現在まで大自由度の非線形非平衡系を研究対象として、自己組織現象のダイナミクス、またそれらの統計力学的性質に興味を持って研究を進めてきた。なかでも、砂丘、風紋等の離散系の研究をしている。これら空間的に拡がった大自由度系、または一般に開放系の研究は、いわゆる解析的な取り扱いの難しさに加えて、主に非線形性および大自由度性からくる現象の複雑さの為に、伝統的な物理学の方法のように、研究対象の簡略化を行なうことは非常に困難であるように見える。言い換えると、現在の研究対象はそこまで難しくなっているとも言える。このドグマによって、我々は複雑な対象を取り扱う際、どうしても系の「オブジェクト」たる部分系に目を向けがちである。しかし一般に空間的に拡がった非線形大自由度系(以下、単に開放系と略す)は空間および時間的に、いわゆる"階層構造"を持つことが知られ、この性質の為ある定まったスケールのダイナミクスは、異なるスケールにおいては、また違ったものになり、同じスケール間での相互作用及び、異なるスケール間での相互作用(階層構造同士の相互作用)をも考慮しなければならないのが常である。また、系が"開放"であるが故に、その境界の考慮もまた難しいと言わざるを得ない。 砂丘のように時空スケールの大きな現象は、形成の実験を行なうことが困難であり、また観測もその形成過程の時空スケールのの一部でしか行なうことが出来ない為、いまだ砂丘形成過程の普遍的実験/観測事実というものはほとんど無いのが現状である。このような、いわゆる複雑系に対しては、基礎方程式の確立が非常に困難であり、また仮に基礎方程式が存在しても、階層構造の存在は従来の還元論的な解析を破綻させている。したがって、この様な系を研究するひとつの方法として、本論文では現象論的に系の相互作用の構造に着目してモデル化し(一切の非線形性を含めて記述する)、計算機の中に人工的な物理系を構築し、そのモデルの計算結果より自然界との普遍性を見る、という研究方法を行なった。例えば、生物の進化のような、いままで一度しか起きていない現象を研究する際、実際に計算機の中で模擬的に進化の道筋を辿り、"ありえる(現在の)姿"を摸索し、パラメータのアンサンブルを考える事によって、何故、進化は現在のような形になったか、を調べる事ができる。その様な目的で砂丘形成系等をモデル化し、そのダイナミクス等について述べた。以下、本論文で取り扱ったいくつかの例について述べる。 砂丘とは、多数の砂の協同的運動によって発生する、一群の大規模な形態のことをいうが、その砂を動かしているのは上空を流れる風である。一般に砂丘は単体では存在せず、砂丘群を形成し、また砂丘はさらにスケールの小さな風紋のサポートにもなっており、異なるスケールの共存するある種の階層系といえる。また風紋と砂丘はそのスケールにおいてクロスオーバーがなく、その発生のメカニズムは異なるものであると予想されている。砂丘も風紋もその構成要素は砂であり、個々の砂の運動は簡単なNewton力学で記述できる。しかし砂を流体として見た場合、その性質は通常の流体とはひどく異なっていることがわかる。たとえば、砂の集団の粘性は砂の間の摩擦に依っており、加えて安息角の存在の為非常に非線形性の強いものとなっている。また、系のポテンシャルは、たくさんの準安定状態が存在する多谷構造となっている。さらに、砂流体は連続ではなくちぎれて動く(ジャンプする)。したがって砂の運動を微分方程式系に載せるのは非常に困難である。また、空気は粘性が非常に小さいので、パターンを形成する原動力である風は乱流となりやすいことがわかる。 このように、砂丘の形成の問題は系の自由度の大きさ、および風、砂の流体としての性質の非線形性の為、解析的に解くのは非常に困難である。そこで、現象を簡単に流体の場と砂(非線形流体)の間の相互作用として捉え、Coupled Map Lattice(CML)を用いてモデル化し、計算機でシミュレーションを行なった。 モデルは非常に簡単で、二組の変数h(x,n),u(x,n)、それぞれ砂山の高さ、風速を表す、を持ち、砂の運動に関しては、風による砂の流入qin、流出qout及び、重力による崩れを拡散の形D1∇2hで置き、風のダイナミクスは、卓越風(およそ一方向に吹く風)を考え、粘性に相当する拡散項D2∇2u(x,n)と、砂丘と風の相互作用の項f(u,∇h)を含む、以下のようなものとなっている。 x,nはそれぞれ、位置、時間ステップであり、離散値である。また、n’は計算の中間ステップであり、拡散はnext-nearest-neighborまでの離散形で、風による輸送の項は、砂丘で行なわれた砂の輸送量の実験式を用いた。地形からの寄与の項f(u,∇h)に関しては、砂丘のスケールが大きいことから小さなスケールの乱流はある程度無視でき、ポテンシャル流で近似できると考え、局所的な砂丘の形を半球の一部と考え、半球まわりのポテンシャル流を計算している。モデルには、ポテンシャル流を用いたことで、粘性流体の特徴である剥離やWakeが存在しないが、砂の輸送量の部分に風上と風下の非対称性が含まれており、特定のケースを除いてはあまり影響はないと考えられる。 このモデルを計算した結果、卓越風である場合にできるパターンもほとんど再現できた。ただし、バルハン砂丘と言う三日月型の小型のものは、シミュレーションで得られたものが現実のものと風上風下が逆の形になり、剥離、Wakeの効果が無視できないこともわかった。砂丘には、風が様々な方向から吹くことによってできる星型砂丘等の特殊なものも存在するが、それらは卓越風によってできる砂丘の複合したものとして考えられる為、およそ全ての砂丘を形成することができるモデルであると言える。そのなかでも、外力(風)の方向に並行に波のならぶ珍しいパターンでもある、縦列型砂丘も再現することが出来た。これまで、このような縦列型砂丘の形成要因としては、大気の対流ロールや、風がヘリシティを持つ為であると考えられてきたが、このモデルはそれらとは異なった機構で縦列型砂丘が出来ることを示している。また、この縦列型砂丘においては、その表面には風の方向に横断的なさらに波長の短いパターンが形成され、一種の階層構造を作ることもわかった。図1はシミュレーションで得られた結果の一部である。 これら砂丘等の系は、その相互作用の構造が特殊であることがわかる。つまり、長距離の相互作用と局所相互作用が混在しているわけである。このような構造をもつ系は、自然界において多く見られ、例えばTuringパターンのダイナミクスや、高分子系、また生体系などにもその様な構造が認められる。そこで、現象を抽象的にモデル化した、以下のようなモデルを用いて研究を行なった。 ここでは、系の局所的な変数で、例えば化学物質の濃度等を表し、iおよびnはそれぞれ、空間、時間のインデックスで離散値をとる。また、ローカルダイナミクスとしては今までよく研究きれている、ロジスティックマップでカオスを用いている。このモデルを計算した結果、このモデルはいくつかの相が存在し、パターンが分裂を繰り返すという相や、ストリング状のパターンが生成消滅する相など、いままで見つかっていないような、非常に興味深い相が発見できた(図2参照)。ただ、現実の物理量との対応がつきにくいという欠点はもっているが、得られたパターンはSwinneyらの実験で得られているものや、脳内のニューロンの活動電位のパターンと酷似しており、なんらかの統計的な普遍性を持つモデルであると考えられる。また、それぞれの相を区別するメジャーも見つかっており、また、統計力学的に面白い性質も持っていることもわかった。 図表図1 / 図2 |