[1]概要 最近の実験技術の向上と、中性子ハローや中性子スキンなどの興味深い現象の発見などにより、安定線から離れた原子核(いわゆる不安定核)の構造が注目を集めている。この論文では、ハートリー・フォック計算と乱雑位相近似(RPA)を用いて、中性子スキンを持つ不安定核の電気的巨大共鳴について調べた結果を述べてある。 [2]中性子スキン 中性子数が安定核から増加すると、ポテンシャルの内部領域での陽子密度は減少し中性子密度は増加するが、両者の和は一定値を保つ。この結果および、陽子-中性子相互作用が陽子-陽子あるいは中性子-中性子相互作用より強いことから、陽子のポテンシャルは深く、中性子のポテンシャルは僅かに浅くなる。中性子数がドリップ・ラインの近くまで増加すると、かなりの数の中性子が閾値直下のフェルミ面付近に緩く束縛された状態になり、ほとんど中性子しか存在しない領域が無視できない厚みを持って存在するようになると考えられる。この領域を中性子スキンと呼ぶ。 中性子スキンが原子核の応答や構造に与える影響は様々考えられるが、その中でも巨大共鳴に及ぼす影響が興味を惹く。中性子スキンを持つ原子核では、陽子と中性子の表面振動の結合が弱くなるので、アイソスカラー励起およびアイソベクター励起への分離という、従来の巨大共鳴に関する描像が成り立たなくなり、ほとんど中性子からの寄与のみからなる「巨大中性子モード」と呼ぶべき励起モードが発生することが期待される。 [3]方法 前節で述べた中性子スキンを持つ原子核の巨大共鳴および巨大中性子モードを研究するために、様々な原子核について、ハートリー・フォック計算と粒子-空孔励起に関するRPAを用いた具体的な計算を行い、励起構造の特徴を探った。 ハートリー・フォック計算では、密度依存力の中でも束縛エネルギーと原子核半径を非常に良く再現するものとして標準的な、Skyrme力を有効相互作用として採用した。 RPAに使われる粒子状態の1粒子波動関数には、正エネルギーを持つものも含まれる。ここでは、これらの波動関数に関して束縛状態近似を用いたもの、連続状態を正しく取り入れたものの2通りの計算方法を採用した。 まず、正エネルギーを持つ1粒子波動関数に関して束縛状態近似を行なう場合、動径に関するハートリー・フォック方程式を有限の区間で数値的に解くことはできないので、全ての動径波動関数を球対称調和振動子で展開し、改めてハートリー・フォック・ハミルトニアンを対角化する。調和振動子の次元は、各一粒子波動関数を展開するのに十分なだけ大きくとらなければならない。ここでは、ハートリー・フォック方程式の束縛状態の解との重なりが99.99%以上で、占拠状態の一粒子エネルギーの差が数10keV以内であることを展開収束の基準とした。 次に、連続状態を正しく取り入れた計算では、応答関数を用いた方法を採用した。この方法は、上記の束縛状態近似を拡張して連続状態を取り込み、行列計算を行なう標準的な方法と比べて、以下のような利点がある。 ・励起エネルギーの範囲に制限がない。 ・同じ計算をするのに要する時間が少なくてすむ。 ・遷移密度などの重要な量が、簡単な計算により得られる。 [4]結果 前節の方法を用いて、様々な陽子数をもつアイソトープについて、ベータ安定核から中性子ドリップラインに隣接する核まで、その励起構造を探った。その結果、中性子数が大きい原子核の電気的換算遷移確率において、巨大共鳴を構成するアイソスカラー・ピークに比べて励起エネルギーがやや低い領域に、アイソスカラー・ピークとほぼ同程度の強度の励起が複数発生することが分かった。この中性子数の増加に伴う特有な励起は、これまでの議論から巨大中性子モードであることが予想される。そのことを確かめるためにさらに詳しい解析を行った結果、次のことが判明した。 ・各励起に対する陽子・中性子の寄与を調べると、アイソスカラー励起では、陽子の寄与が中性子の寄与に比べて小さいながらも存在しているのに対して、中性子モードの励起では陽子の寄与はほとんど見られない。 ・中性子モードの励起の空孔状態は、殆んど全て中性子スキンを形成する中性子の一粒子状態からの粒子-空孔励起からなっている。 ・中性子モードに属する励起の和則と中性子スキンを形成する中性子数との関係をアイソトープ全般にわたって系統的に調べると、これらの間にはほぼ厳密に直線的な相関がある。 ・中性子モード励起の遷移密度は、アイソスカラー励起に比べて、動径方向に大きく広がっている。 ・各々の励起を構成する1粒子-1空孔励起の1粒子励起エネルギーの平均と、実際の励起エネルギーの差を調べると、アイソスカラー励起では強い粒子-空孔相関により励起エネルギーが大きく引き下げられているのに対して、中性子モードの励起ではこのような励起エネルギーの減少は見られない。 以上の結果は、中性子スキンの存在によって陽子・中性子の表面振動の結合が弱まり、巨大中性子モードの励起が低いエネルギー領域に発現していることを示している。 [5]まとめ 中性子スキンを持つ原子核の電気的巨大共鳴では、「巨大中性子モード」の励起が存在し、それらを構成する機構が中性子スキンの性質に深く依存していることを理論的に示唆することができた。さらに、中性子スキン自身の存在と共に、この結論がどのような実験によって検証されるかを、考えている。 |