学位論文要旨



No 111639
著者(漢字) 上田,佳宏
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,ヨシヒロ
標題(和) 「あすか」衛星による微弱X線源と宇宙X線背景放射の研究
標題(洋) ASCA Studies of Faint X-ray Sources and the Relation to the Cosmic X-ray Background
報告番号 111639
報告番号 甲11639
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3003号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 釜江,常好
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
 東京大学 教授 岡村,定矩
 宇宙科学研究所 教授 長瀬,文昭
 東京大学 助教授 満田,和久
内容要旨

 本論文は、宇宙X線背景放射の起源を解明するために、硬X線領域(2-10keV)で過去最高の感度を有するX線天文衛星「あすか」により広域無バイアスサーベイを行ない、微弱X線源の性質を系統的に研究することにより、その起源に制限を与えたものである。

 宇宙X線背景放射(CXB)は、全天でほぼ一様に観測される銀河系外からの強い放射である。その存在はX線天文学の初期から知られていたが、起源については未だに統一的な理解を得るに至っていない。最近、COBE衛星による宇宙マイクロ波背景放射のスペクトルの観測から、星間の高温ガスによる寄与は全CXBの数%以下であるという制限が加えられた。これはCXBの起源は遠方宇宙からの微弱なX線源の重ね合わせであることを示唆する。したがって、CXBの種となるX線源の探査は、CXBの謎解きという意味だけでなく、クエーサーなどの活動銀河・銀河団、あるいは未知の天体を含め、CXBを構成する天体の宇宙論的進化を解明するという意味で非常に重要である。

 これまで、CXBの起源を求めて多くの観測が行なわれてきた。ROSAT衛星は、2keV以下でサーベイを行ない、CXBの60%が活動銀河で構成されることを明らかにした。ところが、2-10keVのCXBのエネルギースペクトルは光子指数1.4の巾関数で表されるのに対し、これまでに2-10keVで観測された活動銀河の平均スペクトルは光子指数は1.7〜1.8を示し、CXBより有意に軟らかい。これは、より硬いスペクトルをもつような天体がCXBを担い手として多数存在することを示唆する。したがって、このような天体の正体を探るためには、硬X線領域でのサーベイが重要である。

 X線天文衛星「あすか」は、2keV以上で過去最高の感度(〜10-14ergs/s/cm2(2-10keV))を達成し、かつ0.5-10keVという広いエネルギーバンドをカバーしている。「あすか」によるサーベイ観測は、硬X線領域での過去で最も深い探査を可能にし、また2keV以上と以下のデータとを直接に比較することによって、CXBのエネルギーバンドでの違いを解明する絶好の機会を与える。

 我々は、1993年から1995年にかけて、Large Sky Survey(LSS)プロジェクトとして、5deg2にもわたる連続した空域を「あすか」により系統的に観測した。この領域は、高銀緯(赤経198°.6、赤緯31°.5)にあって銀河系内の吸収の影響を受けにくいため、系外微弱X線源の探査に適している。検出限界は全バンドを使ったサーベイで8×10-14ergs/s/cm2(2-10keV)に達し、2keV以上での無バイアスサーベイとしては過去最高の感度である。特に、5deg2以上にわたる広い観測領域は、「あすか」のサーベイの中でも類を見ないもので、検出される微弱X線源の数は飛躍的に増加し、その性質の統計的な議論を可能にした。

 「あすか」は、4つの多重薄板X線望遠鏡(XRT)と、その焦点面検出器としてGIS(位置検出型ガス蛍光比例計数管)およびSIS(X線CCDカメラ)をそれぞれ2台ずつ搭載している。「あすか」は2-10keVのエネルギー領域で初めて撮像観測を行なうものであるが、そのXRTのPoint Spread Function(PSF)はHalf Power Diameterにしておよそ3分の結像性能をもち、焦点面の位置によって大きく形が異なる。したがって、微弱なX線源を効率良く検出し、その強度を正確に評価するためには、検出器の応答の正確な理解が不可欠である。そのためにXRTのPSF、有効面積、焦点面検出器(GIS,SIS)のバックグラウンド特性など、地上実験および軌道上データをもとに入念な較正を行なった。また、大量の画像を処理するための解析の枠組を開発し、領域の重なった観測を一括して処理するための画像フィッティングプログラムを開発した。

 上記の解析システムを用い、LSSの全領域に対し硬X線(2-10keV),軟X線(0.7-2keV),全バンド(0.7-7keV)の3つのエネルギーバンドで独立に点源探査を行なった。その結果、それぞれ50〜70のX線源を検出することに成功し、バックグラウンドを正確に評価した上で強度を決定することができた(図1)。強度範囲は2×10-12〜8.0×10-14ergs/s/cm2(2-10keV)に及ぶ。見つかったX線源に対しては、5エネルギーバンドごとの画像フィットによりスペクトルを決定した。得られた結果の正しさを確認するために、異なる解析方法によるクロスチェックおよびモンテカルロシミュレーションによる確認を行なった。

 我々は、2keVのエネルギーバンドで初めて〜10-13ergs/s/cm2(2-10keV)までのX線源の強度と個数の関係(logN-logS関係)を精度よく決定することができた(図2)。これは、「ぎんが」衛星で得られた結果のほぼ延長上に位置し、傾き-1.5(一様空間分布)のままX線源の数密度が増加していることを意味する。また、本研究で検出した最も暗い点源までの積分強度は、全CXB強度の〜30%に達し、CXBの約1/3を直接点源に分離したことに相当する。さらに、2keV以上でのlogN-logS関係を、本研究で得られた2keV以下での結果、あるいはROSAT衛星の結果とを比較することで、〜10-13ergs/s/cm2(2-10keV)のフラックスレベルにおける数密度には、光子指数1.4〜1.7の天体が寄与していることが明らかになった。

図表図1:LSSフィールドで検出されたソース(GIS)。上:0.7-2keV、中:2-10keV、下:0.7-7keVバンドでのサーベイの結果。各点の面積が、フラックスに比例する。 / 図2:LSSによって得られた2-10keVバンドでのlogN-logS関係。「あすか」での2-10keVでのサーベイ結果を光子指数1.7を仮定して2-10keVに換算した。「ぎんが」の結果は視野のゆらぎの解析から得られたもの。実線はHEAO1 A2の求めたlogN-logS関係の延長。破線は、NがS-3/2に比例するとして、CXBの全部を説明できるようになる条件。

 「あすか」は10keVまで伸びる広いエネルギー範囲で優れた感度を持つ。我々は各エネルギーバンド毎の画像を解析することで、2keV以上でのサーベイにより発見された個々の点源のスペクトルの光子指数を求めた。その結果、選択された29個のソースの光子指数は1.5を中心に分布することがわかった。さらに、強度が2.5×10-13ergs/s/cm2(2-10keV)以下の微弱X線源のスペクトルを足し合わせて平均のスペクトルを求めた結果、その光子指数は、2-10keVでは1.5±0.2であることが明らかになった。これは、「ぎんが」による〜10-12ergs/s/cm2(2-10keV)のCXBのゆらぎ成分の研究から得られた光子指数(1.8±0.1)と比べ有意に硬い。さらに、これはASCAで求めた2-10keVでのCXBのスペクトルの光子指数(1.47±0.07)を誤差内に含む。

 Einstein衛星やROSAT衛星などの結果から、フラックスが10-13ergs/s/cm2レベルのX線源の多くは活動銀河であることが示唆されており、我々の観測した点源の多くも活動銀河であると推定できる。しかし、我々が2-10keVバンドで検出したX線源の平均スペクトルは、従来知られている個々の明るい活動銀河のスペクトルが光子指数1.7〜1.8の巾関数で表されるのに対して有意に硬い。この理由として、活動銀河のスペクトルが遠方になるにしたがって硬くなるという可能性が考えられる。しかし、これまでASCAによってz〜4までにも及んで観測されてきた個々の活動銀河のスペクトルにはその兆候は見られない。

 別の可能性として、観測の感度を上げた結果、吸収の影響によりスペクトルが見かけ上硬い天体が多く観測されるようになってきたことがあげられる。このような硬いX線源の候補としては、II型活動銀河が考えられる。これは、通常の活動銀河と異なり、活動銀河の中心部からの放射が物質によって遮られているために、吸収あるいは散乱を受けた硬いスペクトルを示す天体である。我々の結果は、〜10-13ergs/s/cm2(2-10keV)以上の感度で、このようなX線源がCXBに多く寄与し始めている可能性が高いことを示す。

審査要旨

 本論文は、硬X線領域で過去最高の感度を有するX線天文衛星「あすか」により広域無バイアスサーベイを行ない、宇宙X線背景放射の起源となっている微弱X線源の性質を系統的に研究したものである。論文は5章よりなり、第1章は研究の背景を説明する序説、第2章は研究に使われた装置の説明、第3章は観測とデータ解析手法の解説をしている。本論文で得られた新しい知見は第4章で提示され、それに基く考察が第5章で展開されている。

 宇宙X線背景放射(CXB)は、全天でほぼ一様に観測され、銀河系外から到来すると考えられている。CXBの存在はX線天文学のれいめい期から知られていたが、起源については未だに完全に理解されておらず、その起源が宇宙論的距離(数10億光年以遠)にあると思われている。この意味でCXBは膨張宇宙初期の銀河や銀河団さらには大規模構造の誕生と深くかかわる重要な情報を含んでいる可能性が高い。最近、COBE衛星による宇宙マイクロ波背景放射のスペクトルの観測から、星間の高温ガスによるCXBへの寄与は数%以下であるという制限が加えられた。これはCXBの起源は遠方宇宙からの微弱な点状のX線源の重ね合わせであることを示唆する。CXBの種となるX線源の探査は、クエーサーなどの活動銀河・銀河団とそれらの宇宙論的進化、あるいは全く未知の天体の存在などを解明するという意味でも非常に重要となる。

 これまで、CXBの起源を求めて多くの観測が行われてきたが、その観測結果にはいくつかの謎が残されていた。その第一はCXBのエネルギースペクトルは2-10keVのあたりで光子指数1.4の巾関数であるのに対しその構成要素の候補である活動銀河の平均スペクトルは光子指数は1.7と、より軟らかい。また、X線天文衛星「ぎんが」によるCXBの表面輝度の揺らぎの解析により得られた点源の数密度は、光子指数を1.7と仮定すればEinstein衛星が3keV以下で求めた数の2倍以上の点源が必要となる。以上の二つの一見した矛盾は、2-3keV以下の軟X線領域では微弱だが、硬X線領域では強い天体が多数存在することを示唆する。その一方で,最近軟X線領域(2keV以下)ではROSAT衛星の観測により、軟X線強度が卓越する型の活動銀河が大きく寄与していることもわかってきた。

 X線天文衛星「あすか」は、2keV以上で過去最高の感度(〜10-14erg/s/cm2:2-10keV)を達成し、かつ0.5-10keVという広いエネルギーバンドをカバーしている。その結果「あすか」によるサーベイ観測は、硬X線領域での過去で最も深い探査を可能にし、CXBを構成要素である微弱点源のスペクトルを2keVの両側で直接比較することを可能にする。これは現時点でのCXBに関する最大の矛盾点を観測的に解明することを可能とするものである。具体的には、Large Sky Survey(LSS)プロジェクトとして、高銀緯(赤経=198°.6,赤緯=31°.5)にあって銀河系内の吸収の影響を受けにくい連続した5deg2にわたる空域を系統的に観測した。検出限界は8×10-14erg/s/cm2(2-10keV)に達し、2keV以上での無バイアスサーベイとしては過去最高の規模である。検出される微弱X線源の数は飛躍的に増加し、それらの性質を統計的に高い信頼性で議論することを可能にすると期待される。

 「あすか」は、4つの多重薄板X線望遠鏡(XRT)と、焦点面検出器としてGIS(位置検出型ガス蛍光比例計数管)およびSIS(X線CCDカメラ)をそれぞれ2台ずつ搭載している。「あすか」は2-10keVのエネルギー領域で初めて撮像観測を行うものであるが、そのXRTのPoint Spread Function(PSF)はHalf Power Diagram にしておよそ3分に拡がり、その形状は焦点面の位置によって大きく異なる。したがって、微弱なX線源を効率良く検出し、その強度を正確に評価するためには、検出器の応答の正確な理解が不可欠である。そのためにXRTのPSF、有効面積、焦点面検出器(GIS,SIS)のバックグラウンド特性など、地上実験および軌道上データをもとに入念な較正を行っている。また、論文提出者は大量の画像を処理するための解析の枠組を開発し、領域の重なった観測を一括して処理するための画像解析プログラムを製作した。

 上記の解析システムを用い、LSSの全領域から50を越えるX線源を検出し、その強度を決定することができた。強度は2-10keV範囲で2×10-12〜8.0×10-14erg/s/cm2に及ぶ。見つかったX線源に対しては、5エネルギーバンドに分け画像フィットによりスペクトルを決定した。得られた結果は異なる解析方法によるクロスチェックすると共に、解析手順はモンテカルロシミュレーションによりその正当性を確認している。

 このLSSより、logN-logS関係として2-10keVに換算して8×10-14erg/s/cm2まで精度よく決定することができた(図)。強度8×10-14〜5×10-13erg/s/cm2(2-10keV)の範囲で、10gN-logS関係が精度良く決まったのは初めてである。 図から判るように、ここに決定したlogN-logS関係が、このまま傾き-1.5で低強度まで延びているとすると、最小強度が〜6×10-15erg/s/cm2に達すると全CXBが説明されることになる。ちなみに本研究で検出した最も暗い点源までの積分強度は、全CXB強度の〜30%に達する。すなわち今回の観測でCXBの約1/3が直接点源として観測できたことになる。今回の2keV以上のlogN-logS関係は、「ぎんが」衛星によって得られた関係のほぼ延長上に位置し、2keV以下のlogN-logS関係はROSAT衛星の結果と矛盾しない。

図2:LSSによって得られた2-10keVバンドでのlogN-logS関係。「あすか」での2-10keVでのサーベイ結果を光子指数1.7を仮定して2-10keVに換算した。「ぎんが」の結果は視野のゆらぎの解析から得られたもの。実線はHEAO1 A2の求めたlogN-logS関係の延長。破線は、NがS-3/2に比例するとして、CXBの全部を説明できるようになる条件。

 このLSSで得られた点源について5つのエネルギーバンドに分けて強度を足し合わせることで、全点源の平均のスペクトルを求めた。その結果、強度が2×10-13erg/s/cm2(2-10keV)以下の微弱X線源の0.7-10keVでの平均スペクトルは、光子指数-1.6±0.15の巾関数に従うことが明らかになった。これはCXBの2-10keVでの傾き(-1.4)よりは有意に急である。また、硬X線領域でのみ強度が卓越したX線源は数個に過ぎず、CXBよりも硬いスペクトルを示したX線源は全X線源の20%に満たないことも判った。

 以上の観測により、得られた新しい知見は:(1)CXBの30%は8×10-14erg/s/cm2までの強度をもつ点源の和で説明できるが、スペクトルの不一致はいぜんとして残る。(2)この強度レベルで硬X線領域(2-10keV)のCXBに貢献するX線源のほとんどは、軟X線領域(0.5-2keV)でもCXBに貢献しており、硬X線領域のみで大きく貢献するX線源は少ない。(3)スペクトルの不一致を埋めるためにはII型活動銀河のような硬X線が強いX線源が必要である。これは、通常の活動銀河と異なり、活動銀河の中心部からの放射が物質によって遮られているために、低エネルギー側が吸収あるいは散乱を受ける天体である。このようなX線源が本研究で拾い上げた〜10-13erg/s/cm2(2-10keV)以下の強度で多数存在することを示唆する。

 これらの知見は、現在のX線天文学において極めて重要であり博士論文として充分に値すると審査員全員が判断した。また本論文は京都大学鶴剛氏との共同研究であるが、論文提出者が主にデータ解析およびそれに基ずく考察を行ったもので、論文提出者の寄与が大きいと判断した。

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