学位論文要旨



No 111589
著者(漢字) 関,啓明
著者(英字)
著者(カナ) セキ,ヒロアキ
標題(和) ニューラルネットワークによるロボットの作業対象物の運動拘束認識に関する研究
標題(洋)
報告番号 111589
報告番号 甲11589
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3539号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 教授 高野,政晴
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 助教授 石川,正俊
内容要旨

 知能ロボットが、工場のような整備された場所ではなく、屋外や家庭、特殊環境など未知の情報の多い環境で作業を行うのに重要なことの一つはセンシングによる作業環境の認識である。本研究では、このようなセンシングの問題として、ロボットが把持した対象物の運動拘束の検出・認識を目的とする(図1)。環境や対象物の形状が与えられたり、穴に棒を挿入する問題のように特定作業で状態が数種類に限定される場合には、その拘束状態を検出する研究は数多くなされている。しかし、本研究ではロボットの汎用性の見地から、形状等が未知の場合に拘束状態を検出することを試みた。これができれば、拘束状態に適した制御や操作、組立・分解動作などの動作計画を行える。例えば、予め情報を与えなくても家庭内作業ロボットがドアや引き出しの動く方向を検出して作業を実行することが可能になる。本研究では、拘束の検出時のようなモデル化が複雑で誤差を含む下位レベルのセンサ処理は直接的な処理を行い、その結果を明示的に用いてモデルに基づく高次のロボットの動作計画を行う立場をとる。

 人間は暗闇でも手探りによる触知覚を用いて器用な作業ができる。そのような認識をロボットにもさせるために、インピーダンス制御等により対象物を柔らかく把持し、様々な方向に微小な力やモーメントを加え、反力や変位を測定して、対象物が動くかどうか調べる能動的な「探り動作」を行わせた(図1)。手先の変位と力のパターンから探り方向の拘束の剛性を計算し、これを繰り返し、拘束の種類や姿勢を認識する過程が必要である。探り動作の時、探り方向の拘束の状態により変位と力のパターンが異なる。自由、拘束、可動方向に沿う場合があるが、実環境ではガタや摩擦等の影響があるため、その部分を除去した上で本来の拘束を識別しなければならない(図2)。このような認識は、対象物の形状をとらえる視覚情報だけでは不十分である。拘束されている対象物の一部が隠されていたり、拘束の部分の形状が複雑であると対応できないからである。

 まず、ニューラルネットワークによる処理との比較のために、3次元1自由度(低次対偶)の拘束の解析的な検出手法を提案し、その有効性を示した。変位と力のパターン解析には、ガタの範囲の動きや摩擦力に対応した特徴点の探索が有効であるが、直線近似誤差の閾値設定が難しい(図2)。また、手先の位置姿勢変化や力/モーメントから対偶の種類が判別でき、ねじ対偶のパラメータで表現、推定できる(図3)。実際の微小な変位では、ねじ対偶の区別は困難であった。解析的手法は各処理の結果や意味が明確であるが、モデル作成、閾値設定等が複雑であり、多自由度ではさらに複雑化するといえる。

図表図1:作業対象物の運動拘束の検出 / 図2:ガタのある可動方向に沿って動く場合の変位と力のパターンと検出結果図3:ねじ対偶のパラメータとロボットの手先の位置姿勢の関係

 そこで、平面3自由度の拘束を認識するニューラルネットワークを考える。拘束状態はある空間の方向に対象物が動くかどうかで表現できる。平面3自由度の拘束の場合には、動く方向の集合である可動空間は3次元空間(x,y,)の部分となる。ロボットの「探り動作」で得られる情報は、その可動空間の離散的な方向の誤差を含む情報(その方向に対象物が動くかどうか)である。そのため、探り動作によって得られた摩擦やガタや柔らかさを含む離散的な方向の拘束の情報を統一的に表現し、その情報から多自由度な拘束を検出するために、場合分けやルールなどの知識ベースではなく、図4のように2個のネットワーク(前段・後段)から構成される2段の階層的ニューラルネットワークによる拘束の認識手法を提案する。これは特に順序のない入出力パターン列に対して有効である。前段ニューラルネットの入力は探り方向のベクトルであり、出力はその方向が可動(1)か不動(0)かである。拘束状態が与えられる度に前段ニューラルネットの忘却付きの学習を行うと、拘束状態(可動空間)がリンクの重みにより内部表現される。その学習後のリンクの重みには可動空間が情報圧縮されて反映されていると考えられるので、その分布から拘束状態の種類や姿勢を予め学習済みの後段のニューラルネットワークが認識するようにした。シミュレーションにより前段ニューラルネットワークの学習過程、リンクの重みの分布、中間層ユニットの挙動等を明らかにした。また、平面3自由度の拘束を典型的な16種類に分類し、各々姿勢を変化させて学習を行い、リンクの重みパターンから拘束の種類と姿勢の認識ができることを示した。

図4:平面3自由度の拘束を認識する2段の階層的ニューラルネットワーク

 この2段のニューラルネットワークに入力するために、実際の探り動作の変位と力のパターンから拘束の剛性で表現される離散的な可動空間を求める手法を構築した。探り動作の実験により得られた可動空間の例を図5に示す。また、実際の可動空間に適するニューラルネットワークの改良を行い、その有効性を確認した。前段は、可動空間の大きさやオフセットの変化に対応できるように、線形の出力層を持つ4層にした。後段は、対象物の大きさを考慮した学習データの追加や学習のばらつきを小さくするグループ学習を行った。そして、実際の探り動作で得られた可動空間の2段の階層的ニューラルネットワークによる認識を行った。ガタ・摩擦・柔らかさなどの誤差のある可動空間の認識ができることが示された。離散的な可動空間から大きな構造だけを取り出すような学習の改良がさらに必要である。このように、ニューラルネットワークを用いると拘束毎に別々にモデルや閾値を明示的に与えなくてよい点が有利であり、モデル化が複雑なセンサ情報の処理と検出された拘束に基づくロボットの高次の動作計画をつなぐ手法として有効である。しかし、前処理の段階で、変位と力のパターンの場合分けの閾値等の設定や有限な大きさをもつ拘束の学習データの必要性など完全にモデルや閾値をなくすことはできなかった。

図5:隅に円柱が接している拘束について複数回の探り動作で得た可動空間の例
審査要旨

 本論文は、ロボットが作業を行う対象物の運動が他の物体との接触あるいは機構により拘束されている場合において、その拘束状態をロボット自身が認識するためにニューラルネットワークを応用する手法に関するものである。卑近な例でいえば、ドアや引き出しを開閉する際に動かせる方向を自動的に認識させる問題であり、ロボットの応用分野を拡大するために必須の技術である。従来、ロボットの作業対象物の運動の自由度が制限されている場合には、何らかのモデルによりその拘束状態を予め与えておき、その拘束状態に適した制御則を用いる方法が一般的であった。しかし実際にはモデルと実作業環境との誤差、例えば設定した座標軸のずれ等により安定な制御は容易ではない。適応性を高めるために外界センサとロボットの運動制御を直に結びつけた制御ループの集合で構成する制御システムも提案されているが、作業の目的に合った動作を生成することが難しい。

 本論文では、まず、3次元空間において運動の自由度が1の機構を認識する問題を取り上げている。与えられた対象物をロボットに把持させ、様々な方向に力とモーメントを加えてその際に生じる微小変位と手首に発生する反力とモーメントをロボットの手首に取り付けた6軸の力覚センサによって検出する。この動作を本論文では「探り動作」とよんでいる。実環境における機構には摩擦やガタが存在し、力と変位の関係は複雑である。本論文では、力と変位の関係から摩擦やガタに起因する部分を取り除き、機構が持つ運動方向を正しく検出する手法を示している。この手法は実際の測定データに基づき人間がアドホックに導いたアルゴリズムであるが、ノイズの多いセンサデータから拘束の状態を正しく認識良している。しかし、このような手法は限定されたモヂルに対しては非常に良く機能するが、汎用性を高めることが困難であるという問題が残る。

 ノイズの多い非線形なパターンの識別にはニューラルネットワークが有効であるが、ネットワーク自体は予め何らかのモデルを持っているわけではないので、学習を終えたネットワークがどのように入出力関係を実現しているかを陽に知ることは難しい。しかし、ニューラルネットワークを構成する各ニューロンの重み係数が入出力関係の特徴を表していると考えるのは自然である。本論文ではこの点に着目し、ニューラルネットワークを2段構造として、学習を終えた1段目のネットワークの重みのパターンを2段目のネットワークの入力として、1段目のネットワークが学習した複数の入出力関係を識別する、という新しい構造を提案している。この手法により、学習後のニューラルネットワークをブラックボックスではなく、ニューロンの重み係数を入出力関係に対応したパターンとして利用できるようになった。

 この新しいニューラルネットワークの構造を検証するために、本論文では、まず簡単な論理回路の学習に適用して基本的な有効性を示している。さらに、学習や識別の精度を上げるためのデータの与え方や学習法の工夫についても述べている。次に、ニューラルネットワークによる作業対象物の拘束状態の認識問題として2次元平面内の拘束の一般的な認識について論じている。本論文では平面内の拘束を16種類に分類し、ロボットの作業対象物がこれらのどの拘束状態にあるか、という認識を前述の2段構造ニューラルネットワークによって行う手法を提案している。

 具体的にはまず、第1段目のニューラルネットワークは16種類の拘束のパターンをオフラインで学習する。入力は各座標軸方向の変位と力のパターンであり、出力は可動と不動の識別である。次に、2段目のニューラルネットワークが1段目のネットワークの重み係数を入力とし、拘束の種類を出力とする入出力関係を学習する。実際の探り動作においては、前述の探り動作のセンサ信号から得られる変位と力を入力、可動と不動の識別を出力とするニューラルネットワークをオンラインで学習し、学習後の重み係数を既に学習済みの2段目のネットワークによって拘束の種類を識別する。本手法の実用性は実際のロボットによる作業実験によって検証されている。

 以上のように、本論文はロボットの作業対象物の拘束状態を認識するという問題に対し、ニューラルネットワークを適用することにより実世界とモデルの誤差を吸収し、かつ、ブラックボックス的になりがちなニューラルネットワークを2段構造にすることにより学習後のニューラルネットワークの内部状態を陽に扱える新しい手法を提案し、実例によってその有効性を示している。本手法はモデルペーストな解析的な手法とニューラルネットワークの持つ適応性を融合しようと試みた新しい手法として評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53896