凝縮系物理学において近年注目をあつめている系の一つとして、二次元非フェルミ液体金属があげられる。フェルミ液体とは、相互作用をもつフェルミ粒子の集まりでありながら、その低エネルギーでの振る舞いが、自由フェルミ気体として近似できる系のことである。このことは、くりこみ群による解析によってより明解に理解できる。つまり、相互作用の強さをあらわす結合定数が、くりこみ群による赤外停留点としてゼロになるような系であると定義できる。以上のフェルミ液体に対する定義より、非フェルミ液体とは結合定数がゼロでない非自明な赤外停留点を持つ系として定義できる。このことは直観的に言えば、系の励起を表わす準粒子がフェルミ液体にくらべて不安定であることを意味する。そして数学的には、準粒子の相関関数が減衰項(自己エネルギーの虚部)を持つことを意味している。一次元系においては、Luttinger液体などの非フェルミ液体理論が確立されている。一方、高次元系においては、非フェルミ液体的な振る舞いが見られるためには、フェルミ粒子以外の粒子やフェルミ粒子間の長距離相互作用が必要とされることが知られている。特にReizerは、電子の減衰項に対するフォノン、スカラーおよびベクトル光子、そしてマグノンの影響を調べた。この研究は三次元におけるものであったが、二次元の非フェルミ液体においても、なんらかのゲージボソンが重要な役割を担っているのではないかという示唆を与えた。 二次元非フェルミ液体の例として高温超伝導体の金属相があげられるが、この系の特異な振る舞いは、電子間の強相関の結果生じたダイナミカルなゲージボソンによって説明されるとの指摘がある。また、t-J模型など高温超伝導を説明するための強相関電子系模型においては、電荷-スピン分離(電子の電荷の自由度とスピンの自由度が、独立の自由度として振る舞う現象)が起きると予想されており、この現象と先のダイナミカルなゲージ場との間に密接な関係があることも指摘されている。 もう一つの非フェルミ液体の例としては、ランダウ充填率が1/2の一様磁場中における二次元電子系がある。そしてこの系は、この論文における主な研究対象でもある。Jainの描像によれば、この系の準励起は複合フェルミ粒子と呼ばれるものであり、この準粒子は電子と二つの磁束量子からなるものだと考えらている。また、一様磁場中における二次元電子系の興味深い現象として、整数および分数量子ホール効果が知られていが、これらのうち、分数量子ホール効果を説明する理論においては、ボソン化した電子と相互作用するChern-Simonsゲージ場が重要な役割を果たすことが知られている。この理論において分数量子ホール状態は、ボソン化した電子のボーズ凝縮によって特徴づけられる。分数量子ホール効果に対するこのようなアプローチと先のJainによる複合フェルミ粒子のアイデアをヒントにして、Halperinらはランダウ充填率1/2の一様磁場中における二次元電子系を研究した。彼等はこの系を記述するのに、適当なChern-Simons係数をもったChern-Simonsゲージ場と相互作用する非相対論的な複合フェルミ粒子系を用いた。そして、乱雑位相近似による解析の結果、複合フェルミ粒子の有効質量がフェルミ面付近で発散することを導き出した。この結果の本質的な点は、Chern-Simonsゲージ場の作る磁場が外部磁場と相殺しあったのち、そこからの揺らぎがダイナミカルな(独立の)ゲージ場として振る舞ったことによると考えられる。 以上の指摘に対しては、「Chern-Simons拘束条件によって、Chern-Simonsゲージ場と複合フェルミ粒子の数密度が関係づけられているのだから、そのようなダイナミカルなゲージ場の自由度が現われるわけはない。」との反論があるがもしれない。しかし、乱雑位相近似やくりこみ群による考察から、この拘束条件は低エネルギーの励起に対しては有効でなくなり、その結果、複合フェルミ粒子はフェルミ面を形成し、そこからの励起はギャップを持たないことがわかっている。このような描像は、実験や数値計算によっても支持されている。 Jainの描像によれば、分数量子ホール状態の安定性は、複合フェルミ粒子のランダウ量子化によるギャップであると言うことができる。つまり、電子のランダウ充填率1/2の近くで複合フェルミ粒子が有効ランダウ準位をN準位まで充たしている状態は、(N+1)準位とのギャップにより安定であるといえる。整数量子ホール状態の安定性が、電子のランダウ量子化によるギャップであったことを考えると、この描像により二つの異なった現象に対して統一的な理解が出来ることになる。また、先に述べた複合フェルミ粒子の有効なランダウ充填率がN(ここでNは正の整数)であるような状態は、電子のランダウ充填率がN/(2N+1)の状態に対応しており、実験において安定に観測される分数量子ホール状態の階層を再現している。つまり、Jainによる複合フェルミ粒子の描像は、この実験事実によっても支持されていると言える。 さらに、最近の実験において、上で述べた分数量子ホール状態における有効ランダウ準位幅の特異な振る舞いが観測されている。つまり、電子のランダウ充填率1/2の近傍において、複合フェルミ粒子の有効質量が劇的に増大することが報告されている。この実験事実を理論的に説明するためには、ランダウ充填率1/2の電子系に対して導入されたダイナミカルなゲージ場が、充填率が厳密に1/2でない状況でも依然として存在し、充填率1/2近傍の分数量子ホール状態の系に対しても、重要な影響を及ぼしていると考えるのが妥当だと思われる。また、実際にこのような観点にたち、我々の研究を含めいくつかの理論的研究がなされている。 以上に述べた背景のもと、この論文において我々は、ランダウ充填率1/2近傍の一様磁場中における二次元電子系についての理論的考察をおこなった。その主な内容は、以下に述べる三つの研究から構成されている。 1、絶対零度におけるランダウ充填率1/2の電子系をくりこみ群の方法を用いて解析した。くりこみ群を用いた事により、乱雑位相近似において無視されてしまう、ゲージ結合定数に対する頂点補正を考慮した。ゲージ相互作用によってゲージ場の散逸項が生じるが、これは系の低エネルギーでの振る舞いに対して非常に重要な影響をおよぼす。そこで、この散逸項のくりこみ変換によるスケールの仕方を考慮にいれ、その振る舞いを注意深く調た。また、ここで取り扱っているような非相対論的な系においては、エネルギーや場に対するスケール次元を運動量に対するスケール次元からは一意的に決められない。ここでは、その不定性のためのパラメータを導入し、物理的な結論がこのパラメーターに依らないことを示した。また、ある種の電子間相互作用に対しては、くりこまれたゲージ結合定数が非自明な赤外停留点をもつことが分かった。さらにクーロン相互作用をもつ場合には、低エネルギーにおける系の振る舞いがマージナルーフェルミ液体によって記述できることを示した。マージナルーフェルミ液体とは、高温超伝導体の現象論において導入されたもので、準粒子の概念の妥当性が限界のところで満たされるものである。 2、上で扱った系の有限温度における振る舞いを調べた。ここでは、非自明な赤外停留点を持つような非フェルミ液体とマージナルーフェルミ液体の場合のみを対象にしている。フェルミ粒子とゲージ場の自己エネルギーを乱雑位相近似によって計算した後、これらを用いて階段近似により有限温度カレントーカレント相関関数を求めた。そして、Drude公式が成り立つことを示し、久保公式によって直流伝導率を導き出した。非フェルミ液体およびマージナルーフェルミ液体的な振る舞いが直流伝導率に対しても見られることがわかった。 3、最後に、ランダウ充填率が(厳密に1/2でない)1/2近傍の一様磁場中における二次元電子系について考察した。特に、ダイナミカルなゲージ場が、有効ランダウ準位を組んでいる複合フェルミ粒子に対して、どのような影響を及ぼし得るのかを調べた。また、非摂動的な解析を明瞭な形で行うために、複合フェルミ粒子の有効ランダウ充填率が(p-1)/3の場合、あるいは対応する電子系のランダウ充填率が(p-1)/(2p+1)の場合を考えた。特にp=3N+1のとき、この系は電子のランダウ充填率がN/(2N+1)の分数量子ホール状態に対応る。Chern-Simonsボソン化法を用いることにより、最低の未充填有効ランダウ準位、あるいは最高の充填有効ランダウ準位にいる複合フェルミ粒子をChern-Simonsゲージ場と相互作用しているボーズ粒子として記述した。ここで一つ注意しておきたいのは、ボソン化した複合フェルミ粒子が相互作用しているのは、ここで導入したChern-Simonsゲージ場だけでなく、複合フェルミ粒子そのものを考えた時に導入したダイナミカルなゲージ場とも相互作用しているということである。この様して模型を構築した後、我々は複合フェルミ粒子の有効ランダウ準位幅を計算し、この準位幅がダイナミカルなゲージ場の影響により消失する傾向にあることを示した。 |