本論文(論文題名:デイープクリーン法の野辺山電波ヘリオグラフへの適用および極冠増光の観測とそのコロナホールとの関連に関する研究)は題名の通り、新しい高精度の画像再生法を適用して、その評価を行い、得られた画像から極冠増光の性質を明らかにし、そのコロナホールとの関連を調べたものである。新しい画像再生法の有効性は極めて高く、得られた画像はこれまでのものに比べて格段に優れている。従って、極冠増光現象も新こく、そのコロナホールとの関係も新しい研究テーマである。 電波ヘリオグラフはいわゆる電波干渉計の一種である。電波干渉計で観測した「生の画像」は必ずしも「きれい」な高品質の画像ではなく、「乱れた」或いは「汚れた」画像(dirty map)と呼ばれている。「乱れた」画像を「きれい」にすることは電波天文ではCLEAN法と呼ばれ、特に高品質の画像を得る方法をDEEP CLEAN法と呼ぶ。従って、DEEP CLEAN法の研究は画像処理或いは情報処理における主要かつ重要な部分である。 CLEAN法は観測して得られたdirty mapから原像の画像構成に分解した後に、画像を再生する手法である。古典的なCLEAN法はヘークボム(1974)に提案され、現在も広く使われている。この手法は原像は点原から構成されていると仮定して、1)dirty mapから最大値を探して、2)そこに点源をおき、3)dirty beamを当てはめて引き去るという三段階から構成されている。1)2)3)のステップはループにして、3)のステップではloop gainを設けて、一度にdirty beamを引き去るということはしないで、0.1から0.01程度の値を設定して、ループを繰り返すという手順をとって、ある種の安定化を図っている。 古典的CLEAN法は電波干渉計の分解能が低かった時代、あるいは、電波源が点源から構成されているという近似が良く成り立つという状況では、有効であることが知られている。しかし、同時に、「拡がった」電波源が存在する場合には、それらがブツプツに切れて再生され、正確な像が再現出来ないことも知られている。電波ヘリオグラフでは原像が点源であるという仮定はやめて、ある幅を持ったガウス空間分布も持つと仮定して、その幅を推定している。従って、2)はガウス輻を推定して、3)dirty beamを掛け合わせて(畳み込み:convolve)引き去るという改定版を使用している。 論文提出者は更に新しいCLEAN法を検討した。即ち、dirty mapから「拡がった」原像構成要素を推定する手法としてSteerアルゴリズム(1984)を採用した。Steerアルゴリズムは主ビームを評価し、主ビームの素直な部分を利用すれば、「拡がった」構成要素を推定することが出来るだろうというものである。つまり、主ビームの素直な部分がピークからどれ程かを決め(trim level)1)dirty mapのピークからtrim levelで切り、2)その切り口を「拡がった」構成要素と推定する。3)その切り口とdirty beamとの畳み込みをdirty mapから引き去るという三段階がSteerアルゴリズムに基づくCLEAN法である。論文提案者はtrim levelの評価、loop gainの評価等を電波ヘリオグラフのデータに即して行った。その結果、観測データに内在する受信機雑音等によるノイズの3倍程度までCLEANすることが出来ることを実証した。因に、従来のガウス空間分布法ではこの値は30倍である。つまり、Steerアルゴリズムが拡がった電波源を装置の限界近くまで再生する最も優れた方法であることを証明したのである。 また、この新しい画像再生法により得られた高品質画像を駆使して、極域に見られる増光について新たな構造的な発見をした。輝度温度1000度程度の台地状に拡がった構造は従来から知られていたが、それに加えて、2000度程度のパッチ状の構造があることが見い出された。台地状の構造は時には極域から低緯度領域に伸びていることが見られた。事例は少ないが、コロナホールと対応する場合としない場合があることが分かった。また、台地状の極域増光は太陽活動とは反相関の傾向を持つことが知られているが、このことは期間は短いが、多数のデータで再確認出来た。 このように提出者の開発した新しい画像再生法によりこれまで再現することが出来なかった彩層の構造、コロナ構造の薄く拡がった映像を見ることが出来るようになった。このことの意義は太陽電波天文学、電波天文学、太陽物理学等の分野で極めて大きい。また、極域増光については新しい構造を発見し、今後の研究の道を開いた。これらの諸点を高く評価して、審査委員全員一致して、本論文が博士(理学)の学位を受けるにふさわしいものと判定した。 |