遺伝情報を担うDNA2重らせんがAdenine、Thymine、Guanine、Cytosineというわずか4種類の塩基の配列に帰することは有名である。これら塩基の特定の配列を認識する分子が合成されるなら、生体内のある特定の遺伝子の発現を制御したり、特定の遺伝子をマッピングすることが可能となる。生体内で塩基配列を認識する役割を担う物質は、主に一群の蛋白質であり、これらに関する様々な研究が行われている。しかし現時点では、生体に由来する以上それらの塩基配列特異性は原則的には固定されたものであり、また、分子レベルでの認識の機構も明らかにしがたいという限界を持っている。DNA塩基配列を認識する物質として数種の抗生物質が知られているが、これらにヒントを得て、本研究ではDNAと低分子量ligandの相互作用を調べている。低分子量であるがゆえにligandのデザイン・合成が比較的容易であり、相互作用を解析する手法にも恵まれるのである。 ポルフィリンは、化学的に様々な修飾を施すことができ、さらに、可視光領域にSoret帯と呼ばれる強い吸収帯を有し分光学的な解析が行いやすいという長所を持つ。一方、CDスペクトルは電子的環境に非常に敏感であり、吸収スペクトル等では区別できない相互作用様式を見分けられると期待される。ここに、ポルフィリンの誘起CDスペクトルを用いて、従来困難であったDNA-ligand相互作用の定量的解析を行える可能性がある。 これまでに、水溶性ポルフィリンであるTetrakis-4-N-methyl-pyridyniumyl-porphine(H2TMpyP)のMn錯体(MnTMpyP)と各種合成DNAとの系に観測される誘起CDスペクトルには、DNA相互作用の様式別に特徴的な成分が現われることを示し、ここから得られた知見を基に、一般に複雑であるとされているH2TMpyPの各種DNA相互作用様式を様式別に区別して、定量的解析にとりくんだ。 H2TMpyP、MnTMpyPの各種DNAとの系において、誘起CDスペクトルの観測をr値(化合物のDNA塩基対あたりのモル数)約0.01〜2の範囲の30点で行うことにより、計算の精度を高め、それぞれの誘起CDスペクトルを共通の基底Lorentz関数の組で近似した。これによって各相互作用様式が対応する誘起CDを示す波長位置をつきとめることができた。 今回新たに、各様式に由来する誘起CDの旋光強度の複雑なr値依存性を解析するため、本研究独自の関数を採用した結果、DNA相互作用を代表する3種類の様式(minor groove binding、major groove binding、intercalation)を区別して熱力学的、速度論的に定量することが可能となり、それぞれの様式がr値に、あるいはDNA塩基の種類、塩基配列にどのような影響を受けるのかを考察することができた。 本研究では特に、塩基の置換基がDNA-ligand相互作用におよぼす効果を評価することができた。purineの2位にアミノ基が存在する場合、H2TMpyP、MnTMpyP両者のminor groove bindingはおこらなくなることが確認され、、pyrimidineの5位のメチル基はDNAのrigidityを増し、major groove bindingを、場合によってはintercalationをも安定化させるとおもわれる。これまでに得られた結果には従来の研究結果と矛盾するものはなく、いくつかの新しい知見も得られている。一例として、poly(dA-dT)2系での誘起CDを観測した結果から、生化学上の研究で確かめられているH2TMpyPのTAT塩基配列特異性を再確認し、intercalationおよびminor groove bindingの熱力学的安定性から説明できた点などは興味深い(参考図)。 DNA-ligand相互作用を解析する際、複数の様式を同時に区別して定量する手法は数少なく、ここに紹介された解析法の応用範囲は広いと考えられる。研究対象である様々なligandにポルフィリンを付し、誘起CDスペクトルを観測することによって、従来得ることのできなかった知見を得ることができると予想される。 参考図 (a)(b)(c)は、それぞれ各系におけるH2TMpyPのminor groove binding、major groove binding、intercalationに対応するmonomer CDの旋光強度を、r値に対してプロットしたものである。図中の○がpoly(dA-dT)2系の旋光強度をしめす。minor groove binding、intercalationが両方、相当程度おこなわれていることがみてとれる。通常はAT richな塩基配列はminor groove bindingを好むとされており、実際、poly(dA)poly(dT)、poly(dA-dU)2の系では、minor groove bindingがintercalationより熱力学的に安定であるとみなされる。 図表(a) Rotational strengths’ dependances of minor groove binding on r value in compound1-each DNA polymer system. / (b) Rotational strengths’ dependances of intercalation on r value in compound1-each DNA polymer system.(c) Rotational strengths’ dependances of major groove binding on r value in compound1-each DNA polymer system. H2TMpyPのTAT配列特異性に直接intercalationが寄与するのか、DNAのconformation変化などの間接的な寄与をおよぼすのかは、今後の研究を待たねばならないが、poly(dA-dT)2の特殊性をつきとめることはできたと考えられる。 |