学位論文要旨



No 111653
著者(漢字) 下村,尚治
著者(英字)
著者(カナ) シモムラ,ナオハル
標題(和) 超高真空走査電子顕微鏡によるSi表面上の金属(Ag,Au,In,Ga)の成長モードの研究
標題(洋) Study of Growth Modes of Metals(Ag,Au,In,Ga)on Si Surface Using an Ultra-high-vacuum Scanning Electron Microscope
報告番号 111653
報告番号 甲11653
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3017号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 兵頭,俊夫
 東京大学 教授 若林,健之
 東京大学 助教授 常行,真司
 東京大学 助教授 長谷川,修司
 東京大学 助教授 池畑,誠一郎
内容要旨 1.

 多元素が関与するようなエピタクシャル成長の機構を解明する上で、それぞれの元素が表面上および深さ方向においてどの様な挙動をするかを調べるのは非常に重要な事であるが、それを調べる有力な手段がなかった。最近、電子線励起X線全反射角分光法(RHEED-TRAXS)により電子線の視斜角依存性を測定すると、表面原子の深さ分布の解析が可能であることが示された。この方法をSi(111)表面上の金属のエピタクシャル成長の研究に適応し、様々な新しい成長モードが見つかった。

 本研究ではこれらの研究成果を考慮し、成長条件を変えた場合について、その成長モードを詳しく解析し、その成長機構を明かにすることを第一の目的とした。まず種々の場合の新しい成長モードについて、高分解能の超高真空走査顕微鏡(UHV-SEM)及び反射高速電子回折(RHEED)を用いて詳しく解析した。またSEMの電子線により発生するX線を用いて表面の元素分析を行った。次にSEMコントラスト形成機構の解明を第二の目的とし、光電子分光法(UPS)を用いて、仕事関数、バンドベンディングの測定を行なった。

2.実験結果及び考察2.1成長モードと成長機構2.1.1Au/Si(111)-×-Ag

 Si(111)-×-Ag表面構造上に室温でAuを蒸着した場合、RHEEDパターンには××等の表面構造に加えて微粒子のスポットが現れた。このSEM像は図1に示すように、明るい結晶微粒子L、小さくて明るい微粒子Sおよび暗い微粒子Dが観察された。SEMの電子ビームをこれらの粒子に照射し発生するX線をTRAXS法で測定した。その結果、粒子Lおよび粒子SはAgを含む粒子であることがわかった。これらの実験事実から×-Ag構造のAg原子と蒸着したAu原子が置換し遊離したAgの一部が島の中に取り込まれたと考えられる。

2.1.2Ga/Si(111)-×-Ag

 Si(111)-×-Ag表面構造上に室温でGaを蒸着した場合、約0.3層で10nm程度の明るい粒子が現れた。図2に示すように3層蒸着すると暗い粒子がこの粒子を囲むようになった。X線解析の結果、明るい粒子がAgであり、暗い粒子がGaであることが明かとなった。つまり×-Ag構造を作っていたAgが表面から遊離して粒子を作ったと考えられる。

2.1.3In/Si(111)-×-Ga

 Si(111)-×-Ga(1ML)構造上にInを蒸着すると、ステップ近傍に幅100A程度の溝が観察された。In蒸着量が約2原子層で/2×/2構造が現れ、テラス全体がステップのない同じ原子層の表面になった(図3(c))。さらにInを蒸着すると、同一テラス内では同じ厚さであるが、テラスとテラスの間では1原子層だけ厚さの違う長いテラス構造が現れた。(図3(d))

2.1.4Si(111)-[2×1+c(8×2)-Au]

 Si(001)-2×1表面構造を840℃に加熱しながらAuを約1/3層蒸着すると、RHEEDパターンに2×1構造と共にc(8×2)構造のスポットが現れた。この表面をUHV-SEMで観察すると、図4(a)のBに示すように細長く伸びた長方形のc(8×2)-Au構造のドメインが観察された。この一部を拡大すると(b)に示すように格子像が観察された。この様な格子像をSEMで観察したのは本研究が初めてである。

図表図1 Au(2 ML)/Si(111)-×-Ag / 図2 Ga(3 ML)/Si(111)-×-Ag / 図3 In/Si(111)-×-Ga(1ML)のSEM像 / 図4 Si(001)-[2×1+c(8×2)-Au]表面構造のSEM像

 蒸着時の温度を400℃から840℃まで変化させc(8×2)-Auドメインの辺の長さ1a、1bを測定し温度の上昇と共に縦横比1a/1bが増加することを見出した。この現象についての考察を行った。

2.2SEMコントラスト形成機構の研究

 In/Si(111)-×-Ga系において、Inの層はテラスごとに1層ずつ成長したが、SEMの明るさは膜厚nに比例してt0+0.04nのように変化した。この結果SEMの明るさから1原子層の単位で増加する膜厚の測定が可能であることが示された。

 In/Si(111)表面では7×7、××、4×1等の構造が現れる。その膜厚は4×1構造が最大であるが、SEMの明るさから得られる二次電子放出量はこれらのうち、×構造が最も大きな値をとった。それに対しUPSスペクトルから求めた仕事関数は、×構造が最小の値をとり、二次電子量の変化と一致した。一方表面のエネルギーバンドはInの被覆率が増えるにつれて上に曲がり、4×1構造でバンドの曲がりが最大になった。

 Ag/Si(111)表面構造では7×7、6×1、×構造が現れるが、6×1、×構造は7×7構造に対しそれぞれ1%および8%二次電子量が多かった。仕事関数は6×1構造が最も大きな値を持った。これは7×7構造より6×1構造の二次電子量が多い事と一致しない。一方表面バンドはAgの被覆率が増えるにつれて上に曲がり、×構造でバンドの曲がりが最大になった。これは二次電子量の変化と一致している。

3結論(1)成長モードと成長機構

 本研究では高分解能の超高真空SEMの特質を充分生かし、様々な成長モードの観察を行い、次のような新しい事実を見いだしその考察を行った。

 Au/Si(111)-×-AgおよびGa/Si(111)-×-Ag系において蒸着したAuおよびGaはそれぞれAgと置換し、AgおよびGaを含んだ粒子が形成するような成長モードである事がわかった。In/Si(111)-×-Ga系においてGaが1層の時、完全に平坦なステップのないInの層が1層ずつ成長するモードである事がわかり、その考察を行った。Si(001)-c(8×2)-Au表面においてSEMの格子像を観察した。SEMによる格子像の観察は初めてである。この表面構造のドメイン成長の機構を考察した。

(2)SEMコントラスト形成の機構

 SEMコントラストを形成する機構には(1)膜厚、(2)仕事関数 (3)バンドベンディングが関与していることがわかった。In/Si(111)-×-Ga系においては表面構造が同じ時は膜厚に比例してSEMの明るさが変化した。In/Si(111)系では二次電子コントラストと仕事関数の変化が一致し、Ag/Si(111)系においては二次電子コントラストはバンドベンディングに対応した変化をすることを見いだした。

審査要旨

 本研究は、超高真空走査型電子顕微鏡(UHV-SEM)観察と、反射高速電子線回折(RHEED)、電子線励起X線全反射角分光法(TRAXS)による元素分析、および光電子分光法(UPS)を適切に用いて、Si表面上の多元素が関与するエピタクシャル成長の機構を調べたものである。その結果、各元素の表面上および深さ方向の分布に立ち入ったエピタクシャル成長機構の解明、および、SEM像コントラストの生成要因の解明を行った。

 本論文は4章から成り、第1章の導入に続いて、第2章では実験方法について記述し、第3章では測定結果を示し、それに対する解析と考察を行っている。さらに第4章で、全体の結論をまとめている。

 実験の内容は、大きく3つに分けられる。

(1)Si(111)表面上のエピタクシャル成長の機構の解明

 従来の研究で成長機構のモデルが提唱されている次の4種類の表面について研究した。

(a)Si(111)-111653f53.gif×111653f54.gif-Ag表面への室温でのAuの蒸着

 RHEED像には微粒子形成を示すスポットが現れ、SEM像には3種類の微粒子が観察された。TRAXS元素分析の結果から、111653f55.gif×111653f56.gif-Ag構造に蒸着したAuはAgの下に潜り込むが、一部はAuとAgの両方を含む微粒子を形成したとする新しい成長モデルを提唱した。

(b)Si(111)-111653f57.gif×111653f58.gif-Ag表面へのGaの蒸着

 Ga約0.3MLでSEM像に10nm程度の明るい粒子が現れた。3ML蒸着すると暗い粒子がこれを囲んだ。TRAXS元素分析の結果、明るい粒子はAg、暗い粒子はGaであった。そこで、111653f59.gif×111653f60.gif-Ag構造を作っていたAgが表面から遊離してGa層の上に粒子を作り、Gaもまたそれとは別の粒子を作るという成長モデルと提唱した。

(c)Si(111)-7×7構造表面へのInの蒸着

 InがSK成長することが観測された。表面上の原子層ステップや7×7構造の位相境界にはInが吸着せず、暗い線として観察された。

(d)Si(111)-111653f61.gif×111653f62.gif-Ga(1ML)構造表面へのInの蒸着

 In約2MLで111653f63.gif/2×111653f64.gif/2構造が現れ、テラス全体がステップのない同じ原子層になった。さらにInを蒸着するとテラスとテラスの間に1原子層だけ厚さの違う長いテラスが現れた。また、2次電子量の定量的な測定により、1原子層の単位で増加する膜厚の測定が出来ることを示した。

(2)Si(100)表面上の格子像の観察とドメイン異方性の温度依存性

 Si(100)-2×1表面構造に840℃でAuを約1/3ML蒸着したときに現れるRHEEDのc(8×2)構造の部分をSEMで観察し、SEMによる格子像を初めて得た。また、このc(8×2)-Auドメインの辺の長さの蒸着温度依存性を測定し、長辺:短辺の比が温度とともに増大することを見い出し、それを説明するモデルを提案した。

(3)Si(111)表面のSEM像のコントラストの決定機構

 In/Si(111)表面とAg/Si(111)表面の超格子構造からの2次電子量を測定し、UPSスペクトルから求めた仕事関数およびバンド・ペンディングの大きさと比較した。その結果、2次電子コントラストは、In/Si(111)系では仕事関数の変化と一致し、Ag/Si(111)系においてはバンドベンディングに対応した変化をすることを見いだした。

 以上のように、本研究は、UHV-SEMが表面内の構造解明に有効であるという特質を十分に生かして、数多くの、新しい発見を行っており、審査員全員一致で、本論分を博士(理学)の学位に値するものと判断した。

 なお、本研究は、井野正三氏、中山俊朗氏との共同研究であるが、論文提出者のが主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

UTokyo Repositoryリンク