学位論文要旨



No 111668
著者(漢字) 横山,至治
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,ムネハル
標題(和) 安定線から離れた原子核の励起モード
標題(洋) Excitation modes of nuclei far from stability
報告番号 111668
報告番号 甲11668
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3032号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,直毅
 東京大学 教授 市村,宗武
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 助教授 早野,龍五
 東京大学 教授 矢崎,紘一
内容要旨 [1]概要

 最近の実験技術の向上と、中性子ハローや中性子スキンなどの興味深い現象の発見などにより、安定線から離れた原子核(いわゆる不安定核)の構造が注目を集めている。この論文では、ハートリー・フォック計算と乱雑位相近似(RPA)を用いて、中性子スキンを持つ不安定核の電気的巨大共鳴について調べた結果を述べてある。

[2]中性子スキン

 中性子数が安定核から増加すると、ポテンシャルの内部領域での陽子密度は減少し中性子密度は増加するが、両者の和は一定値を保つ。この結果および、陽子-中性子相互作用が陽子-陽子あるいは中性子-中性子相互作用より強いことから、陽子のポテンシャルは深く、中性子のポテンシャルは僅かに浅くなる。中性子数がドリップ・ラインの近くまで増加すると、かなりの数の中性子が閾値直下のフェルミ面付近に緩く束縛された状態になり、ほとんど中性子しか存在しない領域が無視できない厚みを持って存在するようになると考えられる。この領域を中性子スキンと呼ぶ。

 中性子スキンが原子核の応答や構造に与える影響は様々考えられるが、その中でも巨大共鳴に及ぼす影響が興味を惹く。中性子スキンを持つ原子核では、陽子と中性子の表面振動の結合が弱くなるので、アイソスカラー励起およびアイソベクター励起への分離という、従来の巨大共鳴に関する描像が成り立たなくなり、ほとんど中性子からの寄与のみからなる「巨大中性子モード」と呼ぶべき励起モードが発生することが期待される。

[3]方法

 前節で述べた中性子スキンを持つ原子核の巨大共鳴および巨大中性子モードを研究するために、様々な原子核について、ハートリー・フォック計算と粒子-空孔励起に関するRPAを用いた具体的な計算を行い、励起構造の特徴を探った。

 ハートリー・フォック計算では、密度依存力の中でも束縛エネルギーと原子核半径を非常に良く再現するものとして標準的な、Skyrme力を有効相互作用として採用した。

 RPAに使われる粒子状態の1粒子波動関数には、正エネルギーを持つものも含まれる。ここでは、これらの波動関数に関して束縛状態近似を用いたもの、連続状態を正しく取り入れたものの2通りの計算方法を採用した。

 まず、正エネルギーを持つ1粒子波動関数に関して束縛状態近似を行なう場合、動径に関するハートリー・フォック方程式を有限の区間で数値的に解くことはできないので、全ての動径波動関数を球対称調和振動子で展開し、改めてハートリー・フォック・ハミルトニアンを対角化する。調和振動子の次元は、各一粒子波動関数を展開するのに十分なだけ大きくとらなければならない。ここでは、ハートリー・フォック方程式の束縛状態の解との重なりが99.99%以上で、占拠状態の一粒子エネルギーの差が数10keV以内であることを展開収束の基準とした。

 次に、連続状態を正しく取り入れた計算では、応答関数を用いた方法を採用した。この方法は、上記の束縛状態近似を拡張して連続状態を取り込み、行列計算を行なう標準的な方法と比べて、以下のような利点がある。

 ・励起エネルギーの範囲に制限がない。

 ・同じ計算をするのに要する時間が少なくてすむ。

 ・遷移密度などの重要な量が、簡単な計算により得られる。

[4]結果

 前節の方法を用いて、様々な陽子数をもつアイソトープについて、ベータ安定核から中性子ドリップラインに隣接する核まで、その励起構造を探った。その結果、中性子数が大きい原子核の電気的換算遷移確率において、巨大共鳴を構成するアイソスカラー・ピークに比べて励起エネルギーがやや低い領域に、アイソスカラー・ピークとほぼ同程度の強度の励起が複数発生することが分かった。この中性子数の増加に伴う特有な励起は、これまでの議論から巨大中性子モードであることが予想される。そのことを確かめるためにさらに詳しい解析を行った結果、次のことが判明した。

 ・各励起に対する陽子・中性子の寄与を調べると、アイソスカラー励起では、陽子の寄与が中性子の寄与に比べて小さいながらも存在しているのに対して、中性子モードの励起では陽子の寄与はほとんど見られない。

 ・中性子モードの励起の空孔状態は、殆んど全て中性子スキンを形成する中性子の一粒子状態からの粒子-空孔励起からなっている。

 ・中性子モードに属する励起の和則と中性子スキンを形成する中性子数との関係をアイソトープ全般にわたって系統的に調べると、これらの間にはほぼ厳密に直線的な相関がある。

 ・中性子モード励起の遷移密度は、アイソスカラー励起に比べて、動径方向に大きく広がっている。

 ・各々の励起を構成する1粒子-1空孔励起の1粒子励起エネルギーの平均と、実際の励起エネルギーの差を調べると、アイソスカラー励起では強い粒子-空孔相関により励起エネルギーが大きく引き下げられているのに対して、中性子モードの励起ではこのような励起エネルギーの減少は見られない。

 以上の結果は、中性子スキンの存在によって陽子・中性子の表面振動の結合が弱まり、巨大中性子モードの励起が低いエネルギー領域に発現していることを示している。

[5]まとめ

 中性子スキンを持つ原子核の電気的巨大共鳴では、「巨大中性子モード」の励起が存在し、それらを構成する機構が中性子スキンの性質に深く依存していることを理論的に示唆することができた。さらに、中性子スキン自身の存在と共に、この結論がどのような実験によって検証されるかを、考えている。

審査要旨

 本論文は-崩壊の安定線から離れた原子核、特にいくつかの中性子過剰核の基底状態と励起状態の性質について、ハートレ・フォックの方法とそれによって得られた基底状態の波動関数をもとに乱雑位相近似を用いて、数値計算によって調べたものである。

 第2章では、中性子過剰核28Oを一例にとり、基底状態をスキルム力を使ってハートレ・フォックを解いている。中性子過剰核では、中性子の分離エネルギーが小さいため、特に軌道角運動量の小さい独立粒子状態が動径方向に遠くまで広がり、ハローやスキンなどの周辺構造があらわれる。そのため、動径方向の波動関数は、調和振動の波動関数で展開することは収束性が悪く適当でない。ここでは、動径波動関数を動径座標について直接、微分方程式を数値的に解いて計算している。スキルム力はそのような実空間による計算のために便利なように予めその形が決められている。スキルム力はその用途によっていろいろなパラメータセットがあるが、この論文では主にSIIIが使われており、事実、この力は広範囲の核種で、結合エネルギーや密度について高い再現性が、すでに多くの仕事によって確かめられている。28Oのスキンの厚さは2.1[fm]にも達し、スキンを形成している中性子は4個分に対応する。

 第3章では調和振動の独立粒子の軌道の基底で乱雑位相近似を適応しているが、第4章ではもっと進んだ方法での議論があるので、この章の意義はさほどない。事実、その意義が第4章で否定されている。

 第4章では、本論文の中核をなすもので、高励起状態では、粒子-空孔状態の粒子が束縛状態にないので、後に空孔を残して粒子が逃げていく過程も考慮しなければならない。このような粒子状態をそのスペクトルが連続であることから連続状態といわれる。この粒子-空孔対の励起の粒子状態の記述にグリーン関数を使ったところが、本論文の一つの特徴である。このような手法は、20年も前にすでに開発されてたが、中性子過剰核の励起状態に適応した点が、この論文の新しさといえる。

 粒子状態が連続状態であるので、しきい値より高い励起エネルギーでは、乱雑位相近似のスペクトルも連続になる。すなわち、このような取扱いではグリーン関数の境界条件をうまくとることによって、逃げ幅が自動的に考慮される利点がある。角運動量2の励起の計算では、エネルギーの低いところでの、強度がみられるが、主にスキンを作っている占有状態に空孔ができ、小さい軌道角運動量の粒子状態に遷移する励起であることがわかった。その意味で、巨大共鳴のエネルギーよりかなり低い励起状態は、スキンの形成に関与した中性子のみの励起であることが明らかとなった。その意味で、スキン形成と低エネルギー・モードが関係があったといえる。しかし、それらのモードは、この仕事の動機の一つとなり、当初に予想された内容とは違って、集団性がなく、単に、中性子が逃げていく連続状態のしきい値での立ち上がりの強度を示すにしか過ぎず、スキンができることから、ナイーブに予想したことに反して中性子のソフトモードではないことが判明した。そのような蓋然的な予想を払拭できたことは、この仕事の一つの意義として高く評価できる。モードの多重極度が2でない場合やSIII以外のスキルム力についても計算されているが、特筆すべき結果ではない。広がり幅については考慮されていないが、この効果を取り入れたことによる結果はこの論文の主要結果を変えるには及ばないと判断した。

 尚、この論文は大塚孝治氏と福西暢尚氏との共同共同研究であるが、論文提出者が計算機のプログラムをはじめ、計算の実行において主要な寄与があったと十分判断できる。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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