本論文は、7章からなり、第1章から第3章までは、研究目的、背景、および測定原理・手法の紹介に当てられている。電子相関は強磁性、反強磁性、金属-絶縁体転移、超伝導など様々な物性を引き起こす原因であり、今日の物性物理学における中心課題の一つである。実際に遷移金属中のd電子、f電子では電子相関が強く、遷移金属化合物は、例えば銅酸化物における高温超伝導などのような多彩な物性の舞台となる。 本論文では、これらの遷移金属化合物が引き起こす磁気的性質を電子相関という立場から理解するために、酸化物を中心とした以下の3つの3d遷移金属化合物の系を取り上げ、その電子状態と磁性との関係を研究した。すなわち、ペロブスカイト型酸化物La1-xSrxMnO3、La1-xSrxCoO3およびFeSiで、いずれも異常な磁気的性質を持つ。La1-xSrxMnO3,La1-xSrxCoO3は、二重交換相互作用系として知られ、近年では巨大な負の磁気抵抗を示す物質として注目されている。また、LaCoO3およびFeSiは温度上昇と共に非磁性半導体から常磁性金属に変化し、3d電子系の近藤絶縁体の候補として再び注目を集めている。本論文では、共鳴光電子分光を含む光電子分光法およびX線吸収分光法を測定手段とし、3つの系を研究した。スペクトルの解析手法には、電子相関を解析に取り入れる為に有効な配置間相互作用(CI)を考慮したクラスターモデルによる解析やモデル自己エネルギーをバンド計算に取り入れた解析を用いた。 本論文の第4章では、FeSiについて、価電子帯UPSスペクトル(hv=21.2eV)を各温度において高分解能で測定し、電子状態の温度変化を調べた結果について述べている。150K以下でのギャップの形成が観測され、高温金属-低温半導体の転移を確かめた。また、UPSスペクトルを解析した際に、バンド計算に電子相関の効果を取り入れる為にモデル自己エネルギーを導入し、実験結果を再現するようにモデル自己エネルギーのパラメーターを決定した。その結果、EFのごく近傍では、かなり大きな電子相関があると見積もられ、幅が狭く(〜50meV)かなり重い(〜50mo)準粒子のバンドが存在すると結論した。また、観測されている異常な磁化率の結果と矛盾しないことを示した。 第5章では、La1-xSrxCoO3の電子状態と磁性の関連について、光電子分光の結果と解析をもとに論じている。LaCoO3の磁化率は1A1(低スピン:LS)状態から5T2(高スピン:HS)状態への熱励起では説明できないことが知られているが、1A1状態から3T1(中間スピン:IS)状態への熱励起ならば磁化率の挙動が説明できることを明らかにした。そこで、観測した光電子スペクトルをCIクラスターモデル解析することによって中間スピン励起状態の可能性を検証した。価電子帯XPSスペクトルは、1A1-3T1混合始状態を仮定すると測定結果を再現でき、またスペクトルの小さい温度変化も定性的に説明できることを明らかにした。一方、La1-xSrxCoO3の共鳴光電子分光スペクトルの差分スペクトルを各組成で比較した結果は、ドープ領域で高スピンへの変化が起きていると考えると説明しにくい。以上の結果から、LaCoO3の磁気転移はLS-HSではなくLS-ISであると提案し、また中間組成領域ではかなり遍歴的となっていると結論した。 第6章では、La1-xSrxMnO3の値電子帯光電子スペクトルの温度変化についての研究結果を述べている。La1-xSrxMnO3(x=0.0-0.4)について、高分解能光電子スペクトルを種々の温度で測定した結果、数eVの広範囲にわたって、またEF近傍で、スペクトル強度の異常に大きな温度変化を観測した。Mn系では、温度上昇に伴う強磁性相関の減少によって、実効的な電子相関強度が増大する為、値電子帯全体の電子構造が変化すると考えられるとの解釈を示した。 本論文の第7章は、論文全体のまとめに当てられている。 以上、本論文は、強い電子相関効果に由来する、異常な磁気的性質を示す物質系について、光電子分光の手法を用いて、その電子状態の特徴および磁性との関連を解明し、この分野の研究に新生面を開いたと評価できる。よって、本論文は、博士(理学)の学位論文として合格と認める。なお、本論文の相当部分は、指導教官である藤森淳助教授ほかとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって測定から解析にいたるまで行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |