原始惑星系円盤は、太陽質量程度の前主系列星であるTタウリ型星の周りに観測されるガスとダストからなる円盤である。その質量および半径が、我々の太陽系を形成したとされる原始太陽系星雲と類似していることから、惑星形成の現場となると考えられている。原始惑星系円盤の進化を解明することは、惑星系がどのような条件のもとで形成されるのかを明らかにする上で必須であるのは当然であるが、最終的に星を構成する物質の相当部分が円盤を通じて星へ降着するので、星形成の観点からも重要な問題となっている。原始惑星系円盤の進化を決定づけている要因は角運動量輸送のメカニズムである。これまでにも、(1)乱流粘性、(2)重力トルク、(3)磁気トルク、(4)密度波の伝播と衝撃波による散逸、などが提案されている。これらのメカニズムが、どのような条件のもとで、どの程度有効であるのかを定量的に評価することが、原始惑星系円盤の進化を明らかにする上での中心的課題である。 星を形成するもととなる分子雲コアが重力収縮する過程は、半解析的な手法および数値流体シミュレーションによって研究されているが、それらによると、中心星の周りに自己重力的な円盤が形成される場合が多い。このような円盤では、非軸対称の重力不安定性によって渦巻状の密度波が励起され、重力トルクが働くと予想される。すなわち、原始惑星系円盤では、その進化の初期においては、重力トルクが最も重要な角運動輸送のメカニズムとなる可能性がある。 我々は、原始惑星系円盤において非軸対称の重力不安定性が成長し、角運動量輸送が起こる過程を、線型安定性解析および数値流体シミュレーションを行なって調べた。その際、円盤は無限に薄いという近似を用い、2次元問題とした。他の研究グループによって2次元および3次元のシミュレーションもいくつか行なわれているが、重力不安定性の成長による衝撃波の発生をも扱うことができるのは我々の計算が初めてである。ここで用いた流体コードは、我々が独自に開発したもので、HartenのENOスキームを2次元化したものである。1次元および2次元の標準的なテスト問題を行ない、十分な精度が得られることを確認した。 最初に、比較的簡単な初期条件のもとで、シミュレーションの結果を線型解析の結果と比較し、不安定性の線型成長段階では両者が良く一致することを確かめた。その後、円盤の質量と温度をパラメータとし、幅広いパラメータ範囲についてシミュレーションを行なった。円盤の質量は、系全体の質量の0.1から0.3倍までを考えた。その結果、次のようなことがわかった。 ToomreのQ値の円盤内での最小値Qminがおよそ1.3よりも小さい場合、m=2のモードが成長し、衝撃波の形成に至る。ここで、mは角度方向の波数である。重力不安定性が非線型成長して衝撃波が形成されるということは、これまで示されていなかった。重力トルクとともに、衝撃波が散逸することによっても角運動量の輸送が起こり、円盤の面密度分布は急激に変化する。また、衝撃波が生じたことにより円盤の温度は約2倍程度上昇し、このことが円盤を重力不安定性に対して安定化する。図1は、円盤の面密度の等高線を時間を追って描いたものである。時間の単位は、図1で半径が1のところのケプラー回転の周期が2になるように規格化している。 図1 円盤の面密度の時間変化を等高線で示したもの。Qmin1.3で、強い衝撃波が生じる場合である。時間の単位は、半径が1でのケプラー回転の周期が2である。m=2の不安定が成長するが、時刻t=50に近くなると不安定モードは減衰してしまっている。 しかし、Qminがおよそ1.5よりも大きい場合には、衝撃波は発生しないか、または発生してもごく弱い。線型成長の段階では、m=1とm=2のモードが同程度の振幅を持っているが、非線型段階ではm=1のモードが卓越する。また、円盤の温度は、円盤の外側部分でやや上昇する。 次に、重力トルクによる進化と、粘性を用いた粘性降着円盤の進化を比較した。衝撃波の発生を伴う場合には、重力不安定性による進化は粘性による拡散過程とは全く異なっているが、衝撃波を伴わない場合には定性的な比較が可能である。図2は、Qminがおよそ2の場合について、角度方向に平均化した面密度分布の時間変化を、モデルと比較したものである。面密度分布のピークを比較する限りにおいて、重力トルクは=10-3程度の角運動量輸送効率を持っているといえる。 図2 角度方向に平均化した面密度の時間変化と、モデルとの比較。Qmin2の場合である。白丸は初期の面密度分布、黒三角はt=50での角度方向に平均化した面密度分布である。 さらに、重力不安定性による質量降着率を評価すると、Qminが1.3以下のときには10-6yr-1程度、Qminが1.5よりも大きい時は10-7yr-1程度であることがわかった。これらの値は、古典的Tタウリ型星の周りの円盤における質量降着率と同程度である。さらに、円盤の温度分布は、不安定性による大局的なエネルギー輸送のために、定常な粘性降着円盤モデルが予言するよりも円盤の外側で温度が高くなる。実際、これは古典的Tタウリ型星の周りの円盤の多くが示す性質である。 また、原始星候補天体L1551 IRS5は、同じ星形成領域の他の原始星候補天体と比べて約10倍の光度を持ち、その周りに重い円盤が存在することも示唆されている。L1551 IRS5の高い光度も、円盤の重力不安定性によって説明できる可能性がある。 |