メゾスコピックな金属中の伝導電子の波動性に由来する量子干渉現象は1980年代半ば以降多くの研究がなされ、常伝導金属におけるAltshuler-Aronov-Spivak効果やAharonov-Bohm効果といった磁気振動、電気伝導度の普遍的揺らぎ、磁気指紋、永久電流などの現象が発見されてきた。これらの研究は1ミクロン程度の微小な導体試料を用いてなされるが、これまでの実験ではいずれも金、銀、アンチモン、アルミニウムなどのうち1種類の金属からなる系を対象としていた。そこで、次の発展課題として異種金属の組み合わせからなる複合系における量子干渉現象に注目した。こうした複合系ではさらに新しい量子干渉現象の発現が期待される。例えば、常伝導体とそれとは異なる伝導現象を示す超伝導体との複合系での量子伝導現象は非常に興味ある問題である。本論文では、新しい微細複合試料の作製法によって作製した超伝導-常伝導接合を含むメゾスコピックな試料の量子干渉現象に関連する実験的研究について報告する。 常伝導-超伝導複合系の材料には、予備実験の結果、銀とアルミニウムを用いることにした。常伝導-超伝導複合系試料では、電子の超伝導体への透過率を減少させないために、非常にクリーンな常伝導-超伝導界面を実現することが必要である。従来の電子線リソグラフィー法を2回繰り返すといった方法で作製した試料では常伝導-超伝導接合が高抵抗を示し、期待する試料が作製できなかったため、斜め蒸着法を応用した新しい方法を考案した。この方法によれば、真空を破らずに常伝導と超伝導を蒸着することができ、 その結果、一辺が1ミクロン程度の常伝導体ループの一部分を超伝導体で置き換えた、常伝導-超伝導接合の抵抗の低い試料を作製することに成功した(図1)。 図1:一部を異種金属で置き換えた試料 超伝導-常伝導接合を含むメゾスコピックな試料の量子干渉現象を調べるために、ループ状試料と細線状試料(共に試料の一部がアルミニウムで置き換わった構造をもつ)の電気抵抗を、種々の温度、磁場、測定電流値のもとで測定した。実験は小型の希釈冷凍機を用い、電磁シールドルームの中で行った。測定領域はT=4.2K〜40mK、B=-0.8T〜+0.8Tである。 ループ状試料についての実験結果の一部を図に示す。以下に主な実験結果を列挙する。 ・ 磁気抵抗には振動的及び非振動的な成分が共に顕著に見られた(図2)。 図表図2:測定電流1Aでの磁気抵抗の温度依存性。 / 図3:測定電流の増大による振動の反転。 ・ 振動成分に関しては、その周期はループを貫く磁束についてほぼh/2eの周期であり、その振幅は低温で、コンダクタンスにして普遍定数e2/hの100倍程度の大きさにもなる。 ・ 電気抵抗は非オーミックである。振動成分について見ると、図3に見るように、測定電流の増大によって振動が反転した。反転の途中ではh/2eの振動振幅は小さく、h/4e周期の振動が現れた。 ・ 非振動成分に関しては、高温で見られる正の磁気抵抗に加え、約100mK以下では約20G以下の弱磁場において異常に大きな負の磁気抵抗が発達した。この磁気抵抗と関連して、一定磁場中での電気抵抗を調べると、B=0での温度変化が比較的少ないのに対して、弱磁場中での抵抗は温度の低下と共に急速に減少する。 ・ ゼロ磁場近傍の負の磁気抵抗は、測定電流を増やした場合、300mKにおいても見られた。観測された磁気振動は、常伝導体のみ、あるいは超伝導体のみで作られた微小ループで観測されるAAS振動、超伝導揺らぎ、Little-Parks振動とは明らかに異なるものである。 常伝導-超伝導複合系では次のような現象が知られている。 ・ 電子が超伝導体に透過する際、Cooper対となって侵入するため、対の相手として時間反転の関係にある波数を持った電子を引きずり込む。この電子の空いた状態は空孔子となって反射される(Andreev反射)。 ・ 超伝導-常伝導-超伝導系では常伝導中にAndreev energy levelと呼ばれる離散準位が形成され、そこを流れるJosephson電流は、位相差に対して正弦波形ではなく、鋸歯状となる。 ・ 超伝導体中で形成されたCooper対は常伝導側にも浸みだす。その結果、常伝導体があたかも超伝導体であるかのような振る舞いを見せる(近接効果)。 これらのメカニズムを用いた、メゾスコピック系での伝導現象について幾つか理論が提唱されており、それらの予言する結果と実験結果との比較検討を行った。 ・ Andreev反射にもとづいた高根らの理論は、実験に用いた試料と同一の構造においてh/2e周期のAB振動、h/4e周期のAAS振動を予言する。しかし、この理論から計算される振幅の大きさに対して、観測した磁気振動の振幅が桁ちがいに大きいという点から判断すると高根らの理論の予言したものではないと結論される。 ・ 超伝導体に挟まれた常伝導体中に形成されるAndreev energy levelを考慮した共鳴トンネルによる、Kadigrobovらの理論は大きな振幅を持つh/2e振動を自然に説明するが、振動の位相は逆である。また試料の構造は理論で仮定された構造とは異なる。 ・ 超伝導の近接効果によるZeitsevの理論では、実験で用いた試料に類似した構造に対して、大振幅のh/2e及びh/4eの振動が得られており、本実験の結果を説明する可能性がある。測定電流の増大による磁気抵抗振動の位相の反転を含む、より詳細な比較検討を行うためには、試料の構造に即した解析が必要である。 ・ 20G以下という極めて弱い磁場領域で見られた大きな負の磁気抵抗は、磁場によって超伝導性が強調されると言う極めて異常な現象であり、以上の理論によって容易に説明することはできないと考えられる。 本研究によって得られた特異な電気伝導は、単一系では見られない、常伝導-超伝導接合系に特有なメゾスコピック伝導の一端を示すものであり、この系、ひいては常伝導-強磁性、超伝導-強磁性などの複合系の研究の端緒となると考える。 |