学位論文要旨



No 111667
著者(漢字) 山中,雅則
著者(英字)
著者(カナ) ヤマナカ,マサノリ
標題(和) 一次元強相関系の基底状態における厳密な相関関数
標題(洋) Exact Ground-State Correlation Functions of the One-Dimensional Strongly Correlated Electron Systems
報告番号 111667
報告番号 甲11667
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3031号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 助教授 永長,直人
 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 教授 高山,一
内容要旨

 強く相互作用する電子系の研究は、物性物理学における最も重要な研究課題の一つである。電子は、電荷とスピンという自由度をもつ。これらの自由度は、相互作用とPauliの排他原理の存在によってはじめて、我々の認識し得る電子としての属性となる。このことが、世界をかたち創る多様性の、起源の一つとなっているからである。

 多くの物質で、相互作用や量子揺らぎが重要な役割を果たしていると考えられている。その中のいくつかに関しては、バンド理論あるいは平均場近似による理解が成功してきた。しかし、このことは、むしろ謎であり、概念的に本当に理解されているかどうかは疑問である。

 系の性質を理解するためには、厳密解を用いることができれば正確な議論を行うことができる。また、厳密に解くことができないとしても、厳密に議論を行なうことはできる場合もある。しかし、そのようなことが可能な例は稀である。例えば、相互作用をする最も単純な電子系としてHubbard模型をあげることができる。しかし、一次元において以外には、厳密解は求められていない。さらに、たとえ解があからさまに求められたとしても、その状態の性質(相関関数のふるまいなど)は、波動関数自体からは知ることはできない。状態の性質を表す重要な量として相関関数や運動量分布関数があげられるが、その厳密な計算は、ほとんどの場合不可能である。

 この論文の主な目的は、一次元のHubbard型の模型(オン・サイトのクーロン斥力は無限大)において、ある占有率において、基底状態における相関関数と運動量分布関数を厳密に計算することである。これにより、基底状態の性質を明らかにすることができる。

 近年、BrandtとGiesekusは、ある強相関電子模型を提案した。それは、2次元以上のペロフスカイト状の格子に定義されるHubbard型の模型である。あるパラメータ領域において、厳密な基底状態が求められた。Mielkeは、ライングラフ格子に定義される同様の模型について、厳密な基底状態をもとめた。これらの方法にもとづいて、Strack、Tasakiは厳密解の求められる他の模型を構成した。これらの模型はすべて、Tasakiによる「cell construction」とよばれる方法で構成され、対応する基底状態も求められる。

 「cell construction」において、全体のハミルトニアンは、ある局所的なハミルトニアンから構成される。そして、対応する基底状態は、この局所的なハミルトニアンの最低固有値の固有状態となっている。このような性質は、Mujumdar-Ghosh模型やAffleck-Kennedy-Lieb-Tasaki模型のものと類似している。したがって、この場合の可解性はBethe仮設とは関係していないと考えられており、励起状態は求められていない。なお、構成方法の性質から、高次元においても厳密な基底状態を求めることのできる模型を構成することも可能である。

 先に述べた研究では、厳密な基底状態の一つが求められたのであり、この状態に縮退する状態があるかないか(一意性)に関しては未解決のままであった。これでは、系の基底状態の物理的性質を調べる上で不十分である。Tasakiは、「cell construction」に基づいて作られた基底状態がnull状態ではないということと、一意であるための条件を求めた。これは、数学的帰納法により証明され、その条件はそれほど厳しいものではない。(以前に構成されたこの種の模型を全て含む。)

 基底状態の占有率は、各ユニットセル当たり、電子2個に対応する。これは、対応する相互作用のない模型において、バンド絶縁体の占有率に対応している。(ハミルトニアンに含まれるパラメータのある領域において、エネルギー・ギャップが閉じることがある。この場合は、金属的な模型に対応する。)基底状態がResonating-Valence-Bond(RVB)状態の構造をもつことがTasaki、Bares-Leeによって指摘された。Tasaki-Kohmotoは、RVB状態のなかで2種類(tunneling-dominated RVB状態、hopping-dominated RVB状態)のRVB状態を調べた。前者は、高温超伝導との関係から集中的に研究されてきている。ここでの厳密解は、後者に属する。

 求められた基底状態による期待値をあからさまに計算することにより、相関関数と運動量分布関数を厳密に計算する。(Bares-Leeは、Strackの模型の一つについて、相関関数を厳密に計算した。ここでの方法は、彼らのものとは異なる。)相関関数は、任意の有限サイズにおいて求めることができ、熱力学的極限をとることにより、その漸近的ふるまいを知ることができる。それは以下の手順による。(1)スピン・シシグレットを組んでいる演算子をひとまとめにし、記号で表すことにより、基底状態と相関関数を幾何学的な図形に置き換える。(2)期待値の計算は、幾何学的図形の数え挙げに帰着される。この際、シングレットの演算子はボゾン演算子であることから、分離している図形は互いに可換である。(この性質から、期待値は、局所的な図形に割り当てられる重みの積に分解することができる。)(3)この図形の数え挙げは、転送行列を用いて行われる。(転送行列による方法は、今のところ一次元においてのみ可能である。)以上の方法では、Bares-Leeの方法におけるようなサイズの大きい行列を取り扱う必要がないことが重要である。(たとえば、Bares-Leeの方法において16×16の大きさの行列が必要であった模型に対して、この方法では、3×3の大きさの行列を取り扱うだけでよい。)これにより、完全に解析的な計算が可能となった。

 例として、3種類の模型(モデルA、B、C)の相関関数と運動量分布関数を計算する。これらの模型において、共通な結果は以下の通りである。相関関数はすべて指数関数的に減衰することが示される。この結果は、基底状態直上に有限のエネルギー・ギャップが存在することを示唆している。このエネルギー・ギャップは、基底状態の構造(局所的なスピン・シングレットの積の重ね合わせ)に由来するものであると考えられる。基底状態の占有率は、対応する相互作用のない模型では、バンド絶縁体に対応する。しかし、基底状態やギャップの性質は相互作用のない場合のものとは全く異なる。エネルギー・ギャップの存在は、この種類の模型の、一般的性質であることが期待される。また、永久電流を計算することができ、それが存在しないことが示される。

 それぞれの模型に対する主な結果は、以下の通りである。(A)モデルAは、この種の模型の中で最も単純な格子構造をもち、相関関数の計算も最も容易である。この模型を用いて、相関関数の計算方法を詳しく述べる。有限系における結果と、熱力学的極限における結果を両方示す。この模型は、half-fillingのとき基底状態が求められている。相互作用の存在しない場合、対応する模型はバンドを2つもち、パラメータの値に応じて、以下のようにバンド構造が変化する。(a)バンド間のエネルギー・ギャップが開いている。(この場合占有率half-fillingは、バンド絶縁体に対応する。)(b)そのエネルギー・ギャップが閉じる。(この場合基底状態は金属的になる。)したがって、以上の結果をふまえると、(b)の場合は、相互作用の大きさを0から∞まで変化させた場合、金属絶縁体転移がおこるものと考えられる。

 (B)モデルBは、ユニットセルに、相互作用のあるサイトとないサイトを1つずつもつという形式的な意味において、周期的アンダーソン模型に類似している。基底状態は、half-fillingのとき求められている。パラメータのある極限において、相互作用のあるサイトの占有率を1に近くすることができ、これは一種のKondo極限に対応している。この模型では、相互作用のあるサイトとないサイト間の実効的な交換相互作用(J)は、相互作用のないサイト間の遷移確率振幅(t)と同程度となっている。また、スピン相関関数の相関距離は、全パラメータ領域において、密度相関関数の相関距離より小さくなっている。

 (C)モデルCは、梯子状の格子に定義される模型である。基底状態は、1/3-fillingのとき求められている。相互作用の存在しない場合、対応する模型はバンドを3つもち、パラメータの値に応じて、以下のようにバンド構造が変化する。(a)バンド間のエネルギー.ギャップが開いている。(この場合バンド絶縁体に対応する。)(b)そのエネルギー・ギャップが閉じる。(この場合基底状態は金属的になる。)したがって、相互作用の大きさを変化させた場合金属絶縁体転移がおこるものと考えられる。

審査要旨

 相転移現象に関する我々の理解の形成に、二次元イジングモデルに対するオンサガーの解が果たした役割を思い出せば、物理的に意味のあるモデルに関する厳密解の意義を認識することが出来る。そうした非自明な厳密解は、多くの場合次の二つのグループのいずれかに属している。一つは、ヤン-バクスターの関係式を満たしてベーテ解の方法を用いることが出来る場合である。一次元ハイゼンベルグ模型やハバード模型の厳密解がその典型例である。もう一つは、基底状態の波動関数が厳密に求められる場合で、スピン1/2のマジャンダーゴーシュ模型や、スピン1のValence Bond Solid状態を基底状態として持つAKLT(Affleck,Kennedy,Lieb,Tasaki)模型などをその典型例として挙げることが出来る。この論文で扱われているモデルは、後者に属している。

 BrandtとGiesekusはペロブスカイト状の格子で定義されたハバード型の模型において、U=∞でハミルトニアンのパラメータがある関係を満たす時、厳密な基底状態が求められることを示した。似た性質を持つモデルが、Mielke,Strackなどによって引続き考案された。これらのモデルは、「cell construction」と呼ばれる方法によって統一的に構成出来ることが、Tasakiによって示された。このうちで、Strackによって構成されたモデルは、重い電子系の基礎モデルである周期的アンダーソン模型の一種である。その意味でも物理的な意味のあるモデルであり、その基底状態の性質は興味深い。

 基底状態の波動関数がわかっている時、種々の相関関数を求めることは原理的には可能であるが、それが解析的に求まっている場合はむしろ例外的である。Strackのモデルについては、BaresとLeeが転送行列を導入することによって相関関数が厳密に計算できることを示した。当学位論文では、「Cell construction」による波動関数の構造を調べることにより、転送行列が一般的に定義できることを明らかにしている。それは、波動関数が局所的なシングレットの直積にグッツヴィラー演算子を作用させたものであるという性質を利用したものになっており、Bares,Leeの転送行列よりもはるかに簡明な構造を持っている。その結果このクラスに属する一次元のモデルでは、種々の相関関数が統一的に計算できて、解析的な表式を得ることが可能となった。

 本学位論文は、6章からなる本文とA〜Hまでの付章、それに文献からなっている。第1章では、この分野の研究の歴史が概観され全体への導入部を形成している。第2章は、Tasakiによる「cell construction」の方法の紹介で、ここで扱われるクラスに属する基底状態の波動関数と、それを厳密な基底状態として持つハミルトニアンの構成法がまとめられている。第3章では相関関数を計算することを目的として、まず基底状態のノルムの計算方法が考察されている。ここでは、波動関数が局所的シングレットの直積であることに注目し、シングレットボンドを幾何学的に表す方法を導入してノルムの計算を実行している。ここで導入された幾何学的表示は相関関数の計算にも有効で、スピン相関関数、一体の相関関数、密度相関関数、一重項対相関関数の計算規則が導かれている。第4章は本論文の中心をなす章で、一次元における3個のモデルの相関関数が実際に求められている。この章については、以下節を改めて紹介する。第5章は、「cell construction」で構成される基底状態では、永久電流が存在しないことの証明である。第6章は論文全体のまとめに充てられている。

 さて、「cell construction」あるいは相関関数の幾何学的表示は次元によらず成立するが、一次元では大幅な簡単化が可能となる。それは、Bares,Leeと同様、転送行列を導入できることによる。この幾何学的表示はすでにこのクラスの基底状態の特徴が採り入れられたものになっているので、一般的な完全系を用いて表現した場合とは異なり、ここで得られた転送行列ははるかに簡単化されたものになっている。Strackのモデルを例にとると、Bares,Leeの導入した転送行列は16次元であったが、ここで定義された転送行列は3次元であり、すべての計算を解析的に行なうことが可能である。その結果すべての相関関数が指数関数的に減少していることが明らかになり、その相関長が求められている。そのことは、このクラスの基底状態が励起にギャップの存在する強相関絶縁体になっていることを意味している。

 上の節で触れたStrackのモデルもそうであるが、この学位論文で考察された3個のモデルでは、いずれの場合もスピンの相関長が電荷密度の相関長よりも短くなっている。ハバード型の斥力を持った系では、多くの場合最低エネルギーの励起はスピン三重項のスピン励起であることが知られている。その場合スピン相関長の方が密度相関長より長くなっているのが自然と考えられる。この問題は、スピン励起、電荷励起の速度とも関連しているので一義的にそうだとはいえないが、常識と反した面白い結果が得られたといえるであろう。この事実はおそらく、短距離のシングレットボンドで基底状態が記述されていることの反映であろうがその理由をはっきりさせることが出来ればさらに有益であろう。この問題も含め、本論文で数学的に考察されたモデルと実際の物質との関連など、今後の研究の発展が期待される。

 このように「cell construction」で構成される強相関電子系のモデルに対して、一次元での厳密な相関関数の計算方法を確立した本論文は、この分野での研究の発展に寄与するところが大きいと認められるので、博士(理学)の学位を授けるに十分な内容を持つものと審査委員全員一致で認定した。なお本研究は指導教官を始めとする研究室のメンバーとの共同研究であるが、本論文の中核をなす理論研究は論文提出者が主体的に行なったものである。

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