学位論文要旨



No 111620
著者(漢字) 佐々木,翼
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タスク
標題(和) 短鎖IV型コラーゲン
標題(洋) Short -chains of type IV collagen
報告番号 111620
報告番号 甲11620
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博総合第83号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 豊島,陽子
内容要旨

 IV型コラーゲンは基底膜と呼ばれる細胞外マトリクス構造体の主要構成成分の一つである。 細胞外マトリクスは生物活性を持たない、単なる物理的な足場のようなものと考えられてきたが、現在では接着している細胞の分化、移動、増殖、形態、そして機能などの振る舞いを制御するというもっと積極的で複雑な役割を果たしていることが明らかになってきている(1)。 基底膜は上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、脂肪細胞などと結合組織の間に存在する。 結合組織内の細胞(線維芽細胞等)以外のほぼすべての細胞にとっての細胞近傍の細胞外マトリクスは基底膜である。それらの細胞の分化、およびその維持に基底膜が積極的に関わっていると考えられている。

 IV型コラーゲン分子は他のコラーゲン分子同様、ポリペプチド3本からなる。 それぞれのポリペプチド鎖は鎖とよばれている。 分子は大きく3つの部分に分けられ、真中の部分がコラーゲンらせん構造をとっている細長い分子である。 複数のコラーゲン三本らせんが束になるような形で会合することがしばしば見られ、IV型コラーゲン中のらせん構造もそのような会合をするとの報告がある(2,3)。 分子の両端にはIV型コラーゲンのみに見られる特徴的なドメインがある。 アミノ末端側のドメインは7Sドメインで、ジスルフィド結合が分子内鎖間に形成され、また、このドメインで、4分子の結合が形成される。 カルボキシル末端側にはコラーゲンらせんでないNC1(Noncollagenous)と呼ばれる球状の構造のドメインがある。 NC1ドメインでは2分子がhead-to-headで会合すると考えられている。 NC1ドメインはとなりの分子のコラーゲンらせん部分に結合し、コラーゲンらせん部分同士の並列に並ぶかたちの結合のきっかけになるという説もある(4)。

 IV型コラーゲンを構成する鎖は異なる遺伝子に由来する1(IV)〜a6(IV)の6種類のものがあり、これらのうちの3本から分子が構成される。 現在までのところ1(IV)〜4(IV)については1(IV)22(IV)、3(IV)24(IV)(5)、の組成からなる分子の存在が報告されているが、5(IV)、および6(IV)について、どのような組成かについては分かっていない。 これらの鎖の中で、1(IV)と2(IV)が量が多く、ほぼすべての基底膜に存在し、基底膜に共通な構造および性質を担う分子を構成しているものと考えられている。 培養系によって新生された分子について(6,7,8)および、遺伝子構造から1(IV)、2(IV)のポリペプチドの大きさはSDS電気泳動上の値からそれぞれ約180KD、約170KDで、分子中の鎖はプロセッジングを受けないとされてきた。 一般に細胞外マトリクス構成成分は細胞外で同種の分子、又は他の分子と会合し、沈着し、非常に大きな超分子構造を作り、化学的にも水酸化、糖鎖の付加、架橋の形成が起こる。 そしてそのような変化を経た後はじめてその機能を示すと考えられる。 それが具体的にどのような順序でどのようなことが起こっているのかについては明らかになっていない。

 I型プロコラーゲンの場合には細胞外で分子の両端のプロペプチド部分が切断されて除かれ、I型コラーゲン同士の結合定数等が変わり、その結果、会合体へと形成されるとの考えが支持されている。 IV型コラーゲンではマウスの移植可能な腫瘍で基底膜成分を多量に産生ずるEHS腫瘍からの抽出物の研究などから、遺伝子構造から想定される鎖がさらに切断されることはないとされてきた。 しかし、最近、村岡等(9)及び岩田等(10)により基底膜の一つであるウシレンズカプセルを用いた研究から1(IV)と同じ遺伝子に由来すると思われる2つの大きさの異なるポリペプチド鎖(180KDと160KD)が組織中の形として存在することが明らかにされた。

 ほぼすべての基底膜は上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、脂肪細胞などと結合組織の間に存在する。 腎臓の糸球体、肺の肺胞には内皮細胞と上皮細胞の間に基底膜が存在するが、いずれも2種の組織の間に存在するという点は共通である。 レンズカプセルはその片側にレンズ細胞があるのみであり、基底膜としては特殊である。 またその厚さも他の基底膜が40-120nmほどである(1)のに対し、10mほどもある(11)。 レンズカプセルという特殊な基底膜に存在する鎖の多様性が、他の正常組織の基底膜中のIV型コラーゲン鎖のサイズでも見られるかどうかが問題となる。

 EHS腫瘍が腫瘍組織であるから短い形のものが欠けているのか、それともレンズカプセルという特殊な基底膜の鎖だけがプロセシングをうけているのであろうか。 他の基底膜にも見られるかどうかについてヒト胎盤を用いてレンズカプセルと比較し検討した。 ヒト胎盤から酢酸、または中性のTris bufferを用いて非酵素的にIV型コラーゲンを抽出し、1(IV)の2つの異なる部分を認識する単クローン抗体を用いてイムノプロットを行い検討した。 その結果、ヒト胎盤からの抽出物中にも180Kと160Kの二つのサイズの1(IV)鎖が存在していることがわかった。 また180Kだけでなく160Kもカルボキシル末端側の非コラーゲンらせんドメイン、NC1を保持していることがNC1に特異的な抗体との反応性から明らかになった。 2(IV)に対する単クローン抗体を用いたイムノプロッティングでは1(IV)と同様にa2(IV)にも、175kの他にshort formと思われる155Kのものもみられた。 またヒト胎盤だけでなくウシ腎臓にも180K,160K 1(IV)と175K,155K 2(IV)と思われるものがあった。

 それでは短い鎖はどのようにして生成されるのであろうか。 コラーゲン分子鎖にオールタナティプスプライシングがあるといういくつか報告があるが(12,13,14)、現在まで1(IV)、2(IV)については報告されていない。レンズ等の組織、及び細胞の培養の培養上清中には1(IV)は約180KD、2(IV)は約175KDのもののみが存在し、短いshort formに相当するものはないと報告されている(6,7,8)。 しかし固相に沈着後のものについては十分な検討はなかった。 そこで細胞によって合成され、IV型コラーゲンが基底膜という固相の会合体になるまでの過程のどの段階に新しい鎖が生成されるのかについて検討して、IV型コラーゲンshort chainの生成過程について研究することを意図し、細胞培養系での実験を行った。 たまたま、複数の正常二倍体線維芽細胞により、相当量のIV型コラーゲンが産生され培養上清中に存在していることを見出した。 培養上清中には組織にあった2つの形の1(IV)鎖180Kと160Kのうち180Kのみが見られた。 2(IV)鎖と思われるものも175Kのみが見られた。

 線維芽細胞はin vitroでコラーゲン等の細胞外マトリクス構成成分を産生し、分泌するだけでなくシート状の組織様構造体を作る。 この構造体ができる過程には細胞外マトリクス構成成分の沈着、会合、修飾等があると考えられる。 そこでIV型コラーゲンの細胞外に出てからの振る舞いを知るために細胞培養でできた組織様構造体を用いることにした。

 細胞培養でできた組織様構造体を含めて細胞外マトリクスを変性、分解することなしに完全に溶かすことは事実上不可能であるが、マトリクス成分の生化学的分析の方法を用いた定量法は必要である。 そこで我々はELISAを応用し、マトリクス成分を溶かすことなしに行えるCLEIA(Cell Layer Enzyme ImmunoAssay)と呼ぶ方法を開発した(15)。 そして細胞培養により沈着したシート状構造体中のIV型コラーゲンの定量をおこなった。 シート状構造体は非特異的な反応のレベルを超え有為な抗体との反応性を示した。 そこで沈着したものについて、特に160Kの形のものが細胞培養系でできるかについて検討した。 CLEIAにより、IV型コラーゲンを多く蓄積する(15)ことがわかっていた線維芽細胞TIG-1を用いコンフルエントになるまで培養し、できたシート状構造体からIV型コラーゲンを抽出しイムノプロットを行った。 180Kと共に160Kポリペプチド鎖も見られた。 培養開始からの時間経過を追ってみると、初期はほぼ180Kのみであるが、培養9日頃から180Kに対する160Kの比が増大した。 細胞から180Kの形で分泌されたIV型コラーゲンの一部が細胞外で160Kに変化することが考えられる。 160Kはカルボキシル末端側は失っていないことからアミノ末端側の方が切断されていると考えられる。 またTGF-1を添加した無血清培地で培養し同様の方法で調べると、沈着したものの中には180K 1(IV)及び175K 2(IV)しか見られなっかった。 このことはIV型コラーゲン鎖のlong formからshort formへの変化は、I型コラーゲンで考えられているのとは異なり、沈着のしやすさを大きく変えるようなものではなく、long formのままでも沈着する事がわかった。

 以上の結論・考察として、1(IV)のshort formは複数の組織の基底膜に存在すること、それもかなり広い範囲の基底膜にあることが予想された。 特殊な基底膜であるレンズカプセルの構造構築に特別に存在しているのでなく、基底膜の基本的構造の構築に関わっていることを示している。 2(IV)にもshort formと思われるものが見つかり、それもNC1ドメインを持つと思われることから、short form chainが構成する分子として、3本ともshort chainであるようなものが想像される。 また線維芽細胞の培養系でshort chainが生成されたことから少なくとも結合組織の細胞もshort formを生成するシステムを持っていて、基底膜の構築に関与しうるものであることがわかった。 また培養系の実験からshort formは細胞外で生じ、恐らく沈着した後に切断されていると思われる。

 1 Aberts,B.,Brsy,D.,Lewis,J.,Raff,M.,Roberts,K.and Watson,J.,D.:Cell Junctions,Cell Adhesion,and the Extracellular Matrix in Molecular Biology of the Cell 3rd ed.Garland Publishing Inc.:949-1009,1994

 2 Yurchenco,P.,D.and Furthmayr,H.:Self-assembly of basement membrane collagen Biochemistry.23:1839-1850,1984

 3 Yurchenco,P.,D.and Ruben,G.,C.:Basement membrane structure in situ:Evidence for lateral associations in the type IV collagen network.J.Cell Bioll.105:2559-2568,1987

 4 Tsilibary,E.,C.and Charonis,A.,S.:The role of the main noncollagenous domain(NCl)in type IV collagen self-assembly.J.Cell Biol.103:2467-2473,1986

 5 Johansson,C.,Butkowski,R.and Wieslander,J.:The structural organization of type IV collagen.Identification of three NC1 populations in the glomerular basement membrane.J.Biol.Chem.267:24533-24537,1992

 6 Oberbaumer,I.,Wiedemann,H.,Timpl,R.and Kuhn,K.:Shape and assembly of type IV procollagen obtained from cell culture.EMBO J.1:805-810,1982

 7 Minor,R.R.,Clark,C.C.,Strause,E.L.,Koszalka,T.R.,Brent,R.L.and Kefalides,N.A.:Basement Membrane Procollagen in Oragen Cultures of Parietal Yolk Sac.Endoderm.J.Biol.Chem.251:1789-1794,1976

 8 Tryggvason,K.,Robey,P.,G.and Martin,G.,R.:Biosynthesis of type IV procollagens.Biochemistry 19:1284-1289,1980

 9 Muraoka,M.and Hayashi,T.:Three Polypeptides with Distinct Biochemical Properties Are Major Chain-Size Components of Type IV Collagen in Bovine Lens Capsule.J.Biochem.114:358-362,1993

 10 Iwata,M.,Imamura,Y.,Sasala,T.and Hayashi,T.:Evidence for a Short Form of 1(IV)as a Major Polypeptide in Bovine Lens Capsule.J.Biochem.117:1298-1304,1995

 11 Hogan,M.J.:LENS in HISTOLOGY of the Human Eye,W.B.SAUNDERSCOMPANY,638-677,1971

 12 Bernal,D.,Quinones,S.and Saus,J.:The human mRNA encoding the Goodpasture antigen is alternatively spliced.J.Bol.Chem.268:12090-12094,1993

 13 Feng,L.,Xia,Y.and Wilson,C.,B.:Altarnative splicing of the NC1 domain of the human alpha 3(IV)collagen gene.Differential expression of mRNA transcripts that predict three protein variants with distinct carboxyl regions.J.Biol.Chem.269:2342-2348,1994

 14 Nomura,S.,Osawa,G.,Sai,T.,Harano,T.and Harano,K.:A splicing mutation in the alpha 5(IV)collagen gene of a family with Alport’s syndrome.Kidney Int.43:1116-1124,1993

 15 Takeda,Y.,Sasaki,T.and Hayashi,T.:Quantitative Analysis of Type IV Collagen by an Enzyme Immnoassay in the Cell Layer Deposited by Cutured Fibroblasts.Connective Tissue 25:183-188,1993

審査要旨

 本論文は、短鎖IV型コラーゲンについて、その不変性、及び生成過程に関して初めてなされた研究である。 すなわち短鎖IV型コラーゲンはヒト胎盤、及びウシ腎臓にも存在していることを示し、また短鎖1(IV)鎖が細胞外で生成されることを示し、更に2(IV)鎖についても1(IV)鎖同様、短鎖が存在することを示唆したものである。 1.ウシレンズカプセル中の1鎖でのみ見つかっていたIV型コラーゲンの短鎖が臓器の種類においても、(IV)鎖の種類においても、ごく限定されたものであるというよりもむしろ一般的であると考えるべきものであることを示し、(IV)鎖が生理的に重要な物質であることを明確にした。 2.短鎖(IV)鎖の生成の過程は、これまでに報告された同一の遺伝子のタンパクから短いものが生成されてくる過程とは異なる新たなものであることを示唆している。 つまりIV型コラーゲンが会合した後に特異的な切断により生成されたとするものである。

 序章では本論文の研究が行われる以前のIV型コラーゲン分子を構成するポリペプチド鎖のサイズに関する知見とそこから提起される問題点が指摘され、それらを踏まえた本論文の研究目的が述べられている。 一章ではレンズカプセル以外の組織からは、これまで報告のない組織中のサイズのIV型コラーゲン鎖を抽出し、これに対し2種の単クローン抗体を用いるなどして注意深くレンズカプセル中の1(IV)鎖との対応について検討し、短鎖1(IV)鎖を含む、2種のサイズの異なる1(IV)鎖(180K,160K)がヒト胎盤、ウシ腎臓中に存在していることを明らかにしている。 二章ではヒト線維芽細胞の培養でできる細胞外マトリクス成分を含む固相のシート中に短鎖1(IV)鎖を含む、2種のサイズの異なる1(IV)鎖が存在することを示し、短鎖1(IV)鎖を生成する系を初めて見いだし、さらに培養時間を追った研究から短鎖1(IV)鎖がどの時点で生成されるのかについて検討されている。 総合考察では短鎖(IV)鎖の存在とIV型コラーゲン分子、および会合体との関係について考察されている。

 細胞外マトリクスの構成成分は非常に大きな会合体として不溶な構造体を構築しており、一般に細胞外に分泌された後、不溶な構造体に沈着する前、および後に様々な修飾を受ける。 細胞外マトリクスの構成成分であるコラーゲンスーパーファミリーの場合は、ポリペプチド鎖のプロペプチドを持った形で分泌され、細胞外で特異的な酵素で切断されるものとしてI型コラーゲンのプロセシングが報告されている。 そして沈着後のI型コラーゲンはプロセシングを受けたもののみ見られる。 I型コラーゲンのプロセシングはコラーゲンスーパーファミリーのプロセシングのモデルになっている。 I型コラーゲンに見られるのと同様のプロセシングはII型コラーゲン、III型コラーゲンでも観察され、機構は異なるもののプロセシングが溶存しているタンパクの沈着に大きな影響を持つという考え自身は共通のものであると考えられてきた。 一方、先行研究においてIV型コラーゲンについてもI型コラーゲンと同様のプロセシングが存在するとの仮定で調べられ、一時は細胞分泌後のIV型コラーゲンのサイズはEHS腫瘍など組織抽出物中の鎖よりも大きいことからIV型コラーゲンについても短いものへとプロセシングされるとされたこともあったが、

 プロセシングはないとされたEHS腫瘍からの抽出物中のIV型コラーゲンは酸性条件で保存中に分解されること、及び中性で分解しない条件下では細胞から分泌されたサイズと同じであることが証明され、プロセシングはないとされていた。

 IV型コラーゲンの局在する基底膜が単離できないこと、架橋を持つような大きな会合体を作っているため断片化せずに溶かし出すことが困難なことのため、組織中の短いもののサイズの検討は十分にはされていなかった。 サイズが小さいものについては操作中に生じたものであるかどうかについて検討できなかったためである。 しかし少なくともプロセシングされていないものの存在を確認した報告がいくつかされ、組織、細胞培養のいくつかの系でもプロセシングされていないもののみが見られており、さらに基底膜様の細胞外マトリクスを多く産生ずるEHS腫瘍ではプロセシングされていないもののみが沈着していることが明らかにされ、IV型コラーゲンの場合にはプロセスはないとされてきた。 しかし、最近、ウシレンズカプセルにはサイズの小さい短鎖1(IV)鎖が存在し、かつプロセシングを受けていないと思われるサイズの1(IV)鎖と共存していることが示された。 このことは他の基底膜にも短鎖1(IV)鎖が存在するのか、短鎖1(IV)鎖の普遍性について問題を提起している。 特にレンズカプセルはその厚さと、組織における位置関係において特殊であるので上の問題は重要である。 またウシレンズカプセルから得られた短鎖1(IV)鎖について生合成のどの時点でできるのかについては全く情報がなく、どのようにして生成されるのか、特に細胞外でのプロセシングであるのか、否かについては上記のように長く多くの研究者が問題としていた点である。

 本論文では、序章において以上のような背景を述べた上で、問題設定を明らかにし、一、二章で、実際に行った実験の結果から導いた結論と考察を述べている。

 一章ではレンズカプセル中で存在が明らかにされている短鎖1(IV)鎖を含む、2種のサイズの異なる1(IV)鎖がヒト胎盤およびウシ腎臓に存在するのか、否かについて断片化せずにIV型コラーゲンを抽出し、レンズカプセルのものと比較し、それが分解の結果、生じたものかどうかについて検討されている。

 断片化するような操作なしにレンズカプセル以外からIV型コラーゲンを抽出することは不可能と考えられていたが、本研究ではヒト胎盤から抗体と反応する程度の量の1(IV)鎖を抽出し、その還元処理前後のSDSPAGEでの移動度がレンズカプセルの1(IV)鎖と対応すること、レンズカプセルの1(IV)鎖と反応する2種の単クローン抗体を用いたイムノブロッティングで全く同じ位置、形のバンドが染まることから1(IV)鎖由来であると同定し、抽出物中に2種のサイズの異なる1(IV)鎖が存在していたとしている。 また、様々な抽出条件で、それらが得られること、SDSPAGE前の熱処理の時間をのばす等をしても分解と思われるような変化が見られないことから、抽出後の分解ではないとし、ヒト胎盤中にレンズカプセル中に存在するものと対応する2種のサイズの異なる1(IV)鎖が存在すると結論している。 単クローン抗体のうちの一つのエピトープがカルボキシル末端から十数残基ほどの所にあり、2種のl(IV)鎖とも反応することからカルボキシル末端側のNC1ドメインが残っているとし、さらにウシ腎臓の場合も同様であることを示し、また2(IV)鎖に対する単クローン抗体に反応する175K,155Kのものがあることを示し、2(IV)鎖も1(IV)鎖同様、短鎖があり、しかも長鎖と共存してと考えられるとしている。

 二章では線維芽細胞の培養でできた細胞外マトリクス成分の沈着したシートからの抽出物を1(IV)鎖に対する単クローン抗体を用いたイムノブロッティングし、そのなかにレンズカプセル中の1(IV)鎖と対応すると思われる2種のサイズの異なる1(IV)鎖が存在することを示し、培養上清中には短鎖1(IV)鎖がないことから細胞外での短鎖1(IV)鎖が生成することを示している。

 細胞外マトリクス成分の沈着したシート中の1(IV)鎖をSDSを含む中性溶液で抽出し、一章の場合同様、その還元処理前後のSDSPAGEでの移動度がレンズカプセルの1(IV)鎖と対応すること、レンズカプセルの1(IV)鎖と反応する2種の単クローン抗体を用いたイムノプロッティングで反応することから1(IV)鎖由来であると同定し、抽出物中に2種のサイズの異なる1(IV)鎖が存在していたとしている。 また、SDSPAGE前の熱処理の時間をのばしても分解と思われるような変化が見られないことから、抽出後の分解ではないとし、細胞外マトリクス成分の沈着したシート中にレンズカプセル中に存在する、短鎖1(IV)鎖を含む、2種のサイズの異なる1(IV)鎖が存在すると結論している。 また、培養上清中には培養開始からのどの時点でも短鎖1(IV)鎖が見られないにも関わらず、細胞外マトリクス成分の沈着したシート中に短鎖1(IV)鎖の存在が確認されることから細胞外で長鎖1(IV)鎖から短鎖1(IV)鎖が生成されると結論している。 ヒト胎盤の場合と同様、抗体の反応性から2種の1(IV)鎖ともカルボキシル末端側のNC1ドメインが残っているとし、このことと1(IV)鎖が細胞外での生成であることをあわせてアミノ末端側の7Sドメインが切断されていると結論している。 培養開始からの時間を追って長鎖1(IV)鎖と短鎖1(IV)鎖を見た結果、短鎖1(IV)鎖が長鎖1(IV)鎖に遅れて現れ、その後の増加の割合は大きいことと培養条件によっては培養してできた細胞外マトリクス成分の沈着したシート中にもほぼ長鎖1(IV)鎖だけになりうること、から長鎖1(IV)鎖のまま沈着し、シート中で短鎖1(IV)鎖にプロセスされるとの考えを示している。 また2(IV)鎖に対する単クローン抗体に反応する175K,155Kのものが沈着したシート中にあることを示し、2(IV)鎖も1(IV)鎖同様、短鎖があり、しかも長鎖と共存してと考えられるとしている。

 総合考察では、上記、一、二章を踏まえて、主に短鎖鎖を含むIV型コラーゲン分子のポリペプチド鎖組成について、及び短鎖(IV)鎖が存在することとIV型コラーゲンの会合、特に7Sドメインを介して形成される四量体との関係についての考察がなされ、一つのモデルが提案されている。 そのモデルは四本の足が伸びたような形の7S四量体が形成された後に四本の7Sドメインが束になった部分が四本のうちの何本かが切り放されるというものである。 そのモデルと1(IV)鎖と共に分子を構成していると考えられている2(IV)鎖に短鎖と思われるものがあり、短鎖1(IV)鎖と共に存在していること、沈着後に短鎖が生成されていると考えられること、そして、参考としてではあるがウシレンズカプセルの抽出物の電顕像の中に7S四量体の四本の足のうちの2本が切り放されたものと解釈できるものがあったことを示している。 この考えはあくまでひとつの解釈にすぎないが、細胞外マトリクスの構成分子の分泌から会合までの機構としてはI型コラーゲンの場合とは異なるものであり、機構そのものは全く予想されていなかったものである。

 以上述べたとおり、本論文はIV型コラーゲンの短鎖について生化学的手段を用いて研究したものである。 現在、基底膜が細胞の機能の制御、特に上皮系の細胞を結合組織との関係において、注目されており、また重要な役割を担っていることが示されつつある。 IV型コラーゲンは基底膜の主要構成成分であり、その組織中での状態については基底膜を分子レベルで理解するための第一歩であるわけで、IV型コラーゲンのサイズにおいて異なるものについての新たな知見を得られたことは基底膜の研究に大きく貢献するものと評価できる。

 これらの成果により、本論文は博士(理学)の学位に値するものであると、審査委員全員が判定した。

 一、二章とも、すみやかに公表予定である。 なお、本論文は岩田正夫、高橋誠一郎、中里浩一、武田康、今村保忠、村岡正敏、佐渡義一、林利彦各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって、データ収集、解析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク