本論文は水素及びヘリウム様再結合型軟X線レーザーについての数値シミュレーションによる研究である。研究目的は以下の3点にある、(1)再結合型軟X線レーザーシミュレーションコードの開発、(2)このシミュレーションコードに対する検証、(3)当該シミュレーションコードを用いて軟X線レーザーの性質と発生メカニズムを明かにし、最適な軟X線レーザースキームを提案する。 軟X線レーザーの開発は物理学的にも、応用的にも非常に大きな意義がある。この開発が成功すれば、コヒーレント光の領域が拡大し、物理学に新たな貢献を加えることのみならず応用面でもX線顕微鏡やX線ホログラフィーなどの開発に結び付き、生命科学及び新世代加工技術にも貢献できることを考えられる。 しかし、実験における再結合型軟X線レーザーの研究はかなり複雑である。研究対象のプラズマは時間的にピコー秒のスケールで、空間的にサブナノメーターのスケールで激しく変化しているため、実験的にその物理過程を把握するにはかなりの困難があると予想できる。プラズマの発生条件を変えるためには、大量の設備投資及び調整作業が必要となる場合が多い。従って、数値シミュレーションの研究が非常に重要である。 数値シミュレーションによりこれまでの理論研究の成果を利用し、数値計算により実際の物理過程及びその変化をシミュレートし、時間分解・空間分解のプラズマパラメタも求められる。又、それによって、実験結果を予測し分析することが可能になる。数値シミュレーションは容易に初期条件を変換することができるため、最適な実験条件を確定するのに強力な手段と考えられる。 それを達成するためには、まずシミュレーションコードを完成させなければならず、同時に得られたシミュレーションコードの信頼性を評価するため、計算された結果が実際の実験から得られた結果と良い一致を示されなければならない。 本論文は全部で8章により構成される。第一章「序言」では、軟X線レーザーの意義及び発展状況、シミュレーションの必要性などについて紹介した。 第二章「モデルと計算プロシージャ」では、シミュレーションコードのモデル、理論式、数値近似式及び数値計算方法、メシュ分割方法、プラズマパラメタの定め方とエネルギーレベルの取り扱い方などを記述した。本研究を、取扱したシミュレーションコードには、レーザープラズマ相互作用コード、流体力学コード、原子物理コードと輻射輸送コードが含まれている。レーザープラズマ相互作用コードは逆制動輻射過程を主過程として処理し、共鳴吸収はフリーパラメータとして含まれている。流体力学コードはエネルギー輸送過程を記述する。高密度プラズマから低密度プラズマ領域にわたって十分の計算精度を保持するため、CIP(Cubic Interpolated Pseudo-particle)法を用いて、流体力学過程と原子物理過程の物理量を計算する。その際、流体力学コードと原子物理コードは連立して解かれる。原子物理コードは衝突電離係数、三体再結合係数、輻射再結合係数、2電子再結合係数、衝突励起係数、脱励起係数などを計算し、過渡的衝突発光モデルにより55エネルギーレベルを含めたレート方程式を解く。そして、各束縛状態のポピュレーションを求め、興味あるラインについて、利得係数が求められる。原子遷移過程については熱運動に起因したDoppler効果を考慮している。 第三章「再吸収効果」では、再吸収効果が軟X線レーザー形成に大きな影響を与えることについて論じ、再吸収効果をシミュレーションコードに取り入れる具体的な式及び修正の方法について記述した。ライン輻射の再吸収効果をエスケプファクターによって取り入れている。エスケプファクターを計算する際には、Sobolev氏のミクロ式によって光学厚さを計算した。 第四章「シミュレーションと実験の比較」では、実験と同じ初期条件を入れて、シミュレーションを行った結果、ヘリウム様Al主量子数4-3間でポピュレーションの反転分布が得られたことが述べられている。この結果は実験から得られた結果と一致した。すなわち、入射レーザー光の波長1.053mと0.527mの両方に関し、シミュレーションと反転分布形成の実験結果が一致した。これによって、このシミュレーションコードの信頼性が実証された。 第五章「利得の入射パルス依存性」では、このシミュレーションコードを用いて、入射レーザーパルスとピークパワーによる水素様Al主量子数3-2間とヘリウム様Al主量子数4-3間の軟X線レーザー利得係数の依存性を調べた結果が述べられている。その結果、入射光のパルス幅が短い、ピークパワーが高いほど、電子温度の冷却が速くなり、利得係数が高くなることが明らかになった。入射光パルス幅10ps、20ps、40ps、60psの四つの場合について、利得係数の最大値が出た時間、空間及びそのプラズマ状態について調べた。その結果、入射光パルス幅が短い、ピークパワーが高いほど、利得の実現時間が速く、空間がターゲットにより近く、電子温度が低く、電子密度が高い。そのうえ、より高い電離状態のイオン密度が高いことがわかった(そのイオンは水素様の場合は、完全電離イオン;ヘリウム様の場合は水素様イオン)。その理由は、X線レーザー遷移の上準位は主に、より高い電離状態のイオンと自由電子の三体再結合によって形成され、そのために、電子密度とより高い電離状態のイオン密度が高ければ高いほど、反転分布の形成に有益な働きをするからである。それと同時に、電子温度が低いほど、三体再結合係数が高い。以上の三点によって、短パルス高ピークパワー入射は、レーザー利得の上昇に有利であると結論できる。 第六章「2パルス2波長によるシミュレーション」では、シミュレーションコードのレーザー入射部分の改良とマルチパルス、マルチ波長入射のシミュレーションが述べられている。それを用いて、2パルス、2波長の計算を行った。同じ入射エネルギーで、入射光は+2、2+2、+、2+、2だけ、だけの六つの場合について調べた結果、2+2の組合せは利得係数が最も高いことが示された。水素様Al主量子数3-2とヘリウム様Al主量子数4-3それぞれの利得係数はともに同じ傾向を示した。これについて調べた結果、高い電離状態のイオン密度が二番目のパルスの波長に強く依存していることが初めてわかった。これによって、+と2+場合はより高い電離状態のイオン密度が低いため、高利得が得にくいと結論された。このシミュレーションによって、2パルス入射が単パルスに比べ、入射エネルギーの吸収が大変良いことがわかった。電子温度の振舞から、二番目のパルスが初期温度を急激に上昇させることが示された。同じエネルギーの単パルス入射の方が初期温度を上がらなく、高い電離状態のイオンはつくりにくいことが示された。このシミュレーションで扱う、2二つ単パルス入射の結果は、ともに利得を示さなかった。ヘリウム様Al主量子数4-3遷移について前のシミュレーションで得られた10psパルス幅、2×1016W/cm2ピークパワー、2波長入射で得られた利得が2+2、2X1015W/cm2ピークパワーで得られた利得の約2倍だが、単パルス入射では2倍の利得を得るには10倍のエネルギーを必要とする.2+2入射はヘリウム様主量子数4-3遷移の軟X線レーザー開発に効率的で魅力的なスキームとして実験を提案することができた. 第七章「議論」は、再吸収効果評価法に対する今度の課題、上述したシミュレーション結果に対する議論、現在のシミュレーションコードの不足及び今後の改良すべき点などについて論じている。 第八章では「結論」として、以上述べたように、本研究を通して、以下の結果が得られたことが述べられている. ・X線レーザーシミュレーションコードを開発し、さらにエスケープファクターを取入れ再吸収効果を含めたシミュレーションコードを完成した. ・そのシミュレーションコードを用いて、シミュレーションを実験と同じ初期条件で実施し、計算した結果は実験から得られた結果と一致した. ・利得の入射レーザーパルス幅の依存性を調べた.短パルス高ピークパワーほど利得係数が大きいという傾向を明らかにした.その理由を解析し、入射パルス幅とピークパワー、冷却効果、イオン密度変化と利得の関係が明らかになった. ・2パルス、2波長の入射について調べた結果、同じエネルギーで2パルスは単パルスより、利得に対し有利であるということがわかった.ヘリウム様Al主量子数4-3の利得について、同じ利得係数を達成するには2パルス入射の場合、単パルス入射より必要とするエネルギーははるかに小さいことが明確に示された. ・2波長のシミュレーションから、高い電離状態のイオン密度及び平均イオン化レベルは2番目の入射光波長に強く依存していることをはじめて明らかにした. 上記、述べた様に、本研究は、世界的にみても、研究の必要性が強く認識されながらも、その物理的な複雑さ、計算上の種々の困難のために、研究がほとんど行われていない。軟X線レーザーの数値シミュレーションという分野の研究を、軟X線レーザーのシミュレーションコードを完成させるとともに、新たに再吸収過程の評価を取り入れ、同時に実験との比較も行い、コードの信頼性を検証し進めたものである。 さらに同コードを用い、高ピーク出力、短パルス、マルチパルス等の研究を行い、軟X線レーザーにとり新しい知見を加えたものであり、レーザー分光学、物理学、及び応用研究においても意義のあるものである。 |