学位論文要旨



No 111592
著者(漢字) 張,愛華
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,アイカ
標題(和) 酸触媒を用いるパラフィンの異性化における水素のスピルオーバー効果
標題(洋) Role of Hydrogen Spillover in Acid Catalyzed Paraffin Isomerization
報告番号 111592
報告番号 甲11592
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3542号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 篠田,純雄
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 講師 中村,育世
内容要旨

 ガソリンのオクタン価を向上させるプロセスとして、パラフィンの骨格異性化反応が有効な手段の一つであることが知られている。近年、環境問題が深刻化するなかで、ガソリン中のベンゼンなどの芳香族炭化水素含有量の低減が強く望まれている。このため、異性化反応が再び注目を受けるようになってきた。異性化反応には貴金属担持固体酸触媒が優れた活性を示すことが知られており、反応機構としてオレフィンを中間体とする二元機能モデルが受け入れられてきた。一方、このような二元機能触媒においては貴金属を介して固体酸上へ水素がスピルオーバーする可能性があり、スピルオーバー水素が異性化反応に与える影響を検討する必要がある。本研究では、貴金属-ゼオライト系触媒を用いて、低級バラフィンの骨格異性化反応およびこの反応系における水素スピルオーバー効果について検討した。本論文は全6章より成る。以下に各章を簡潔にまとめる。

 第1章は序論であり、本研究の行われた背景と意義および本研究の目的について述べるとともに研究の概要を説明した。

 第2章では、ゼオライト上の酸点に吸着固定化されたピリジンの水素化反応を行い現象面から水素のスピルオーバーについて検討した。プロトン型ゼオライトのひとつであるH-ZSM-5上に吸着されたピリジンは気相に水素が存在しても水素化されることはない。ところが、イオン交換によりPtを担持することにより酸点に強く吸着されたピリジンが水素化されることをIRの測定により見い出した。単にPt/SiO2をH-ZSM-5に物理混合した場合にも同様の現象が観察された。この機構として、気相の水素が白金上に解離吸着され、担体表面に移動しさらにその上を拡散し酸点へ移動するスピルオーバー現象に基づくモデルを提案する。

 第3章では、典型的な金属固体酸二元機能触媒であるPt-ZSM-5に対して、水素の活性化機能を担うPt/SiO2、酸機能を担うH-ZSM-5とそれぞれ機能を分離した触媒、およびこれらを物理混合した触媒を用いて異性化における触媒の作用機構を検討した。Pt-ZSM-5は水素雰囲気中で、高い異性化活性を示すが、H-ZSM-5、Pt/SiO2単独では転化率は極めて低い。ところがH-ZSM-5にPt/SiO2を物理混合したいわゆるハイブリッド触媒ではPtを直接担持したPt/H-ZSM-5に匹敵する活性、選択性を示した。Pt/SiO2に替えてPd/SiO2を用いたハイブリッド触媒も同等の触媒性能を示した。ところが、これらの物理混合触媒でも、窒素氛囲気、あるいは粒子が緊密な接触状態にない場合には著しく活性が低下すること明らかになった。ZSM-5以外のUSY,Mordenite,L-typeゼオライトでもPt/SiO2のハイブリッド化の効果を確認した。これらの結果から、異性化反応が選択的に進行するためには水素、貴金属、および酸点の三つの要素が必要であり、しかも貴金属触媒と固体酸触媒が緊密に接触していることが必要であるといえる。特に粒子同士の接触状態が活性に顕著な影響を与えるという事実は、オレフィンを中間体とする従来説に対してスピルオーバーモデルの妥当性を強く支持するものである。

 第4章ではペンタンの反応における雰囲気切り替えによる過渡応答を詳細に検討した。N2→H2の切り替えに伴う触媒の再生において異性化の選択率が極めて短時間で回復すること、一方活性そのものの回復は緩やかでありほぼ触媒上のオレフィン、芳香族化合物等の被毒物質の減少に対応していることを明らかにした。従来スピルオーバー水素の役割として被毒物質の生成の抑制、あるいはその除去が認識されていたが、異性化の選択率のみが雰囲気の切り替えに極めて速やかに応答していることから酸触媒反応そのものへ与える影響も大きいといえる。

 第5章ではベンゼン低減に直結するベンゼンの水素化と生成するシクロヘキサンの異性化によるメチロシクロヘキサンの製造を検討した。ペンタンの異性化と同様に水素雰囲気でハイブリッド触媒を用いると選択性よくメチロシクロヘキサンの製造できることを実証された。さらに、直接担持触媒と比較して物理混合により調製されたハイブリッド触媒は担持金属の分散度の違いから水素化分解活性が低く異性化の選択性などに優れた触媒であることを見い出した。

 第6章では、以上の結果を踏まえ、異性化反応機構の再検討を行った。古典機構の欠点を克服するため、スピルオーバーの概念を異性化反応系に導入し、水素のスピルオーバー効果に基づく新たな触媒の作用機構を提案した。

審査要旨

 本論文は、低級パラフィンの骨格異性化反応を水素のスピルオーバーの観点から検討したもので6章より成る。

 第1章は序論であり、本研究の意義と目的について述べている。近年、環境問題が深刻化するなかで、ガソリン中のベンゼンなどの芳香族炭化水素含有量の低減が強く望まれている。このため非芳香族性高オクタン価ガソリン基材の製造法として、パラフィンの骨格異性化反応が再び注目を受けるようになってきた。異性化反応には水素共存下において貴金属担持固体酸触媒が優れた活性を示すことが知られており、これまで反応機構としてオレフィンを中間体とする二元機能モデルが受け入れられてきた。一方、このような二元機能触媒においては貴金属を介して固体酸上へ水素がスピルオーバーする可能性がある。本研究では水素のスピルオーバーが異性化反応に与える影響を検討し、これを積極的に利用した新たな触媒設計の概念を提案している。

 第2章では、ゼオライト上の酸点に吸着固定化されたピリジンの水素化反応を行い現象面から水素のスピルオーバーについて検討した結果が述べられている。プロトン型ゼオライトのひとつであるH-ZSM-5上に吸着されたピリジンは気相に水素が存在しても水素化されることはない。ところが、イオン交換によりPtを担持することにより酸点に強く吸着されたピリジンが水素化されることをIRの測定により見い出している。単にPt/SiO2をH-ZSM-5に物理混合した場合にも同様の現象が観察された。この機構として、気相の水素が白金上に解離吸着され、担体表面に移動しさらにその上を拡散し酸点へ移動するスピルオーバー現象に基づくモデルを提案している。酸点への水素のスピルオーバーを実証する新たな手法を確立したといえる。

 第3章では、典型的な金属固体酸二元機能触媒であるPt-ZSM-5に対して、水素の活性化機能を担うPt/SiO2、酸機能を担うH-ZSM-5とそれぞれ機能を分離した触媒、およびこれらを物理混合した触媒を用いて異性化における触媒の作用機構を検討している。Pt-ZSM-5は水素雰囲気中で、高い異性化活性を示すが、H-ZSM-5、Pt/SiO2単独では転化率は極めて低い。ところがH-ZSM-5にPt/SiO2を物理混合したいわゆるハイブリッド触媒ではPtを直接担持したPt/H-ZSM-5に匹敵する活性、選択性を示した。Pt/SiO2に替えてPd/SiO2を用いたハイブリッド触媒も同等の触媒性能を示した。ところが、これらの物理混合触媒でも、窒素雰囲気、あるいは粒子が緊密な接触状態にない場合には著しく活性が低下すること明らかにした。ZSM-5以外のUSY,Mordenite,L-typeゼオライトでもPt/SiO2のハイブリッド化の効果を確認している。これらの結果から、異性化反応が選択的に進行するためには水素、貴金属、および酸点の三つの要素が必要であり、しかも貴金属触媒と固体酸触媒が緊密に接触していることが必要であるとしている。特に粒子同士の接触状態が活性に顕著な影響を与えるという事実は、オレフィンを中間体とする従来説に対してスピルオーバーモデルの妥当性を強く支持するものである。

 第4章ではペンタンの反応における雰囲気切り替えによる過渡応答を詳細に検討している。N2→H2の切り替えに伴う触媒の再生において異性化の選択率が極めて短時間で回復すること、一方活性そのものの回復は緩やかでありほぼ触媒上のオレフィン、芳香族化合物等の被毒物質の減少に対応していることを明らかにした。従来スピルオーバー水素の役割として被毒物質の生成の抑制、あるいはその除去が認識されていたが、異性化の選択率のみが雰囲気の切り替えに極めて速やかに応答していることから酸触媒反応そのものへ与える影響も大きいと結論している。

 第5章ではベンゼン低減に直結するベンゼンの水素化と生成するシクロヘキサンの異性化によるメチロシクロヘキサンの製造を検討している。ペンタンの異性化と同様に水素雰囲気でハイブリッド触媒を用いると選択性よくメチロシクロヘキサンの製造できることを実証している。さらに、直接担持触媒と比較して物理混合により調製されたハイブリッド触媒は担持金属の分散度の違いから水素化分解活性が低く異性化の選択性などに優れた触媒であることを見い出している。

 第6章では、以上の結果を踏まえ、異性化反応機構の再検討を行っている。古典機構の欠点を克服するため、スピルオーバーの概念を異性化反応系に導入し、水素のスピルオーバー効果に基づく新たな触媒の作用機構を提案している。

 以上本研究の結果は基礎、応用いずれの見地からも高く評価でき、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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