結晶基板上で異種物質が結晶成長するヘテロエピタキシーの研究では、実験手段の制約のために、これまで主として構造のみが議論されてきた。そのため、ヘテロエピタキシーに伴う異種物質の合金化や表面偏析などの重要な現象はほとんど議論できない状態であった。最近、反射高速電子回折(RHEED)で使用する電子ビームで励起された表面近傍の原子から放出されるX線を全反射角X線分光(TRAXS)により検出するRHEED-TRAXS法が開発され、表面の構造と組成とを同時に測定することが可能となり、この方法をヘテロエピタキシーに応用し、構造変化に伴う合金化や表面偏析の研究が始められるようになった。 本研究は、このRHEED-TRAXS法を用いて、シリコン(111)面上の金属のヘテロエピタキシーおよびその温度変化による構造安定性を調べたものである。本研究では、このRHEED測定中に発生する特性X線の放出角度依存性と入射電子の視射角依存性を、基板温度を変化させながら精密に測定し、それをモンテカルロ計算と比較することにより金属の構造と組成がどのように変化するかを調べ、表面での金属原子の移動を議論した。 本論文は、六章からなる。第一章序論では、RHEED-TRAXS法の歴史とこれまでの研究経過、および本研究の目的が述べられている。第二章ではRHEED-TRAXS法の原理と、特定の構造モデルに対する放出X線強度の角度依存性および入射電子の視射角依存性を、モンテカルロ計算により導出する方法が述べられている。第三章ではRHEED-TRAXS法による実験装置と実験方法が記述されている。第四章では、結晶成長の様式が既に明らかになっているシリコン(111)面上に銀微粒子が成長した系を例にとり、RHEED-TRAXS法の有効性を議論した。 第5章では、この方法により、シリコン(111)面上に2種類の金属が存在する系での結晶成長の温度依存性や表面構造と組成の温度変化を調べた結果が述べられている。以下に本論文により明らかにされた主な新しい知見を記述する。 1.放出X線強度の角度依存性および入射電子の視射角依存性を測定し、それらをシミュレーションと詳細に比較することにより、表面上の島状微粒子の大きさを推定できることを示し、これを、シリコン(111)面上の銀微粒子の成長やその熱脱離過程を例に取り実証した。 2.シリコン(111)-金面上の銀の安定性 室温で蒸着された銀薄膜が、温度上昇により表面上の銀微粒子として凝集し、600℃では脱離する。 3.シリコン(111)-銀面上の金の安定性 室温で蒸着された金は銀と置換され、最外表面には銀原子が浮き上がることが知られていたが、この構造は200℃でも安定である。また、300℃以上では金と銀が合金化し微粒子として凝集する。 4.シリコン(111)-ガリウム面上のインジウムの安定性 室温で蒸着された2モノレーヤ以上のインジウムはガリウムと置換され、ガリウムが表面第3層に存在することが知られていたが、この構造は200℃で不安定となり、インジウムは微粒子として凝集する。さらに温度を上昇させると微粒子の大きさは400℃で最大となり、より高温ではインジウムの脱離がおこる。 以上、この論文では、RHEED-TRAXSによる測定結果を、構造モデルに基づいたシミュレーションと詳細に比較する方法を確立し、シリコン(111)面上金属のヘテロエピタキシーおよびその熱安定性ついて議論した。審査委員会は、これら超高真空中における困難な測定が十分注意深く行なわれ、その解析及び考察が適切な手法でなされ、おおむね妥当な結論に達していると判断した。特に、表面上での金属微粒子の形成と合金化を定量的に測定する手段を開発し、実用化した点は高く評価できる。今後他の手法による研究と合せて、ヘテロエピタキシー現象を解明するための重要な実験事実を明らかにしたことの意義は大きい。このように、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として合格に相当するものと認めた。 なお、本研究は、井野正三教授(指導教官)および長谷川修司助教授(井野研元助手)との共同研究となる部分を含むが、著者が研究計画から実験及び解析・考察のすべての段階で主導的な役割を果たしており、主体的寄与があったものと認められた。 |