強く相互作用する電子系の研究は、物性物理学における最も重要な研究課題の一つである。電子は、電荷とスピンという自由度をもつ。これらの自由度は、相互作用とPauliの排他原理の存在によってはじめて、我々の認識し得る電子としての属性となる。このことが、世界をかたち創る多様性の、起源の一つとなっているからである。 多くの物質で、相互作用や量子揺らぎが重要な役割を果たしていると考えられている。その中のいくつかに関しては、バンド理論あるいは平均場近似による理解が成功してきた。しかし、このことは、むしろ謎であり、概念的に本当に理解されているかどうかは疑問である。 系の性質を理解するためには、厳密解を用いることができれば正確な議論を行うことができる。また、厳密に解くことができないとしても、厳密に議論を行なうことはできる場合もある。しかし、そのようなことが可能な例は稀である。例えば、相互作用をする最も単純な電子系としてHubbard模型をあげることができる。しかし、一次元において以外には、厳密解は求められていない。さらに、たとえ解があからさまに求められたとしても、その状態の性質(相関関数のふるまいなど)は、波動関数自体からは知ることはできない。状態の性質を表す重要な量として相関関数や運動量分布関数があげられるが、その厳密な計算は、ほとんどの場合不可能である。 この論文の主な目的は、一次元のHubbard型の模型(オン・サイトのクーロン斥力は無限大)において、ある占有率において、基底状態における相関関数と運動量分布関数を厳密に計算することである。これにより、基底状態の性質を明らかにすることができる。 近年、BrandtとGiesekusは、ある強相関電子模型を提案した。それは、2次元以上のペロフスカイト状の格子に定義されるHubbard型の模型である。あるパラメータ領域において、厳密な基底状態が求められた。Mielkeは、ライングラフ格子に定義される同様の模型について、厳密な基底状態をもとめた。これらの方法にもとづいて、Strack、Tasakiは厳密解の求められる他の模型を構成した。これらの模型はすべて、Tasakiによる「cell construction」とよばれる方法で構成され、対応する基底状態も求められる。 「cell construction」において、全体のハミルトニアンは、ある局所的なハミルトニアンから構成される。そして、対応する基底状態は、この局所的なハミルトニアンの最低固有値の固有状態となっている。このような性質は、Mujumdar-Ghosh模型やAffleck-Kennedy-Lieb-Tasaki模型のものと類似している。したがって、この場合の可解性はBethe仮設とは関係していないと考えられており、励起状態は求められていない。なお、構成方法の性質から、高次元においても厳密な基底状態を求めることのできる模型を構成することも可能である。 先に述べた研究では、厳密な基底状態の一つが求められたのであり、この状態に縮退する状態があるかないか(一意性)に関しては未解決のままであった。これでは、系の基底状態の物理的性質を調べる上で不十分である。Tasakiは、「cell construction」に基づいて作られた基底状態がnull状態ではないということと、一意であるための条件を求めた。これは、数学的帰納法により証明され、その条件はそれほど厳しいものではない。(以前に構成されたこの種の模型を全て含む。) 基底状態の占有率は、各ユニットセル当たり、電子2個に対応する。これは、対応する相互作用のない模型において、バンド絶縁体の占有率に対応している。(ハミルトニアンに含まれるパラメータのある領域において、エネルギー・ギャップが閉じることがある。この場合は、金属的な模型に対応する。)基底状態がResonating-Valence-Bond(RVB)状態の構造をもつことがTasaki、Bares-Leeによって指摘された。Tasaki-Kohmotoは、RVB状態のなかで2種類(tunneling-dominated RVB状態、hopping-dominated RVB状態)のRVB状態を調べた。前者は、高温超伝導との関係から集中的に研究されてきている。ここでの厳密解は、後者に属する。 求められた基底状態による期待値をあからさまに計算することにより、相関関数と運動量分布関数を厳密に計算する。(Bares-Leeは、Strackの模型の一つについて、相関関数を厳密に計算した。ここでの方法は、彼らのものとは異なる。)相関関数は、任意の有限サイズにおいて求めることができ、熱力学的極限をとることにより、その漸近的ふるまいを知ることができる。それは以下の手順による。(1)スピン・シシグレットを組んでいる演算子をひとまとめにし、記号で表すことにより、基底状態と相関関数を幾何学的な図形に置き換える。(2)期待値の計算は、幾何学的図形の数え挙げに帰着される。この際、シングレットの演算子はボゾン演算子であることから、分離している図形は互いに可換である。(この性質から、期待値は、局所的な図形に割り当てられる重みの積に分解することができる。)(3)この図形の数え挙げは、転送行列を用いて行われる。(転送行列による方法は、今のところ一次元においてのみ可能である。)以上の方法では、Bares-Leeの方法におけるようなサイズの大きい行列を取り扱う必要がないことが重要である。(たとえば、Bares-Leeの方法において16×16の大きさの行列が必要であった模型に対して、この方法では、3×3の大きさの行列を取り扱うだけでよい。)これにより、完全に解析的な計算が可能となった。 例として、3種類の模型(モデルA、B、C)の相関関数と運動量分布関数を計算する。これらの模型において、共通な結果は以下の通りである。相関関数はすべて指数関数的に減衰することが示される。この結果は、基底状態直上に有限のエネルギー・ギャップが存在することを示唆している。このエネルギー・ギャップは、基底状態の構造(局所的なスピン・シングレットの積の重ね合わせ)に由来するものであると考えられる。基底状態の占有率は、対応する相互作用のない模型では、バンド絶縁体に対応する。しかし、基底状態やギャップの性質は相互作用のない場合のものとは全く異なる。エネルギー・ギャップの存在は、この種類の模型の、一般的性質であることが期待される。また、永久電流を計算することができ、それが存在しないことが示される。 それぞれの模型に対する主な結果は、以下の通りである。(A)モデルAは、この種の模型の中で最も単純な格子構造をもち、相関関数の計算も最も容易である。この模型を用いて、相関関数の計算方法を詳しく述べる。有限系における結果と、熱力学的極限における結果を両方示す。この模型は、half-fillingのとき基底状態が求められている。相互作用の存在しない場合、対応する模型はバンドを2つもち、パラメータの値に応じて、以下のようにバンド構造が変化する。(a)バンド間のエネルギー・ギャップが開いている。(この場合占有率half-fillingは、バンド絶縁体に対応する。)(b)そのエネルギー・ギャップが閉じる。(この場合基底状態は金属的になる。)したがって、以上の結果をふまえると、(b)の場合は、相互作用の大きさを0から∞まで変化させた場合、金属絶縁体転移がおこるものと考えられる。 (B)モデルBは、ユニットセルに、相互作用のあるサイトとないサイトを1つずつもつという形式的な意味において、周期的アンダーソン模型に類似している。基底状態は、half-fillingのとき求められている。パラメータのある極限において、相互作用のあるサイトの占有率を1に近くすることができ、これは一種のKondo極限に対応している。この模型では、相互作用のあるサイトとないサイト間の実効的な交換相互作用(J)は、相互作用のないサイト間の遷移確率振幅(t)と同程度となっている。また、スピン相関関数の相関距離は、全パラメータ領域において、密度相関関数の相関距離より小さくなっている。 (C)モデルCは、梯子状の格子に定義される模型である。基底状態は、1/3-fillingのとき求められている。相互作用の存在しない場合、対応する模型はバンドを3つもち、パラメータの値に応じて、以下のようにバンド構造が変化する。(a)バンド間のエネルギー.ギャップが開いている。(この場合バンド絶縁体に対応する。)(b)そのエネルギー・ギャップが閉じる。(この場合基底状態は金属的になる。)したがって、相互作用の大きさを変化させた場合金属絶縁体転移がおこるものと考えられる。 |