学位論文要旨



No 111593
著者(漢字) 王,建中
著者(英字)
著者(カナ) ワン,チェンツォン
標題(和) 生物活性炭の吸着分解機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 111593
報告番号 甲11593
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3543号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,基之
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 迫田,章義
内容要旨

 近年、水道水源となる河川、湖沼などにおいては、富栄養化の進行により水道原水中の溶存有機物等も増大し、従来の急速ろ過を中心とした凝集、沈殿、ろ過の浄水処理のみでは、安全で快適な飲料水供給に対応できなくなっている。水道原水中の汚濁物質であるトリハロメタン前駆物質、カビ臭物質、アンモニア性窒素、さらに農薬などの微量有機物の除去に対して、生物活性炭(BAC)処理は高度浄水処理のひとつの有効な方法として非常に注目されている。BAC層内においては、吸着と微生物による生物分解が、処理機構や有機物の挙動などに関して相互に干渉し合うことが予想されるが、これまでのところ、これらの現象の定量的記述は行われていない。即ち、BAC処理が浄水処理に実用化されるには、BAC層内で生じる吸着と生物分解等にかかわる物質移動現象が、装置設計、操作条件の選定、制御などの為に、化学工学的に十分に解明されることが必要となる。

 本論文では、まずBAC層内で生じる吸着と生物分解に関する種々の物質移動現象等を定量的に解明する手法としてクロマト法モーメント解析の応用を提案した。次に、活性炭素繊維を用いたモデルBAC層における有機物のパルス応答のモーメント理論解および浄水処理の場合に適用できる近似解を導出すると共に、モデル有機物としてのグルコースおよびt-ブタノールを用いてのパルス応答実験との対応によって、BAC層の吸着と微生物活性などを定量的に評価することができた。

 また、クロマト法モーメント解析を用い、活性炭素繊維(ACF)、炭素繊維(CF)、グラスウール(GW)と異なる坦体上の微生物の活性を求め、この手法によって測定される微生物活性に対する分解生成物の挙動の影響を検討し、以下のような結果を得た。(1)グルコースの生物分解速度を指標とした微生物活性は、異なる坦体に付着した微生物においては、ほぼ同一であった。(2)グルコースの分解生成物を含めた全有機炭素の見掛けの生物分解速度を指標とした微生物活性は、活性炭を坦体とする微生物において他より大きく観察された。これは分解生成物の一部が活性炭に不可逆的に吸着するためであることが分かった。(3)BAC層の微生物活性を定量的に評価する方法として、グルコースをトレーサーとするクロマト法モーメント解析は簡便で有効な手法である。

 さらに、クロマト法モーメント解析を実際の水道原水を対象としたベンチスケールのBACに適用することを試み、吸着能と生物分解能を別々に分離して定量的に評価できるこの手法の有効性を示した。また、このように得られた情報と、実際の処理との対応を検討した。

 次に、BAC処理を浄水処理に応用しようとする場合、処理水の安全性を確保しなければならない。本論文では、BAC処理におけるトリハロメタン(THM)前駆物質の生成機構と、それらの生物分解性および活性炭への吸着特性を定量的に明らかにし、THM生成能の制御について検討を行った。BAC処理で生成する新規のTHM前駆物質は微生物の増殖中の代謝物と自己消化の分解生成物起源によるものに大別でき、微生物の活動はTHM前駆物質の挙動に大きく関与する。増殖過程で生成する代謝物中に含まれる分子量の大きい前駆物質は生物分解されやすいので、処理水中に流出することはないと考えられるが、自己消化により生じる分解生成物中に含まれる分子量の大きい前駆物質は極めて生物分解されにくいので、流出する可能性が高い。しかしながら、自己消化により生じる分解生成物中に含まれる分子量の大きい前駆物質は半径1.5〜10nmのメソポアをもつ活性炭によく吸着されるので、そのような活性炭の選択が処理水のTHM生成能の低減化には有効である。

 以上のようなことを総括し、本研究の結論は以下のようにまとめられる。

 これまで、ほとんど解明されないままであったBAC処理における生物分解や吸着などの現象を測定し解析する方法が確立された。クロマト法モーメント解析を実際の水道原水を対象としたベンチスケールのBACに応用し、得られた結果より、BAC処理における吸着と生物分解を別々に検討することが可能となった。BAC処理が実用化されるに当たっては、その処理機能の変動や水道原水水質の変動に対するBACの対応を理解し評価しておくことが重要である。実際の浄水処理場でのその評価手法として、クロマト法モーメント解析は比較的簡便かつ有効な手法といえる。

審査要旨

 水質汚濁が深刻化している水域を水道水源とする場合には、凝集沈殿や砂ろ過による従来の浄水処理だけでは溶存物等の除去が十分に行えず、安全でおいしい水道水を確保することが困難な状況となっている。このため、多くの浄水場においてオゾン処理や活性炭吸着などの、いわゆる高度浄水処理が従来の処理に付加されつつあるが、特に活性炭処理において層内に増殖する微生物の効果が生物活性炭として注目されている。ここでは、活性炭への吸着と活性炭の表面に付着・生息している微生物による生物分解の双方の相互的な除去機構が考えられるものの、これら相互の干渉を含めた定量的な機構は解明されていない。このような背景から、本論文は生物活性炭の吸着・分解機構を明らかにするための手法の開発と実際の水道原水を対象とした生物活性炭の状態把握への応用を目的とした研究からなり、全7章から構成されている。

 第1章では、生物活性炭の特徴と浄水処理における位置づけを示し、既往の研究と現状の問題点を整理している。また、生物活性炭の吸着分解機構の化学工学的な解明の重要性を指摘し、本研究の位置づけと目的を明示している。

 第2章では、生物活性炭における吸着と生物分解などの現象を個別に解析するための手法としてクロマト法モーメント解析の応用を提案している。これは生物活性炭の入口に吸着及び生物分解の双方に関与する有機物をパルス導入し、出口からの流出の仕方から内部で起こった現象を解析しようとするものである。まず、生物分解は有機物と微生物の濃度に対して1次反応として記述できると仮定し、また活性炭吸着に関しては直線平衡と吸着速度は十分に速い平衡吸着を仮定した数理モデルを提案している。次に、この数理モデルに基づいてパルス応答の0次から2次のモーメントの厳密理論解を導出し、この手法によって得られる情報について総括している。さらに、付着微生物量が極めて少量である浄水処理に用いられる生物活性炭に関して適用可能な簡便な近似理論解を導出し、第3章から第5章に述べられている実験との対応を明示している。

 第3章では、活性炭素繊維を微生物担体とするモデル生物活性炭を用いて、クロマト法モーメント解析の有効性を実験的に検証している。グルコース及びブタノールをモデル有機物に選択し、実験室内の小規模な生物活性炭カラムにパルス導入してその応答を第2章で示したモーメント近似理論解と対比することによって、生物活性炭の吸着容量係数、生物分解速度定数、軸方向混合拡散係数、微生物膜内有効拡散係数等を同時に測定し、得られたそれぞれのパラメータの妥当性について議論している。その結果、第2章で示している近似解と本章で示している実験方法を組合せることによって、生物活性炭層内での吸着や生物分解などの諸現象を定量的、かつ簡便に測定することができると結論づけている。

 第4章では、第2章と第3章で記述している手法を用いて、固体担体の異なる微生物膜における微生物活性を比較し、本手法を生物活性炭に適用する場合の留意点を示している。グルコースの生物分解速度を指標とする微生物活性は微生物膜担体によらず同一であるが、その分解生成物をも含めた全有機炭素の生物分解速度を指標とする微生物活性は活性炭を担体とする微生物膜において吸着能を有さない担体の場合と比較して大きく測定されるが、これは分解生成物の一部が活性炭に不可逆的に吸着するためであると指摘している。

 第5章においては、第2章と第3章で記述している手法を実際の水道原水を用いたベンチスケールの生物活性炭に適用し、手法の実用性を検討している。オゾン及び塩素で前処理した原水と前処理なしの原水を用いる3系列の生物活性炭を約1年間にわたって運転し、実際の微生物量や有機物除去率の経時変化とグルコースのパルス応答で得られる吸着能と微生物活性の対応を検討し、本法が実際の生物活性炭の状態判断や処理水の変動予測に応用できることを明らかにしている。

 第6章では、トリハロメタン前駆物質の生物活性炭における挙動を明らかにすることにより、活性炭のひとつの役割を提示している。生物活性炭は吸着と生物分解によってトリハロメタン前駆物質を除去する機能と、微生物活動によって新規のトリハロメタン前駆物質を生成する機能を合わせ持っていることを実験的に明らかにし、この現象の理解に基づいて生物活性炭によるトリハロメタン制御に重要な活性炭の性状を提示している。

 第7章には、本論文における研究の成果が要約されている。

 以上のように、本論文は生物活性炭の吸着・分解機構を解明するための手法を構築し、実験室内の小規模実験および水道原水を用いたベンチスケール実験においてその有効性を検証している。ここで得られた成果は生物活性炭の浄水処理への実用化に大きく貢献するものと思われる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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