学位論文要旨



No 111673
著者(漢字) 菊地,信弘
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,ノブヒロ
標題(和) 原子惑星系円盤における重力不安定性と質量降着
標題(洋) Gravitational Instabilities and Mass Accretion in Protoplanetary Disks
報告番号 111673
報告番号 甲11673
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3037号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾崎,洋二
 国立天文台 教授 観山,正見
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京大学 助教授 柴橋,博資
内容要旨

 原始惑星系円盤は、太陽質量程度の前主系列星であるTタウリ型星の周りに観測されるガスとダストからなる円盤である。その質量および半径が、我々の太陽系を形成したとされる原始太陽系星雲と類似していることから、惑星形成の現場となると考えられている。原始惑星系円盤の進化を解明することは、惑星系がどのような条件のもとで形成されるのかを明らかにする上で必須であるのは当然であるが、最終的に星を構成する物質の相当部分が円盤を通じて星へ降着するので、星形成の観点からも重要な問題となっている。原始惑星系円盤の進化を決定づけている要因は角運動量輸送のメカニズムである。これまでにも、(1)乱流粘性、(2)重力トルク、(3)磁気トルク、(4)密度波の伝播と衝撃波による散逸、などが提案されている。これらのメカニズムが、どのような条件のもとで、どの程度有効であるのかを定量的に評価することが、原始惑星系円盤の進化を明らかにする上での中心的課題である。

 星を形成するもととなる分子雲コアが重力収縮する過程は、半解析的な手法および数値流体シミュレーションによって研究されているが、それらによると、中心星の周りに自己重力的な円盤が形成される場合が多い。このような円盤では、非軸対称の重力不安定性によって渦巻状の密度波が励起され、重力トルクが働くと予想される。すなわち、原始惑星系円盤では、その進化の初期においては、重力トルクが最も重要な角運動輸送のメカニズムとなる可能性がある。

 我々は、原始惑星系円盤において非軸対称の重力不安定性が成長し、角運動量輸送が起こる過程を、線型安定性解析および数値流体シミュレーションを行なって調べた。その際、円盤は無限に薄いという近似を用い、2次元問題とした。他の研究グループによって2次元および3次元のシミュレーションもいくつか行なわれているが、重力不安定性の成長による衝撃波の発生をも扱うことができるのは我々の計算が初めてである。ここで用いた流体コードは、我々が独自に開発したもので、HartenのENOスキームを2次元化したものである。1次元および2次元の標準的なテスト問題を行ない、十分な精度が得られることを確認した。

 最初に、比較的簡単な初期条件のもとで、シミュレーションの結果を線型解析の結果と比較し、不安定性の線型成長段階では両者が良く一致することを確かめた。その後、円盤の質量と温度をパラメータとし、幅広いパラメータ範囲についてシミュレーションを行なった。円盤の質量は、系全体の質量の0.1から0.3倍までを考えた。その結果、次のようなことがわかった。

 ToomreのQ値の円盤内での最小値Qminがおよそ1.3よりも小さい場合、m=2のモードが成長し、衝撃波の形成に至る。ここで、mは角度方向の波数である。重力不安定性が非線型成長して衝撃波が形成されるということは、これまで示されていなかった。重力トルクとともに、衝撃波が散逸することによっても角運動量の輸送が起こり、円盤の面密度分布は急激に変化する。また、衝撃波が生じたことにより円盤の温度は約2倍程度上昇し、このことが円盤を重力不安定性に対して安定化する。図1は、円盤の面密度の等高線を時間を追って描いたものである。時間の単位は、図1で半径が1のところのケプラー回転の周期が2になるように規格化している。

図1 円盤の面密度の時間変化を等高線で示したもの。Qmin1.3で、強い衝撃波が生じる場合である。時間の単位は、半径が1でのケプラー回転の周期が2である。m=2の不安定が成長するが、時刻t=50に近くなると不安定モードは減衰してしまっている。

 しかし、Qminがおよそ1.5よりも大きい場合には、衝撃波は発生しないか、または発生してもごく弱い。線型成長の段階では、m=1とm=2のモードが同程度の振幅を持っているが、非線型段階ではm=1のモードが卓越する。また、円盤の温度は、円盤の外側部分でやや上昇する。

 次に、重力トルクによる進化と、粘性を用いた粘性降着円盤の進化を比較した。衝撃波の発生を伴う場合には、重力不安定性による進化は粘性による拡散過程とは全く異なっているが、衝撃波を伴わない場合には定性的な比較が可能である。図2は、Qminがおよそ2の場合について、角度方向に平均化した面密度分布の時間変化を、モデルと比較したものである。面密度分布のピークを比較する限りにおいて、重力トルクは=10-3程度の角運動量輸送効率を持っているといえる。

図2 角度方向に平均化した面密度の時間変化と、モデルとの比較。Qmin2の場合である。白丸は初期の面密度分布、黒三角はt=50での角度方向に平均化した面密度分布である。

 さらに、重力不安定性による質量降着率を評価すると、Qminが1.3以下のときには10-6yr-1程度、Qminが1.5よりも大きい時は10-7yr-1程度であることがわかった。これらの値は、古典的Tタウリ型星の周りの円盤における質量降着率と同程度である。さらに、円盤の温度分布は、不安定性による大局的なエネルギー輸送のために、定常な粘性降着円盤モデルが予言するよりも円盤の外側で温度が高くなる。実際、これは古典的Tタウリ型星の周りの円盤の多くが示す性質である。

 また、原始星候補天体L1551 IRS5は、同じ星形成領域の他の原始星候補天体と比べて約10倍の光度を持ち、その周りに重い円盤が存在することも示唆されている。L1551 IRS5の高い光度も、円盤の重力不安定性によって説明できる可能性がある。

審査要旨

 本論文は、若い星の星周円盤である原始惑星系円盤における、自己重力不安定性を解析したものである。円盤内で非軸対称の重力不安定性が成長し、角運動量輸送が起こる過程を、線型安定性解析、および、数値流体シミュレーションを実行して調べたものである。論文は、4つのパートから構成されている。最初は、原始惑星系円盤の観測的現状と理論的モデル、及び、残された問題点が指摘されている。特に、円盤の進化を決めている角運動量の輸送過程について、問題提起がなされた。次に、中心星の重力と円盤の自己重力、並びに、圧力勾配と遠心力で釣り合った平衡形状を用意して、その線形安定性を調べている。様々なモデルパラメータについて、安定性が調べられ、その結果がまとめられている。続いて、この線形計算の結果を踏まえて、平衡形状である円盤を初期値として、その進化を数値解析した結果が示されている。この非線型計算によって、ゆらぎの振幅が決定され、これから、円盤に現れる非軸対称スパイラルモードによって、いかに角運動量が再配分されたかを、定量的に求めた。最終の部分では、得られた結果を、原始星やTタウリ型星初期の星周円盤に適用して、円盤内に於ける質量降着率を観測と比較するなど、様々な議論を展開している。

 原始惑星系円盤は、太陽質量程度の前主系列星であるTタウリ型星の周りに観測される、ガスとダストからなる円盤である。その質量および半径が、我々の太陽系を形成したとされる原始太陽系星雲と類似していることから、惑星形成の現場となると考えられている。原始惑星系円盤の進化を解明することは、惑星系が、どのような条件のもとで形成されるのかを、明らかにする上で必須である。それだけでなく、最終的に星を構成する物質の相当部分が、円盤を通じて星へ降着するので、星形成の観点からも、重要な問題となっている。この意味で本論文の意義は高いと言える。

 非線型解析については、他の研究グループによって、2次元、および、3次元のシミュレーションが、いくつか行なわれている。しかし、重力不安定性の成長による衝撃波の発生をも扱うことができるのは、ここで示された計算が初めてである。用いた流体コードは、本人が独自に開発したもので、HartenのENOスキームを、2次元化したものである。1次元および2次元の標準的なテスト問題を行ない、十分な精度が得られることを確認している。

 最初に、出願者は、比較的簡単な初期条件のもとで、シミュレーションの結果を、線型解析の結果と比較した。不安定性の線型成長段階では、両者が良く一致することを確かめている。その後、円盤の質量と温度をパラメータとし、幅広いパラメータ範囲について、シミュレーションを実行した。円盤の質量は、系全体の質量の0.1から0.3倍までを調べ、以下のような結果を得ている。まず、銀河などの安定性の解析のためよく使われるToomreのQ値の、円盤内での最小値をQminと定義する。それが、およそ1.3よりも小さい場合、m=2(mは角度方向の波数)の非軸対称モードが成長して、衝撃波の形成に至ることを明らかにした。重力不安定性が非線型成長して、衝撃波が形成されるということは、この様な問題では、これまで示されていなかった点で、この論文の重要なポイントである。重力トルクとともに、衝撃波が散逸することによっても、角運動量の輸送が起こり、円盤の面密度分布は急激に変化する事を示した。また、衝撃波が生じたことにより、円盤の温度は、約2倍程度上昇し、このことが、円盤を重力不安定性に対して安定化することを発見した。これは、この研究によって初めて示された結果であり、円盤の進化を考える上で、考慮すべき重要なプロセスである。一方Qminがおよそ1.6よりも大きい場合には、衝撃波は発生しないか、または発生してもごく弱いことも示された。

 次に、重力トルクによる進化を、粘性を用いた粘性降着円盤の進化と比較した。衝撃波の発生を伴う場合には、重力不安定性による進化は、粘性による拡散過程とは全く異なっていた。一方、衝撃波を伴わない場合には、定性的な比較が可能であることがわかった。つまり、重力不安定性のため生じた非軸対称モードによる角運動量輸送を、それと等価な粘性で記述できるということである。Qminがおよそ2の場合について、重力トルクは、=0.001程度の角運動量輸送効率を持っていると求められた。さらに、重力不安定性による質量降着率を評価している。Qminが1.3以下のときには、10-6/yr程度、Qminが1.6よりも大きい時は、10-7/yr程度以下であることが示されている。これらの値は、古典的Tタウリ型星の星周円盤における質量降着率と同程度である。

 また、原始星末期の天体であると考えられているHL Tauでは、原始星外層から円盤への5×10-6/yr程度の質量降着が観測されている。この値は、重力不安定性によって可能な、円盤内での質量降着率の上限値と同程度である。このことから、重力不安定性による角運動量の輸送効率が、原始星末期での円盤の質量を、決定していることになるという興味深い議論を展開している。

 これらの結果から、直ちに原始惑星系円盤の進化、特に、角運動量過程のメカニズムを解明した、との結論に結びつけることは難しいが、この論文が契機となって、理論的研究が本格化するものと思われる。

 審査会は、平成8年2月2日、審査委員全員出席の元に、公開で発表会が行われた。まず出願者による論文内容の発表を1時間行い、引き続き審査委員による質疑を20分程度行った。次に、非公開の審査会に移り、出願者と専門的な深いレベルでの質疑が行われた。審査委員からは、いくつかの質問や問題点の指摘がなされたが、それに対する出願者の答は適切であった。指摘のいくつかについては、学術雑誌に投稿する論文において、反映した方が良いと考えられるものもあった。

 最終的に、出願者は、天文学において、博士(理学)の学位を受けるにふさわしい学識を持つものと認められ、審査委員全員により審査合格と判定した。

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