本論文は、銀河団ガス中を運動する銀河に作用する抵抗力を流体数値シミュレーションの手法を用いることにより調べた結果をまとめたものである。 論文は5章からなり、第1章は関連研究のレビューと本研究の目的、第2章は基礎方程式と流体数値シミュレーションの方法、第3章はシミュレーションの結果と解釈、第4章はシミュレーションの問題点の議論、第5章は論文全体の結論、という構成になっている。 銀河団とは102-104個の銀河が重力によって結合した集団である。銀河団には高温のガスが存在することが知られており、最新の観測によれば、その温度は107-108K、数密度は10-4-10-1cm-3、音速は1000km/s程度である。ガスの総質量は1013-1016(=2×1033g)程度と見積られ、銀河団中の銀河の総質量より大きい。したがって、このような大質量のガスと銀河の相互作用は、銀河団の進化に大きく影響する可能性がある。例えば、銀河は銀河団ガス中を運動する際、ガスから抵抗を受ける。もし抵抗が大きければ、銀河は銀河団の中心に向かって落下し、その結果、他の銀河と衝突したり相互作用したりして銀河自身も変化するし、銀河団全体の構造も変化してゆくであろう。 流体中を運動する物体に抵抗力が働くことは一般的な現象であるが、銀河の場合は硬い表面が存在せず重力場のみで銀河団ガスと相互作用する点で、通常の場合とは異なる。銀河の運動速度が銀河団ガスの音速に比べて速い場合は、線形摂動近似を用いることによって密度分布が計算でき、これより抵抗力が解析的に導出できる。これまでこのような場合について抵抗力が見積もられており、それによると抵抗力は運動速度の2乗に反比例する。しかし、実際の銀河団では、銀河の速度は音速と同程度が亜音速である場合が多い。亜音速の場合、抵抗力は粘性に依存する。銀河団ガスではレイノルズ数は1-10のオーダーなので、粘性の効果は大きい。亜音速の場合は、これまで、銀河を硬い表面のある物体として抵抗力が見積もられていた。しかし、上でも述べたように、実際の銀河には硬い表面などなく、抵抗力を見積もるには銀河団ガスと銀河の間にはたらく重力を計算しなければならない。そのような計算はこれまでになされていなかった。 本論文では、銀河には硬い表面をもった物体がなく重力だけあるとする現実的な状況設定のもとで、銀河の運動速度が超音速と亜音速の両方の場合について、銀河団ガスと銀河重力の相互作用の2次元軸対称流体数値シミュレーションを行なった。この結果を用いて、銀河が銀河団ガスにおよぼす重力を計算し、銀河にはたらく抵抗力を見積もった。その結果、以下のことが明らかになった。 (1)超音速の場合、抵抗力は速度の自乗に反比例する。これは、これまで線形摂動近似を用いることによって見積られていた抵抗力とほぼ一致する。また、これは動力学的摩擦において速度が速い場合の極限とも一致する。 (2)亜音速の場合、抵抗力は粘性係数と、V/(1-V2/Cs2)によい近似で比例する。速度が音速に比べて非常に小さいときは、これはストークスの法則にほかならない。音速に近いと抵抗力は大きく、音速に等しいところで発散しているが、実際には超音速の場合の抵抗力につながっていく。ここで、その係数について、硬い表面をもつ剛体球が受ける抵抗というストークスの問題に比べて1/1000のオーダーという小さい値になることを示したことは重要である。すなわち、ガスに重力だけで作用する銀河の有効半径は銀河モデルの密度分布に対応する半径に比べて1/1000も小さいのである。こうして、論文提出者は、これまで、硬い表面をもつ物体と同じであるとして見積もられていた抵抗値を大きく改訂した。このことは超音速領域に比較して亜音速領域では抵抗力が1桁から2桁小さくなることを意味する。 以上により、銀河団中を運動する銀河にはたらく抵抗力は、銀河の運動速度が音速程度の時にもっとも大きく、亜音速になると激減することがわかった。この抵抗力による銀河の減速の時間スケールは、銀河団の中心部に位置する巨大銀河(質量〜1012)の場合、宇宙年齢程度になることもわかった。この抵抗力は観測される銀河団の速度分散を説明するのに適切な値である。これは、音速程度で運動する巨大銀河に働く抵抗力は無視できないことを意味する。 以上の知見、とりわけ亜音速の場合の抵抗力の一般的な関係式の導出は、重要な新しい知見であり、関連分野の研究の今後の発展に寄与するところ大である。 したがって、大野洋介氏は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。 |