水質汚濁が深刻化している水域を水道水源とする場合には、凝集沈殿や砂ろ過による従来の浄水処理だけでは溶存物等の除去が十分に行えず、安全でおいしい水道水を確保することが困難な状況となっている。このため、多くの浄水場においてオゾン処理や活性炭吸着などの、いわゆる高度浄水処理が従来の処理に付加されつつあるが、特に活性炭処理において層内に増殖する微生物の効果が生物活性炭として注目されている。ここでは、活性炭への吸着と活性炭の表面に付着・生息している微生物による生物分解の双方の相互的な除去機構が考えられるものの、これら相互の干渉を含めた定量的な機構は解明されていない。このような背景から、本論文は生物活性炭の吸着・分解機構を明らかにするための手法の開発と実際の水道原水を対象とした生物活性炭の状態把握への応用を目的とした研究からなり、全7章から構成されている。 第1章では、生物活性炭の特徴と浄水処理における位置づけを示し、既往の研究と現状の問題点を整理している。また、生物活性炭の吸着分解機構の化学工学的な解明の重要性を指摘し、本研究の位置づけと目的を明示している。 第2章では、生物活性炭における吸着と生物分解などの現象を個別に解析するための手法としてクロマト法モーメント解析の応用を提案している。これは生物活性炭の入口に吸着及び生物分解の双方に関与する有機物をパルス導入し、出口からの流出の仕方から内部で起こった現象を解析しようとするものである。まず、生物分解は有機物と微生物の濃度に対して1次反応として記述できると仮定し、また活性炭吸着に関しては直線平衡と吸着速度は十分に速い平衡吸着を仮定した数理モデルを提案している。次に、この数理モデルに基づいてパルス応答の0次から2次のモーメントの厳密理論解を導出し、この手法によって得られる情報について総括している。さらに、付着微生物量が極めて少量である浄水処理に用いられる生物活性炭に関して適用可能な簡便な近似理論解を導出し、第3章から第5章に述べられている実験との対応を明示している。 第3章では、活性炭素繊維を微生物担体とするモデル生物活性炭を用いて、クロマト法モーメント解析の有効性を実験的に検証している。グルコース及びブタノールをモデル有機物に選択し、実験室内の小規模な生物活性炭カラムにパルス導入してその応答を第2章で示したモーメント近似理論解と対比することによって、生物活性炭の吸着容量係数、生物分解速度定数、軸方向混合拡散係数、微生物膜内有効拡散係数等を同時に測定し、得られたそれぞれのパラメータの妥当性について議論している。その結果、第2章で示している近似解と本章で示している実験方法を組合せることによって、生物活性炭層内での吸着や生物分解などの諸現象を定量的、かつ簡便に測定することができると結論づけている。 第4章では、第2章と第3章で記述している手法を用いて、固体担体の異なる微生物膜における微生物活性を比較し、本手法を生物活性炭に適用する場合の留意点を示している。グルコースの生物分解速度を指標とする微生物活性は微生物膜担体によらず同一であるが、その分解生成物をも含めた全有機炭素の生物分解速度を指標とする微生物活性は活性炭を担体とする微生物膜において吸着能を有さない担体の場合と比較して大きく測定されるが、これは分解生成物の一部が活性炭に不可逆的に吸着するためであると指摘している。 第5章においては、第2章と第3章で記述している手法を実際の水道原水を用いたベンチスケールの生物活性炭に適用し、手法の実用性を検討している。オゾン及び塩素で前処理した原水と前処理なしの原水を用いる3系列の生物活性炭を約1年間にわたって運転し、実際の微生物量や有機物除去率の経時変化とグルコースのパルス応答で得られる吸着能と微生物活性の対応を検討し、本法が実際の生物活性炭の状態判断や処理水の変動予測に応用できることを明らかにしている。 第6章では、トリハロメタン前駆物質の生物活性炭における挙動を明らかにすることにより、活性炭のひとつの役割を提示している。生物活性炭は吸着と生物分解によってトリハロメタン前駆物質を除去する機能と、微生物活動によって新規のトリハロメタン前駆物質を生成する機能を合わせ持っていることを実験的に明らかにし、この現象の理解に基づいて生物活性炭によるトリハロメタン制御に重要な活性炭の性状を提示している。 第7章には、本論文における研究の成果が要約されている。 以上のように、本論文は生物活性炭の吸着・分解機構を解明するための手法を構築し、実験室内の小規模実験および水道原水を用いたベンチスケール実験においてその有効性を検証している。ここで得られた成果は生物活性炭の浄水処理への実用化に大きく貢献するものと思われる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |