統計力学の対象の中で最も強い感心を集めてきた問題として格子上で定義されたスピン系の問題がある。特に量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖は最も単純な模型の一つであるが強い量子効果の為に興味深い振る舞いを示すことが知られている。反強磁性ハイゼンベルグ鎖は次のハミルトニアンで記述される: ハルデンはS→∞の極限で量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖の低エネルギー状態の有効ラグランジアンが=2Sの(1+1)次元非線形シグマ模型で与えられる事を示し、量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖の性質はスピンの大きさSが整数か半奇整数かによって大きく異なると予想した(ハルデンの予想)。ハルデンの予想によるとSが半奇整数の場合にはS=1/2の場合と同様の振る舞いを示すが、Sが整数の場合には励起スペクトルにギャップが有り、相関関数は指数関数的減衰を示す。この予想は系の性質はスピンの大きさに寄らない普遍的なものであるという従来の考え方に反しており、大きな話題となった。現在では、S=1の場合に対しては精力的な数値計算が行なわれ有限のギャップの存在と、基底状態での相関関数が指数関数的に減衰することが確かめられている。 本論文ではハルデンの予想に関連した問題を数値的な手法により取り扱った。 第2章では磁場中でのスピン1XXZ鎖の相関関数の振る舞いを厳密対角化の方法により研究した。z-軸に平行な磁場中のXXZ鎖のハミルトニアンは次式で与えられる: h=0の場合には、ハルデンにより整数スピンの場合にはギャップレスのXY相とイジング相との間にギャップのある相(ハルデン相)が存在すると予想された。S=1の場合には多くの数値計算によりこの予想は検証され、C2での転移は2次元イジング・ユニバーサリティー・クラスに分類され、C2=1.17〜1.18と見積られている。しかしc1での転移はコスタリッツ・サウレス的であり、現象論的操り込み群の方法などの通常の方法では正確に見積ることは難しく、現在でも議論が続いている。h≠0の場合を考えると第一励起状態はz-軸方向の全磁化M=が±1の状態なのでギャップ()より大きな磁場をかけることにより有限の磁化m=M/Lを持ちギャップレスの状態に相転移を起こすことが予想される。ギャップレスの状態ににある一次元量子系では共形場の理論が適用でき、次の有限サイズスケーリング関係式が成り立つ: ここで、m=M/Lは固定されており、(L)は全磁化がMの部分空間での最低固有値、em,∞はL→∞の極限での単位長さあたりの最低エネルギー、cはセントラルチャージ,はスピン波の速度である。有限系ではは で与えられる。 ランチョス法による対角化を使い、16サイトまでの大きさの系の固有値を求め,0<m<1に対しては、式(3)が実際に成り立っていることを確かめた。cの値は0<m<1に対しては、ほぼ1になっていることがわかる(図1)。これより、h=0ではギャップのある領域でも有限の磁化を持った状態はc=1の共形場理論で記述されることが結論される。磁化した状態ではキャップレスの状態が実現しているため、相関関数は代数的に減衰する。ここで磁場に平行な方向、及び垂直な方向の相関関数の漸近形はそれぞれ、 で与えられる。ここで2kF=2M/Lである。 図1:単位長さあたりの磁化m=0,1/4,1/2,3/4でのセントラル・チャージcの依存性。 指数xは共形場理論により予言される次の有限サイズスケーリング関係式 とスピン波の速度の評価式より、 と評価することができる。同様にして指数zも より、 と評価できる(図2)。-1<<c1〜0ではm=0に対してもギャップレスの状態となっているため、式(8)によって評価できる。ハルデンの予想によると、xは転移点直上で1/4になる。x(m=0,c)=1/4と仮定することによりc1=0.068±0.003と評価した。 図2:(a)磁場に垂直な方向の相関関数の指数xと(b)磁場に平行な方向の相関関数の指数zの磁化m依存性。 第3章では、近年ホワイトにより開発された密度行列実空間操り込み群の方法により、スピン3/2反強磁性交代ボンド鎖の基底状態の相転移を研究した。 前述のハルデンの予想の本質的な点はS→∞の極限で量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖の低エネルギー状態が有効的に非線形シグマ模型で与えられるという点に有った。次のハミルトニアンで与えられる反強磁性交代ボンド鎖 も同じ極限で=2(1-)の非線形シグマ模型であらわされる。よって、=(mod 2)となる2S個の点でギャップレスとなることが予想される(アフレック・ハルデンの予想)。この2S回の連続した相転移はバレンス・ボンド・ソリッド(VBS)的な描像による議論からも予言されている。S=1/2の場合は良く知られたスピン・パイエルス転移に対応し、c=0である事が知られている。S=1の場合は=0はハルデン相に対応し有限の=c〜0.25でダイマー相に転移することが級数展開、厳密対角化、密度行列実空間操り込み群の方法などによる過去の研究により明らかになっている。しかしS=3/2以上の大きさのスピンに対しては現在までのところこの予想を裏付けるのに十分な計算結果は得られていない。スピン変数の大きさが大きくなるにつれて状態数が指数関数的に増えるため数値的な研究が急速に困難になる。密度行列実空間操り込み群の方法では従来の方法に比べ大規模な系を扱うことが可能であり、既に幾つかの1次元系に適用されている。本研究ではこの方法を適用し、アフレック・ハルデン、VBS描像によって予想される相転移が実際に起こっていることが確かめられた。 密度行列実空間操り込み群の方法に適した、自由端境界条件を課し、全スピンのz-軸方向の成分M=iで指定される部分空間での最低エネルギー固有値EM(L)を長さL=100まで求めた。シングレット-トリプレット・ギャップ シングレット-クインテット・ギャップ を図3に示す。これらをL→∞の極限に外挿したものを図4に示す。これより転移点が実際に存在することが確かめられ、c=0.42土0.02と評価できる。 図3:エネルギー・ギャップ01=E1(L)-E0(L)と(b)02=E2(L)-E0(L)のL-1依存性(=0.0,0.2,0.42and0.6.)。図4:L→∞の極限でのエネルギーギャップ01(○)と02(●)の依存性。 また0<<cでは01(L)はL→∞で0となり基底状態は4重に縮退するが、c<ではこのような縮退はない。これはVBS的描像では0<<cでは基底状態は(2,1)-VBS状態(部分的にダイマー化した状態)で表され鎖の両端にスピン1/2の自由度が残るのに対し、c<は(3,0)-VBS状態(完全にダイマー化した状態)で表されこの様な自由度はないことに対応している。0<<cでのスピン1/2の自由度は有効的に相互作用定数〜exp-/L(は相関長)で相互作用すると考えらることから期待されるように01(L)〜exp-/Lと減衰することが確かめられた。 さらに、各相でストリング相関関数 を計算すると、0<<cでは有限に残り、c<では0に減衰することがわかる(図5)。 図 5: = 0.2(< c)(●), =0.6(>c)(○)でのストリング相関関数(L/2,L/2+l)のl依存性。 この結果はVBS描像とコンシステントである。以上より、アフレック・ハルデンの予想がS=3/2の場合にも実際に成り立つことが示され、各相での基底状態ではVBS的な描像が成り立っていることが結論される。 |