学位論文要旨



No 111619
著者(漢字) 大内,則幸
著者(英字)
著者(カナ) オオウチ,ノリユキ
標題(和) 大自由度開放系のモデル化、ダイナミクス、統計性 : 砂漠とその関連した系についての研究
標題(洋) Modeling,Dynamics and Statistics of Spatially Extended Open Systems : Desert and Related Systems
報告番号 111619
報告番号 甲11619
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第82号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,邦彦
 お茶の水女子大学 教授 太田,隆夫
 東京大学 教授 桜井,捷海
 東京大学 教授 三村,昌泰
 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 助教授 池上,高志
内容要旨

 現在まで大自由度の非線形非平衡系を研究対象として、自己組織現象のダイナミクス、またそれらの統計力学的性質に興味を持って研究を進めてきた。なかでも、砂丘、風紋等の離散系の研究をしている。これら空間的に拡がった大自由度系、または一般に開放系の研究は、いわゆる解析的な取り扱いの難しさに加えて、主に非線形性および大自由度性からくる現象の複雑さの為に、伝統的な物理学の方法のように、研究対象の簡略化を行なうことは非常に困難であるように見える。言い換えると、現在の研究対象はそこまで難しくなっているとも言える。このドグマによって、我々は複雑な対象を取り扱う際、どうしても系の「オブジェクト」たる部分系に目を向けがちである。しかし一般に空間的に拡がった非線形大自由度系(以下、単に開放系と略す)は空間および時間的に、いわゆる"階層構造"を持つことが知られ、この性質の為ある定まったスケールのダイナミクスは、異なるスケールにおいては、また違ったものになり、同じスケール間での相互作用及び、異なるスケール間での相互作用(階層構造同士の相互作用)をも考慮しなければならないのが常である。また、系が"開放"であるが故に、その境界の考慮もまた難しいと言わざるを得ない。

 砂丘のように時空スケールの大きな現象は、形成の実験を行なうことが困難であり、また観測もその形成過程の時空スケールのの一部でしか行なうことが出来ない為、いまだ砂丘形成過程の普遍的実験/観測事実というものはほとんど無いのが現状である。このような、いわゆる複雑系に対しては、基礎方程式の確立が非常に困難であり、また仮に基礎方程式が存在しても、階層構造の存在は従来の還元論的な解析を破綻させている。したがって、この様な系を研究するひとつの方法として、本論文では現象論的に系の相互作用の構造に着目してモデル化し(一切の非線形性を含めて記述する)、計算機の中に人工的な物理系を構築し、そのモデルの計算結果より自然界との普遍性を見る、という研究方法を行なった。例えば、生物の進化のような、いままで一度しか起きていない現象を研究する際、実際に計算機の中で模擬的に進化の道筋を辿り、"ありえる(現在の)姿"を摸索し、パラメータのアンサンブルを考える事によって、何故、進化は現在のような形になったか、を調べる事ができる。その様な目的で砂丘形成系等をモデル化し、そのダイナミクス等について述べた。以下、本論文で取り扱ったいくつかの例について述べる。

 砂丘とは、多数の砂の協同的運動によって発生する、一群の大規模な形態のことをいうが、その砂を動かしているのは上空を流れる風である。一般に砂丘は単体では存在せず、砂丘群を形成し、また砂丘はさらにスケールの小さな風紋のサポートにもなっており、異なるスケールの共存するある種の階層系といえる。また風紋と砂丘はそのスケールにおいてクロスオーバーがなく、その発生のメカニズムは異なるものであると予想されている。砂丘も風紋もその構成要素は砂であり、個々の砂の運動は簡単なNewton力学で記述できる。しかし砂を流体として見た場合、その性質は通常の流体とはひどく異なっていることがわかる。たとえば、砂の集団の粘性は砂の間の摩擦に依っており、加えて安息角の存在の為非常に非線形性の強いものとなっている。また、系のポテンシャルは、たくさんの準安定状態が存在する多谷構造となっている。さらに、砂流体は連続ではなくちぎれて動く(ジャンプする)。したがって砂の運動を微分方程式系に載せるのは非常に困難である。また、空気は粘性が非常に小さいので、パターンを形成する原動力である風は乱流となりやすいことがわかる。

 このように、砂丘の形成の問題は系の自由度の大きさ、および風、砂の流体としての性質の非線形性の為、解析的に解くのは非常に困難である。そこで、現象を簡単に流体の場と砂(非線形流体)の間の相互作用として捉え、Coupled Map Lattice(CML)を用いてモデル化し、計算機でシミュレーションを行なった。

 モデルは非常に簡単で、二組の変数h(x,n),u(x,n)、それぞれ砂山の高さ、風速を表す、を持ち、砂の運動に関しては、風による砂の流入qin、流出qout及び、重力による崩れを拡散の形D12hで置き、風のダイナミクスは、卓越風(およそ一方向に吹く風)を考え、粘性に相当する拡散項D22u(x,n)と、砂丘と風の相互作用の項f(u,∇h)を含む、以下のようなものとなっている。

 

 x,nはそれぞれ、位置、時間ステップであり、離散値である。また、n’は計算の中間ステップであり、拡散はnext-nearest-neighborまでの離散形で、風による輸送の項は、砂丘で行なわれた砂の輸送量の実験式を用いた。地形からの寄与の項f(u,∇h)に関しては、砂丘のスケールが大きいことから小さなスケールの乱流はある程度無視でき、ポテンシャル流で近似できると考え、局所的な砂丘の形を半球の一部と考え、半球まわりのポテンシャル流を計算している。モデルには、ポテンシャル流を用いたことで、粘性流体の特徴である剥離やWakeが存在しないが、砂の輸送量の部分に風上と風下の非対称性が含まれており、特定のケースを除いてはあまり影響はないと考えられる。

 このモデルを計算した結果、卓越風である場合にできるパターンもほとんど再現できた。ただし、バルハン砂丘と言う三日月型の小型のものは、シミュレーションで得られたものが現実のものと風上風下が逆の形になり、剥離、Wakeの効果が無視できないこともわかった。砂丘には、風が様々な方向から吹くことによってできる星型砂丘等の特殊なものも存在するが、それらは卓越風によってできる砂丘の複合したものとして考えられる為、およそ全ての砂丘を形成することができるモデルであると言える。そのなかでも、外力(風)の方向に並行に波のならぶ珍しいパターンでもある、縦列型砂丘も再現することが出来た。これまで、このような縦列型砂丘の形成要因としては、大気の対流ロールや、風がヘリシティを持つ為であると考えられてきたが、このモデルはそれらとは異なった機構で縦列型砂丘が出来ることを示している。また、この縦列型砂丘においては、その表面には風の方向に横断的なさらに波長の短いパターンが形成され、一種の階層構造を作ることもわかった。図1はシミュレーションで得られた結果の一部である。

 これら砂丘等の系は、その相互作用の構造が特殊であることがわかる。つまり、長距離の相互作用と局所相互作用が混在しているわけである。このような構造をもつ系は、自然界において多く見られ、例えばTuringパターンのダイナミクスや、高分子系、また生体系などにもその様な構造が認められる。そこで、現象を抽象的にモデル化した、以下のようなモデルを用いて研究を行なった。

 

 ここでは、系の局所的な変数で、例えば化学物質の濃度等を表し、iおよびnはそれぞれ、空間、時間のインデックスで離散値をとる。また、ローカルダイナミクスとしては今までよく研究きれている、ロジスティックマップでカオスを用いている。このモデルを計算した結果、このモデルはいくつかの相が存在し、パターンが分裂を繰り返すという相や、ストリング状のパターンが生成消滅する相など、いままで見つかっていないような、非常に興味深い相が発見できた(図2参照)。ただ、現実の物理量との対応がつきにくいという欠点はもっているが、得られたパターンはSwinneyらの実験で得られているものや、脳内のニューロンの活動電位のパターンと酷似しており、なんらかの統計的な普遍性を持つモデルであると考えられる。また、それぞれの相を区別するメジャーも見つかっており、また、統計力学的に面白い性質も持っていることもわかった。

図表図1 / 図2
審査要旨

 論文提出者は、非平衡開放系のパターン形成についてセルオートマトン、結合マップ格子などを用いた新しいモデル化を行ないそのシミュレーションにより砂丘や風紋形成、さらにブラックホールのまわりのディスクの動的過程などに新しい知見を得ることに成功した。

 本論文の主要部分をなすのは砂丘、風紋のパターン形成の問題である。砂丘とは、多数の砂の協同的運動によって発生する、一群の大規模な形態であり、その砂を動かしているのは上空を流れる風である。一般に砂丘は単体では存在せず、砂丘群を形成し、また砂丘はさらにスケールの小さな風紋のサポートにもなっており、異なるスケールの共存するある種の階層系をなしている。また風紋と砂丘はそのスケールにおいてクロスオーバーがなく、その発生のメカニズムは異なるものであると予想されている。一方、砂の運動は粒子の性質と流体としての性質をあわせもつために、通常の流体とは大きく異なる挙動を示す。そのためにこのような問題の研究はそれほど進展してこなかった。近年になって、非平衡開放系、非線形ダイナミクスの研究の進展に伴って、砂の運動へのアプローチが物理学でも始められている。今までのところ、実験室内規模の砂(粉体)の運動の研究が理論的にも主流であるが、論文提出者の研究は、野外規模にわたる大規模な砂丘ダイナミクスにまで研究を広げた点で画期的なものである。当然、この研究では実験室内では重要でなかった風と砂の相互作用をいかに扱うがが主要な問題となってくる。

 本論文は6章、159ページから成っている。まず第1章では非平衡開放系のパターンダイナミクスについての一般的な議論がなされ、特に、以下で用いるセルオートマトンや結合マップ格子(Coupled Map Lattice:CML)の方法が簡単に紹介されている。

 第2章では、ブラックホール周りの物理現象に関する、統計的性質の一致するモデルを提出している。これはセルオートマトンを用いた、自己組織臨界現象の研究に基づくものであるが、このような非平衡統計力学の結果を天体の問題に適用したのははじめての試みであり、さらに、観測されているX線スペクトルでの1/fスペクトルの起源を説明することに成功している。

 第3章では砂の表面に日常的に見出される風紋形成を扱っている。具体的には、砂粒の飛行と表面での拡散を考慮した簡単な結合マップ格子モデルを導入している。そのシミュレーションの結果、風紋が形成される過程を再現し、そのモデルの線形安定性解析から、風紋の形成メカニズムを明らかにしている。これにより、風紋の波長と風の速度の関係が与えられ、それは観測結果と合致している。風紋の問題は古くから知られているが、このような簡単なモデルで本質がつかめられることを明らかにしたのは始めてのことであり、一般的にも高く評価されている。

 次に、第4章では風紋に特異的な現象である、粒子の級化現象を再現するモデルをセルオートマトンによって作っている。級化現象とは風紋が形成される際に、重い粒子が上の方に集まるという一見、逆説的な現象である。砂粒子の運動の重さによる違いを考慮したセルオートマトンモデルを導入し級化現象がどのような場合に現れるかを示した。この簡単なモデルによって級化現象を始めて説明することに成功し、この結果、級化現象には粒子のころがり方が重さで異なる事が本質的であるという新しい仮説を提唱している。

 ついで、第5章では風と砂丘の間の相互作用をとりいれて、砂丘(群)形成のモデルを作ることに初めて成功した。このために風と砂の間の両方向の相互作用を取り入れたCMLモデルを構築、その計算機シミュレーションを行なっている。モデルは、ぞれ砂山の高さ、風速を表す二組の変数からなり、砂の運動に関しては、風による砂の流入、流出及び、拡散を考慮、風のダイナミクスは、卓越風(およそ一方向に吹く風)を考え、粘性と、砂丘と風の相互作用を取り入れている。このモデルの数値計算の結果、風の方向に嶺の並んだ縦列型砂丘のパターンやその他の移動砂丘の基本的な形態を再現した。また、この縦列型砂丘においては、その表面には風の方向に横断的なさらに波長の短いパターンが形成され、一種の階層構造を作ることも見出された。その砂丘形成のモデルから、縦列型砂丘の形成ダイナミクスのしくみが従来考えられているような複雑な機構をとりいれずとも説明でき、そこでの砂丘形成と風のダイナミクスの関係を明らかにした。砂丘の部分の研究については今後、より定量的研究を進める必要などもあるが、砂丘形成という従来の物理では扱えそうになかった問題に対して基本的なパターンを簡単なモデルで導出することに成功したことは今後の発展の基盤となる重要なステップと考えられる。

 これら砂丘等の系は、長距離の相互作用と局所相互作用が混在している。このような構造をもつ系は、自然界において多く見られ、例えばTuringパターンのダイナミクスや、高分子系、また生体系などにもその様な構造が認められる。第6章では現象を抽象的にモデル化し、局所カオスと拡散結合、大域的相互作用のみをとりいれた系のシミュレーションの結果を述べた。その結果パターンが分裂を繰り返すという相や、ストリング状のパターンが生成消滅する相など、今まで見つかっていないような、非常に興味深い相が見出された。更にそれぞれの相を区別する秩序パラメータを導入して、統計力学的性質を議論している。この研究はスケールの異なるパターン間のダイナミクスを考える上での基本型を与えている。

 風紋形成、級化現象、ブラックホールの周りのディスク形成についてはそれぞれ既に論文が専門誌に掲載されており、また砂丘形成および階層形成のCMLモデルについては間もなく投稿予定である。これらの結果は国際会議などでの発表を通して国際的にも注目されている。以上のように、論文提出者の研究は、非平衡開放系のパターン形成について新しい方向を切り開き、特に砂丘や風紋の形成ではこれまで物理の対象になりにくかった問題に対し適切なモデルを提唱して実際のパターンのかなりの部分を再現し、それらの機構を明らかにし、この分野への独創的かつ重要な寄与をなしていると考えられる。

 以上の点から本論文は博士(学術)の学位を与えるのにふさわしい内容であると審査委員会は全員一致で判定した。

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