学位論文要旨



No 111588
著者(漢字) 長倉,博
著者(英字)
著者(カナ) ナガクラ,ヒロシ
標題(和) 弾性堰を越える流れによって発生する自励的液面揺動に関する研究
標題(洋)
報告番号 111588
報告番号 甲11588
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3538号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 松本,洋一郎
内容要旨

 フランスの高速増殖炉スーパーフェニックス1号炉(SPX-1)の炉壁冷却系で,1984年10月に行われた最初の流動試験中に,構造物と流体の連成した自励振動が発生した.この炉壁冷却システムは低温液体Naを作動流体とした強制冷却方式である.炉心下部からバイパスされた低温Naは主容器内面に沿って上昇し,高温プレナムから主容器壁への熱過渡を緩和させる.供給側プレナム内を主容器内壁に沿って上昇した低温Naは,主容器内側の円筒状の弾性堰の上端を越流し,回収側プレナムへと流入する.フランス原子力庁のAitaらは,振動は回収側プレナムのスロッシングの固有振動数で発生し,供給側プレナム,回収側プレナムの自由液面とも大きく揺動し,円筒堰もオーバル振動したと報告している.フランスでは,直ちに実機および縮小模型を用いて,流量と両プレナム間の液位差をパラメータとして実験を行い,ある特定の流量ならびに液位差の領域でのみ不安定が発生することが明らかになった.また,これらの実機および模型実験では先に述べた第一のタイプの不安定の他に,第二のタイプの不安定現象が観察された.この不安定振動は,一般に液位差,流量とも大きい場合に生じ易く,振動数はスロッシングの固有振動数よりもかなり高く,自由液面の揺動はほとんどないものである.Aitaらは第一のタイプの不安定をスロッシング連成モード,第二のタイプの不安定を流力弾性振動モードと名付けている.Aitaらは,実機および縮小モデルによる試験結果の報告とともに,有限要素法に基づく流体-構造連成計算プログラムによる安定性解析に関する論文を発表している.これらの実験的,理論的研究の結果に基づいて,SPX-1では炉壁冷却流量を増加させるとともに,両プレナム間の液位差を当初の1〜1.5mから0.3〜0.5mに小さくし,不安定振動を生じない領域に設定することによって問題を解決した.

 SPX-1のオーバーフロー方式の炉壁冷却システムは,原子炉容器全体を低温に保持することができ,クリープによる損傷から逃れられる利点があるため,日本における実証炉の冷却システムの有力な候補である.しかし,SPX-1で生じた堰構造一流体連成系の自励振動に関して,SPX-1での対策は済んでいるものの,その振動の発生機構が物理的に十分解明されたとは言い難い.

 前述のAitaらの研究を始めとする従来までの研究では,堰を越流した流体が回収側プレナムに流入する際の流体同士の衝突により,回収側プレナムの自由表面が鉛直下向きの力を受け,越流量変動に起因した衝突力の変動の位相と回収側プレナム内流体のスロッシングの位相の差に応じて系の安定性が決まると考えられていた.すなわち,回収側プレナムの自由表面が下降しているときに落下流体の流量の変動成分が正であるような位相関係にあれば,液面は下向きの力を受けてますます低くなり,結果的に系は不安定になるという解釈である.また,流入量変動とスロッシングの位相差に主として影響するのが,越流流体が堰上端から回収側プレナム自由表面まで落下するのに要する時間であり,この落下時間は両プレナムの液位差によって決まると考えられていた.しかしながら,この従来の解析モデルでは,SPX-1実機および縮小模型での両方の実験結果を定性的によく説明できない.すなわち,SPX-1実機では堰の高さ約10mに対して不安定振動が発生する液位差の領域が1〜1.5m以上であるのに対し,いくつかの研究グループが行った様々な縮小模型試験では液位差がほとんどないときでも不安定が発生しており,衝突力の変動というモデル化では特に後者の現象を説明できない.

 本論文では,これまでに存在が明らかになっている二つのタイプの不安定のうち,振動の振幅が大きく,発生する領域が広いと考えられるスロッシング連成モードの自励振動を対象として,振動の発生機構を解明し,不安定の発生条件を明らかにすることを目的としている.実際のSPX-1の炉壁冷却系は複雑な多重円筒構造になっているが,基本的な構成要素は供給側プレナム,回収側プレナムおよび越流弾性堰の三つである.そこで,弾性平板堰で仕切られた二つの矩形水槽からなる矩形構造系および弾性円筒堰で仕切られた二つの環状水槽からなる円筒構造系を解析の対象とする.

 本論文では,スロッシング連成モードの自励振動発生機構を次のようにモデル化する.始めに外乱により堰が微小振動したとする.これにより供給側プレナム液面変位および越流量が変動する.落下による時間遅れを伴って回収側プレナムに流入する流量が変動し,これにより回収側プレナム自由液面のスロッシングが発生する.供給側プレナム,回収側プレナムの液面揺動により堰に振動的な力が作用し,堰が振動する.以上のような自励的なループを描くとする.これは従来の研究で提案されている自励振動発生機構のモデルと基本的に同じであるが,上述のループ内の個々の現象の定式化において,本論文の解析モデルは以下のような特徴を有する.

 (1)越流流体が回収側プレナムへ流入する影響を回収側プレナム自由表面での力学的条件および運動学的条件に次のように取り入れている.

 ・流体同士の衝突により,自由表面の液膜直下部分の圧力が局所的に上昇する.

 ・自由表面での鉛直方向流速は液膜直下部分では流入する液膜の流速に等しい.

 (2)回収側プレナム内流体のスロッシングによる流体力,供給側プレナムの液面変動による流体力および両プレナム内流体の付加質量を考慮した堰の運動方程式を基礎式としている.

 (3)鉛直な堰に沿って落下する液膜について,壁面でのせん断応力を考慮して運動方程式を導き,落下高さ,落下時間,落下流速の関係を求めている.

 流入量変動の回収側プレナムのスロッシングに及ぼす力学的効果は従来の解析モデルでも取り入れられ,スロッシングの励振源と考えられているものであるのに対し,運動学的効果はAitaらが最初に考慮した後は見落とされていたもので,結果的に回収側プレナムの体積保存を表す.流体中での堰の運動に関しては,従来の研究では流体-堰連成系をFEM解析によりモーダル振動子に置き換えるか,堰の慣性や流体の付加質量を無視してモデル化するかであり,付加質量を考慮した流体中での堰の運動方程式を導出したものはない.また,堰に沿って落下する液膜の運動解析は,系の安定性に大きな影響を及ぼす落下によるむだ時間を評価する上で重要であるにも係わらず,従来厳密な扱いがされていなかった部分である.

 最後に,本解析モデルに基づいた計算結果より,本解析モデルが実機試験および模型実験の結果を定性的によく説明できることが示された.また,本解析モデルにより,スロッシング連成モードの不安定の発生機構に関して以下のことが明らかになった.

(1)スロッシングの励振機構

 プレナム内へ自由表面から流入する流入量が増加すると,プレナム内流体の体積は保存されるため,自由表面の液膜直下部分は局所的に上昇する.従って,回収側プレナム内流体のスロッシングによって自由表面の液面変位が上昇中に,越流による流入量が増加するような位相関係にあるとき,流入量の増加によって液面はさらに上昇し,自励的なスロッシングが発生する.越流流体が回収側プレナムに流入する際に,流体同士の衝突によって越流流体が自由表面に及ぼす力の効果は,上述の体積効果に比べて小さい.

(2)流体-堰連成系の不安定発生機構

 流体中での堰の固有振動数が回収側プレナム内流体のスロッシングの固有振動数より高い場合には,回収側プレナムの液面が上昇すると変動圧によって堰は供給側プレナム側に動くので,供給側プレナム内流体は押し出され,堰上端からの越流量は増加する.従って,液位差が小さく落下によるむだ時間が小さい領域において,回収側プレナムのスロッシングによって液面が上昇中に流入量が増加するような位相関係となり,系の不安定が発生する.

 流体中での堰の固有振動数が回収側プレナム内流体のスロッシングの固有振動数より低い場合には,スロッシングの位相に対する堰のたわみ振動の位相が逆転し,回収側プレナムの液面が上昇中には越流量は減少する.従って,液位差が小さく落下によるむだ時間が小さい領域では,回収側プレナムのスロッシングによって液面が上昇中に流入量が減少するような位相関係となり,系は安定である.液位差がある程度大きくなり,落下によるむだ時間のために回収側プレナムのスロッシングによって液面が上昇中に流入量が増加するような位相関係となると,系は不安定となる.

審査要旨

 わが国では、次世代の原子炉として高速増殖炉(FBR)に関する検討が行われている。現在は、実証炉の予備的概念設計検討段階にあり、コスト面で軽水炉と競合するため、無駄を排したコンパクトな設計が求められている。その結果、機器内の流速は必然的に高くなってきており、元来、熱疲労・熱衝撃を避けるために薄肉構造物で構成されている高速炉では、流体関連振動を引き起こし易い状況が作られている。

 本論文は、炉容器の炉壁保護系に関連した「流体と堰との連成自励振動」の安定性評価のための新しい合理的な解析手法について提案し、実験結果と比較して、その有効性を示したものである。対象となる振動系は、上流タンク、弾性堰、下流タンクから構成される。上流タンクに供給された液体は、堰を越流して下流タンクへと流れ込む。そのときに、越流特性、落下特性が複雑に絡んで下流タンクに自励的な液面揺動が発生する。

 従来の解析モデルは、堰を越流した流体が下流タンクに流入する際の流体同士の衝突により、下流タンクの自由表面が鉛直下方の力を受け、この衝突力の変動と下流タンクのスロッシングの位相差によって系の安定性が支配されるとの仮定に基づくものであった。本論文では、越流流体が下流タンクに流入する影響を、自由表面での力学的条件だけでなく運動学的条件にも取り入れるとともに、下流タンク内流体のスロッシングによる流体力、上流タンクの液面変動による流体力および堰の慣性や流体の付加質量を考慮した堰の運動方程式を基礎に解析モデルの構築を行った。併せて、堰に沿って流下する流体についても、壁面での摩擦を考慮に入れて鉛直な堰に沿って流下する液膜の運動方程式を導出し、堰上端からの落下距離と落下時間、落下流速の関係を求め、実験によってその妥当性を検証し、落下時間の越流流量依存性を明らかにした。

 このような手法により、従来の解析モデルでは説明することの出来なかった、実機スケールでの実験と縮小模型実験において不安定が発生する液位差の領域が異なることや、縮小模型実験においては上流タンクと下流タンク間の液位差が小さい時でも不安定が発生するという実験結果を理論的に明らかにすることが可能となった。

 本論文は、「弾性堰を越える流れによって発生する自励的液面揺動に関する研究」と題し、以下の10章より構成される。

 第1章は「序論」であり、ここでは研究の背景、従来の研究、研究の目的とともに本論文で提案する自励振動発生機構のモデルについて述べている。

 第2章は、「流体-堰構造系のモデル化」と題し、矩形および円筒構造の流体-堰連成系のモデル化の際に必要となる、堰がタンク内流体のスロッシングの固有振動数とほぼ等しい振動数で振動する場合のタンク内流体の運動の定式化について述べている。

 第3章は、「矩形構造の流体-堰連成系の特性方程式」と題し、第2章の結果を用いて、矩形構造の流体-堰連成系の運動について定式化を行い、系の安定性を支配する特性方程式を導出している。

 第4章は、「円筒構造の流体-堰連成系の特性方程式」と題し、第2章の結果を、円筒構造の流体-堰連成系に適用し、矩形構造の場合と同様にして、系の特性方程式を導いている。

 第5章は、「越流量と越流水深の関係」と題し、矩形構造、円筒構造それぞれの場合について定常特性に関する実験結果について述べた後、堰を越える流れの越流量と上流タンク越流水深の関係及びこの関係が系の安定性に及ぼす影響について検討を行っている。

 第6章は、「鉛直な壁面に沿って落下する流体の運動」と題し、堰に沿って落下する流体の運動について理論解析を行い、実験結果と比較して解析手法の妥当性の検証を行っている。

 第7、8章は、それぞれ「矩形構造の流体-堰連成系の安定性」および「円筒構造の流体-堰連成系の安定性」と題し、矩形構造および円筒構造について実機スケールの流体-堰連成系を念頭に置き、系の特性方程式を導き、上流タンク、下流タンク間の液位差、堰の剛性などのパラメータが安定性に及ぼす影響についてまとめている。

 第9章は、「実験および考察」と題し、理論解析の妥当性を検証するために行った縮小模型実験による実験結果について述べている。

 第10章は、「結論」と題し、本論文で得られた知見をまとめている。

 以上のように、本論文はタンク型高速増殖炉炉壁冷却系で発生した流体-構造連成自励振動に関して新たな解析モデルに基づき、不安定振動の発生機構に関して合理的な解析手法の提案を行ったもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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