学位論文要旨



No 111652
著者(漢字) 清水,鉄也
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,テツヤ
標題(和) 自転と非等方ニュートリノ放出を伴う超新星の爆発機構
標題(洋) Explosion Mechanism of Supernovae with Rotation and Anisotropic Neutrino Radiation
報告番号 111652
報告番号 甲11652
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3016号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 戸塚,洋二
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 折戸,周治
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 川崎,雅裕
内容要旨

 本論文における研究の最大の目的は重力崩壊型超新星の爆発メカニズムを解明することである。重力崩壊型超新星の理論的研究は20年以上もの長い歴史があるにもかかわらず、その爆発メカニズムの問題は現在においても未だに解決されていない。現在最も有力なメカニズムとして盛んに議論されているのが1985年にJ.Wilsonが提唱した"遅延爆発(delayed explosion)"という爆発モデルである。そのモデルでは、生まれたての中性子星(原始中性子星)から放出されるニュートリノが、一度失速した衝撃波の背後の物質を加熱する効果(ニュートリノ加熱)が重要であるとしている。現在では、ニュートリノ加熱に伴う対流の効果を取り入れた2次元(あるいは3次元)空間の爆発モデル数値計算が著者らの研究グループの他、アメリカとドイツの3カ所のグループによって精力的に行なわれており、爆発メカニズムに関して互いに論争している。重力崩壊型超新星において説明されるべき物理量は以下のようなものが挙げられる:(1)超新星の爆発エネルギー(1.5±0.5×1051erg)、(2)最近の超新星1987Aなどで観測された爆発現象の非球対称性、(3)超新星中で形成される中性子星の質量(1.4(太陽質量))および回転速度、(4)56Niなどの代表的な元素合成量(Ni:0.07)などである。これらの量を矛盾なく統一的に説明できるモデルの構築を目標としている。なかでも数値計算による爆発エネルギーの理論値が観測値(1)に対して不足していることが最大の問題点である。

 まず、本論文では超新星爆発メカニズム研究のための三次元計算について報告する。それまで爆発メカニズムの研究においては、対流が発生するにもかかわらず、球対称あるいは2次元軸対称の数値計算しか行なわれて来なかったことを著者らは問題視した。そこで著者は軸対称性を仮定しない3次元計算コードを開発し、対流の3次元効果の超新星爆発への影響を調べた。この3次元計算コードを用いて3次元と2次元の計算結果の比較を行い、物質対流の高速度成分などの局所的な量は3次元効果によって大きな変更を受けること、合成された元素が宇宙空間へ放出されやすい傾向になることを明らかにした。ただし、3次元計算の精度および計算時間の限界から爆発エネルギーに関して結論を導くことは難しかった。しかし特筆すべきは、本研究が超新星爆発メカニズムを探る目的で行われた初めての三次元計算であったことである。

 次に、本論文では超新星の爆発メカニズムの新しい説を提唱する。一般に、重力崩壊型超新星の爆発メカニズムを論じるときには中心コアの回転の効果はあまり重要視されていない。というのも回転が強いと遠心力が効いて中心コアが十分収縮できないので、重力エネルギーを開放して爆発エネルギーに変換することが困難であると考えられたからである。しかし、重力崩壊型超新星を起こすような重い星は一般に高速で自転していることが知られており、またパルサーの観測は超新星コアが確かに回転していたことを示している。これまでの超新星研究においては中心コアの回転の効果はニュートリノの効果と同時に議論されなかった。しかし、本論文ではこの2点を結びつけて、原始中性子星の回転が、非等方的に放出されたニュートリノによる物質加熱を通して爆発現象そのものに深く関わっていることを指摘した。超新星の中で生まれる中性子星の重力エネルギーのほとんど全てがニュートリノとして放出され、そのわずか1%がニュートリノ加熱によって爆発エネルギーに変換されるのであるから、回転の効果がニュートリノを媒介として爆発における大きな非対称性をもたらすことが予想される。原始中性子星が回転していると遠心力の効果でニュートリノ放出面が非球対称に変形され、放出されるニュートリノは回転軸の方向へ集中するはずである。ニュートリノが中心コア外層を局所的に強く加熱するので、爆発そのものの性質を球対称から大きく変えてしまう効果が期待される。本論文ではこれらの可能性を探ることを目的として、回転している原始中性子星からの軸対称非等方的なニュートリノ輻射を仮定し、超新星コアにおける対流の多次元(2次元軸対称・3次元)空間数値シミュレーションを実行した。図1は行った数値計算を簡単に説明した図とその計算結果の一例(2次元軸対称)である。数値計算の結果、ニュートリノが赤道方向に比べて回転軸方向の物質をより強く加熱するので、強力で大域的な物質対流が衝撃波と原始中性子星の間に誘起されることがわかった。さらに回転軸に沿った対流運動が衝撃波を押し上げることによりジェット的な爆発が得られた。このような対流運動によって、ホット・バブル(高エントロピー領域)が変形を受け、したがって乱流不安定性が衝撃波の背後で起きることもわかった。この不安定性は超新星1987A外層での物質混合の揺らぎの種を提供するものと考えられる。また、得られたジェット的な爆発は超新星1987Aの外層で観測された物質分布の非対称性を自然に説明するものである。このようにして、超新星1987Aにおいて起源が不明であった3個の問題、つまり物質混合の種、混合物質の高速度成分(ジェットの方向と説明される)、および超新星外層で観測された非対称性を同時に統一的に説明できることがわかった。

図1:数値計算の簡単な説明図(左)と計算結果のエントロピー分布の一例(右)

 本論文の数値計算で仮定したニュートリノ放出の非等方性は中性子星の回転速度に換算すると非現実的な高速度回転というわけではなく、パルサーの回転より少し速い程度の回転に相当する。また、この論文の数値計算では自転の効果の一部分しか取り入れておらず、本論文の計算結果は効果の下限を探ったものである。本論文で取り入れた効果以外に以下のような回転による効果が考えられる。(1)重力崩壊する中心コア外層部は回転の効果により赤道方向に密度が集中するような分布になるので回転軸方向に衝撃波が進みやすくなる効果。(2)ニュートリノ放出面上の温度は回転軸上で最大になるように分布しているはず。(3)回転している中性子星内部での非球対称な対流的・拡散的ニュートリノ輸送。これら3個の効果は全て爆発をよりジェット的なものにする影響を及ぼすと予想され、今後回転の効果をより詳細に取り入れた数値計算を行なう必要がある。多くの超新星研究者は、コア外層部でのニュートリノ加熱の重要性を認識しているものの、中性子星からのニュートリノ光度が上昇する未知のメカニズムがあって爆発エネルギーの問題はほぼ球対称の範囲内で解決されるだろうと考えている。しかし、ニュートリノ光度を単純に上げるだけであると爆発が勢いよすぎて中心コアの外層部を大量に吹き飛ばし、中性子星の質量および56Ni元素合成量が観測と合わなくなる問題が出てくる。ところが、本論文のようなジェット的非等方爆発のモデルはこの問題に対する一つの解決方法を提出する。なぜなら、中心コアの回転軸の方向にその外層の一部分のみがニュートリノで加熱されて勢いよく吹き飛ばされ、多くの物質が中心の中性子星へと降着するからである。

 また、精度の良い2次元軸対称数値計算を行うことにより、非等方ニュートリノ放出の爆発エネルギーに対する効果が明らかになってきた。確かに、全ニュートリノ光度が十分大きいようなモデルを作れば、爆発エネルギーの観測値を説明するようにできる。しかし、衝撃波が失速したときに必ずしも全方向にわたるニュートリノ放出量が上昇する必要はなく、局所的に強いニュートリノ放出さえ起きれば失速していた衝撃波を生き返らせて爆発を引き起こす効果があることがわかった。つまり、非等方ニュートリノ放出が超新星爆発を誘発することが可能である。とくに、中性子星が形成されるかブラック・ホールになってしまうかの臨界点となる星の質量を爆発モデル研究によって調べるためには、このような非等方ニュートリノ放出の効果は必ず重要になるはずである。

 これらの結果をもとに、本論文において以下のように観測を統一的に説明できる爆発メカニズムの新しいシナリオを提唱する。「超新星爆発を引き起こす親星の中心コアはパルサー程度の適度な速さで回転していて、重力エネルギーをニュートリノの形で開放するくらいに十分重力収縮して行く。しかし、重力収縮の途中で回転の効果が次第に強くなるため、原始中性子星からのニュートリノの放出分布は中心コアの回転軸の方向に集中するようになる。ニュートリノはその軸の周りの物質を主に加熱し、その方向に爆発がジェット状に開始され、その後圧力が重力に釣合うように球対称に戻そうとする方向に働くため全方向に爆発が始まる。」

 最後に、流体方程式の数値計算手法においても重要な進展があったことを付け加えておく。本論文では、理想気体以外の状態方程式や球座標系に対して適用できるようにRoe法と呼ばれる方法を拡張した。注意深く拡張しないと、とくに失速した衝撃波の計算において致命的な計算誤差が蓄積してしまうということを指摘し、また、この誤差を避けるための巧妙な拡張方法を具体的に示した。他の超新星研究グループは多くの場合PPM法と呼ばれる方法を用いるが、これに比べてこの拡張されたRoe法は数値的反復が必要ない分、計算時間を節約できる利点がある。

審査要旨

 本論文は6章からなり,第1章は,超新星爆発に関する序論,第2章は,超新星爆発の機構の記述及びそれに関する数値計算の現状とその問題点特に対流の取り扱い,第3章は,その問題の解を目指した3次元数値計算の遂行とその結果の議論,第4章は,非等方ニュートリノに関する2次元数値計算による詳細な考察,第5章は,本論文の数値計算に用いられた計算方法の記述,第6章は,本論文の結論である.

 超新星爆発は,重い星が最後に起こす大爆発のことである.1987年に,16万光年離れた大マゼラン星雲で起こった超新星SN1987Aでは,ニュートリノから電波まで広範な技術を駆使した観測が行われた.その結果,重い星が起こす超新星爆発の本質は,星の中心部分が重力崩壊を起こし,その時に解放される重力エネルギーの一部によって星が粉々に吹き飛ばされるということが明らかになった.

 しかし,爆発の理論的な考察は,爆発機構が余りにも複雑なために高度な数値計算による以外に方法がない.過去,数グループが,この野心的な数値計算に挑戦したが,十分な量の爆発エネルギーを得ることができず,爆発を理論的に再現することが難しかった.その原因は,数値計算に導入する物理量が不十分であったこと,及び数値計算の方法に問題があったことが挙げられる.現在,精力的に研究されているのが,爆発に際して起きる対流などの不安定性の取り扱いと,それを引き起こす物理的な原因の解明である.

 本論文は,超新星爆発の機構の解明のために,3次元数値計算方法を初めて開発・実用化し,等方的ニュートリノ放出のもと,ニュートリノによる物質加熱と同時に,密度揺らぎを人工的に与えることによって引き起こされる対流不安定性が,超新星爆発にどのような影響を及ぼすかを考察した.この結果,物質混合などの一部の観測結果には好都合な結果が得られた.爆発エネルギーが対流によって効率よく外部に輸送されるかどうかに関しては,爆発エネルギーが確かに増加することが見いだされたが,明確な結論は得られなかった.しかし,現象論的な対流不安定性は,その背後にある物理過程がよく分からないという困難さがある.

 そこで,本論文は,現象論的な対流不安定性とは別に,ニュートリノの非等方的放出を考え,その結果ニュートリノによる物質加熱も非等方的になり,局所的に効率のよい加熱が起こると共に,大きな対流不安定性が得られるとの予想のもと,3次元数値計算を行った.予想通り大きな対流不安定性が得られた.しかしながら,爆発エネルギーに関しては,3次元数値計算は現在の計算機の能力では性能的に問題があることがわかったので,ニュートリノの非等方的放出を導入した,改良された2次元数値計算を行った.その結果,顕著な爆発エネルギーの増加を示すことができたのである.

 それでは,非等方的ニュートリノ放出を起こす原因はなんだろうか.本論文は,爆発を起こす重い星がもっていた角運動量によって,中心部分の小さなニュートリノ放出部分が高速回転を行い,結果としてニュートリノ面が回転楕円体となってしまい,回転軸方向にニュートリノ放出の極大が起こるとしている.実際,回転による非等方性の大きさは,数値計算に導入した非等方性を自然に説明できる量であった.

 以上のように,本論文は,(1)3次元数値計算を超新星爆発機構の研究に初めて導入したこと,(2)詳細な2次元数値計算により,非等方性ニュートリノ放出による物質加熱が超新星爆発機構として有望であり,また非等方性ニュートリノ放出は,ニュートリノ放出球の高速回転によって自然に生じることを示したこと,の二点により,超新星爆発機構の解明に大きな貢献をしている.

 審査員全員は,本論文が学位論文として十分な内容をもつものであり,論文提出者が,物理学特に宇宙物理学に博士(理学)の学位を受けるにふさわしい十分な学識をもつものと認め,合格と判定した.

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