木文化」が主流となっている昨今の風潮が表れた。ところがこれを地域別に見ると(図6)、北陸地方が極めて特異で7割近くが塗装を志向しており、現在も根強く残る拭き漆の文化の片鱗を偲ばせている。

図表図1 和風住宅の柱・鴨居・敷居などの造作について / 図2 和風住宅の板張り床について / 図3 和風住宅の外壁について図表図4 洋風住宅の外壁について / 図5 神社の軸組について / 図6 地域別に見た「白木派」と「塗装派」

 最後に、様々の仕上げ構法、それを包括的に表す白木、塗装、彩色といった概念、これらの建築の局面によっての表れ方や捉えられ方の相違などの総合的な系統化を試み、その主体を「白木の構造」として表したものが図7である。図中央のO→Pの軸は「常態としての白木」とあるように、積極的に白木に記号性を付与しようとしない「無為」であって無塗装から拭き磨くことによる塗装効果まで含めた概念で、通常の民家に相当するものである。X軸は構法的に塗装仕上げであるか白木仕上げであるかを表すが、一方の極はそれが白木でなければならない理由の付いた、言わば記号化された白木に当たる。Y軸は両極が積極的な構法行為であっても、デザイナーの作意による自由なものであるか(能動的付加価値)、権威や象徴性によって形成される様式美を追求するものであるか(受動的付加価値)を示す。Z軸は大まかな時間の流れである。このような3次元空間の設定により、各頂点に「色付け」、「彩色」、「宮殿神殿系白木」、「書院系白木」、「ペンキ」、「銘木」、「新木造系白木」が配置でき、残った頂点には現在の木のデザインの中で欠落している部分として「塗装デザイン」を充てた。全体的には、白木の外延的な構造をよくあらわすものになっていると思われる。

図7 「白木の構造」
審査要旨

 本論文は、建築の木部仕上げに関する研究と題し、文献調査・アンケート調査などを行なって、各種の木部の仕上げを多面的に検討することにより、それらの位置付けをしたものであり、4章からなっている。

 第1章「木造建築の空間の表現-研究の背景と目的-」は、本論文の序論として、まず、建築空間としての木の空間の表現は、材料と形態によって表されるものであるが、これは「力の表現」と「テクスチアュアの表現」に分けることができるとしたうえで、本論文では、後者の記号性に着目し、このテクスチュアを構法的に実現する行為を「仕上げ構法」と規定している。その上で、「木の仕上げ」は歴史的背景、嗜好、地域性、工法、性能など広範な要素が因果関係を有することから、きわめて構造的ものであり、その構造を分析することの重要性を指摘している。

 第2章「構法としての仕上げ」は、木の仕上げ構法の概念を解明するために行なった綿密な文献調査の結果とそれに対する考察について述べたものである。まず、木の仕上げ構法に関連する諸事象をキーワードとして抽出し、それらのキーワードを11のグループに分類している。すなわち(1)全体概念(たとえば、白木・素木、塗装、着色)(2)木材(樹種、木目、銘木)(3)様式や経年変化(彩色、色付け、古色)、(4)加工や行為および工具(削る、塗る、染める)、(5)塗装・塗料・塗料名(漆、ペンキ、ステイン)、(6)補助的材料(膠、ボイル油、砥の粉)、(7)顔料(丹塗り、朱塗り、弁柄塗り)、(8)漆(黒漆、呂色塗り、拭き漆)、(9)塗装の技法(目はじき、拭き取り、叩き塗り)、(10)木を模したもの(イミテイション、木目プリント、人工杢化粧単板)、(11)性能を示すもの(淡泊、ぬくもり、断熱性)である。これらそれぞれのキーワード毎に、各々の特徴や背景、位置付けなどについて、多数の文献によって詳説している。あわせて、現在一般的に建てられている木造住宅について、仕上げの対象となる木質材料の使用状況の調査結果を示している。

 第3章「白木の構造」は、木部仕上げに関して、木造建築に関わりの深い建築家や研究者を対象にして行なったアンケート調査や歴史的建造物に関する実際の状況の調査の結果を紹介した上で、仕上げ構法の全体を俯瞰する「構造」について考察している。まず「白木」という言葉のもつ意味の歴史的な変遷を文献調査をもとにたどり、その結果「白木」とは、辞典の説明にあるような「塗装されない木地のままの材の総称」というだけでは的確でないことを明らかにするとともに、「白木」には、少なくとも、(1)塗装された「白木」、(2)経年変化した「白木」、(3)樹種に対応した白木という3様のものがあるとしている。

 アンケート調査では、大勢としては「白木派」が多いものの、地方によっては「白木」よりも塗装を高く評価する「塗装派」が存在することを指摘している。また、社寺等の国宝建造物では、一般に考えられているほど白木は多くなく、むしろ彩色されたものが主流であることを明らかにしている。

 以上のような考察から、仕上構法の構造は、「木部仕上げに関するあらゆる事象は、「白木仕上げ」との相対的な位置関係で以て把握することができる」という仮定にもとずいて単純化して表すことができるとして、それを常態としての白木を仕上げ構法の原点とする立体的な座標軸として提示し、これを「白木の構造」と名づけている。

 第4章「おわりに」は、本論文の結びとして、その内容を要約するとともに、今後の課題と展望について述べている。

 以上のように本論文は、「建築の木部仕上げ」というきわめて広範な対象について、それを木の表現のひとつとしてのテクスチュアの表現と位置付け、その表現を達成するための手段である「仕上げ構法」について、多数の実例をあげて系統付けるとともに各々の意味や意義を考察し、最後に、あらゆる仕上げ構法は「白木」という概念との相関で把握できるとして、「白木の構造」という座標軸を提案している。このことは、建築の木部の仕上げの構法について現在までに存在したものの位置付けだけにとどまらず、「仕上げ構法」の表現としての将来の可能性を示唆したものであり、建築学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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