学位論文要旨



No 111621
著者(漢字) 五井(寺崎),朝子
著者(英字)
著者(カナ) ゴイ(テラサキ),アサコ
標題(和) F-アクチンアフィニティカラム法によるウニ未受精卵からのF-アクチン結合タンパク質の探索
標題(洋) Identification of F-actin-binding proteins from sea urchin eggs using F-actin affinity chromatography
報告番号 111621
報告番号 甲11621
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博総合第84号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 助教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 上村,慎治
 東京大学 講師 広野,雅文
内容要旨

 ウニ卵は受精に伴いアクチンの急激な重合が起き、表層にアクチンの網目構造が形成される。さらに細胞質分裂時にはアクチン繊維を主成分とする収縮環が形成される。このような細胞骨格の制御には細胞内シグナル伝達系が関与することが示唆されているが、アクチン分子の動態を直接制御するのはアクチン結合タンパク質である。これまで多くのタンパク質がウニ卵を含め様々な生物で報告され、アクチン系細胞骨格の構造や制御に関するモデルも提出されているが、その解明にはほど遠い状況である。

 近年開発されたF-アクチンアフィニティカラム法はファロイジンで安定化したF-アクチンをリガンドとしたアフィニティカラムを用い細胞の抽出液からF-アクチンに特異的に結合するタンパク質を探索するものである。これまでに粘菌Dictyostelium discoideum、出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、ショウジョウバエDrosophila melanogasterなどからポンティキュリン、ABP1、SAC6、ミオシンVI、アニリンなどがこの方法で初めて同定され、そのcDNAや局在から新しいアクチン結合タンパク質であることが示されている。本研究ではウニ卵からこのカラムを用いて新たに同定したアクチン結合タンパク質の諸性質を検討し、表層ネットワークや収縮環などのアクチン系細胞骨格における役割を解明することを目的とした。

 最初にBSAカラムをコントロールとしてバフンウニ未受精卵、タコノマクラ未受精卵からの抽出液の調製条件およびアプライする抽出液の量を検討した。その結果未受精卵から100mM Hepes,0.9M glycerol,1 mM EGTA,1 mM DTT,1mM ATP,pH7.5で調製した抽出液を用いた場合に多くのタンパク質がF-アクチンカラムに特異的に結合した。さらに1回目にはリガンド量に対して過剰量の抽出液を用い、カラムの素通り画分をもう一度F-アクチンカラムにアブライすることによって多くのタンパク質を同定することが出来た。この中には260Kアクチン架橋タンパク質、スペクトリン、ミオシン、ファシン、トロポミオシンなどの既知のF-アクチン結合タンパク質が含まれていることがイムノプロット法で確認された。45Kアクチン切断タンパク質、プロフィリン、アクトリンキンおよびデパクチンのようなフィラメント切断活性あるいはモノマー結合活性を持つタンパク質については有為な結合は認められなかった。0.1M KClで溶出される分子量105K、60K、45K、40K、38K、36K、20K、15Kのタンパク質、0.5M KClで溶出される70Kのタンパク質および1.0M KCl/Mg-ATPで溶出される225K、150Kのタンパク質(バフンウニでの見かけの分子量)はウニ卵の既知のアクチン結合タンパク質に対する抗体に反応しなかった。ゲルゾリンあるいはビリンである可能性が考えられる105Kタンパク質以外は分子量からもウニ卵の新しいF-アクチン結合タンパク質であることが推測された。これらのタンパク質のウニ未受精卵抽出液中での含量は総タンパク質の0.002%(40K)-0.01%(60K)とアクチン(約3%)やミオシン(約0.5%)に比べてかなり少ないことが予想された。バフンウニとタコノマクラで得られた結果はかなり似ていたが、260Kアクチン架橋タンパク質の分子量がタコノマクラで400K以上である点が異なっていた。

 バフンウニ未受精卵からのカラムの溶出画分を0.1M KCl条件下でG-アクチンと混合し、アクチンを重合させて100,000xgで遠心を行なった場合は36Kおよび70Kタンパク質を除く殆どのタンパク質が共沈した。重合後に0.5M KClに塩濃度を上げた場合F-アクチンカラムから低塩濃度で溶出される60K、45Kおよび40Kタンパク質はF-アクチンよりほぼ全部が解離したが、高塩濃度で溶出される150Kタンパク質は一部しか解離しなかった。各タンパク質の等電点は38Kおよび20Kタンパク質以外はアクチンに近く、単純に静電気的な結合ではないと考えられた。

 新規に同定したタンパク質のうち比較的量の多い150K、70Kおよび60Kタンパク質に対するウサギ抗血清を作成した。蛍光ファロイジンとの免疫蛍光2重染色でバフンウニ受精卵の細胞分裂時における各タンパク質の挙動を全卵サンプルで調べたところ、抗150Kタンパク質抗体は分裂溝を弱く、抗60Kタンパク質抗体は収縮環付近を除く表層と収縮環近傍の小胞状構造を、抗70Kタンパク質抗体は表層全体を染色し、表層アクチンネットワークや収縮環と挙動を共にしている可能性が示唆された。分裂中の受精卵より単離した表層サンプルにおいても抗150Kタンパク質抗体は分裂溝部分を、抗70Kタンパク質抗体は表層全体を染色した。抗60Kタンパク質抗体は収縮環付近の表層とその他の領域の表層の両方を染色したが、両者は異なる焦点深度に存在するように観察された。これらの結果は抗体のアフィニティ精製、免疫吸収などで現在再確認している。

 部分アミノ酸配列の解析により、0.1M KClで溶出される45Kタンパク質および40Kタンパク質は各々これまでウニ卵では報告のなかったunconventional actins(=actin-related proteins,Arps)の分裂酵母Schizosaccaromyces pombe act2(Arp3タイプ)および出芽酵母S.cerevisiae Act2(Arp2タイプ)のホモログであることが明らかとなった。これまで報告されているunconventional actinsは3タイプ(Arp1、Arp2およびArp3)に分類され、Arp1(centractin)タイプはdynactin複合体の構成成分として膜輸送に関与していることが分子生物学的にも生化学的にも示されている。これに対してArp2およびArp3タイプはこれまで様々な生物種で遺伝子の報告がされていたのみで精製はおろか生化学的な研究は殆ど進められていなかったが、種間ホモロジーの高い必須遺伝子であることからアクチン系細胞骨格の制御に関して重要な役割を持つと考えられる。1994年にアメーバAcanthamoeba castellaniでArp3およびArp2タイプのホモログがプロフィリン結合タンパク質として初めて生化学的に同定されたが、今回の結果は溶出画分にプロフィリンが含まれないことから両タンパク質がプロフィリンを介さずにF-アクチンに直接的あるいは間接的に結合することを生化学的に示した最初の例である。共沈実験において45Kおよび40Kタンパク質は塩濃度を変化させるとF-アクチンから解離することからアクチンと共重合しているのではなく、フィラメントの側面あるいは末端に結合していると考えられる。

 1.0M KCl/Mg-ATPでF-アクチンカラムから溶出される150Kタンパク質は部分アミノ酸配列からunconventional myosinsの1種のミオシンVIであることが示された。ミオシンVlは先にショウジョウバエD.melanogasterでF-アクチンアフィニティカラムに結合することが示されている他にブタSus scrofaでcDNAのみが同定されており、その活性や分子形態は未だ明らかでないものの主に膜輸送に機能しているとされてきた。今回の蛍光抗体の結果からミオシンVIが収縮環の形成において必要な物質の運搬やミオシンIIと同様に力の発生に関与する可能性が考えられた。

 60Kタンパク質の2つのペプチド断片のN末配列は既知のタンパク質にホモロジーを示さず、新しいタンパク質であると考えられた。抗60Kタンパク質抗体による収縮環付近を除く表層の染色はこれまでに報告のないもので、染色される構造が細胞質分裂に伴って形成されるとすれば大変興味深い。

 以上のように今回F-アクチンアフィニティカラム法により多くのタンパク質が新しく同定された。特に60K、45K、40K、70Kおよび150Kタンパク質はF-アクチンとの共沈実験、受精卵における挙動および部分アミノ酸配列といった多面的な検討からin vitroでF-アクチンに結合するだけではなく、in vivoでもF-アクチンに何らかの作用を持つタンパク質である可能性が示唆された。

 今後は各タンパク質の精製を試み、アクチンに対する作用を詳細に調べて上記タンパク質の生理的な役割を検討していきたい。また現在作製中の45Kおよび40Kタンパク質に対するペプチド抗体とこれまで作成した抗体を用いて細胞内の局在や機能をより詳細に検討すると同時にcDNAクローニングによって機能の推測をする予定である。ウニの初期発生におけるこれらのタンパク質の役割を検討することによって、表層アクチンネットワークや収縮環などの細胞骨格構造の制御について多くの情報が得られると考えられる。

審査要旨

 本論文はウニ卵細胞から数種の新しいF-アクチン結合タンパク質をみいだし、そのうち3種類について蛍光抗体法による細胞内局在性の決定を行い、3種類について部分アミノ酸配列からそれぞれミオシンVI,Arp2,Arp3であることを明らかにしたものである。

 ウニ卵は受精に伴いアクチンの急激な重合が起き、表層にアクチンの網目構造が形成される。さらに細胞質分裂時にはアクチン繊維を主成分とする収縮環が形成される。このような細胞骨格の制御には細胞内シグナル伝達系が関与することが示唆されているが、アクチン分子の動態を直接制御するのはアクチン結合タンパク質である。これまで多くのタンパク質がウニ卵を含め様々な生物で報告され、アクチン系細胞骨格の構造や制御に関するモデルも提出されているが、その解明にはほど遠い状況である。

 近年開発されたF-アクチンアフィニティカラム法はファロイジンで安定化したF-アクチンをリガンドとしたアフィニティカラムを用い細胞の抽出液からF-アクチンに特異的に結合するタンパク質を探索するものである。これまでに粘菌Dictyostelium discoideum、出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、ショウジョウバエDrosophila melanogasterなどからポンティキュリン、ABP1、SAC6、ミオシンVI、アニリンなどがこの方法で初めて同定され、そのcDNAや局在から新しいアクチン結合タンパク質であることが示されている。本論文ではウニ卵からこのカラムを用いて新たに同定したアクチン結合タンパク質の諸性質を検討し、表層ネットワークや収縮環などのアクチン系細胞骨格における役割を解明することを目的としている。

 最初にBSAカラムをコントロールとしてバフンウニ未受精卵、タコノマクラ未受精卵からの抽出液の調製条件およびアプライする抽出液の量を検討した。その結果未受精卵から0.1M Hepes,0.9M glycerol,1 mM EGTA,1 mM DTT,1 mM ATP,pH7.5で調製した抽出液を用いた場合に多くのタンパク質がF-アクチンカラムに特異的に結合した。さらに1回目にはリガンド量に対して過剰量の抽出液を用い、カラムの素通り画分をもう一度F-アクチンカラムにアプライすることによって多くのタンパク質を同定した。この中には260Kアクチン架橋タンパク質、スペクトリン、ミオシン、ファシン、トロポミオシンなどの既知のF-アクチン結合タンパク質が含まれていることがイムノプロット法で確認された。45Kアクチン切断タンパク質、プロフィリン、アクトリンキンおよびデパクチンのようなフィラメント切断活性あるいはモノマー結合活性を持つタンパク質については有為な結合は認められなかつた。0.1 M KClで溶出される分子量105K、60K、45K、40K、38K、36K、34K、20K、15Kのタンパク質、0.5M KClで溶出される70Kのタンパク質および1.0M KCl/Mg-ATPで溶出される225K、150Kのタンパク質(バフンウニでの見かけの分子量)はウニ卵の既知のアクチン結合タンパク質に対する抗体に反応しなかった。ゲルゾリン、あるいはビリンである可能性が考えられる105Kタンパク質以外は分子量からもウニ卵の新しいF-アクチン結合タンパク質であることが推測された。これらのタンパク質のウニ未受精卵抽出液中での含量は総タンパク質の0.002%(40K)から0.01%(60K)とアクチン(約3%)やミオシン(約0.5%)に比べてかなり少ないことが予想された。バフンウニとタコノマクラで得られた結果はかなり似ていたが、"260K"アクチン架橋タンパク質の分子量がタコノマクラで400K以上である点が異なっていた。

 バフンウニ未受精卵からのカラムの溶出画分を0.1M KCl条件下でG-アクチンと混合し、アクチンを重合させて100,000xgで遠心を行なった場合は36Kおよび70Kタンパク質を除く殆どのタンパク質が共沈した。重合後に0.5M KClに塩濃度を上げた場合F-アクチンカラムから低塩濃度で溶出される60K、45Kおよび40Kタンパク質はF-アクチンよりほぼ全部が解離したが、高塩濃度で溶出されるl50Kタンパク質は一部しか解離しなかった。各タンパク質の等電点は38Kおよび20Kタンパク質以外はアクチンに近く、単純に静電気的な結合ではないと考えられた。

 論文提出者は新規に同定したタンパク質のうち比較的量の多い150K、70Kおよび60Kタンパク質に対するウサギ抗血清を作成した。蛍光ファロイジンとの免疫蛍光2重染色でバフンウニ受精卵の細胞分裂時における各タンパク質の挙動を全卵サンプルで調べたところ、抗150Kタンパク質抗体は分裂溝を弱く、抗60Kタンパク質抗体は収縮環付近を除く表層と収縮環近傍の小胞状構造を、抗70Kタンパク質抗体は表層全体を染色し、表層アクチンネットワークや収縮環と挙動を共にしている可能性が示唆された。分裂中の受精卵より単離した表層サンプルにおいても抗150Kタンパク質抗体は分裂溝部分を、抗70Kタンパク質抗体は表層全体を染色した。抗60Kタンパク質抗体は収縮環付近の表層とその他の領域の表層の両方を染色したが、両者は異なる焦点深度に存在するように観察された。

 部分アミノ酸配列の解析により、0.1M KClで溶出される45Kタンパク質および40Kタンパク質は各々これまでウニ卵では報告のなかったunconventional actins(=actin-related proteins,Arps)の分裂酵母Schizosaccharomyces pombe act2(Arp3タイプ)および出芽酵母S.cerevisiae Act2(Arp2タイプ)のホモログであることが明らかとなった。これまで報告されているunconventional actinsは3つのタイプ(Arp1、Arp2およびArp3)に分類され、Arp1(centractin)タイプはdynactin複合体の構成成分として膜輸送に関与していることが分子生物学的にも生化学的にも示されている。これに対してArp2およびArp3タイプはこれまで様々な生物種で遺伝子の報告がされていたのみで精製はおろか生化学的な研究は殆ど進められていなかったが、種間ホモロジーの高い必須遺伝子であることからアクチン系細胞骨格の制御に関して重要な役割を持つと考えられる。1994年にアメーバの一種Acanthamoeba castellaniでArp3およびArp2タイプのホモログがプロフィリン結合タンパク質として初めて生化学的に同定されたが、本論文の結果は溶出画分にプロフィリンが含まれないことから両タンパク質がプロフィリンを介さずにF-アクチンに直接的あるいは間接的に結合することを生化学的に示した最初の例である。共沈実験において45Kおよび40Kタンパク質は塩濃度を変化させるとF-アクチンから解離することからアクチンと共重合しているのではなく、フィラメントの側面あるいは末端に結合していると考えられる。

 1.0M KCl/Mg-ATPでF-アクチンカラムから溶出される150Kタンパク質は部分アミノ酸配列からunconventional myosinsの1種のミオシンVIであることが示された。ミオシンVIは先にショウジョウバエD.melanogasterでF-アクチンアフィニティカラムに結合することが示されている他にブタ Sus scrofaでcDNAのみが同定されており、その活性や分子形態は未だ明らかでないものの主に膜輸送に機能しているとされてきた。今回の蛍光抗体の結果からミオシンVIが収縮環の形成において必要な物質の運搬やミオシンIIと同様に力の発生に関与する可能性が考えられた。

 60Kタンパク質の2つのペプチド断片のN末配列は既知のタンパク質にホモロジーを示さず、新しいタンパク質であると考えられた。抗60Kタンパク質抗体による収縮環付近を除く表層の染色はこれまでに報告のないもので、染色される構造が細胞質分裂に伴って形成されるとすれば大変興味深い。

 以上のように論文提出者は、F-アクチンアフィニティカラム法により多くのタンパク質を新しく同定した。特に60K、45K、40K、70Kおよび150Kタンパク質はF-アクチンとの共沈実験、受精卵における挙動および部分アミノ酸配列といった多面的な検討からin vitroでF-アクチンに結合するだけではなく、in vivoでもF-アクチンに何らかの作用を持つタンパク質である可能性が強い。

 この研究はアクチン細胞骨格系の制御の解明に関し重要な貢献をしたと評価される。よって論文提出者五井(寺崎)朝子は東京大学博士(理学)の学位を受けるに十分な資格があるものと認める。なお本論文の内容は本年中にCell Motility and the Cytoskeleton誌に公表予定である。これは共著論文となるが、論文提出者はそのすべてにおいて研究の主要部分に寄与したものであることを確認した。

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