学位論文要旨



No 111661
著者(漢字) 平山,昌治
著者(英字)
著者(カナ) ヒラヤマ,マサハル
標題(和) PSR B1259-63/SS2883連星系の観測に基づいたパルサー風と星風の相互作用の研究
標題(洋) Interaction of Pulsar Wind with Stellar Wind Observed in the PSR B1259-63/SS2883 System
報告番号 111661
報告番号 甲11661
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3025号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 木舟,正
 東京大学 助教授 鈴木,洋一郎
 東京大学 助教授 須藤,靖
内容要旨

 本論文は、PSR B1259-63 /SS 2883連星系をX線天文衛星「あすか」を用いて系統的に観測して得られた最新の観測結果に基づいて、パルサー風と星風の相互作用について研究したものである。観測対象となったパルサーPSR B1259-63はケンタウルス座、距離およそ2kpcにある。電波および可視光でのこれまでの観測から、このパルサーは自転周期47msの比較的若い電波パルサーであり、大質量(〜10)の主系列星(Be星)SS 2883と連星系をなしていることがわかっている。このような連星系では、パルサーから吹き出す高速プラズマ流(パルサー風)とBe星の質量放出に伴うプラズマ流(星風)が衝突して衝撃波を形成することが予想される。衝撃波近傍では、パルサー風やBe星風を構成する電子・陽電子が衝撃波によって加熱・加速され、熱制動放射やシンクロトロン放射によってX線などの高エネルギー光子を放出することが期待される。

 PSR B1259-63 /SS 2883連星系は、衝撃波領域での粒子加速機構を調べるための「宇宙の実験場」と位置付けることができる。というのは、この連星系では、パルサーが離心率0.87の長楕円軌道を周回しているため、パルサーとBe星の間の距離が軌道上で1桁以上も変化するからである。その結果、パルサーと衝撃波面の相互位置関係も大きく変化し、様々な位置関係における衝撃波加速の様子を、そこから放射される高エネルギー光子をプローブとして観測的に調べることができる。衝撃波加速機構はこれまで、かに星雲などの超新星残骸のX線・ガンマ線観測に基づいて研究されてきた。しかし、超新星残骸では衝撃波とパルサーの位置関係だけでなく、パルサー風のエネルギーや組成なども観測対象ごとに異なっている。本研究の連星系は、パルサー風や星風などの諸条件を一定に保ったまま、連星間距離を1桁以上にわたって自動的に変化させてくれる。まさに衝撃波加速の研究のための実験施設である。電波パルサーと主系列星という組合せの連星系が全天で2例しか発見されておらず、そのうちの1例はX線観測が極めて困難であると予想されていることを考え合わせると、この連星系は衝撃波加速の機構を系統的に研究する唯一の機会を与えてくれている。

 観測に用いた「あすか」衛星は、4つの多重薄板X線望遠鏡(XRT)を搭載しており、その内の2つの焦点面にはX線CCDカメラ(SIS)が、残りの2つの焦点面には撮像型蛍光比例計数管(GIS)が、それぞれ搭載されている(それぞれSIS0、SIS1、GIS2、GIS3)。GISは10keVまでの広いエネルギー領域にわたって高い感度を実現しており、パルサーからの高エネルギーX線の観測に適している。また、GISは1ms以下という高い時間分解能を合わせ持っているため、若い電波パルサーからのX線パルスを検出する能力は十分である。一方、SISの時間分解能は4秒とパルサー解析には不十分であるが、SISの感度は0.5keVまでの低エネルギーX線に対して十分に高いため、GISと相補的に広いエネルギー領域でのバルサー観測を可能にしている。

 「あすか」衛星は1993年12月から1995年8月の間に合計6回この連星系を観測した。最初の3回は、パルサーの近星点通過とその約2週間前と約2週間後に相当し、4回目は近星点近傍で観測されなくなっていた電波パルスが復活した直後、5、6回目は遠星点での観測である。PSR B1259-63 /SS 2883連星系から観測されたX線スペクトルは、低エネルギー側に柱密度NH〜6×1022cm-2の吸収を受けた、べき指数1.5-1.9のべき型関数でよく表された。べき指数は観測ごとに異なる値を示しており、特に、近星点通過時のX線スペクトルはそれ以外の観測結果に比べて有意に"軟化"(高エネルギーX線の割合が低エネルギーX線に比べて少なくなること)していた。X線光度も観測ごとに異なっており、近星点通過時(Lx〜1034erg/s)と遠星点接近時(Lx〜1033erg/s)とではおよそ1桁の異なっていた。全観測を通して柱密度NHに有意な変動は認められなかった。また、スペクトルは温度6-13keVの高温プラズマからの熱的放射モデルで表すこともできたが、鉄輝線は検出されなかった。さらに、GISの時系列データに対してPSR B1259-63からのX線パルス検出を試みたが、X線パルスは検出されなかった。パルス成分の上限値は、近星点通過時で、パルサーの回転エネルギー損失(8×1035erg/s)の0.1%程度(有意水準99%)と求まった。典型的な回転駆動型パルサーであるかにパルサーで回転エネルギー損失の約0.3%のX線パルスが検出されていることと比較すると、この上限値は十分に小さいと言える。

 「あすか」の近星点観測と同時期には、コンプトン衛星搭載OSSE検出器によってPSR B1259-63からガンマ線が検出されている。得られたガンマ線スペクトルは、上で述べたべき指数を使ってスペクトルをOSSEのエネルギー領域まで外挿したものと矛盾しなかった。このことから、観測されたX線が熱放射に起因するものであることが否定された。また、ROSAT衛星は1992年2月から1993年2月に3回、遠星点観測を行なっている。ROSATによって観測されたX線光度は本研究の遠星点観測の結果と矛盾しなかった。

 以下では、本研究で得られた「あすか」による観測事実がどのように説明できるかを考察する。

 ここではPSR B1259-63 /SS 2883連星系からのX線放射機構をいくつか考える。このような連星系からのX線放射機構としては、まず、Be星のコロナ放射が考えられる。Be星は、いわゆるコロナ放射によってX線を放射し、そのスペクトルは熱的なものとなることが知られている。次に、回転駆動型パルサーからの放射がある。回転駆動型パルサーは、その磁気圏からパルス状のX線を放射したり、中性子星の表面からの黒体輻射としてX線を放射することが知られている。また、パルサーへの質量降着もX線放射源になり得る。連星系においては、伴星からの質量が中性子星に降着し、自身の重力エネルギーを熱化することで高温になった降着物質がX線を放射することがある。さらに、パルサー風によってせき止められたBe星風がパルサー磁気圏の外側にたまり、星風物質の重力エネルギーをなんらかの機構を通じて解放するというモデルも、この連星系からのX線放射機構として提唱されたことがある。しかしながら、これらのX線放射モデルではいずれも、本研究で得られたの観測事実、すなわち、X線光度が1033〜1034erg/sであること、X線パルスが検出されなかったこと、スペクトルが非熱的であることを同時に説明することはできなかった。

 非パルス、非熱的なX線放射機構としてもっとも有力なモデルは、パルサー風とBe星風が相互作用して発生した衝撃波領域からのシンクロトロン放射である。パルサー風を構成する電子・陽電子は衝撃波によって加速され、シンクロトロン放射によってX線やガンマ線を放射することが予想される。このモデルから予想されるX線・ガンマ線スペクトルは「あすか」およびOSSEによる観測事実とよく一致するのである。そこで以下ではこのモデルを仮定し、本研究で得られた観測事実から衝撃波領域で起こっている物理現象について考察する。

 まず、本研究で得られた観測事実を説明するために、衝撃波領域でのX線放射に関するエネルギー論的考察を行なったところ、X線放射のエネルギー源はパルサー風の運動エネルギーでなければならず、観測されたX線はシンクロトロン放射によるものでなければならないことがわかった。そして衝撃波面直後では、ローレンツ因子が107にも達する相対論的電子・陽電子がべき指数2のエネルギー分布に従っていなければならないことや、衝撃波加速は100秒程度のうちに完了しなければならないことも明らかになった。近星点通過時に観測されたX線スペクトルの軟化は、衝撃波で加速された電子・陽電子がBe星からの可視光光子と逆コンプトン散乱を起こしてエネルギーを失っていることによるとして説明できるとを示した。観測されたべきの値の変化はこのモデルで期待されるちのに一致していた。遠星点観測の結果からはパルサーの回転エネルギー損失の半分以上がパルサー風の運動エネルギーとして持ち出されていることを解明した。全観測を通してのX線光度の変化は、赤道面内に集中しているBe星風の密度構造に起因していることを示し、遠星点近傍のパルサー軌道上は星風密度が赤道面での星風密度の少なくとも10分の1以下であることを示した。さらに、遠星点近傍での星風の運動量フラックスに制限を与え、遠星点近傍ではパルサー風の運動量フラックスが星風のそれよりも卓越していることを示した。

 結論として、本研究により次のことが明らかになった。PSR B1259-63 /SS 2883連星系から観測されたX線は、Be星風に衝突して衝撃波加速を受けたパルサー風からのシンクロトロン放射である。近星点通過時のX線スペクトルの軟化は、X線放射源の電子・陽電子がBe星からの可視光光子と起こす逆コンプトン散乱に起因しているとして説明できる。さらに、そのような衝撃波放射モデルに立脚した場合、パルサー風はパルサーの回転エネルギー損失の半分以上を持ち出していることになり、連星系内部には星風に密度構造があることが結論された。

審査要旨

 本論文は、PSR B1259-63/SS 2883連星系をX線天文衛星「あすか」を用いて系統的に観測して得られた最新の観測結果に基づいて、パルサー風の星風との相互作用について研究したものである。

 観測対象となったパルサーPSR B1259-63は、自転周期47msの比較的若い電波パルサーであり、大質量(約10太陽質量)の主系列星(Be星)SS 2883と連星系をなしている。このような連星系では、パルサーから吹き出す高速プラズマ流(パルサー風)とBe星の質量放出に伴うプラズマ流(星風)が衝突して衝撃波を形成することが予想される。衝撃波近傍では、パルサー風を構成する電子・陽電子が衝撃波によって加熱・加速され、熱制動放射やシンクロトロン放射によってX線などの高エネルギー光子を放出することが期待される。この連星系では、パルサーが離心率0.87の長楕円軌道を周回しているため、パルサーとBe星の間の距離が軌道上で1桁以上も変化する。その結果、パルサーと衝撃波面の相互位置関係も大きく変化し、様々な位置関係における衝撃波加速の様子を、そこから放射される高エネルギー光子をプローブとして観測的に調べることができる。

 「あすか」衛星は1993年12月から1995年8月の間に合計6回この連星系を観測した。PSR B1259-63/SS 2883連星系から観測されたX線スペクトルは、低エネルギー側に柱密度NH〜6×1022cm2の吸収を受けた、べき指数1.5-1.9のべき型関数でよく表された。べき指数は観測ごとに異なる値を示しており、特に、近星点通過時のX線スペクトルはそれ以外の観測結果に比べて有意に"軟化"(高エネルギーX線の割合が低エネルギーX線に比べて少なくなること)していた。X線光度も観測ごとに異なっており、近星点通過時(Lx〜1034erg/s)と遠星点接近時(Lx〜1033erg/s)とではおよそ1桁異なっていた。全観測を通して柱密度NHに有意な変動は認められなかった。さらに、PSR B1259-63からのX線パルス検出を試みたが、X線パルスは検出されなかった。

 「あすか」の近星点観測と同時期には、コンプトン衛星搭載OSSE検出器によってPSR B1259-63からガンマ線か検出されている。得られたガンマ線スベクトルは、上で述べたべき指数を使ってスペクトルをOSSEのエネルギー領域まで外挿したものと矛盾しなかった。このことから、観測されたX線が熱放射に起因するものであることが否定された。また、「あすか」の観測による遠星点でのX線光度はROSAT衛星による遠星点観測の結果と一致した。

 論文提出者は、PSR B1259-63/SS 2883連星系からの非パルス、非熱的なX線放射機構として種々の可能性を考察した結果、X線放射機構としてもっとも有力なモデルは、パルサー風とBe星風が相互作用して発生した衝撃波領域からのシンクロトロン放射であることを結論した。さらに、衝撃波領域でのX線放射に関するいくつかの考察を行い、観測事実を説明するためには、放射のエネルギー源はパルサー風の運動エネルギーでなければならず、観測されたX線はシンクロトロン放射によるものでなければならないことを示した。そして、このモデルを想定して、本研究で得られた観測事実がどのような物理現象に起因するのかを考察をしている。

 まず、近星点通過時に観測されたX線スペクトルの軟化は、衝撃波で加速された電子・陽電子がBe星からの可視光光子と逆コンプトン散乱を起こしてエネルギーを失っていることによるとして説明できることを示した。次に、遠星点観測の結果からはパルサーの回転エネルギー損失のほとんどがパルサー風の運動エネルギーとして系外に持ち出されていることを解明した。さらに、全観測を通してのX線光度の変化は、赤道面内に集中しているBe星風の密度構造に起因していることを示し、遠星点近傍のパルサー軌道上は星風密度が赤道面での星風密度の少なくとも10分の1以下であることを示した。

 本論文は、「あすか」によるPSR B1259-63/SS 2883連星系からのX線観測の種々の結果を深く考察し、観測されたX線がBe星風に衝突して衝撃波加速を受けたパルサー風からのシンクロトロン放射であることを示し、パルサー風がパルサーの回転エネルギー損失のほとんどを系外に持ち出していることを明らかにしている。これらは、高速回転している強い磁場を持った中性子星からの相対論的な高速プラズマ流と、Be星からの星風との衝突によっておこる衝撃波加速について貴重な観測的制限を与えたものであり、学位論文として十分な内容を備えている。本論文の内容は、長瀬文昭、星野真弘、青木貴史、河合誠之、V.M.Kapsi,M.Tavaoi,L.Cominsky氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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