学位論文要旨



No 111623
著者(漢字) 野田,健司
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,タケシ
標題(和) 新たな検出法に基づく酵母自食作用の解析
標題(洋) Analysis on autophagy in yeast based on novel monitoring system
報告番号 111623
報告番号 甲11623
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博総合第86号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 教授 川口,昭彦
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 助教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 大隅,良典
内容要旨

 生命は様々なタンパク質分解機構を積極的に働かせ、その多彩な機能と高い安定性を実現している。外部からの栄養の供給が断たれた時、細胞は自らの細胞質成分の一部を非選択的に液胞(リソゾーム)に送り込み分解する機構、自食作用を誘導する。自食作用は従来、動物細胞において主に研究されてきたが、現代細胞生物学的な観点からは、その分子機構を含めほとんどが明らかにされていない。近年、栄養飢餓条件下に、酵母において自食作用が起こることが発見された。酵母の生物現象における基本的機構は高等生物と高い共通性を持つことが明らかに成りつつあり、一方、分子遺伝学、細胞生物学的解析手法が高度に利用できるために、酵母は真核細胞のモデル系として非常に有効である。自食作用の素過程の分子機構を明らかにする目的で、私は酵母を用い自食作用の研究を行った。

 従来、自食作用の検出法としては、非特異的な細胞質タンパク質の減少の検出、電子顕微鏡による形態学的な観察、または細胞をラベルした後の大がかりな細胞分画法しか知られていなく、その検出には困難が伴ってきた。そこで私は、始めに自食作用の進行を検出する新しい解析法を開発した。液胞膜に局在するアルカリ性ホスファターゼ(Pho8p)は、N末端付近に存在する膜貫通領域において小胞体膜に挿入され、ゴルジ体を経て液胞膜へと輸送される。液胞膜に輸送された後、C末端のプロ領域を液胞内プロテアーゼによりプロセシングされることにより活性型に転換し、初めてホスファターゼ活性を獲得する。この構造的な特徴を生かしPho8pを自食作用の指標とすることを考えた。Pho8pの膜貫通領域を含むN末端の60アミノ酸を欠失させた、変異型アルカリ性ホスファターゼ(Pho860p)の遺伝子を構築し、強い構成性のプロモーターの下流につなぎ、野生型アルカリ性ホスファターゼの遺伝子と置換し、酵母細胞で発現させた。大腸菌で大量生産し精製したLacZ-Pho8p融合タンパク質を抗原としてPho8pに対する抗体を作成した。Pho860pの細胞内局在を細胞分画法とウェスタンブロフティングにより調べたところ、Pho860pは富栄養条件下では細胞質の可溶性画分に安定に発現することが示された。Pho860pは富栄養条件下では全て前駆体であるが、栄養飢餓条件下では野生型同様のプロセシングを受けるものが徐々に出現した。これらの細胞から液胞を単離してウェスタンブロッティングにより調べたところ、プロセシングを受けたPho860pは、液胞画分のトリプシン処理に対して非感受性な内腔に存在することが示され、栄養源飢餓条件下に細胞質から液胞へと輸送されることが明らかとなった。また、このプロセシングは、液胞内に局在するプロテアーゼをコードするPRB1の遺伝子破壊株ではみられなかったことから、液胞内で起きていることが示された。さらに自食作用に必須なプロテインキナーゼをコードするAPG1の遺伝子破壊株においても、このプロセシングが無かったことから、Pho860pの細胞質から液胞内への輸送が自食作用に依存していることが示された(Fig.1)。Pho860pを発現した細胞は、富栄養条件下ではホスファターゼ活性を示さなかったが、栄養飢餓条件下に細胞を移すと、その活性が誘導された。この活性もPRB1、APG1の遺伝子破壊株において見られなかった。このことは、Pho860pがC末端のプロ領域のプロセシングを受けることにより活性を獲得したと考えられる。また、液胞に輸送された後のプロセシングを受けたPho860pは速やかに分解されることはなく、安定に存続した。また、細胞質中のPho860pの量も大規模に変動しなかった。これらの結果は、このホスファターゼ活性が自食作用を反映していることを示している。この活性を指標にすることにより、自食作用を容易に感度よく検出することが、初めて可能となった。この方法を用い、自食作用の時間経過を追ってみたところ、窒素源飢餓条件に移した後、1時間程度のラグの後、速やかに、また7時間までは時間に比例して誘導されることが明らかとなった。窒素源の飢餓条件でだけでなく、炭素源、硫黄源の飢餓条件下での自食作用を調べたところ、どの条件でも自食作用が誘導され、硫黄源、窒素源の飢餓は炭素源の飢餓より高い割合で自食作用が誘導された(Fig.2)。

 酵母細胞においても動物細胞と同様に、自食作用は大規模な膜動態のもとに進行する。栄養飢餓条件下に、細胞質中で二重の単位膜から成るオートファゴソームが細胞質を非選択的に包み込む。その外膜が液胞膜と融合することで、細胞質を含む内膜(オートファジックボディ)を液胞内に送り込む。オートファジックボディの膜は液胞内プロテアーゼ依存的に分解され、その内部も分解される(Fig.2)。これらの素過程の分子機構を明らかにするためには、自食作用が途中段階で停止した変異体を単離することが有効だと考え、前記のアルカリ性ホスファターゼの系を応用し変異体の単離を行った。Pho860pを持つ酵母細胞を変異原処理し、そのコロニーを栄養飢餓培地プレートに移し、プレート上でアルカリ性ホスファターゼ活性を示さないコロニーを選んだ。それらの中から光学顕微鏡観察により、液胞内にオートファジックボディを蓄積しない株を90株選択した。当研究室で既に単離されているapg変異株は、自食作用の初期過程に欠損を持つことが示唆されている。apg異株との重複を避け、より後期の過程に欠損を持つ変異株を得るために、apg変異株と異なり、栄養飢餓培地のプレート上でphloxine色素で染まりにくい株を選んだ。その結果6株の変異株が得られ、それらは4つの相補群に別れた。遺伝学的解析の結果、これらの変異はAPG遺伝子とは別の、核性の一遺伝子の変異であることが示された。これらsap変異株(sequestration of cytosol by autophagy)は自食作用に依存したアルカリ性ホスファターゼの活性を示さないことから、自食作用に欠損を持つと考えられた(Fig.3)。これらの自食作用変異株は胞子形成に欠損に持つことから、自食作用が胞子形成に必須であることが強く支持される。これらの変異株は飢餓条件に対する感受性から2つのグループに分けられた。sap1,sap2変異株はapg変異株と同様な生存率の減少を示した。一方sap4.sap5変異株の生存率は野生株より減少するが、apg変異株よりは減少しなかった。電子顕微鏡による観察の結果、sap4変異株は、細胞質中にオートファゴソームの蓄積が見られた。これらの変異株はエンドサイトーシスや液胞タンパクの輸送等の、自食作用以外の膜動態に異常は見られなかった。これらのことからsap1,sap2変異株は、自食作用の初期の過程、sap4,sap5変異株は、より後期の過程に欠損を持つことが考えられる。特にsap4変異株は液胞膜とオートファゴソームの融合過程に欠損を持つことが示唆される。酵母のゲノムライブラリーをsap4変異株に導入し、表現形の復帰を指標として、遺伝子をクローニングした。その一部塩基配列を決定したところ、既にゲノムプロジェクトで塩基配列の決定している領域と一致し、その中のORF、p9325,5が表現型の抑圧に必須であったが、遺伝学的解析の結果、p9325,5はSAP4遺伝子自身ではなかった。p9325,5の遺伝子破壊の結果、通常の栄養増殖又は胞子の出芽に必須な遺伝子であることが明らかになった。今後これらSAP遺伝子の解析により自食作用の機構が分子レベルで明らかになることが期待される。

図表Fig.1 / Fig.2 / Fig.3
審査要旨

 本研究は、酵母Saccharomyes cerevisiaeにおける自食作用の機構を明らかにする目的で、自食作用の新しい検出法を確立し、その方法に基づき自食作用不能変異株が単離され、その解析が行われた。論文は2章から成る。

 第1章では、アルカリ性ホスファターゼを用いた自食作用の検出法の開発について述べている。液胞膜に局在するアルカリ性ホスファターゼ(Pho8p)は、N末端付近に存在する膜貫通領域において小胞体膜に挿入され、ゴルジ体を経て液胞膜へと輸送される。液胞膜に輸送された後、C末端のプロ領域を液胞内プロテアーゼによりプロセシングされることにより活性型に転換し、初めてホスファターゼ活性を獲得する。Pho8pの膜貫通領域を含むN末端の60アミノ酸を欠失させた、変異型アルカリ性ホスファターゼ(Pho860p)の遺伝子を構築し、強い構成性のプロモーターの下流につなぎ、野生型アルカリ性ホスファターゼの遺伝子と置換し、酵母細胞で発現させた。大腸菌で大量生産し精製したLacZ-Pho8p融合タンパク質を抗原としてPho8pに対する抗体を作成した。Pho860pの細胞内局在を細胞分画法とウェスタンプロツティングにより調べたところ、Pho860pは富栄養条件下では細胞質の可溶性画分に安定に発現することが示された。Pho860pは富栄養条件下では全て前駆体であるが、栄養飢餓条件下では野生型同様のプロセシングを受けるものが徐々に出現した。これらの細胞から液胞を単離してウェスタンブロツティングにより調べたところ、プロセシングを受けたPho860pは、液胞画分のトリプシン処理に対して非感受性な内腔に存在することが示され、栄養源飢餓条件下に細胞質から液胞へと輸送されることが明らかとなった。また、このプロセシングは、液胞内に局在するプロテアーゼをコードするPRB1の遺伝子破壊株ではみられなかったことから、液胞内で起きていることが示された。さらに自食作用に必須なプロテインキナーゼをコードするAPG1の遺伝子破壊株においても、このプロセシングが無かったことから、Pho860pの細胞質から液胞内への輸送が自食作用に依存していることが示された。Pho860pを発現した細胞は、富栄養条件下ではホスファターゼ活性を示さなかったが、栄養飢餓条件下に細胞を移すと、その活性が誘導された。この活性もPRB1、APG1の遺伝子破壊株において見られない。このことは、Pho860pがC末端のプロ領域のプロセシングを受けるとホスファターゼ活性が出現する事を示している。また、プロセシングを受けたPho860pは液胞内で速やかに分解されることはなく、安定に存在する事も示された。また、細胞質中のPho860pの量も大規模に変動しなかった。これらの結果は、このホスファターゼ活性が自食作用を反映していることを示している。この活性を指標にすることにより、自食作用を容易に感度よく検出することが可能となった。この方法を用い、自食作用の時間経過を追ってみたところ、窒素源飢餓条件に移した後、1時間程度のラグの後、速やかに、また7時間までは時間に比例して誘導されることが明らかとなった。窒素源の飢餓条件でだけでなく、炭素源、硫黄源においても自食作用が誘導され、硫黄源、窒素源の飢餓は炭素源の飢餓より高い割合で自食作用が誘導されることを示した。

 第2章ではアルカリ性ホスファターゼを用いた検出系に基づき、自食作用不能変異株を単離し、それらを解析している。Pho860pを持つ酵母細胞を変異原処理し、そのコロニーを栄養飢餓培地プレートに移し、プレート上でアルカリ性ホスファターゼ活性を示さないコロニーを選んだ。それらの中から光学顕微鏡観察により、液胞内にオートファジックボディを蓄積しない株を90株選択した。従来得られている自食作用不能apg変異株は、自食作用の初期過程に欠損を持つことが示唆されている。apg変異株との重複を避け、より後期の過程に欠損を持つ変異株を得るために、apg変異株と異なり、栄養飢餓培地のプレート上でphloxine色素で染まりにくい株を選んだ。その結果6株の変異株が得られ、それらは4つの相補群に別れた。遺伝学的解析の結果、これらの変異はAPG遺伝子とは別の、核性の一遺伝子の変異であることが示された。これらsap変異株(sequestration of cytosol by autophagy)は自食作用に依存したアルカリ性ホスファターゼの活性を示さないことから、自食作用に欠損を持つと考えられた。これらの自食作用変異株は胞子形成に欠損に持つことから、自食作用が胞子形成に必須であることが強く支持された。これらの変異株は飢餓条件に対する感受性から2つのグループに分けられた。sap1,sap2変異株はapg変異株と同様な生存率の減少を示した。一方sap4,sap5変異株の生存率は野生株より減少するものの、apg変異株よりは減少しなかった。電子顕微鏡による観察の結果、sap4変異株は、細胞質中にオートファゴソームの蓄積が見られた。これらの変異株はエンドサイトーシスや液胞タンパクの輸送等の、自食作用以外の膜動態に異常は見られなかった。これらのことからsap1,sap2変異株は、自食作用の初期の過程、sap4,sap5変異株は、より後期の過程に欠損を持つことと推測される。特にsap4変異株は液胞膜とオートファゴソームの融合過程に欠損を持つことが示唆される。酵母のゲノムライブラリーをsap4変異株に導入し、表現形の抑圧を指標として、遺伝子をクローニングした。その一部塩基配列を決定したところ、p9325,5が表現型の抑圧したが、遺伝学的解析の結果、p9325,5はSAP4遺伝子自身ではなかった。p9325,5の遺伝子破壊の結果、通常の栄養増殖又は胞子の出芽に必須な遺伝子であることが明らかになった。

 以上のように本論文では、従来困難が伴った自食作用の検出に関し、分子細胞生物学的手法により、簡便で感度の高い新たな検出方法を確立した。この方法を用いい、より直接的に自食作用に関与する遺伝子SAP1,2,4,5の存在を明らかにした。特にSAP4遺伝子は、今までの研究では明らかにされなかった液胞膜とオートファゴソームの融合過程に関与することが示唆される遺伝子である。自食作用の分子機構に関してはまだ未知の部分が多く、今後も多くの研究がなされるものと考えられるが、本研究は機構の全容を解明する上で大きな貢献を成すものであり、その成果は高く評価できる。第1章に関しては既に公表されており、第2章に関しては近く国際誌に公表予定である。いずれも共著論文であるが、本論文提出者が研究の主要部分を担当したものであることを確認した。ここに審査員一同は、論文提出者野田健司が東京大学博士(理学)の学位を授与するに値するものと認める。

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