学位論文要旨



No 111662
著者(漢字) 三代木,伸二
著者(英字)
著者(カナ) ミヨキ,シンジ
標題(和) 100メートルディレーライン型レーザー干渉計の開発
標題(洋) Development of a 100-meter Delay-Line Laser Interferometer
報告番号 111662
報告番号 甲11662
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3026号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 黒田,和明
 東京大学 助教授 坪野,公夫
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 久我,隆弘
 東京大学 助教授 黒田,寛人
内容要旨

 一般相対性理論に従う弱い重力場のもとでのEinstein方程式の解に光速で伝播する波動解が存在することが発見され、今日それは重力波とよばれており、特に超新星爆発や連星中性子星とその合体などにより放出されると考えられている。重力波の存在は、J.H.Taylor達による連星パルサーの近日点移動の観測で間接的に検証されたが、物質と重力波のあまりにも小さい相互作用のため、いわゆる時空のさざ波としては直接検出されていない。しかし、近年の光、エレクトロニクス技術のめざましい進歩により、ほかの電磁波といった手段では得られない天体からの情報を約束する新しい現実的な観測手段、つまり「重力波天文学」の創生にむけ、重力波検出器の開発が世界的に進行しており、本研究もその流れを強く推進するものである。

 重力波の検出は、原理的には長基線長のマイケルソン干渉計を応用する。ビームスプリッターで直交方向にわけられたレーザー光が、自由質点に見立てるために懸架された両腕のミラーから折り返され、再びビームスプリッターで合わさり干渉させられる。重力波はそれによって起こる干渉光の光量変化の形で検出される。重力波に対する感度は、総光路長L[m]に対する検出可能な変位量L[m]の相対比hで定義される。目標は、観測帯域で光の周波数雑音、強度雑音、散乱光雑音、地面振動の雑音源をすべて光のショット雑音(将来は熱雑音、輻射圧雑音)レベル以下に低減することである。しかし、重力波を検出するにはL100[km]が必要なため、現実的にはニアーミラーとエンドミラーを使い長基線長を実際的な距離内に折り畳む方式をとり、特にFabry-Perot型とDelay-Line型とが研究されてきた(図1)。

 Fabry-Perot型は、両腕にFabry-Perot共振器を持ち、重力波により腕の共振状態が乱されるのを適切なフィードバックで維持する。光軸が1軸のため、ミラーがkmクラスになっても30cm程度でよく、表面精度も/30でDelay-Line typeに比べ要求がゆるい。一方、制御は複雑であるが、近年の研究で克服されつつあり、Caltechの40m Fabry-Perot型干渉計は世界最高感度8×10-21を達成している。ニアーミラーは透過するので、熱レンズ効果低減のため超低ロスの素材が必要である。Delay-Line型はミラー間をレーザーが単純に100回程折り返すもので、その振る舞いはマイケルソン干渉計を単純に折り返し回数倍したものになるので制御が非常に簡便である。反射のみなので、ミラー基材の選択肢は広がる。Fabry-Perot型に先んじて研究されてきたが、kmクラスではスポットが円形に並ぶためミラー直径が60cmにもなり、要求面精度も/100となり厳しい。両タイプとも曲率がkmもある4枚のミラーを等しくつくらなければならない点で同等に厳しいが、当然大きいミラーのほうがより厳しくなる。また特に共振器によるモード選択性のあるFabry-Perot型に比べ散乱光雑音の影響が大きいと考えられる。

 本研究では、基線長が10mのDelay-Line型レーザー干渉計(TENKO-10)での豊富な経験をいかし、感度としても数十年に一度検出可能な感度レベル、h=2×10-20100Hzを最終的に目指せる干渉計として、基線長が100m、光の折り返し回数102回,総光路長10.2kmの世界最長の光路長を持つDelay-Line型干渉計(図2)を設計構築し、このスケールにおける干渉計としての動作を確認するとともに、スケールアップに伴う問題点の洗い出しを行い、地面振動の低減、レーザーの周波数安定化、強度安定化、散乱光雑音低減のためのAbsolute Controlを行い、感度の向上を試みた。

 TENKO-100は、まず、光路長を稼ぐため、約100m離れたミラー間を102回ビームが折り返すDelay-Lineパスを用い、総光路長が10.2kmとなっている。そのためには曲率半径も100mある球面ミラーが必要となるが、そのように大きな曲率を持つミラーを干渉計用に計4枚"同等に"作成する試みとしては最初であり、現時点の技術によるその可否は未知であった。結果的には片腕のミラーに曲率の非均一性がみられたが、干渉計として致命的なコントラストの悪化や数十mの光路長差の残存は、導入ビームの適切な選択によりさけられた。しかしkmクラスへの発展には問題を残す結果となった。

 ミラーの位置制御、振り子共振の抑制はLocal Controlで行うが、特に大型化(直径35cm)、重量増加(17kg)したミラーに対し新たに設計製作した。ミラーの4つ自由度のうち(並進)と(あおり、回転)では慣性モーメントの違いで、最適な制御ゲインが異なる問題と、干渉計の大型化によりダークフリンジロッキングでのミラーの並進方向の帰還への他のモードの混入の増加によるコントラストのふらつきを低減するため、4ヶ所の変位信号を一度各純粋モードに合成し、最適な制御の後、再合成して各ポジションに帰還する方法をとった。この結果、異種モードの相対混入比を20dB以上に抑えることができ、ロックの安定性が向上し、かつ、ダークフリンジのドリフトも低減された。

 次に、感度の向上のため以下の雑音低減制御システムを設計製作し、その動作と効果を確認した。まず、地面振動の防振は、一段振り子でミラーを懸架するのにくわえて、100Hz以上で目標感度に影響しないようにするために、メインミラーに新たにスタックを導入した。スタックは10Hzから100Hzの間で104の防振比が確認されており、メインミラーの懸架部位に挿入し、感度としては40Hz以下でその効果が確認できる。また一般道に面する干渉計の設置環境の悪条件による過多な地面振動そのものを低減するため、真空内の光学系そのものを台座ごと懸架し、エディーカレントダンピングで共振を抑えた。この結果、kHz帯域まで一様に20dB改善でき、安定性を向上させた。周波数雑音は、Pound Drever法を用い、6段スタックと一段振り子で防振された真空槽内のFabry-Perot共振器に対しレーザー周波数が安定化されるようにした。帰還素子としてレーザーの両ミラーの背面につけられたSlow PZTとFast PZT、そしてレーザー外部の光軸上におかれた4個のPockels Cellを用いて制御帝域を100kHzにし安定化した。この結果、干渉計の帯域である10kHzまで、共振器に対して0.2、絶対的(Delay-Lineに対し)にも同程度まで安定化されていることが確認された。強度安定化は強度の参照光をビームスプリッターの裏面反射からとり、手前の光軸上に挿入されたAOM(音響光学素子)に帰還し、直進光(干渉計への導入光)の光量をAOMの回折光側の光量の増減で調節している。参照光はI/I=10-7まで安定化されるが、肝心の折り返し光は1kHz付近で20dB安定化される一方、低周波ではほとんど効果がみられておらず200Hzから800Hzの帯域で感度を支配している。これは、強度雑音そのものでなく、散乱光によるものと考えられる。

 特に他の雑音源を圧倒していたのが散乱光雑音であり、本研究でも特にその除去に精力が注がれた。本研究では新しい方式のAbsolute Controlを考案し、散乱光雑音の低減を試みた。Delay-Line型干渉計では、エントランスホールにより、リエントランス光の一部がホールエッジで反射されもう一度Delay-Lineをまわり、巨大な光路長差104[m]を持ってメイン光と干渉する。特に、波長程度もある低周波でのミラーの揺れは、散乱光とメイン光の相対位相差を折り返し回数(N)倍されるので、干渉の明滅という形でkHz帯域にアップコンバートされ、全帯域で最も支配的な雑音源になる。そこで、低周波のミラーの揺れを十分安定化されたレーザーの波長に対し絶対的に固定し、最低/Nにまで抑え、アップコンバートを防ぐことを目的としたAbsolute Controlを行う。これは、Delay-Line前にサンプルされたビームと、ダークフリンジロックがかかった状態でもう一つのボートに帰るプライトフリンジ光を干渉させる干渉計を組み、その干渉フリンジをダークにロックすることで実現される。これまでに提案されていたAbsolute Controlは、周波数安定化の基準を低周波は参照固定共振器から、高周波は防振されたDelay-Lineからとることで、Absolute Controlのロックを両エンドミラーへの帰還のみで行うようにした方式だが、周波数安定化の帰還素子に、ハイパワーレーザーの使用を前提とした、将来において使用できないレーザー内の内部ポッケルセルを使用する点や、周波数安定化とAbsolute Controlのロックを同時に複雑に制御する点、そして、内部ポッケルセルへの帰還を現在のダイナミックレンジと帯域の狭いFast PZTに負担させるのは厳しいと思われる点で問題である。外部ポッケルセルと組み合わせてもよいが、ますます制御が複雑になる。そこで本研究では、低周波(20Hz)は両エンドミラーのMagnet-Coil系へ帰還し、高周波側(20Hz)は防振された入射光折り返し用ミラーの背面につけられたSlow PZTに帰還することを考案し(図2)、Magnet-Coil系への帰還ゲインを大きくとる一方で、重力波の信号を打ち消さないようミラーへの帰還を100Hz以下に制限したサーボにより実現された。この結果、3kHz以下で周波数によっては感度が20dB以上改善され、これにより、初めてショット雑音で支配される周波数帯域が現れ、ほかの雑音源をも議論できるようになった。

図表図1 Fabry-Perot typeとDelay-Line Type / 図2 100m Delay-Line type レーザー干渉計重力波アンテナ(TENKO-100)のコントロールシステム図

 一方、光路長が数十kmもある散乱光はAbsolute Controlでもアップコンバートは抑制できない。またその伝播過程が非定常な散乱光雑音の寄与は依然として残存し、バッフルのような受動的な方法以外の効果的な除去はきわめて難しく、感度が向上しない最大の原因になっていると思われる。これは理論的予測と定量的にもほぼ一致し、同程度のスケールで散乱光雑音を考慮した感度が理論的な限界感度8×10-21まで達しているFabry-Perot型に比べDelay-Line型のkmクラスの干渉計としての困難さの一つを表していると思われる。

 以上の結果、雑音特性として、40Hz以下では地面振動に、200Hzから800Hzでは強度雑音に、800Hzから2.5kHzではショット雑音と微小な周波数雑音と強度雑音、そして散乱光雑音、2.5kHz以上では周波数雑音によって支配される特性を同定することができた。典型的には、800Hzから2.5kHzではh=1.1×10-19にいたっている(図3)。40Hzから200Hzの間は実験的な確認はできていないが、残存散乱光の影響と推論される。

図3 TENKO-100,TENKO-10,20m FP(NAO),40m FP(Caltech)の感度曲線

 この感度は、目標感度h=2×10-20を達成するのに、周波数安定度も強度安定度もまだ10dB余づつ不足し、未知雑音も存在するなどの点で完全ではないが、以前宇宙研で研究された10m Delay-Line型レーザー干渉計の感度に対しスケールファクター20dBに加え、1kHzではさらに10dB(計30dB)、500Hzでは35dB(計55dB)の感度向上がはかられている。さらなる感度向上のため、周波数雑音や強度雑音の改善には、モードクリーナーや強度参照ポイントの最適化等が必要である。また、この研究により、散乱光雑音が、基線長100mクラスのDelay-Line型干渉計でさえ極めて有害な雑音源になることが実証された。この散乱光雑音に対し、新しいAbsolute Controlを提案実行し、散乱光雑音の感度への寄与を20dB近く下げることに成功した。しかし、Delay-Lineに特徴的なアップコンバート散乱光をこのAbsolute Controlで抑制してもなおかつ相当量の非定常な散乱光が残存し、感度の向上に大きな妨げとなることがわかった。これは、同程度の雑音レベルの40m Fabry-Perot型干渉計で散乱光の影響が問題になっていないことから、Delay-Line型にとって散乱光雑音の影響はより大きいことになる。この意味で、本研究はDelay-Line方式の弱点を確認し、kmクラスの干渉計の方式選択に対し重要な判断材料を与える実験ともなっている。さらに、現在の感度レベルで100時間の長期観測を行い、周波数安定化は〜2時間、強度安定化は〜3時間、Absolute Controlとダークロッタは〜40分の安定性が達成され、データー取得系も含めて、kmクラスの10分の1のスケールにおいても干渉計が重力波検出器として運用しうることを実証した。

審査要旨

 本論文は、宇宙科学研究所に設置されたアーム長100m、折り返し回数102回のディレーライン型レーザー干渉計重力波検出器の開発・研究についての報告である。

 本論文は、7章からなり、第1章は序文で、第2章はアインシュタインの場の方程式から線形近似解で重力波の導出をした後、重力波を発生する各種天体の種類とそのメカニズムの紹介をし、重力波による干渉計の原理を説明している。第3章では、重力波を検出するための各種検出法を解説している。第4章では、100mディレーライン型干渉計の開発について述べ、第5章でこの干渉計を支配する雑音特性について論じている。第6章で主要な実験結果をまとめている。第7章は残された検討課題・将来の展望とともに本論文をまとめている。

 重力波の検出は、自由質点に見立てるために懸架されたミラーをもつマイケルソン干渉計でなされるが、単純なマイケルソン干渉計ではアーム長がほぼ100kmとなるため、ニアーミラーとエンドミラーを使い基線長を折り畳む方式をとる。その方式がディレーライン型とファブリーペロー型である。ファブリーペロー型は、両腕にファブリーペロー共振器を持ち、腕の共振状態を適切なフィードバックで維持する。ディレーライン型は光をミラー間で単純に100回程折り返すものである。重力波天文学の創生に向けて、現在日本を含めて世界4箇所で、数百mを超える規模のレーザー干渉計型重力波検出器の開発が進められている。その大勢は、ファブリーペロー型を採用している。本論文で扱われた干渉計の開発目的は、日本における将来のkmクラスの干渉計に適した方式を決定するための基礎データを出すことであった。

 曲率半径100mの球面ミラーを干渉計用に4枚同等に作る試みとしては世界初であり、現時点の技術によるその可否は未知であった。その結果、片腕のミラーに曲率の非均一性がみられたが、導入ビームの適切なマッチングで致命的なコントラストの悪化や数十mの光路長差の影響を避けることができた。

 干渉計の開発においては、大型化したミラーに対応できる位置制御、振り子共振の抑制の新しい制御方式、ミラー懸架一段振り子へのスタック導入、地面振動そのものを低減するための対策、レーザーの周波数安定化のための6段スタックと一段振り子で防振された真空槽内の共振器、音響光学素子の回折光測の光量による強度安定化など新しい技術の開発を行い、いずれも首尾良く働くことが確かめられた。

 目標とされる感度に到達するまでに除去可能な雑音源の特定と除去を行ったが、最大の難関は、低周波地面振動に誘発されたミラーの揺れによる散乱光雑音であった。これを除くために新しい方式のアブソリュートコントロールを新たに開発し、この結果、ショット雑音で支配される周波数帯域が出現する所まで到達できた。これは、本質的な雑音源が議論できるようになるレベルである。こうして、中低域の周波数帯を除き、低周波帯の地面振動、中域でのレーザー強度雑音及びショット雑音と微小な周波数雑音、高域でのレーザー周波数雑音というように雑音要因を特定でき、最高感度は空間の歪みで1.1×10-19111662f07.gifとなった。しかし光路長が数十kmもある散乱光はアブソリュートコントロールでも完全には抑制できず、また、その伝搬過程が非定常な散乱光雑音の寄与は依然として残存し、散乱光であるとの検証作業はまだであるが、中低域の雑音はその大きさが理論的予測と定量的にもほぼ一致することを見いだした。

 この論文の結果は、ディレーライン型につきまとう困難として、大型鏡製作の困難性、散乱光の影響を明らかにし、ファブリーペロー型との比較に有益な基礎データを集積した。また、まだいずれの型でもこれまで100m規模のレーザー干渉計を作動させた例はなく、本研究はこの規模では世界で初めてその運転に成功した例となる。さらに、原子核の大きさよりも5桁も6桁も小さい長さの感度で重力波を検出する試みにはそのレベルに到達して初めて遭遇する困難がつきものであり、本論文で着実に積み上げられたステップは、学術的にも将来の干渉計にとっても貴重なものである。

 本論文は、水野英一、高橋竜太郎、川村静児及び河島信樹の各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発、測定及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また、主論文に関係する共同研究者全員から、論文提出者が共同研究を学位論文として提出することについて了承を得ていることを確認した。

 以上の理由によって、本論文は博士(理学)の学位論文として十分に評価できるものである。よって、全審査員が合格と判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53902