学位論文要旨



No 111613
著者(漢字) 北出,理
著者(英字)
著者(カナ) キタデ,オサム
標題(和) 下等シロアリ類の共生原生物相に関する生態学的・系統学的研究
標題(洋) Ecological and phylogenetic studies on symbiotic flagellate faunae of lower termites
報告番号 111613
報告番号 甲11613
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第76号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 助教授 嶋田,正和
 東京大学 助教授 原,登志彦
 山口大学 教授 山岡,郁雄
内容要旨

 下等シロアリは後腸(paunch)内に複数種の共生原生動物(鞭毛虫)を保有している。Corliss(1991)に従えば、共生原生動物はParabasala門のTrichomonadea綱Trichomonadida目、超鞭毛虫綱超鞭毛虫目およびMetamonada門のOxymonadida綱Oxymonadida目の3グループに属する。これら3目はミトコンドリアを欠いており、真核生物全体の中でも非常に早い時期に他から分岐したグループと考えられている。シロアリと原生動物は緊密な共生関係にある。原生動物の生産する酵素が宿主のセルロース消化に重要な役割を果たしている。また嫌気性で、二次宿主をもたないが、宿主コロニー内のシロアリ個体間の糞食によって伝達(transfaunation)が生じることが知られている。

 宿主のもつ原生動物の種組成は,ほぼ宿主の種に特異的であり、この組成の違いが宿主の系統関係を反映したものであろうという指摘が以前からなされている(Kirby,1937;Honigberg,1970)。シロアリと共生原生動物は宿主―共生者関係の研究の格好の材料となりうるのであるが、これまで詳しい調査や解析は行われてこなかった。

 そこで本研究では以下の二点を目的とした調査および実験を行った。

 (1)日本列島付近で未調査のシロアリに関し、その原生動物組成の詳細を明らかにする。

 (2)ヤマトシロアリ属(Reticulitermes)を主対象として下等シロアリの共生原生動物組成を規定する要因を解明する。これは宿主の系統の影響(association by descent)と種間の水平感染(association by colonization)の相対的割合としてとらえることができるが、それに影響する副次的要因についても検討した。

1.日本列島周辺のシロアリの原生動物組成

 まず琉球列島から中国南部にかけて分布するオオシロアリ属Hodotermopsis(オオシロアリ科:Termopsidae)の原生動物組成の調査を行った。屋久島から奄美大島に至る地域(H.japonica)、台湾島(H.sp.)、中国広東省(H.yui)の計33コロニーについて、1コロニーあたり10個体の擬職蟻を調べた。9属19種の原生動物が確認され、うち18種が新種で1新属を含む。これらの形態の記載を行った。このうち1種を除いてはコロニー間で種組成の違いは見られなかった。宿主の種に対応した組成の違いも見られなかったが、原生動物の属組成はシロアリ類全体の中で特異的なものである。

 次に日本列島周辺域に分布するヤマトシロアリ属Reticulitermes(ミゾガシラシロアリ科:Rhinotermitidae)の諸種を対象とした原生動物組成の調査を行った。1コロニーあたり5個体の擬職蟻の組成を調査した。調査地域と宿主の種は、北京(R.sp.1)、札幌―屋久島・種子島(ヤマトシロアリR.speratus)、山口西部(カンモンシロアリR.sp.2)、奄美大島・徳之島(キアシシロアリR.flaviceps amamianus,アマミシロアリR.miyatakei)、沖縄島(R.sp.3)、宮古島(R.sp.3)、石垣島・西表島・台北(R.sp.4)、霧社(キアシシロアリR.flaviceps flaviceps)、蘭嶼(キアシシロアリR.flaviceps flaviceps?)、香港(R.sp.5,R.sp.6,R.sp.7)、広州(R.guangzhouensis)である。

 調査の結果、宿主の種に対応して原生動物組成の相違が見られた。コロニー間の組成の差は、この種に特異的な基本的組成からの1種(わずかなコロニーでは2種)の原生動物の欠損(添加ではない)によって説明できる。

 原生動物の基本的組成の類似性についてクラスター分析(Jaccardの係数,UPGMA)を行った結果、カンモンシロアリを除いてはクラスタリングの結果は分布域とよく対応した。同時に屋久島と奄美大島の間のトカラ海峡を挟んで大きな組成の違いがみられた。各コロニーの原生動物組成について主成分分析を行った結果も、これに対応する。

 さらにProrhinotermes japonicus(ミゾガシラシロアリ科:Rhinotermitidae)について蘭嶼の1コロニーを調べた結果、4属4種の鞭毛虫が見いだされた。うち3種についてはミゾガシラシロアリ科に典型的にみられる原生動物の属である。残りの1種は非常に単純な体制の超鞭毛虫でJoenopsis属に似る。

2.ヤマトシロアリ属の系統関係の解析と、地理的分布・原生動物組成との対応

 原生動物組成の成立要因について議論するためには、まず宿主の系統関係を明確化する必要がある。ヤマトシロアリ属は分類に有効な形態形質に乏しく、日本列島周辺の種の分類についても検討の余地が残されているなど、形態形質に基づく系統関係の推定は非常に困難であるため、遺伝子の塩基配列の比較による推定を試みた。対象とした分類群は1に示した諸種と、R.lucifugus,R.santonensis(フランス産)であり、外群としてHeterotermes tenuior(ボルネオ産)を用いた。

 対象とした遺伝子領域はミトコンドリアDNAのチトクロムオキシダーゼ(サブユニットII)の一部である。抽出した全DNAを鋳型にしてPCRで増幅し、クローン化した後にジデオキシ法によって配列の決定を行った。

 各591bpの塩基配列データに基づき、近隣結合(NJ)法で系統樹を作成した結果、以下のような点が明らかになった。まず日本周辺のヤマトシロアリ属は単系統群を形成する。さらに人為的移入種と思われるカンモンシロアリ(R.sp.2)を除けば、トカラ海峡以北に分布するものとそれ以南に分布するものがそれぞれ単系統群を形成した。これは渡瀬線として知られる生物地理学上の分布境界に対応するものと考えられる。この大まかな分岐パターンは、カンモンシロアリも含めて、原生動物組成の類似性に基づくクラスター分析結果ともよく一致し、原生動物組成に対する宿主系統の強い影響が示唆される。また従来キアシシロアリとしてまとめられてきたグループは必ずしも単系統群ではないこと、カンモンシロアリが地理的には離れた中国大陸南部の諸種と近縁であることも示唆されたが、原生動物組成からもこれらは支持される。

 また各種原生動物の保有状況(有・無)について、宿主系統樹上への最節約的配置を行った。いくつかの鞭毛虫の種については保有状況は宿主の系統と必ずしも良い整合性を示さず、これらについては宿主間の水平感染の影響が想定できる。

3.異種シロアリ間の水平感染に関わる二次的要因について

 同所的に分布する異種シロアリ間で原生動物組成の違いが維持されている場合、以下のいずれかの前提条件が満たされていると考えられる。

 a)シロアリの消化管内の環境条件に差がある、あるいは種数が飽和状態にあるため、異種の原生動物が定着できない。

 b)互いに異種を認識し、コロニーの融合が起こらず、異種間で糞食をしない。また死体食による感染が生じない。

 これらの要因を検討するため、山口県西部に同所的に分布するヤマトシロアリ(R.speratus)とカンモンシロアリ(R.sp.2)について、コロニー間および種間の敵対性の程度、死体食による異種間感染の有無、人工的混合コロニーによる異種間感染の有無について検討した。

 その結果、以下の事柄が明らかになった。まず異種シロアリ間では激しい敵対性が存在する。異種間で死体食が生じたが、これによる感染は確認されなかった。また、混合コロニーでは異種間での原生動物の感染が生じた。

 両種は日本列島周辺のヤマトシロアリ属の中では系統的には遠い関係にある(2)が、原生動物の種間感染を完全に妨げるまでの消化管内の環境条件の差は存在しないと考えられる。同所的に分布する異種シロアリ間では敵対的な行動によって感染が妨げられていることが示唆される。

審査要旨

 下等シロアリは後腸内に複数種の共生原生動物(鞭毛虫)を保有している。それらの共生原生動物は、Parabasala門のTrichomonadida目と超鞭毛虫目、およびMetamonada門のOxymonadida目の3グループに属する。これらの3目はミトコンドリアを保有しておらず、真核生物全体の中でも非常に早い時期に、他から分岐したグループと考えられている。シロアリと原生動物は緊密な共生関係にあり、原生動物の生産する酵素が、宿主のセルロース消化に対して重要な役割を果たしていること、また、共生原生動物は嫌気性で二次宿主をもたず、シロアリ個体間の糞食によって、宿主コロニー内での伝達が生じることが知られている。

 宿主シロアリのもつ原生動物の種組成は、ほぼ宿主の種に特異的であり、この組成の違いが宿主シロアリの系統関係を反映したものであろうという指摘が以前からなされていた。このようにシロアリと共生原生動物は、宿主一共生者関係の研究における格好の材料となりうるのであるが、これまで詳しい調査や解析は行われてこなかった。そこで本論文の提出者は以下の二点を目的とした調査および実験研究を行なっている。

 (1)日本列島付近で未調査のシロアリに関し、その原生動物組成の詳細を明らかにすること。

 (2)ヤマトシロアリ属(Reticulitermes)を主対象として、下等シロアリの共生原生動物組成を規定する要因を解明すること。これは宿主の系統の影響と種間の水平感染の相対的割合としてとらえることができるが、それに影響する副次的要因についても検討されている。

 主論文は5章から構成されている。その一部は既に1編の論文として印刷公表されている。この論文は1名の共著者との連名であるが,論文提出者の北出理が筆頭著者であるだけでなく、彼の主導で研究が進められたものであることを論文審査において確認した。なお、その論文の内容を主論文のなかに含めることについては共著者の承諾書が得られている。

 主論文の第1章から第3章は日本列島周辺のシロアリの原生動物組成の研究である。第1章では南西列島から中国南部にかけて分布するオオシロアリ属Hodotermopsis(オオシロアリ科:Termopsidae)の原生動物組成の調査が行われている。屋久島から奄美大島に至る地域のH.japonica、台湾島のH.sp.、中国広東省のH. yuiの計33コロニーについて、1コロニーあたり10個体の擬職蟻が調べられたが、9属19種の原生動物が確認され、うち18種が新種で1新属を含んでいる。これらの形態の記載がおこなわれ、このうち1種を除いてはコロニー間で種組成の違いは見られなかった。宿主の種に対応した組成の違いも見られなかったが、原生動物の属組成はシロアリ類全体の中で特異的なものであった。

 第2章では日本列島周辺域に分布するヤマトシロアリ属Reticulitermes(ミゾガシラシロアリ科:Rhinotermitidae)の諸種を対象とした原生動物組成の調査が行われている。調査地域と宿主の種は、北京のR.sp.1、札幌から屋久島・種子島のヤマトシロアリ、山口西部のカンモンシロアリ、奄美大島・徳之島のキアシシロアリとアマミシロアリ、沖縄島のR.sp.2、宮古島のR.sp.3、石垣島・西表島・台北のR.sp.4、霧社のキアシシロアリ、蘭嶼のキアシシロアリ、香港のR.sp.5,R.sp.6,R.sp.7、広州のR.guangzhouensisであった。

 調査の結果、宿主の種に対応して原生動物組成の相違が見られている。コロニー間の組成の差は、この種に特異的な基本的組成からの1種(わずかなコロニーでは2種)の原生動物の欠損によって説明できている。

 原生動物の基本的組成の類似性についてクラスター分析(Jaccardの係数、UPGMA)が行われた結果、カンモンシロアリを除いてはクラスタリングの結果は分布域とよく対応している。同時に屋久島と奄美大島の間のトカラ海峡を挟んで大きな組成の違いがみられている。各コロニーの原生動物組成について主成分分析を行った結果も、これによく対応している。

 第3章ではミゾガシラシロアリ科のProrhinotermes japonicusについて台湾蘭嶼の1コロニーが調べられ、4属4種の鞭毛虫が見いだされている。うち3種はミゾガシラシロアリ科に典型的にみられる原生動物の属であり、残りの1種はこの科からは未報告の単純な体制の超鞭毛虫である。

 第4章はヤマトシロアリ属の系統関係の解析と、地理的分布・原生動物組成との対応に関する研究である。原生動物組成の成立要因について議論するためには、まず宿主の系統関係を明確化する必要がある。ヤマトシロアリ属は分類に有効な形態形質に乏しく、日本列島周辺の種の分類についても検討の余地が残されているなど、形態形質に基づく系統関係の推定は非常に困難であった。そこで、本論文では遺伝子の塩基配列の比較による推定が試みられている。対象とした分類群は第1章で解析した諸種と、フランス産のR.lucifugus,R.santonensisであり、外群としてボルネオ産のHeterotermes tenuiorが用いられている。

 対象とした遺伝子領域は、ミトコンドリアDNAのチトクロムオキシダーゼ(サブユニットII)の一部である。抽出した全DNAを鋳型にしてPCRで増幅し、クローン化した後にジデオキシ法によって配列の決定が行われている。各591bpの塩基配列データに基づき、近隣結合法で系統樹を作成した結果、以下のような点がよく明らかにされている。

 まず日本周辺のヤマトシロアリ属は単系統群を形成していること。さらに人為的移入種と思われるカンモンシロアリを除けば、トカラ海峡以北に分布するものとそれ以南に分布するものがそれぞれ単系統群を形成していること。これは渡瀬線として知られる生物地理学士の分布境界に対応するものと考察している。この大まかな分岐パターンは、カンモンシロアリも含めて、原生動物組成の類似性に基づくクラスター分析結果ともよく一致し、原生動物組成に対する宿主系統の強い影響が示唆される。また、従来はキアシシロアリとしてまとめられてきたグループは必ずしも単系統群ではないこと、カンモンシロアリが地理的には離れた中国大陸南部の諸種と近縁であることも示唆されたが、原生動物組成からもこれらは支持される。

 各種原生動物の有・無について、宿主系統樹上への最節約的配置を行っているが、いくつかの鞭毛虫の種については保有状況は宿主の系統と必ずしも良い整合性を示さず、これらについては宿主間の水平感染の影響が想定できるとしている。

 第5章は異種シロアリ間の水平感染に関わる二次的要因についての研究である。同所的に分布する異種シロアリ間で原生動物組成の違いが維持されている場合、以下のいずれかの前提条件が満たされていると考えられる。

 (1)シロアリの消化管内の環境条件に差がある、あるいは種数が飽和状態にあるため、異種の原生動物が定着できない。

 (2)互いに異種を認識し、コロニーの融合が起こらず、異種間で糞食をしない。また死体食による感染が生じない。

 これらの要因を検討するため、山口県西部に同所的に分布するヤマトシロアリとカンモンシロアリについて、コロニー間および種間の敵対性の程度、死体食による異種間感染の有無、人工的混合コロニーによる異種間感染の有無について検討している。その結果、以下の事柄がよく明らかにされている。まず異種シロアリ間では激しい敵対性が存在すること。異種間で死体食が生じたが、これによる原生動物の感染は確認されていないこと。また、混合コロニーでは異種間での原生動物の感染が生じていること。

 両種は日本列島周辺のヤマトシロアリ属の中では系統的には遠い関係にあるが、原生動物の種間感染を完全に妨げるまでの消化管内の環境条件の差は存在しないと考えられる。同所的に分布する異種シロアリ間では敵対的な行動によって感染が妨げられていることが示唆されるとしている。

 以上、本論文は日本列島付近の下等シロアリの原生動物組成、ヤマトシロアリ属のDNA分析による系統解析と原生動物組成および地理的分布との対応、そして異種シロアリ間の水平感染に関わる要因についてフィールドおよび実験室で詳細な研究を行い、幾多の新知見を得たものであり、功績が大きい。よって本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると、審査委員会は認める。

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