学位論文要旨



No 111665
著者(漢字) 矢島,誠
著者(英字)
著者(カナ) ヤジマ,マコト
標題(和) 反強磁性鎖の数値的研究
標題(洋) Numerical Studies of Antiferromagnetic Spin Chains
報告番号 111665
報告番号 甲11665
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3029号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高山,一
 東京大学 教授 安藤,恒也
 東京大学 教授 鈴木,増雄
 東京大学 助教授 永長,直人
 東京大学 助教授 小形,正男
内容要旨

 統計力学の対象の中で最も強い感心を集めてきた問題として格子上で定義されたスピン系の問題がある。特に量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖は最も単純な模型の一つであるが強い量子効果の為に興味深い振る舞いを示すことが知られている。反強磁性ハイゼンベルグ鎖は次のハミルトニアンで記述される:

 

 ハルデンはS→∞の極限で量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖の低エネルギー状態の有効ラグランジアンが=2Sの(1+1)次元非線形シグマ模型で与えられる事を示し、量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖の性質はスピンの大きさSが整数か半奇整数かによって大きく異なると予想した(ハルデンの予想)。ハルデンの予想によるとSが半奇整数の場合にはS=1/2の場合と同様の振る舞いを示すが、Sが整数の場合には励起スペクトルにギャップが有り、相関関数は指数関数的減衰を示す。この予想は系の性質はスピンの大きさに寄らない普遍的なものであるという従来の考え方に反しており、大きな話題となった。現在では、S=1の場合に対しては精力的な数値計算が行なわれ有限のギャップの存在と、基底状態での相関関数が指数関数的に減衰することが確かめられている。

 本論文ではハルデンの予想に関連した問題を数値的な手法により取り扱った。

 第2章では磁場中でのスピン1XXZ鎖の相関関数の振る舞いを厳密対角化の方法により研究した。z-軸に平行な磁場中のXXZ鎖のハミルトニアンは次式で与えられる:

 

 h=0の場合には、ハルデンにより整数スピンの場合にはギャップレスのXY相とイジング相との間にギャップのある相(ハルデン相)が存在すると予想された。S=1の場合には多くの数値計算によりこの予想は検証され、C2での転移は2次元イジング・ユニバーサリティー・クラスに分類され、C2=1.17〜1.18と見積られている。しかしc1での転移はコスタリッツ・サウレス的であり、現象論的操り込み群の方法などの通常の方法では正確に見積ることは難しく、現在でも議論が続いている。h≠0の場合を考えると第一励起状態はz-軸方向の全磁化M=が±1の状態なのでギャップ()より大きな磁場をかけることにより有限の磁化m=M/Lを持ちギャップレスの状態に相転移を起こすことが予想される。ギャップレスの状態ににある一次元量子系では共形場の理論が適用でき、次の有限サイズスケーリング関係式が成り立つ:

 

 ここで、m=M/Lは固定されており、(L)は全磁化がMの部分空間での最低固有値、em,∞はL→∞の極限での単位長さあたりの最低エネルギー、cはセントラルチャージ,はスピン波の速度である。有限系では

 

 で与えられる。

 ランチョス法による対角化を使い、16サイトまでの大きさの系の固有値を求め,0<m<1に対しては、式(3)が実際に成り立っていることを確かめた。cの値は0<m<1に対しては、ほぼ1になっていることがわかる(図1)。これより、h=0ではギャップのある領域でも有限の磁化を持った状態はc=1の共形場理論で記述されることが結論される。磁化した状態ではキャップレスの状態が実現しているため、相関関数は代数的に減衰する。ここで磁場に平行な方向、及び垂直な方向の相関関数の漸近形はそれぞれ、

 

 で与えられる。ここで2kF=2M/Lである。

図1:単位長さあたりの磁化m=0,1/4,1/2,3/4でのセントラル・チャージcの依存性。

 指数xは共形場理論により予言される次の有限サイズスケーリング関係式

 

 とスピン波の速度の評価式より、

 

 と評価することができる。同様にして指数z

 

 より、

 

 と評価できる(図2)。-1<<c1〜0ではm=0に対してもギャップレスの状態となっているため、式(8)によって評価できる。ハルデンの予想によると、xは転移点直上で1/4になる。x(m=0,c)=1/4と仮定することによりc1=0.068±0.003と評価した。

図2:(a)磁場に垂直な方向の相関関数の指数xと(b)磁場に平行な方向の相関関数の指数zの磁化m依存性。

 第3章では、近年ホワイトにより開発された密度行列実空間操り込み群の方法により、スピン3/2反強磁性交代ボンド鎖の基底状態の相転移を研究した。

 前述のハルデンの予想の本質的な点はS→∞の極限で量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖の低エネルギー状態が有効的に非線形シグマ模型で与えられるという点に有った。次のハミルトニアンで与えられる反強磁性交代ボンド鎖

 

 も同じ極限で=2(1-)の非線形シグマ模型であらわされる。よって、(mod 2)となる2S個の点でギャップレスとなることが予想される(アフレック・ハルデンの予想)。この2S回の連続した相転移はバレンス・ボンド・ソリッド(VBS)的な描像による議論からも予言されている。S=1/2の場合は良く知られたスピン・パイエルス転移に対応し、c=0である事が知られている。S=1の場合は=0はハルデン相に対応し有限のc〜0.25でダイマー相に転移することが級数展開、厳密対角化、密度行列実空間操り込み群の方法などによる過去の研究により明らかになっている。しかしS=3/2以上の大きさのスピンに対しては現在までのところこの予想を裏付けるのに十分な計算結果は得られていない。スピン変数の大きさが大きくなるにつれて状態数が指数関数的に増えるため数値的な研究が急速に困難になる。密度行列実空間操り込み群の方法では従来の方法に比べ大規模な系を扱うことが可能であり、既に幾つかの1次元系に適用されている。本研究ではこの方法を適用し、アフレック・ハルデン、VBS描像によって予想される相転移が実際に起こっていることが確かめられた。

 密度行列実空間操り込み群の方法に適した、自由端境界条件を課し、全スピンのz-軸方向の成分M=iで指定される部分空間での最低エネルギー固有値EM(L)を長さL=100まで求めた。シングレット-トリプレット・ギャップ

 

 シングレット-クインテット・ギャップ

 

 を図3に示す。これらをL→∞の極限に外挿したものを図4に示す。これより転移点が実際に存在することが確かめられ、c=0.42土0.02と評価できる。

図3:エネルギー・ギャップ01=E1(L)-E0(L)と(b)02=E2(L)-E0(L)のL-1依存性(=0.0,0.2,0.42and0.6.)。図4:L→∞の極限でのエネルギーギャップ01(○)と02(●)の依存性。

 また0<<cでは01(L)はL→∞で0となり基底状態は4重に縮退するが、c<ではこのような縮退はない。これはVBS的描像では0<<cでは基底状態は(2,1)-VBS状態(部分的にダイマー化した状態)で表され鎖の両端にスピン1/2の自由度が残るのに対し、c<は(3,0)-VBS状態(完全にダイマー化した状態)で表されこの様な自由度はないことに対応している。0<<cでのスピン1/2の自由度は有効的に相互作用定数〜exp-/L(は相関長)で相互作用すると考えらることから期待されるように01(L)〜exp-/Lと減衰することが確かめられた。

 さらに、各相でストリング相関関数

 

 を計算すると、0<<cでは有限に残り、c<では0に減衰することがわかる(図5)。

図 5: = 0.2(< c)(●), =0.6(>c)(○)でのストリング相関関数(L/2,L/2+l)のl依存性。

 この結果はVBS描像とコンシステントである。以上より、アフレック・ハルデンの予想がS=3/2の場合にも実際に成り立つことが示され、各相での基底状態ではVBS的な描像が成り立っていることが結論される。

審査要旨

 従来の古典スピン系に対する相転移論によると、スピンの大きさSは系の秩序相(あるいは基底状態)を特徴付ける要因ではないとされていたが、ハルデンは1983年、量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖についてはSが整数か半整数かで系の基底状態が質的に異なると予想した。この予想は、スピン演算子の非可換性を保ちながらSを無限大にした極限を記述する場の理論(非線形シグマ模型)に基づいて導かれたが、その妥当性が元来のスピン系に関する数値的研究などで検証されたことにより、量子反強磁性ハイゼンベルグ鎖は多体現象における量子効果を解明するための基本模型として、現在でも様々な側面からの研究が精力的に展開されている。理学修士矢島誠提出の本論文は、この分野で最近注目されている基本的な問題を数値シミュレーションによって追究したもので、英文で3章と付章Aからなる。

 序論の第1章に続く第2章ではS=1のXXZ鎖の磁場効果が調べられている。XXZ鎖は、隣接スピン間の交換相互作用のz方向の相互作用定数が互いに等しいx,y方向のそれの倍であるような異方的反強磁性ハイゼンベルグ鎖である。=1の等方的な系の基底状態は、ハルデンの予想通り、励起スペクトルに有限なギャップを伴い、スピンの相関関数が距離に対して指数関数的に減衰することや、z方向にかけられた磁場hがに対応したある値を超えるとが消滅すること(このとき相関関数はべき則に従って減衰)などが知られている。また、h=0のもとでを減少させていくとある臨界値c1以下でが消滅し、コスタリッツ・サウレス的な相に移行することが予想されているが、c1の値はまだ確定していない。

 本論文提出者は、厳密対角化の数値的手法で磁場中の相関関数を中心としたシミュレーションを行った。得られたデータを、共形場の理論により予言されている有限サイズスケーリング則を援用して解析し、相関関数の減衰の指数を、hによって誘起された磁化の関数としてみたとき、<c1>c1の系では、その振る舞いが著しく異なることを検証している。さらに、h=0の下での同様な相関関数の解析から、c1=0.068±0.003の値を求めている。

 第3章では、相互作用定数が交互に1+と1-の値をとるS=3/2の等方的反強磁性ハイゼンベルグ鎖に関する、密度行列くりこみ群(DMRG)法による数値的解析が展開されている。非線形シグマ模型に基づく場の理論によると、を-1から+1に変えていくと励起スペクトルがギャップレスになる(転移)点が3(=2S)個存在する。この転移に関与する4つの基底状態は4つの異なるValence-Bond-Solid(VBS)状態に対応すると予想されている。VBS状態とは、変分法的な考察から導かれたもので、大きさSのスピンを(2S+1)個の大きさ1/2のスピンに分解し、隣接サイトの2つのS=1/2スピンをシングレット対に組ませながら系の全スピン状態を構築してできるような状態である。S=3/2系についてはシングレットの組み合わせ方の異なる4つのVBS状態が予想され、それぞれの状態の特性が調べられている。

 本論文提出者は、このの変化に伴う転移を数値的に解析するため、厳密対角化法に比べてはるかに大きなサイズ(L)の系が取り扱い可能な、最近ホワイトらによって開発されたばかりのDMRG法をいち早く適用した。(付章Aが同手法の解説に充てられている。)データの解析には第2章と同様な有限サイズスケーリング則を適用し、以下の結果を得ている。既に知られている=0以外の転移点は=±c,c=0.42±0.02で与えられる。スピン相関関数や磁化のz成分の振る舞いから、0<<cの系では系の両端にS=1/2のスピン自由度が伴っていること、結果をL→∞に外挿すると、基底状態は4重に縮退し、最低励起状態は全磁化が2のクインテット状態であることが結論される。一方、c<<1の系では系の両端にスピン自由度は残らず、また、L→∞の極限では、シングレット基底状態からの最低励起状態は全磁化が1のトリプレット状態である。さらに、ある一つのVBS状態の秩序を記述するストリング秩序変数の解析から、0<<cの系ではその秩序は長距離にわたるが、c<<1の系ではそのような長距離秩序はないことも明らかにしている。これらの結果は、S=3/2の交替相互作用をもつ系に関して、上述の場の理論やVBS描像による予測の詳細を数値的シミュレーションで初めて検証し、関連するパラメータの臨界値等を具体的に与えたものであり、高く評価される。

 以上述べてきたように、論文提出者による本研究で得られた多くの新たな知見は今後この分野の研究の進展に大いに貢献するものと認められ、審査員全員により博士(理学)の学位論文として合格と判断された。

 なお、本論文第2章と第3章は、指導教官高橋實教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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