学位論文要旨



No 111590
著者(漢字) 麥谷,高志
著者(英字)
著者(カナ) ムギタニ,タカシ
標題(和) 状態量不等式拘束を伴う最適問題の数値解法に関する研究
標題(洋)
報告番号 111590
報告番号 甲11590
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3540号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 教授 加藤,寛一郎
 東京大学 教授 長友,信人
 東京大学 助教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 状態量に不等式拘束条件を有する最適制御問題の数値解法に関する一提案を行った。従来、最適制御問題における状態量不等式拘束の取り扱いには、様々な工夫がされてきた。状態量不等式拘束の定式上の取り扱いは、直接法と間接法の二つに大別される。直接法と言うのは、解を拘束にかかる部分(アーク)とかからない部分とに事前に分け、前者に対してのみ拘束条件を等式拘束として課す手法である。この場合、拘束にかかり始める時間や離れる時間を変数として定式化し、拘束中においてのみ、これを直接満たす様に制御量を計算するために、精度が高いと言われているが、拘束にかかる入り口点がすべて内部境界点となるため、多点境界値問題を形成することとなる。従って当然のことながら、計算を始める前にアークの数や順序が既知であることが必要となる。これに対して、解全体を一つのアークとして考える手法が、間接法と総称される。間接法には色々なタイプの物が提案されているが、これらは拘束中の制御量を拘束条件から直接算出するか否かで大きく二つに分類できる。前者は、いわゆるペナルティ法として知られる。後者は、何らかの変換法を用いて、不等式拘束を、制御量を直接算出可能な条件式に置き換えて用いる手法である。これには、Martensson のConstraining Hyperplane法、Jacobsonらのスラック変数法、高野らの単調区間法等があげられる。

 工学的応用の観点からは、事前に最適解の形状について情報を必要とせず、拘束上ではこれを順守する様な制御量が直接得られるタイプの間接型定式化が望ましいと言える。こうした定式化のうち、数学的な厳密性と数値的な微分可能性を合わせ持った手法となると等式拘束変換法(スラック変数法)に基づく定式化が唯一であり、その意味で極めて有用な手法と言える。

 しかし、この手法には古くから利用されている変分法に基づく数値解法の内、より収束特性に優れた二次の解法が適用できないという欠点が指摘されてきた。

 本研究では、等式拘束変換法(スラック変数法)に基づく定式化にも適用可能な改良型の二次解法として、従来の一次解法と二次解法を結合したハイブリッド型の準二次解法を提案した。

 今、スラック変数法を用いて状態量不等式拘束条件を状態量/制御量混合型等式拘束条件S=0に変換したとする。すなわち、問題をベクトル量

 

 に対して、評価関数を最小化する問題とし、その時のハミルトニアンをH、微分方程式に対するアジョイントをとする。この時、従来の二次解法では、制御量、等式拘束条件式のアジョイントの更新量u、

 

 なる式から算出する。スラック変数法に基づく定式化ではこの左辺のマトリクスが拘束上で特異となるため二次解法が使えないとされてきた訳である。本論文では、これを回避すべく対角行列を設定して

 

 より制御量、等式拘束条件のアジョイントの更新量を求める。の設定に関しては、前述のマトリクスの特異性の他、解法の最適解への接近特性や、解の安定性等様々な勘案すべき要素が存在するが、簡単な設定方法としては、スラック変数法によって導入されたダミー制御量に対する項に対してのみの要素を1に設定する方法が考えられる。

 本論文では、こうした設定の元で、古来から変分法の問題として名高い最速降下線問題で途中に不可侵領域がある場合(図1、2)を数値計算例として取り上げ、新解法の優れた特性を確認した。表1、2は新解法と従来の一次解法による数値計算の様子である。これから、同じ収束条件(ここでは最適性条件のエラーQ<1.5×10-3)で計算した場合、新解法ではわずかに10回程度の繰り返し回数で収束しているのに対し、従来の一次解法ではその3倍近い計算回数が必要となっているのが見て取れる。また、拘束条件のエラーPに関しては、新解法の方がこの時点で一桁以上すぐれた達成状況にあることもわかる。(図3に示す様にどちらの解法も同じ収束解に到達している)これから、新解法は二次解法の特性を十分そなえた上で、スラック変数法を用いた問題にも適用できる解法であることが確認できた。

図表図1 例題の概念図 / 図2 例題の拘束条件図3 例題の収束解図表表1 新解法による例題の計算結果 / 表2 一次解法(CGRA法)による例題の計算結果

 さらに、実際的な応用例として空気吸い込み型エンジン(Air Turbo Ramjet)を用いた高速実験機の飛行経路の最適化に同手法を用い、最適飛行経路を得た(図4)。図中最適解と共に記された二曲線は初期解である。この問題では、

 

 が実験目的から決まっている。また、ATRエンジンの作動域から、その飛行動圧に制限があり、これが状態量不等式拘束となっている。

 

 これらの条件のもとで、実験機をできるだけ小規模に抑さえるために、

 

 を目指す。ここでは、エンジンサイズも最適化されるパラメータとなっている。得られた最適経路は、簡単な指標である実効比推力

 

 (図5)から予想される結果にほぼ一致している。即ち、最も実効比推力が小さくなって飛行条件が厳しい音速付近を小さめのエンジンで越えるため、この付近では、旦上昇した後わずかに降下する。そこからあとは、高動圧側が実効比推力が大きくなるため、ほぼ50kpaの制限動圧に沿って飛行する場合となっている。

図表図4 ATR実験機最適飛行経路 / 図5 ATR実験機実効比推力(S=0.020)

 以上の様に、本論文では、等式拘束変換法(スラック変数法)に基づく定式化にも適用可能な改良型の二次解法として、従来の一次解法と二次解法を結合した準二次解法を提案し、典型的な数値計算例を用いてその特長を明らかにした。

 さらに、実際的な応用例として空気吸い込み型エンジンを用いた高速実験機の飛行経路の最適化に同手法を用い、その実用性が確認できたといえる。

審査要旨

 工学修士麥谷高志提出の論文は、「状態量不等式拘束を伴う最適問題の数値解法に関する研究」と題し、7章から成っている。

 例えば、大気圏再突入において空力加熱制限の下で軌道を最適化する場合の如く、状態量のみ(制御量を含まず)で記述される不等式拘束条件を有する動的システムの最適化は、この種の問題の中にあって最も困難なものの一つである。この問題の解は、一般に、拘束の境界上にあるアークと拘束の内部にあるアークの2種類の組合わせから成っており、定式化における困難さは、この2種類のアークの数と生起順序の取扱いならびに境界上の制御量の導出にかかわるものである。

 従来、状態量不等式拘束の取り扱いについては、主として定式化の面から様々な工夫がなされてきた。その中にあってスラック変数法は、事前に最適解の構成(2種類のアークの生起順序)についての情報を必要とせず、また拘束境界上でもこれを遵守するための制御量が直接得られることから、工学的応用上望ましい特性を備えている。すなわち、ダミー変数を導入することによって不等式拘束条件を常在する等式拘束条件に変換するとともに、この等式条件を繰返し微分することによって上述のアークの種類に拘わらずに制御量を直接導出できるようにしたものである。

 一方このような定式化の下、求解は数値解法に頼ることになるが、これには一次、二次の2種類の解法がある。一次の解法は、最小化すべき評価関数が減少するように解を逐次改良していくものであり、これに対して二次の解法は、最適性条件を満たすべく解を修正し一般に一次の解法に比べて優れた収束特性を示す。しかしながら、スラック変数法を用いた定式化に対しては、ダミー変数にかかわる特異性から二次の解法を適用することが出来ないという欠点が指摘されてきた。

 本研究は、スラック変数法に基づいて定式化された問題等特異性を有する場合にも適用可能な改良型の二次解法として、従来の一次解法と二次解法を結合したハイブリット型の準二次解法を提案し、その特性を示すとともに、簡単な例題を通してそれを明らかにし、応用例を通じてその実用性を確認したものである。

 第1章は序論であり、本論文で扱う最適制御問題と状態量不等式拘束の定義、論文の全体構成等について述べている。

 第2章では、この問題に関してこれまでになされてきた研究を、定式化手法と数値解法の双方の観点から概観している。これを踏まえて、比較的簡便かつ有効な定式化手法としてJacobsonらのスラック変数法を取り上げるとともに、数値解法については歴史的にもよく用いられ計算機にかける負荷も比較的少ないGradient系の方法としてMieleらの手法を紹介している。

 第3章は本論文の中核をなす部分であり、第2章で取り上げたスラック変数法をGradient系の数値解法で扱う場合について、一次、二次双方の解法の問題点を指摘し、これを克服する新たなハイブリッド型の準二次解法を提案している。この解法は、初期設定解に対するロバスト性の高さに代表される一次解法の特長と正解付近での優れた収束性に代表される二次解法の特長を併わせ持つことが期待され、また、解の逐次修正の過程において、一次解法では評価関数の減少が、二次解法では最適性の条件に対する誤差の二乗積分の減少が保証されているのに対し、新解法ではそれらの線形結合の減少が保証されている。

 第4章は数値計算例である。新しく提案された方法と従来の方法を様々なタイプの簡単な例題に適用して、本方法が上に述べた特長を有することを確認している。

 第5章、第6章は本方法の実際的な問題への適用例である。

 第5章では、現在宇宙科学研究所で開発が進められているAir Turbo Ramjetを用いた高速実験機の飛行経路を、エンジンサイズとあわせて最適化しその特徴について考察している。

 第6章では、スペースシャトル様の有翼型の再突入物体を想定して、そのダウンレンジの最適化を試み、事前に解の構成を仮定することなく、拘束上のアークを複数個有する解を得ている。

 第7章は結論である。

 以上要するに、本論文は、状態量不等式拘束条件を有する最適制御問題に適用可能な、新たな数値解法を提案してその特徴を示すとともに、応用例を通じてその実用性を証したものであり、宇宙工学上寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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