学位論文要旨



No 111660
著者(漢字) 久門,正人
著者(英字)
著者(カナ) ヒサカド,マサト
標題(和) 可積分非線形現象の理論と応用
標題(洋) Theory and Applications in Integrable Nonlinear Dynamical Systems
報告番号 111660
報告番号 甲11660
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3024号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 教授 堀田,凱樹
 東京大学 教授 若林,健之
 東京大学 教授 神部,勉
 東京大学 教授 薩摩,順吉
内容要旨

 いわゆるソリトン方程式と呼ばれる一連の非線形微分方程式は、完全可積分性を有する数学的に美しいモデルというだけでなく、それらの多くは様々な自然現象に直接関与している。我々は数学的なソリトン理論とその新たな物理系への応用について研究結果を以下順を追って報告する。

1DNAのブレザーモード

 DNAが二重らせん構造をとっていることは、よく知られている。その二重らせんは、部分的に閉じたり開いたりしている。そのことを記述しているモデルとしてビショップ=ペイヤール(BP)モデルが有名であるが、その塩基対はすべて同じであると仮定している。だが実際のDNAでは、塩基対は異なっている。我々は、BPモデルを拡張し、塩基対がランダムに並んでいる場合について考察した。この場合ソリトンの分裂、増幅現象等は起こらず、ソリトンの変形のみが起こる。またその表式は、解析的に求まる。さらに塩基対に断絶がある場合について考察した。この場合塩基対の不均一性によって透過、反射波が発生する。これによってブレザーモードの局在が考察できる。

2離散的な曲線および三角形分割された曲面の運動

 高分子やDNAの運動を扱う場合その離散的な効果は無視できない。そこで我々は、離散的な曲線を記述する離散的フレネ=セレーの公式を導出した。さらにその運動を考えると、可積分系になる最も簡単な例として、連続な場合に曲率に相当するものが、離散的mKdV方程式を満たすことを示した。これは、離散的フレネ=セレーの公式が、離散的AKNS形式に含まれるためである。

 さらに三角形分割された曲面の運動についても離散的mKdVヒエラルキーや離散的非線形シュレディンガー方程式を満たす運動があることを示した。離散的複素mKdVヒエラルキーや離散的シュレディンガー方程式の場合は、離散的橋本変換を用いた。この運動を解析するためガウス=ボンネの定理との関係を調べた。特に離散的mKdV方程式を満たす場合には、ガウスの曲率の和が一定である。

3二次元重力と離散戸田分子方程式

 時空のあり方を説明する重力の理論、すなわち一般相対論は、方程式の解を分析する場合でも、量子化に際しても、極めて取り扱いが難しい。そのため二次元時空を単体分割して格子重力として考えられた。辺の長さは一定として分割をあらゆるトポロジーの多様体に施して、それらの効果を加え合わせる方法であるランダム三角形分割を用い、重力は、記述される。これは、エルミート行列模型と同じであることが示され二次元重力の相関関数が求められた。我々は、この行列模型を離散化戸田分子方程式をとおしてとらえた。

 最初に、直交多項式に離散化された時間変数を導入すると、そのタウ関数が離散化戸田分子方程式を満たす。そのラックス対は、直交関係をもちいて作ることができる。またそのタウ関数は、コンチェビッチ積分の外場を0にもっていった時の行列模型の分配関数にもなっている。この行列模型は重力の模型の拡張になっている。さらに広田の作用素を拡張し離散化戸田方程式との関係を考察した。また内積を定義すると分配関数などが作用素を用いて記述できる。

審査要旨

 本論文は三章からなり、第一章はDNAにおけるブリーザーモード、第二章は離散的表面の可積分動力学について、第三章は二次元重力の行列模型について述べられている。これらは非線形の可解系という点で共通点を持っている。以下に三つに別けて説明をする。

1。DNAのブリーザーモード

 DNAは4種類のヌクレオシドがリン酸結合して出来ている二本の鎖がからみあっている構造を持っている。鎖の中では調和ポテンシャルで相互作用をし、鎖の間ではモースポテンシャルで相互作用をする非線形の古典的動的システムであると考えることができる。この見地からはBishop-Peyardが研究を行っている。この模型においては非線形現象の特徴であるソリトンやブリーザーのモードが存在する。ここで論文提出者はヌクレオシドにおける質量の非均一性を導入し、Bishop-Peyardの理論を拡張した。実際のDNAにおいてはヌクレオシドばかりでなく、水分子も存在し、この論文のような簡単なダイナミカルな模型が良い記述になっているかは疑問の残るところではある。この章については日本物理学会誌で発表された。

2。離散的な曲線および三角形分割された曲線の運動

 ここで論文提出者は平面上での離散的曲線の運動と空間での三角形分割された離散的曲面の運動を論じている。連続的な曲線や曲面の理論では微分で表わされていたものが、すべて差分で置き換えられる。このとき運動を記述する方程式は時間についての微分と空間についての差分を含むものになる。離散的な曲線の運動の理論はDNAや蛋白質の運動の問題に適用出来る可能性はあるが、この理論は現実の系への適用が示されていないのは残念な点であるが、大変一般的な理論になっている点は高く評価された。この章についても日本物理学会誌で発表された。

3。二次元重力と離散戸田分子方程式

 ここでは離散戸田方程式

 111660f01.gif

 の解と二次元重力におけるマトリックス模型の関係について論じている。但し分配関数は

 111660f02.gif

 とした。ここで=0,p→∞とすれば二次元重力場の問題であるが、一方で離散戸田方程式の解も与えることを示した。この章については投稿を準備中である。

 以上のように、本論文は離散的非線形な古典模型での可解な問題を扱っている。論文全体の傾向として物理的動機がはっきりしないまま複雑な数式を扱っている傾向がないとは言えないが非線型可積分現象について新分野を開こうとした意欲は十分認められ、博士論文として、十分合格と判断される。なお本研究は指導教官の和達氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行なったもので論文提出者の寄与がおおきいものと認められる。従って、審査員一同は、論文提出者に博士(理学)の学位を与えることができると判定した。

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