学位論文要旨



No 111670
著者(漢字) ドーソン,ウエイン
著者(英字)
著者(カナ) ドーソン,ウエイン
標題(和) 水晶中でのミュオン相互作用及びミュオニウム相互作用 : ダイナミックスと結合
標題(洋) The Interactions of Muons and Muonium in Quartz : Dynamics and Bonding
報告番号 111670
報告番号 甲11670
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3034号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 教授 井野,正三
 東京大学 教授 塚田,捷
 東京大学 教授 兵頭,俊夫
 東京大学 教授 片山,一郎
内容要旨

 結晶中の基礎的な電磁相互作用を研究するのに、水晶は最も適した候補一つである。水晶中の高温下(1)及び一軸方向の圧力下(2)等の様々な条件でSR実験を行い理論的考察を加えるミュオニウム四重極相互作用の研究を行った。またミュオン・酸素(OMu)結合の研究もSR法を用いて行った。これらの実験、研究により、物質に於ける水素不純物としてのミュオニウムの四重極相互作用を明らかにした。

 正ミュオンは2.2sの平均寿命で崩壊する素粒子であり、陽子と同じ電荷とスピンとを持つが、質量は陽子の約1/9でありその磁気モーメントは陽子の3.18倍である。ミュオニウムは正ミュオンと電子との束縛状態であり中性の水素原子の同位体とみなせる。水晶中では60%のミユオンはミュオニウムの状態をとっている。他のミュオンは反磁性ミュオンの状態をとっている。

 水晶結晶中のミュオニウムの超微細相互作用のエネルギー準位は、水晶結晶の軸対称性のため四重極相互作用の影響を受ける。この結果を見るため、まず弱い横磁場中(3G-5G)での、単結晶の三回回転対称軸(c軸)に対する横磁場の角度依存性及び温度変化の精密測定を行った。得られた時間スペクトルのフーリエ変換を図1に示す。高温になるにしたがって四重極相互作用による分岐及び共鳴幅の(緩和による)拡がりが増大している。得られた四重極相互作用による分岐の温度変化は構造転移の直下で最も著しく、相に入ると温度変化しない。この温度変化は図2に見られるように結晶のc/a比を反映している。

図1。様々な角度於ける横磁場ヒストグラムのフーリエ変換スペクトル。 は、水晶のc軸と外部磁場のなす角度を示している。右の測定温度で得られたスペクトルを平行移動して示している。図2。四重極周波数分岐(下図)と、格子定数c/a(上図)の関係を温度の関係として示している。挿入図は、転移近傍に於ける拡大図である。

 次に、四重極による周波数分岐の一軸性圧力依存性の測定を行った。弱い横磁場中(5G)及び零磁場中のミュオニウム・スピン回転法を用いて単結晶中のミュオニウム四重極分岐を観測した。

 水晶のc軸の方向に圧力と横磁場をかけた場合、四重極周波数分岐が減少した(図3a)。a軸方向に圧力と横磁場をかけた場合は反対の効果が見られた(図3b)。

 b軸方向にもa軸方向とも同じような効果が見られたが、a軸方向の周波数分岐の勾配はb軸方向のより小さい(図3c)。零磁場の結果は横磁場と大体一致している。しかしながら四重極相互作用の変化が格子定数c/a比の変化のみによるとすると、圧力による変化は温度変化結果と反対c/a比依存性をもつ(図4)。

図3。水晶中のミュオニウム横磁場測定で得られた四重極周波数分岐の一軸圧力依存性。(a)pllc,(◇)横磁場はa軸方向(TFlla),and(O)1/2(TFllc),(b)plla(×)TFlla,(◇)TFllb,()TFllab,and(O)1/2(TFllc).(c)pllb(×)TFlla,(◇)TFllb,()TFllab,and(O)1/2(TFllc).図4。四重極周波数分岐とc/a比との対応。温度変化の場合を(白四角)及び圧力変化の場合を(黒丸)である。

 また、c/a比への依存性を理解するため、超微細相互作用を微視的な半古典的なモデル(microscopic semi classical model)を使って、水晶格子の格子定数及び原子位置パラメーターの文献値を用いて四重極相互作用の温度依存性を計算した(図5)。

図5。四重極周波数分岐観測値と、計算値の比較。低温の零磁場の実験値をMu・超微細周波数のキャリプレーションに用いて、これらの計算において、Mu・の位置はLeonard Jonesポテンシャルから決められた。

 モデル計算は測定結果をおよそ説明している。圧力依存性もこのモデル計算で説明できた。これらの結果から水晶の相の構造について従来提唱されている2つのモデルの内、一方のモデル(モゼイク構造)がよりうまく説明でけることが分かった。モデル計算から、水晶では、SiO4正三角錐の間の位置や角度によって四重極周波数分岐が決定されることが判明した。

 反磁性ミュオンについてもミュオン・スピン共鳴(muon spin resonance)の実験によって化学シフト(chemical shift)を観測した(3)。測定された結果よりMuはHと同じようにOと結合していることが示された。

 (1)W.K.Dawson,K.Nishiyama,K.Nagamine,Phys.Lett.A 198 452(1995).

 (2)W.K.Dawson,K.Nishiyama,K.Nagamine,Phys.Lett.A,submitted.

 (3)W.K.Dawson,K.Nishiyama,K.Nagamine,Hyperfine Interactions 86 753(1994)

審査要旨

 本論文は、プロトンの軽い同位体ともいえるミューオン、あるいは、水素の軽い同位体ともいえるミューオニウムと、単結晶水晶の相互作用を、SR法により研究している。特に、ミューオニウムの4重極相互作用を、温度及び結晶に加える圧力の関数として測定し、いくつかの予想外で興味深い結果を報告している。

 本論文は、0.Introduction、1.水晶の性質,2.Muon spectroscopy,3.水素様不純物原子の超微細相互作用の理論モデル,4.従来の研究,5.ミューオニウムの4重極相互作用の温度依存性,6.高温の相水晶中でのミューオニウムの4重極相互作用,7.ミューオニウムの4重極相互作用の圧力依存性、8.低温での1軸方向圧力依存性、9.結晶中での超微細相互作用の理論的説明、10.SRによる反磁性ミューオン状態の研究、11.今後の課題、12.結論、の全13章からなる大部なものであって、ミュオニウムと物質の4重極相互作用を系統的に研究するため、特に、磁気双極子を持っていない水晶を標的として選んだことが特徴となっている。

 第1章から4章までは、水晶の熱膨張係数などの基本的な物理量も必ずしも充分には知られていないことが指摘され、複雑な水晶の結晶構造をわかりやすく理解させるための努力がなされている。また、SR法や水素様原子の超微細相互作用について簡単な議論がなされ、適切な導入部となっている。

 本研究の特徴は、ミューオニウムの水晶結晶中での4重極周波数分裂を温度、及び、結晶に加える圧力という、互いに独立した、しかしながら相関を持っている2つのパラメータの広い範囲にわたって研究したことにある。このような2組の測定により、一方の測定だけではともすれば安易に解釈されてしまいがちな実験結果の理解が容易ではないことが明らかにされた。

 第5章では、水晶結晶中の4重極周波数分裂は、結晶の温度を上げると増加し、転移点付近でその変化が最も顕著になった後、相ではもはや変化しなくなること、これに似た振る舞いが格子定数の比(c/a)の温度依存性にも見られることが報告されている。第9章では、このような依存性が、結晶中のSiとOが適当に帯電した点電荷であるとする非常に簡単化されたモデルで電場勾配を評価することによって再現できるとしている。また、第6章では、横磁場緩和の観測結果も議論され、500°C付近で緩和速度が異常に大きくなるという興味深い観測結果が報告されている。

 第7章では、4重極周波数分裂の1軸方向への圧力依存性が0-0.4GPaの範囲で測定され、水晶のc軸方向に圧力と横磁場をかけた場合、分裂が減少し、a軸方向に圧力と横磁場をかけたときは増加することを見いだしている。第8章では更に、結晶を80K付近に冷やした後、0-0.2GPaの圧力をかけるというこれまでになかった組み合わせでの実験にも成功している。

 このように、本論文は水晶結晶とミューオニウムの4重極相互作用を多方面から実験的に研究した労作であって、興味深い結果が得られているとともに、対応するモデルも提示されている。

 なお、本論文に含まれるすべての研究は、大型加速器施設を用いる共同作業を必要とするものであるが、論文提出者が主体となって実験計画の立案、実験、そして分析を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断される。

 以上の理由により、審査員全員は、論文提出者が博士(理学)の学位を受けるにふさわしく合格であると判定した。

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