内容要旨 | | IV型コラーゲンは基底膜と呼ばれる細胞外マトリクス構造体の主要構成成分の一つである。 細胞外マトリクスは生物活性を持たない、単なる物理的な足場のようなものと考えられてきたが、現在では接着している細胞の分化、移動、増殖、形態、そして機能などの振る舞いを制御するというもっと積極的で複雑な役割を果たしていることが明らかになってきている(1)。 基底膜は上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、脂肪細胞などと結合組織の間に存在する。 結合組織内の細胞(線維芽細胞等)以外のほぼすべての細胞にとっての細胞近傍の細胞外マトリクスは基底膜である。それらの細胞の分化、およびその維持に基底膜が積極的に関わっていると考えられている。 IV型コラーゲン分子は他のコラーゲン分子同様、ポリペプチド3本からなる。 それぞれのポリペプチド鎖は鎖とよばれている。 分子は大きく3つの部分に分けられ、真中の部分がコラーゲンらせん構造をとっている細長い分子である。 複数のコラーゲン三本らせんが束になるような形で会合することがしばしば見られ、IV型コラーゲン中のらせん構造もそのような会合をするとの報告がある(2,3)。 分子の両端にはIV型コラーゲンのみに見られる特徴的なドメインがある。 アミノ末端側のドメインは7Sドメインで、ジスルフィド結合が分子内鎖間に形成され、また、このドメインで、4分子の結合が形成される。 カルボキシル末端側にはコラーゲンらせんでないNC1(Noncollagenous)と呼ばれる球状の構造のドメインがある。 NC1ドメインでは2分子がhead-to-headで会合すると考えられている。 NC1ドメインはとなりの分子のコラーゲンらせん部分に結合し、コラーゲンらせん部分同士の並列に並ぶかたちの結合のきっかけになるという説もある(4)。 IV型コラーゲンを構成する鎖は異なる遺伝子に由来する1(IV)〜a6(IV)の6種類のものがあり、これらのうちの3本から分子が構成される。 現在までのところ1(IV)〜4(IV)については1(IV)22(IV)、3(IV)24(IV)(5)、の組成からなる分子の存在が報告されているが、5(IV)、および6(IV)について、どのような組成かについては分かっていない。 これらの鎖の中で、1(IV)と2(IV)が量が多く、ほぼすべての基底膜に存在し、基底膜に共通な構造および性質を担う分子を構成しているものと考えられている。 培養系によって新生された分子について(6,7,8)および、遺伝子構造から1(IV)、2(IV)のポリペプチドの大きさはSDS電気泳動上の値からそれぞれ約180KD、約170KDで、分子中の鎖はプロセッジングを受けないとされてきた。 一般に細胞外マトリクス構成成分は細胞外で同種の分子、又は他の分子と会合し、沈着し、非常に大きな超分子構造を作り、化学的にも水酸化、糖鎖の付加、架橋の形成が起こる。 そしてそのような変化を経た後はじめてその機能を示すと考えられる。 それが具体的にどのような順序でどのようなことが起こっているのかについては明らかになっていない。 I型プロコラーゲンの場合には細胞外で分子の両端のプロペプチド部分が切断されて除かれ、I型コラーゲン同士の結合定数等が変わり、その結果、会合体へと形成されるとの考えが支持されている。 IV型コラーゲンではマウスの移植可能な腫瘍で基底膜成分を多量に産生ずるEHS腫瘍からの抽出物の研究などから、遺伝子構造から想定される鎖がさらに切断されることはないとされてきた。 しかし、最近、村岡等(9)及び岩田等(10)により基底膜の一つであるウシレンズカプセルを用いた研究から1(IV)と同じ遺伝子に由来すると思われる2つの大きさの異なるポリペプチド鎖(180KDと160KD)が組織中の形として存在することが明らかにされた。 ほぼすべての基底膜は上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、脂肪細胞などと結合組織の間に存在する。 腎臓の糸球体、肺の肺胞には内皮細胞と上皮細胞の間に基底膜が存在するが、いずれも2種の組織の間に存在するという点は共通である。 レンズカプセルはその片側にレンズ細胞があるのみであり、基底膜としては特殊である。 またその厚さも他の基底膜が40-120nmほどである(1)のに対し、10mほどもある(11)。 レンズカプセルという特殊な基底膜に存在する鎖の多様性が、他の正常組織の基底膜中のIV型コラーゲン鎖のサイズでも見られるかどうかが問題となる。 EHS腫瘍が腫瘍組織であるから短い形のものが欠けているのか、それともレンズカプセルという特殊な基底膜の鎖だけがプロセシングをうけているのであろうか。 他の基底膜にも見られるかどうかについてヒト胎盤を用いてレンズカプセルと比較し検討した。 ヒト胎盤から酢酸、または中性のTris bufferを用いて非酵素的にIV型コラーゲンを抽出し、1(IV)の2つの異なる部分を認識する単クローン抗体を用いてイムノプロットを行い検討した。 その結果、ヒト胎盤からの抽出物中にも180Kと160Kの二つのサイズの1(IV)鎖が存在していることがわかった。 また180Kだけでなく160Kもカルボキシル末端側の非コラーゲンらせんドメイン、NC1を保持していることがNC1に特異的な抗体との反応性から明らかになった。 2(IV)に対する単クローン抗体を用いたイムノプロッティングでは1(IV)と同様にa2(IV)にも、175kの他にshort formと思われる155Kのものもみられた。 またヒト胎盤だけでなくウシ腎臓にも180K,160K 1(IV)と175K,155K 2(IV)と思われるものがあった。 それでは短い鎖はどのようにして生成されるのであろうか。 コラーゲン分子鎖にオールタナティプスプライシングがあるといういくつか報告があるが(12,13,14)、現在まで1(IV)、2(IV)については報告されていない。レンズ等の組織、及び細胞の培養の培養上清中には1(IV)は約180KD、2(IV)は約175KDのもののみが存在し、短いshort formに相当するものはないと報告されている(6,7,8)。 しかし固相に沈着後のものについては十分な検討はなかった。 そこで細胞によって合成され、IV型コラーゲンが基底膜という固相の会合体になるまでの過程のどの段階に新しい鎖が生成されるのかについて検討して、IV型コラーゲンshort chainの生成過程について研究することを意図し、細胞培養系での実験を行った。 たまたま、複数の正常二倍体線維芽細胞により、相当量のIV型コラーゲンが産生され培養上清中に存在していることを見出した。 培養上清中には組織にあった2つの形の1(IV)鎖180Kと160Kのうち180Kのみが見られた。 2(IV)鎖と思われるものも175Kのみが見られた。 線維芽細胞はin vitroでコラーゲン等の細胞外マトリクス構成成分を産生し、分泌するだけでなくシート状の組織様構造体を作る。 この構造体ができる過程には細胞外マトリクス構成成分の沈着、会合、修飾等があると考えられる。 そこでIV型コラーゲンの細胞外に出てからの振る舞いを知るために細胞培養でできた組織様構造体を用いることにした。 細胞培養でできた組織様構造体を含めて細胞外マトリクスを変性、分解することなしに完全に溶かすことは事実上不可能であるが、マトリクス成分の生化学的分析の方法を用いた定量法は必要である。 そこで我々はELISAを応用し、マトリクス成分を溶かすことなしに行えるCLEIA(Cell Layer Enzyme ImmunoAssay)と呼ぶ方法を開発した(15)。 そして細胞培養により沈着したシート状構造体中のIV型コラーゲンの定量をおこなった。 シート状構造体は非特異的な反応のレベルを超え有為な抗体との反応性を示した。 そこで沈着したものについて、特に160Kの形のものが細胞培養系でできるかについて検討した。 CLEIAにより、IV型コラーゲンを多く蓄積する(15)ことがわかっていた線維芽細胞TIG-1を用いコンフルエントになるまで培養し、できたシート状構造体からIV型コラーゲンを抽出しイムノプロットを行った。 180Kと共に160Kポリペプチド鎖も見られた。 培養開始からの時間経過を追ってみると、初期はほぼ180Kのみであるが、培養9日頃から180Kに対する160Kの比が増大した。 細胞から180Kの形で分泌されたIV型コラーゲンの一部が細胞外で160Kに変化することが考えられる。 160Kはカルボキシル末端側は失っていないことからアミノ末端側の方が切断されていると考えられる。 またTGF-1を添加した無血清培地で培養し同様の方法で調べると、沈着したものの中には180K 1(IV)及び175K 2(IV)しか見られなっかった。 このことはIV型コラーゲン鎖のlong formからshort formへの変化は、I型コラーゲンで考えられているのとは異なり、沈着のしやすさを大きく変えるようなものではなく、long formのままでも沈着する事がわかった。 以上の結論・考察として、1(IV)のshort formは複数の組織の基底膜に存在すること、それもかなり広い範囲の基底膜にあることが予想された。 特殊な基底膜であるレンズカプセルの構造構築に特別に存在しているのでなく、基底膜の基本的構造の構築に関わっていることを示している。 2(IV)にもshort formと思われるものが見つかり、それもNC1ドメインを持つと思われることから、short form chainが構成する分子として、3本ともshort chainであるようなものが想像される。 また線維芽細胞の培養系でshort chainが生成されたことから少なくとも結合組織の細胞もshort formを生成するシステムを持っていて、基底膜の構築に関与しうるものであることがわかった。 また培養系の実験からshort formは細胞外で生じ、恐らく沈着した後に切断されていると思われる。 1 Aberts,B.,Brsy,D.,Lewis,J.,Raff,M.,Roberts,K.and Watson,J.,D.:Cell Junctions,Cell Adhesion,and the Extracellular Matrix in Molecular Biology of the Cell 3rd ed.Garland Publishing Inc.:949-1009,1994 2 Yurchenco,P.,D.and Furthmayr,H.:Self-assembly of basement membrane collagen Biochemistry.23:1839-1850,1984 3 Yurchenco,P.,D.and Ruben,G.,C.:Basement membrane structure in situ:Evidence for lateral associations in the type IV collagen network.J.Cell Bioll.105:2559-2568,1987 4 Tsilibary,E.,C.and Charonis,A.,S.:The role of the main noncollagenous domain(NCl)in type IV collagen self-assembly.J.Cell Biol.103:2467-2473,1986 5 Johansson,C.,Butkowski,R.and Wieslander,J.:The structural organization of type IV collagen.Identification of three NC1 populations in the glomerular basement membrane.J.Biol.Chem.267:24533-24537,1992 6 Oberbaumer,I.,Wiedemann,H.,Timpl,R.and Kuhn,K.:Shape and assembly of type IV procollagen obtained from cell culture.EMBO J.1:805-810,1982 7 Minor,R.R.,Clark,C.C.,Strause,E.L.,Koszalka,T.R.,Brent,R.L.and Kefalides,N.A.:Basement Membrane Procollagen in Oragen Cultures of Parietal Yolk Sac.Endoderm.J.Biol.Chem.251:1789-1794,1976 8 Tryggvason,K.,Robey,P.,G.and Martin,G.,R.:Biosynthesis of type IV procollagens.Biochemistry 19:1284-1289,1980 9 Muraoka,M.and Hayashi,T.:Three Polypeptides with Distinct Biochemical Properties Are Major Chain-Size Components of Type IV Collagen in Bovine Lens Capsule.J.Biochem.114:358-362,1993 10 Iwata,M.,Imamura,Y.,Sasala,T.and Hayashi,T.:Evidence for a Short Form of 1(IV)as a Major Polypeptide in Bovine Lens Capsule.J.Biochem.117:1298-1304,1995 11 Hogan,M.J.:LENS in HISTOLOGY of the Human Eye,W.B.SAUNDERSCOMPANY,638-677,1971 12 Bernal,D.,Quinones,S.and Saus,J.:The human mRNA encoding the Goodpasture antigen is alternatively spliced.J.Bol.Chem.268:12090-12094,1993 13 Feng,L.,Xia,Y.and Wilson,C.,B.:Altarnative splicing of the NC1 domain of the human alpha 3(IV)collagen gene.Differential expression of mRNA transcripts that predict three protein variants with distinct carboxyl regions.J.Biol.Chem.269:2342-2348,1994 14 Nomura,S.,Osawa,G.,Sai,T.,Harano,T.and Harano,K.:A splicing mutation in the alpha 5(IV)collagen gene of a family with Alport’s syndrome.Kidney Int.43:1116-1124,1993 15 Takeda,Y.,Sasaki,T.and Hayashi,T.:Quantitative Analysis of Type IV Collagen by an Enzyme Immnoassay in the Cell Layer Deposited by Cutured Fibroblasts.Connective Tissue 25:183-188,1993 |