学位論文要旨



No 111594
著者(漢字) 松本,和健
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,カズタケ
標題(和) Nbジョセフソン素子の微細化プロセスとその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 111594
報告番号 甲11594
学位授与日 1996.03.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3544号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 本研究は、超電導エレクトロニクスにおいて重要な材料であるNbを用いたジョセフソン素子をより微細に加工し、それを応用した生体磁気計測システムの要素技術であるSQUID磁束計とシールディング技術のS/N比向上のための研究を目的としている。

 生体磁気(特に脳磁界)は10(fT)程度の非常に微小な磁気信号であり、SQUID磁束計のような高感度磁気センサーによって計測される。全頭(約1000cm2)を同時に計測するためには、必要とされる空間分解能(数mm)から200-1000chの磁場検出部分とSQUIDデバイスが必要と考えられている。生体信号がデーター信号となるまでの回路系の中で特に信号感度をあげるために重要なのは、SQUIDデバイスであり、SQUIDデバイスを高出力、高抵抗、高速動作可能にすることで、全体のシステムの高感度、高スルーレート、広ダイナミックレンジ、回路の簡単化を実現できることになる。これを実現するための一つの方法がジョセフソン素子の接合面積を小さくすることである。

 さらに、生体磁気信号を測定するために重要な技術は、環境磁気雑音をいかに除去するかである。10(fT)の磁気信号に対して、磁気雑音は100-120(dB)も大きく、これを除去するためには通常パーマロイで作られた磁気シールドルームを使用している[2]。しかし十分な性能を持ったシールドルームは、そのシールド性能の周波数特性が必ずしも環境磁場のそれとマッチしているとはいえず、また、非常に高価で重量も重く、患者にとって違和感のある狭い閉空間となる。これらの問題を解決するためには、アクティブシールドが有望と考えている。

 まず、SQUIDデバイスの高感度化のために、サブミクロンサイズの接合を持ったジョセフソン素子を作成するためのプロセスを確立しなければならない。より微小な面積を持った、Nb素子を製作するためには、反応性ドライエッチングにおけるサイドエッチングの問題を克服する必要がある。本研究では、このドライエッチングにおける問題を解決する異方性の強い反応性ドライエッチングについて検討し、新しいエッチング方法として希ガスを添加した低温エッチングを提案し、サブミクロンサイズのNb素子を作成した。

 まず、エッチングのメカニズムを、検討した。本研究で重要な課題となる、イオンの特性と、温度の動特性について数値解析が可能な検討ができるようなモデルを検討した。中性粒子の輸送モデルと表面の反応については実験値にフィッティングさせておおざっぱな概算が可能な簡単なモデルを用いた。数値計算によって得られた結果は、実験結果との比較からほぼ矛盾のないものであった。この計算結果では、NbフィルムのSF6ガスによるRIEで温度を低くしていった場合にイオンアシストエッチングがそれほど支配的ではなく、サイドエッチングが小さくなるためにはエッチングレートが大きく犠牲になることが予想された。

 冷却テーブルに用いるための熱接触材料の検討を行い、シリコンオイルに銅のパウダーを7.3vol%混ぜた材料で、50Wの熱入力に対して80Kで熱伝達係数0.2W/cm2/K(5K程度の温度差に対応)の値を得た。

 CF4とSF6のエッチング特性の性質を検討し、ニオブのエッチングレート、そのエッチングレートに対するレジストのエッチングレート比とサイドエッチングのレート比が目標とするそれぞれの値300A/min以上、0.5以下、0という値に到達するためには、トレードオフの関係にあるため達成し得ないことが実験的に確認された。

 イオンアシストエッチングを期待して、基板を冷却するが、ニオブのエッチングレートの低下が生じ、レジスト、サイドエッチともに改善が見込みないことが判った。この原因は、計算結果でも予想されたように、SF6放電では、希ガスよりもイオンエネルギーが低くなるだろうこと、基板温度の低下に伴う非反応物質の吸着であることが質量分析、AES、XPSにより解析された。

 この問題点を解決するために、SF6+Heによる低温エッチングを提案し、10℃以下で、Heの混合量50vol%以上の時、非反応性粒子が除去され、サイドエッチがなくなることが判った。

 エッチング特性の圧力依存性、希ガスの添加量依存性を検討した結果、この異方性エッチングは側壁保護膜による効果であることが判った。実験された温度領域では、イオンアシストエッチングは支配的でなく熱励起的な反応が残っていることが確認された。

 質量分析と、数値計算の結果から、非反応性粒子の表面吸着の活性化エネルギーはイオンのエネルギーよりも十分に低いことが予想された。そのためイオンの除去効果は、より多くのイオン生成レートを示すより重い希ガスの方が、効率がよいと予想された。このメカニズムによって希ガス添加低温エッチングが説明できること判った。また、実験された温度領域では、化学反応性のエッチングが支配的な領域であるので、異方性エッチング側壁保護膜による効果で説明できる。

 サブミクロンサイズのエッチングプロセスによって実際に応用される対象としての検討を行った。まず、サブミクロンサイズのジョセフソン素子を試作しトンネルギャップと交流効果を確認したが、トンネルバリアのリークのため、ウィークリンクライクな特性のものが得られた。

 生体磁気計測における環境磁場のシールディングの問題を解決するためにSQUIDを用いたアクティブシールドを提案した。

 この方法を三次元に構成し、均一磁場に対して、1Hzでシールディングファクターが80dB程度まで得られ、実際の環境磁場中でもほかの磁場除去手段なしで心磁界計測が可能であることを示した。

 アクティブシールドにおけるシールディングファクターを環境磁気雑音に適合させるために伝達関数の検討を行い、シールディングファクターが1Hzで90dB程度、100Hzで60dB程度に改善できることが判った。

審査要旨

 本論文は「Nbジョセフソン素子の微細化プロセスとその応用に関する研究」と題し,7章により構成されている.

 第1章は「序論」であり,研究の背景と目的,および本論文の構成について述べている.

 第2章は「微小面積ジョセフソン素子とドライエッチング」と題し,従来のSQUID磁束針における設計論的立場から,サブミクロンサイズのジョセフソン接合の必要性を示している.その結果,サイドエッチングが素子特性に与える影響について検討し,異方性エッチングの必要性について述べている.従来のCF4+O2やSF6によるNbのエッチング方法では異方性エッチングを実現することが難しいことを実験的に示し,この問題の解決のために,本論文で提案している側壁保護膜を用いた異方性エッチングと低温エッチングが有効であることを述べている.

 第3章は「希ガス添加低温エッチングの提案とそのエッチング特性」と題し,Nbの新しいエッチング方法の提案を行っており.次章のエッチングメカニズムの解析とともに本論文の重要な部分となっている.まず,基板冷却の際に問題となる冷却方法と接触熱抵抗について検討し,真空中で,液体窒素温度まで使用可能な熱接触材料について検討をしている.次に,通常の反応性ドライエッチングで用いられるSF6ガスを用いたエッチング特性について評価を行い,基板を冷却した場合の非反応性粒子の影響について検討している.基板温度を室温から,30℃以上冷却すると,非反応性の粒子の吸着のためにエッチングレートが極端に低下し,レジストのエッジサイドのみ削れるトレンチ構造を観測している.この現象は明らかに非反応性粒子の存在を示している.非反応性の粒子については,エッチング中の質量分析と,オージェ電子分光,XPSによって評価した.一方.物理的エッチングを期待した単純な低温エッチングは,この非反応粒子の吸着のために難しいことも確認した.そこで,逆にこの吸着した非反応性粒子を側壁保護膜として利用した異方性エッチング法を提案している.この非反応性粒子を利用したエッチング法は,希ガスの添加によって安定に利御できることを見出している.基板温度と,希ガス添加量に対するエッチング特性の変化について調べ,またエッチングプロセス中の質量分析によって,ラジカルの生成,エッチング生成物,物理的にエッチングされる物質の定性的な評価を行った.

 第4章は「希ガス添加低温エッチングのメカニズムの検討」と題し,前章で得られた希ガス添加低温エッチングのエッチングメカニズムを考察している.まず実験により得られたエッチング量の圧力依存性と温度依存性に関係する基本的な物理的振る舞いに基づき,数値解析を試みた.通常,エッチングのメカニズムを数値解析するには,その系の複雑さのために大きな計算量を必要とするが,空間を一次元に制限し,瞬時の時間成分を平均化することで簡単化し,バソコンレベルでの計算を可能にした.この数値解析によってSF6のエッチングの特性,基板冷却で期待できる異方性の効果について計算を行い,1)非反応性粒子がない場合,2)イオンアシストエッチングが支配的になる場合,3)非反応性粒子が存在する場合の三つの場合についてのエッチング特性について検討した.希ガスのイオンの性質から,SF6に希ガスを添加していった場合に期待しうる効果について検討した結果,基板表面へのイオン入射レートが非反応性粒子の除去に寄与していることが示された.希ガス添加効果を実験データと矛盾無く説明するためには,非反応性粒子が基板の表面で反応性ラジカルとともにエッチング特性を決定する要因となっていること,希ガス添加に伴ってイオン入射レートが増加するために非反応粒子が除去されることが考察された.これらの考察から,希ガス添加低温エッチングでは,基板冷却によって吸着された非反応性粒子を,希ガスイオンが異方的に除去することによって,側壁保護膜による異方性エッチングが実現されているというモデルを導いている.

 第5章は「微小ジョセフソン素子の製作」と題し,希ガス添加低温エッチングを用いて,サブミクロンジョセフソン素子を試作し,その結果得られた特性について述べている.本研究では,絶縁層のリークのために期待できる特性を得るにはいたらなかったが.この方法が,Nb/AlOx/Nbの三層薄膜をエッチングする際に有用なことを示し,0.3mm×0.3mmの接合面積を持ったジョセフソン素子によって,従来のSQUIDセンサーの性能を約十倍程度改善可能なことを示した.

 第6章は「アクティブシールドの提案と生体磁気計測」と題し,生体磁気計測に有用な磁気シールド方法として,SQUID磁束計を用いたアクティブシールド法を提案している.このシールド方法の動作原理,利点と問題点について述べ,従来の磁気シールドルームと比較して,実際の環境磁場や生体磁気信号に適合したシールディング性能が得られることを示すとともに,性能を制限する伝達関数についても検討しているさらに三次元に構成したアクティブシールドで実証試験を行いその性能を評価している.その結果,アクティブシールドだけで,心磁界の測定を行っている.さらに,アクティブシールドの伝達関数について検討を行い,実際の磁場に適合した伝達関数の設計方法について述べている.

 第7章は「結論」であり,本研究で得られた研究成果を要約して述べる.

 以上これを要するに,本論文は高感度SQUIDシステムの実現を目的とし,微小Nbジョセフソン素子の実現に必要なSF6+Heのガス組成による希ガス添加低温エッチング法を提案し,それを用いてジョセフソン素子を試作し,またSQUIDの環境として必要な磁界シールドをアクティブシールドで実現する方法について検討を行ったもので,超伝導工学分野へ貢献するところが少なくない.

 よって著者は東京大学大学院工学系研究科におけろ博士の学位論文審査に合格したものと認める.

UTokyo Repositoryリンク