学位論文要旨



No 111615
著者(漢字) 船渡,陽子
著者(英字)
著者(カナ) フナト,ヨウコ
標題(和) 銀河間相互作用による銀河の進化
標題(洋) Dynamical Evolution of Galaxies through Mutual Gravitational Interaction
報告番号 111615
報告番号 甲11615
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第78号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉本,大一郎
 東京大学 教授 阿部,寛治
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 助教授 牧野,淳一郎
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
内容要旨

 銀河団は銀河が100〜1000個集まってできているシステムである。その中ではメンバーの銀河どうしの衝突がおこり、そのことが各々の銀河の進化に影響を与えていると考えられる。例えば、銀河団内の楕円銀河には共通に見られる構造があることが知られているが、このような共通の性質・構造は銀河どうしの衝突を考えることによって説明できる可能性がある。楕円銀河に共通する構造がどのようにして形成されたのかは、ひとつの銀河をひとつの孤立系とみなして考えている限りわからなかった。なぜなら、楕円銀河は無衝突系であり、それを孤立系と見た場合には、宇宙年齢の間に、銀河を初期条件によらない平衡状態に進化させるようなメカニズム(統計力学でいうところの緩和過程)が見つからないからである。しかし、ひとつの銀河を孤立系とみなさず、銀河どうしの衝突を考慮にいれると楕円銀河に見られる共通の性質・構造を説明できる可能性がある。例えば、楕円銀河の表面輝度分布は全て同じ分布に従うように見えるが、これは銀河が衝突などの強い場の振動をうけると形成されるものであることが明らかにされている。このときには、銀河が開放系であることが本質的な役割をはたす。我々は本研究において、共通の性質のひとつである、Faber-Jackson関係も銀河どうしの衝突を考えることによって自然に説明できることを示す。

 本研究において、我々は、銀河どうしの衝突によって各々の銀河の質量とエネルギーがどのように変化するかを調べた。銀河どうしの衝突には大きく分けるとふたつある。ひとつは合体にいたる衝突であり、もうひとつは合体にいたらない衝突である。本研究では、合体にいたらない衝突の場合について調べた。合体する場合については、近年比較的研究がすすんできているが、合体しない衝突についてはほとんど調べられていない。しかし、合体にいたらない衝突においても、各々の銀河は潮汐力をうけ構造が変化する。しかも、合体に至らない衝突の頻度は合体の場合にくらべ大きい。銀河団の中にあるほとんどの銀河は、このような衝突の影響を受けていると思われるので、この影響を調べることは、銀河の力学進化を考える上で重要である。

 衝突による各々の銀河の質量とエネルギーの変化は、衝突のパラメーター(衝突速度V、impact parmeter )、及び、銀河の構造によると予想される。我々は、ふたつのモデル銀河を用いて、いろいろな衝突速度とimpact parameterの組合せについて数値実験を行ない、質量とエネルギーの変化を調べた。銀河モデルとしては、球対称等方的なプラマーモデルとハーンキストモデルを用いた。銀河の質量をM、特徴的な半径を0とおくと、それぞれの密度プロファイルは次のように表される。

 

 これらは、中心にコアを持ち外側では密度が-aで表されるハローを持ったモデルである。

 我々は、まず、直接N体計算を行ない、ふたつの球対称な銀河モデルの衝突を数値実験した。衝突によって、どのように質量とエネルギーが変化するかを、衝突のパラメータVとを系統的に変えて調べた。その結果、質量とエネルギーの変化量の間には、衝突のパラメーターにほとんどよらずに、次のような関係が成り立つことがわかった。

 

 この結果は、同じ銀河モデルであれば、衝突のパラメータにほとんどよらずに質量とエネルギーの変化に比例関係があることを示している。

 次に、我々は、この比例定数がどのように決まるかを以下のようにして考察した。ひとつの銀河全体での衝突による質量とエネルギーの変化|M|と|E|について、次のふたつの仮定をする。まず、質量の減少は、ハローにいる粒子がはぎとられることによっておこるとする。ふたつめに、エネルギーの変化は、残った粒子が受けとったエネルギーの総和であるとする。剥がされる粒子は、もともとエネルギーが0に近い粒子なので、剥がされるときにエネルギーを持ち去らないと考えて良いからである。銀河どうしがインパクトパラメータ、相対速度Vで衝突する場合について、インパルス近似を用いて見積もると、一つの銀河全体での質量の変化とエネルギーの変化の関係は次のように書ける。

 

 ここで、0はそれぞれ銀河の特徴的な半径と速度分散であり、定数cは銀河モデルの構造(中心集中度、及び、速度の非等方性)によって決まるパラメータである。このパラメータを解析的に精確に見積もることは難しいが、おおよそ、〜100のオーダーの値になると考えられる。さらに、ハーンキストモデルとプラマーモデルの場合には、だいたい同じくらいの値をとると予想される。この結果を数値計算の結果と比べてみると、両方のモデルについてc1.5とすると、数値計算で得られた結果と一致する。このことから、上の式は、質量とエネルギーの変化の関係を正しく表していると考えられる。

 最後に、このような衝突が実際の銀河団の中の銀河の進化にどのような影響を及ぼすかについて考察する。銀河団の中の銀河が、このような衝突を何回も経験しているとする。このような環境の中では、銀河のハローは〜r-4となるよう発達することが知られている。したがって、各銀河はハーンキストモデルに近い構造をするようになると考えられる。以上から、銀河どうしの衝突がよくおこるような場合には、各銀河の質量とエネルギーの間にはE〜M1.5の関係が成り立つようになると予想される。これを、質量と速度分散の関係に書き直すと、〜M0.25となる。Funato et al.(1993,PASJ,45,289)は銀河団の進化を個々の銀河をN体で表したモデル銀河団の直接N体計算を行なった。その結果、銀河団が進化するにつれてメンバーの銀河の質量と速度分散の間には、初期条件によらずに〜M0.25という関係が成立していくことを示した。しかし、どうしてこのような関係が発達するのかはよくわからなかった。一方、衝突などによる強い潮汐力を受けた銀河はかならず-4のハローを持つように進化することが知られている(e.g.Jaffe,1987)。このことと、今回の我々の結果から、Funato et al.(1993)が得た関係は銀河どうしの頻繁な衝突の結果であるということができる。一方、現実の銀河団内にいる楕円銀河については、速度分散と明るさLの間に〜L0.25という関係があることが知られている(Faber-Jackson関係)。これも、銀河団の中で銀河が頻繁に衝突して楕円銀河が形成されたこと、及び、M∝Lを仮定すると、今回の我々の結果から自然に説明できる。これらの結果は、楕円銀河はハーンキストモデルに近い構造(-4で表されるハローを持つ)をしていること、銀河団内では銀河どうしの衝突が頻繁におきていること、そのような衝突によって楕円銀河が形成・進化してきたこと、を強く示している。

審査要旨

 銀河団は銀河が100-1000個のオーダーで集まっている系である。系を構成するそれぞれの楕円銀河の光度は銀河内の星の速度分散の2乗に比例することが、観測によって知られており、Faber-Jackson関係と呼ばれている。本論文は、そのような関係が銀河団の進化の過程のなかで形成されてきたものであることを理論的に、世界で最初に明快に示したものとして評価される。

 本論文は4章からなる。第1章では問題の意義が述べられ、これまでの関連研究が批判的に整理されるとともに、本研究の結果がまとめられている。論文提出者が注目したのは次の点である。個々の銀河の内部において星どうしが衝突する時間尺度は宇宙の年齢よりも長いので、そのような過程によって、多くの銀河に共通する性質が形作られることは期待出来ない。しかしながら、銀河団全体に目を向けると、個々の銀河どうしは互いに衝突を繰返している。このことは、de Vaucouleurs則として知られている個々の銀河の内部における星の空間分布が、銀河どうしの衝突の結果として説明されていることからも分かる。そこで、論文提出者は、Faber-Jackson関係も銀河衝突の結果として説明できないかと考えた。

 ところで銀河衝突の問題については、これまでは、衝突後に銀河どうしが合体するような激しい衝突が主に注目されてきた。しかし、重力相互作用の遠距離性を考えると、銀河どうしがすれ違うという比較的弱い衝突のほうがその回数は多い。そのとき、お互いの潮汐力によって銀河内の星の運動エネルギーが変化し、それぞれの銀河から一部の星が引き出されて銀河の質量が減少したり、銀河の重力結合エネルギーが減少したりする。論文提出者はこのことに注目し、これまで見過ごされてきた弱い衝突の繰り返しという過程を解析した。こうして銀河団の楕円銀河にFaber-Jackson関係が形成されてくることを示すのに成功した。これは、銀河団の進化において重要な視点を指摘したものとして評価される。

 第2章では銀河衝突の数値実験の方法が述べられ、その結果がまとめられている。それは同一構造をもつ2つの銀河を衝突させるものである。衝突前の銀河の構造については、2つの典型としてハーンキスト・モデルとプラマー・モデルが採用されている。衝突は双曲線軌道によるものであるが、その衝突径数と銀河の初期速度という2つのパラメターの組合せについて、両モデルにわたって約300の場合について数値実験を行なっている。そのような数値実験の試みはこれまでにもあったが、重力多体問題としてきちんととり扱ったものについては、一つの銀河を256個の粒子で表現したという、結果を読み取るには粗すぎるものであった。これに対し、本論文では4096個の粒子で表現しているので、衝突に伴って起こる物理過程について、初めて明快な回答を得ることができたのである。このように大規模な数値実験が可能になったのは、東京大学教養学部で開発された世界最高速の重力多体問題専用計算機を使ったからである。こうして、この数値実験は、現在のところ世界で最大規模のものである。

 数値実験の結果として解明されたことはいろいろあるが、最も重要な点は、つの銀河について、重力結合エネルギーの減少の相対値は質量減少の相対値に比例するということの発見である。この関係は、衝突のパラメターには殆ど関係なく決まっている。比例係数の値は銀河の初期モデルに依存するが、ハーンキスト・モデルの場合には、Faber-Jackson関係に翻訳すると、観測に一致する値になることが示されている。このモデルは、銀河の比較的外側における星の密度分布がde Vaucouleurs則に対応するものである。こうして、Faber-Jackson関係は、銀河団における銀河衝突の結果として形成されたものであると論じられている。

 第3章では解析的手法によって近似理論を構成し、数値的に得た結果を解釈している。用いられているのは、インパルス近似と呼ばれるもので、個々の銀河の内部で星が有意に移動する時間に比べて短い時間の間に、衝突する銀河が通り過ぎるというものである。銀河の内部の星は通り過ぎる銀河の潮汐力を受け、その運動エネルギーが増大する。その値は星の銀河中心からの距離に依存する。銀河の比較的外側にあって、その星の銀河に対する重力結合エネルギー以上のエネルギーを受け取る星は、銀河の重力を振り切って逃げていく。そのような星の数から衝突による質量の減少が計算されている。銀河の比較的内側にあって、受け取ったエネルギーがそれほど大きくない星は、銀河全体のエネルギーの増大に寄与する。論文提出者はそれらの過程を解析的にとり扱って、数値実験の結果を良く説明する関係式を導出した。

 第4章ではそれらの結果をまとめるとともに、観測されるFaber-Jackson関係に翻訳している。すなわち、個々の銀河は衝突後もビリアル平衡になることを使って、数値実験で求められた衝突後の銀河のエネルギーを、銀河内の星の速度分散と関係づけている。そして銀河の質量は銀河の光度に比例すると読み替えている。こうして、銀河を構成する星の速度分散と銀河の光度の間に観測される関係が説明されている。

 以上要するに、論文提出者は銀河団の進化において銀河どうしの衝突が果たす役割に注目し、それを数値実験的にも理論的にも解析して、銀河団の中の楕円銀河にFaber-Jackson関係が形成されてくる過程を解明した。このFaber-Jackson関係は、銀河の諸問題を研究するときに経験則として広く用いられているが、その理論的根拠を示したことになる。もっとも、厳密に言うと、個々の銀河の衝突に際して起こるエネルギーと質量の変化を一つの銀河団の現在の姿におけるエネルギー分布の質量依存性に結びつけるためには、もう一つの条件が必要である。すなわち、銀河団が形成されたときの初期状態に存在するそれらの関係の広がりが、その後のエネルギーや質量の変化の積分量に比べて小さかったということがなければならない。しかし、これは銀河団自身の起源の問題として別に究明されるべきものである。むしろこの論文は銀河団の問題を整理して、銀河団形成の初期条件の問題とその後の進化の問題に分離したという功績をもつものと言ってもよい。こうして、本論文は天文学における新しい知見としても、銀河団の進化における銀河衝突の意義についても、有用でかつ重要な貢献をしたものである。よって、本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると、審査員全員が認める。

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