本研究は、超高真空走査型電子顕微鏡(UHV-SEM)観察と、反射高速電子線回折(RHEED)、電子線励起X線全反射角分光法(TRAXS)による元素分析、および光電子分光法(UPS)を適切に用いて、Si表面上の多元素が関与するエピタクシャル成長の機構を調べたものである。その結果、各元素の表面上および深さ方向の分布に立ち入ったエピタクシャル成長機構の解明、および、SEM像コントラストの生成要因の解明を行った。 本論文は4章から成り、第1章の導入に続いて、第2章では実験方法について記述し、第3章では測定結果を示し、それに対する解析と考察を行っている。さらに第4章で、全体の結論をまとめている。 実験の内容は、大きく3つに分けられる。 (1)Si(111)表面上のエピタクシャル成長の機構の解明 従来の研究で成長機構のモデルが提唱されている次の4種類の表面について研究した。 (a)Si(111)-×-Ag表面への室温でのAuの蒸着 RHEED像には微粒子形成を示すスポットが現れ、SEM像には3種類の微粒子が観察された。TRAXS元素分析の結果から、×-Ag構造に蒸着したAuはAgの下に潜り込むが、一部はAuとAgの両方を含む微粒子を形成したとする新しい成長モデルを提唱した。 (b)Si(111)-×-Ag表面へのGaの蒸着 Ga約0.3MLでSEM像に10nm程度の明るい粒子が現れた。3ML蒸着すると暗い粒子がこれを囲んだ。TRAXS元素分析の結果、明るい粒子はAg、暗い粒子はGaであった。そこで、×-Ag構造を作っていたAgが表面から遊離してGa層の上に粒子を作り、Gaもまたそれとは別の粒子を作るという成長モデルと提唱した。 (c)Si(111)-7×7構造表面へのInの蒸着 InがSK成長することが観測された。表面上の原子層ステップや7×7構造の位相境界にはInが吸着せず、暗い線として観察された。 (d)Si(111)-×-Ga(1ML)構造表面へのInの蒸着 In約2MLで/2×/2構造が現れ、テラス全体がステップのない同じ原子層になった。さらにInを蒸着するとテラスとテラスの間に1原子層だけ厚さの違う長いテラスが現れた。また、2次電子量の定量的な測定により、1原子層の単位で増加する膜厚の測定が出来ることを示した。 (2)Si(100)表面上の格子像の観察とドメイン異方性の温度依存性 Si(100)-2×1表面構造に840℃でAuを約1/3ML蒸着したときに現れるRHEEDのc(8×2)構造の部分をSEMで観察し、SEMによる格子像を初めて得た。また、このc(8×2)-Auドメインの辺の長さの蒸着温度依存性を測定し、長辺:短辺の比が温度とともに増大することを見い出し、それを説明するモデルを提案した。 (3)Si(111)表面のSEM像のコントラストの決定機構 In/Si(111)表面とAg/Si(111)表面の超格子構造からの2次電子量を測定し、UPSスペクトルから求めた仕事関数およびバンド・ペンディングの大きさと比較した。その結果、2次電子コントラストは、In/Si(111)系では仕事関数の変化と一致し、Ag/Si(111)系においてはバンドベンディングに対応した変化をすることを見いだした。 以上のように、本研究は、UHV-SEMが表面内の構造解明に有効であるという特質を十分に生かして、数多くの、新しい発見を行っており、審査員全員一致で、本論分を博士(理学)の学位に値するものと判断した。 なお、本研究は、井野正三氏、中山俊朗氏との共同研究であるが、論文提出者のが主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |