学位論文要旨



No 111674
著者(漢字) 越石,英樹
著者(英字)
著者(カナ) コシイシ,ヒデキ
標題(和) ディープクリーン法の野辺山電波ヘリオグラフへの適用及び極冠増光の観測とそのコロナホールとの関連に関する研究
標題(洋) A Deep-CLEAN Imaging Method applied to the Nobeyama Radioheliograph and Observations of Polar-Cap Brightenings and their association with Coronal Holes
報告番号 111674
報告番号 甲11674
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3038号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京大学 教授 えの目,信三
 国立天文台 助教授 森田,耕一郎
 東京大学 教授 小杉,健郎
 東京大学 助教授 常田,佐久
内容要旨 緒言

 国立天文台野辺山太陽電波観測所の電波へリオグラフは太陽観測専用の電波干渉計であり、これまでにない高い時間的及び空間的分解能での連続的な観測を可能にした。観測周波数17GHzでの輝度温度は約1万度で、これは彩層の温度に相当する。1992年6月下旬の定常観測開始以来、磁気ループ間の相互作用やプロミネンス放出の電波による連続観測、また強く偏波した電波源やフレアに於ける熱的、非熱的成分の関係等、幾つかの興味深い成果が報告されている。ヘリオグラフは太陽フレアの物理過程解明をその主たる目標に最適化設計が行われ、フレアを解析するに十分な画質の2次元像を得るために必要な条件を、各装置及び処理手法が満たしていることが、観測開始後の初期段階で報告されている。

 一方ヘリオグラフはフレアのみならず、彩層輝度より低輝度の構造についても「観測」をしているが、実際に処理された画像にははっきりと「表示」されていない。これらは彩層の構造が見えていることもあるが、コロナが見えている可能性もある。本論文ではこれら低輝度構造物を解析する際のヘリオグラフに於ける画像再生上の問題点及び改良点、またこれにより明らかになった諸現象の内、特に太陽の極冠増光の性質と、そのコロナホールとの関係について述べる。さらに他の諸現象については画像を示して、簡潔に紹介する。

電波ヘリオグラフ

 電波ヘリオグラフは東西約490m、南北約220mのT字型に配列した84台のアンテナから成り、視野は太陽全面を捕らえるに十分な40分角、空間分解能及び時間分解能はそれぞれ約10秒角、50ミリ秒である。観測量は輝度分布の空間周波数成分であり、3486組のアンテナ対から複素相互相関値が出力される。これらを空間周波数空間上のグリッド点に配置してフーリエ変換で画像を得た後、CLEAN法を用いてサイドローブ応答の影響を除いている。この一連の処理は画像再生と呼ばれている。ヘリオグラフ画像の1画素は4.91秒角である。これはナイキスト条件(7.44秒角)を満たしており、また、陽光衛星の軟X線画像の画素にも合わせてある。

 ヘリオグラフでは以下の2つの理由から独自の自己較正法を採用している。広い視野を確保するために口径80cmの素子アンテナを用いたことに加えて、受信機雑音温度と帯域幅の制約から、宇宙電波観測で通常較正用に用いられている天体を観測することはできない。また、較正のために太陽観測を中断したくないということがある。太陽フレアはいつ発生するか予測できず、また連続的な観測が必要だからである。ヘリオグラフで用いられている較正法は、「同じ基線ベクトルで結ばれるアンテナ対からの相関出力は同じである」という原理に基づいている。ヘリオグラフのアンテナ配列は東西、南北方向とも高い冗長性を持っており、この冗長度の最小二乗解を求めることにより複素利得較正を行っている。

 ヘリオグラフに於けるサイドローブ応答の除去には従来のCLEAN法を改良した処理法が用いられている。太陽の輝度分布は大きく広がった太陽円盤、幾つかのハロー成分、及び多数の局在コアー成分とからなっている。信頼性の向上と処理の効率化のために円盤成分とハロー及びコアー成分に関してはそれぞれ、(可視光による太陽半径)×1.0125を半径とする真円盤、空間的にガウス分布を仮定したモデル電波源を用い、円盤成分については一度に、ハロー及びコアー成分についてはループゲイン0.02で処理を行っている。

画像処理

 ヘリオグラフ画像に於いて低輝度構造物を解析する場合、画像上のノイズレベルと電波源の位置精度について、評価、改良を行う必要がある。

1.ノイズレベル

 較正前の各相関器出力に影響を与える誤差要因は、個々のアンテナの出力信号に起因する部分と個々の相関器の出力信号に起因する部分とがある。前者は上述の複素利得較正によって取り除くことができるが、後者は取り除くことができず、較正後の相関値に残留する。後者に該当する主たる要因が画像上に生じさせるノイズを見積もるために、モデル画像を用いて計算機実験を行った。その結果画像上のノイズの標準偏差は、太陽上の静穏領域の輝度温度1万度に対して、200〜300度であることが分かった。また、CLEAN法で処理される電波源の輝度の下限には標準偏差の3〜5倍が良いことが分かった。実際には画像上のノイズレベルはさらに低いと考えられる。これはCLEAN法には周囲のノイズをクリーンポイントに集中させる傾向が見られるからである。そのためノイズの集中が生じている点以外では、実際のノイズ量はさらに低くなる。

2.電波源の位置精度

 ヘリオグラフは自己較正法を用いているため画像中での電波源の絶対位置が求められず、位置は円盤成分を参照して相対的に決められている。1画像毎に行われている位置決めには不確定性が見られ、電波源の時間的変化を解析する際これは大きな妨げになる。電波源の位置の不確定性が生じる原因として考えられるのは1)円盤成分の中心位置の見積もり誤差、及び2)静穏時には高空間周波数領域の振幅が小さいため信号雑音比が悪くなり、そのために自己較正法で生じる高空間周波数成分の位相誤差、である。

 1)については当初、計算時間節約のため1画素単位で位置評価を行ってきたが、計算機実験の結果10分の1画素単位で評価を行うことによって電波源の位置の不確定性は数分の1画素程度改善されることが分かった。2)については1)の処理を経た画像に対して時間積分を行うことによって改善を行った。時間積分はアンテナ配列の観測天体に対する回転が空間周波数空間上のグリッド点間隔の数分の1という条件を満たす範囲で有効であり、20秒程度以下でなければならない。通常は1秒間の積分が行われているが、積分時間として10秒を選択した結果、電波源の位置の不確定性に2分の1画素程度の改善が見られた。1)及び2)により電波源の位置は、太陽が静穏な場合に於いて1画素以下の精度に安定することが分かった。

極冠増光とコロナホール

 極冠増光を解析するに当たって、広がった電波源に対応する新たなCLEAN法を導入した。また極域外にある電波源からのサイドローブ応答の影響を避けるために極域にCLEAN BOXを置き、先にBOXの外側の電波源によるサイドローブ応答の影響を除いた後BOX内での処理を行った。さらに高空間周波数成分の位相誤差による縞構造の影響を避けるため、空間分解能は僅かに低下するが、空間周波数空間上に於いて低周波透過フィルターを用いた。

 太陽面緯度で約60度前後から高緯度の極冠部分全体は、静穏な太陽円盤の輝度温度から約1000度以上高い輝度温度を持つ領域で覆われている。さらに2000以上度高い幾つかの台地状の構造物が緯度80度以上に点在している。一方極域から中緯度にかけて500〜1000度の輝度を持つプラトー状の構造が延びていることがある。

 極冠増光は太陽活動周期に対して逆相関ではないかという観測がある。解析が行われた1992年7月から1995年6月の期間は第22太陽極大期の減衰期に当たる。北極域に於いては、1000度以上の領域の面積、境界とも顕著に増加、低緯度化傾向を示し、この観測と矛盾しない。これらの傾向は太陽活動周期が進行するにつれて緩やかになっている。一方南極域では僅かにこれらの傾向を示すが、観測期間を通じ活発な状態が続いている。これは第22極大期に於ける極域での磁極性反転の様子が、両極で異なっていたためとも考えられる。両極での様相の違いは過去の周期中に於いても報告されている。一方最高輝度温度に関しては特に傾向は見られなかった。

 中緯度まで延びているプラトー状の構造は軟X線画像との比較からコロナホールに対応していることが分かった。しかし全てのコロナホールにプラトー状の増光が付随しているわけではない。このことは、コロナホールには短センチ波帯での増光が付随する物とそうでない物の2種類があることを示している。

 辺縁増光が1000度程度であるのに対し、台地状の極冠増光は2000度以上ある。またコロナホールに付随する増光は500〜1000度程度である。このように3者の輝度温度には違いがあり、それぞれが異なった機構に起因していると推察される。極域磁場及び極域白斑は共に太陽活動と逆相関であることが観測で示されており、極冠増光を生じさせる大気構造には極域磁場が強く関係していると考えられる。一方、極域のコロナホールも太陽活動と逆相関であると報告されているが、極冠増光とコロナホールには必ずしも相関がない。このことからもコロナホールに付随した増光は極冠増光とは異なった機構に依っていると考えるのが自然である。

展望

 画像再生法の評価、改良により、電波ヘリオグラフ画像は太陽彩層及びコロナに於ける低輝度構造物の解析の強力な手法となることが示された。しかし特に空間周波数成分の位相誤差の影響については深刻であり、画質劣化の大きな要因となっている。現行の複素利得較正法の改良及び新たな較正法の導入によりさらに画質が改善され、太陽彩層及びコロナの現象の理解が進むと期待される。

審査要旨

 本論文(論文題名:デイープクリーン法の野辺山電波ヘリオグラフへの適用および極冠増光の観測とそのコロナホールとの関連に関する研究)は題名の通り、新しい高精度の画像再生法を適用して、その評価を行い、得られた画像から極冠増光の性質を明らかにし、そのコロナホールとの関連を調べたものである。新しい画像再生法の有効性は極めて高く、得られた画像はこれまでのものに比べて格段に優れている。従って、極冠増光現象も新こく、そのコロナホールとの関係も新しい研究テーマである。

 電波ヘリオグラフはいわゆる電波干渉計の一種である。電波干渉計で観測した「生の画像」は必ずしも「きれい」な高品質の画像ではなく、「乱れた」或いは「汚れた」画像(dirty map)と呼ばれている。「乱れた」画像を「きれい」にすることは電波天文ではCLEAN法と呼ばれ、特に高品質の画像を得る方法をDEEP CLEAN法と呼ぶ。従って、DEEP CLEAN法の研究は画像処理或いは情報処理における主要かつ重要な部分である。

 CLEAN法は観測して得られたdirty mapから原像の画像構成に分解した後に、画像を再生する手法である。古典的なCLEAN法はヘークボム(1974)に提案され、現在も広く使われている。この手法は原像は点原から構成されていると仮定して、1)dirty mapから最大値を探して、2)そこに点源をおき、3)dirty beamを当てはめて引き去るという三段階から構成されている。1)2)3)のステップはループにして、3)のステップではloop gainを設けて、一度にdirty beamを引き去るということはしないで、0.1から0.01程度の値を設定して、ループを繰り返すという手順をとって、ある種の安定化を図っている。

 古典的CLEAN法は電波干渉計の分解能が低かった時代、あるいは、電波源が点源から構成されているという近似が良く成り立つという状況では、有効であることが知られている。しかし、同時に、「拡がった」電波源が存在する場合には、それらがブツプツに切れて再生され、正確な像が再現出来ないことも知られている。電波ヘリオグラフでは原像が点源であるという仮定はやめて、ある幅を持ったガウス空間分布も持つと仮定して、その幅を推定している。従って、2)はガウス輻を推定して、3)dirty beamを掛け合わせて(畳み込み:convolve)引き去るという改定版を使用している。

 論文提出者は更に新しいCLEAN法を検討した。即ち、dirty mapから「拡がった」原像構成要素を推定する手法としてSteerアルゴリズム(1984)を採用した。Steerアルゴリズムは主ビームを評価し、主ビームの素直な部分を利用すれば、「拡がった」構成要素を推定することが出来るだろうというものである。つまり、主ビームの素直な部分がピークからどれ程かを決め(trim level)1)dirty mapのピークからtrim levelで切り、2)その切り口を「拡がった」構成要素と推定する。3)その切り口とdirty beamとの畳み込みをdirty mapから引き去るという三段階がSteerアルゴリズムに基づくCLEAN法である。論文提案者はtrim levelの評価、loop gainの評価等を電波ヘリオグラフのデータに即して行った。その結果、観測データに内在する受信機雑音等によるノイズの3倍程度までCLEANすることが出来ることを実証した。因に、従来のガウス空間分布法ではこの値は30倍である。つまり、Steerアルゴリズムが拡がった電波源を装置の限界近くまで再生する最も優れた方法であることを証明したのである。

 また、この新しい画像再生法により得られた高品質画像を駆使して、極域に見られる増光について新たな構造的な発見をした。輝度温度1000度程度の台地状に拡がった構造は従来から知られていたが、それに加えて、2000度程度のパッチ状の構造があることが見い出された。台地状の構造は時には極域から低緯度領域に伸びていることが見られた。事例は少ないが、コロナホールと対応する場合としない場合があることが分かった。また、台地状の極域増光は太陽活動とは反相関の傾向を持つことが知られているが、このことは期間は短いが、多数のデータで再確認出来た。

 このように提出者の開発した新しい画像再生法によりこれまで再現することが出来なかった彩層の構造、コロナ構造の薄く拡がった映像を見ることが出来るようになった。このことの意義は太陽電波天文学、電波天文学、太陽物理学等の分野で極めて大きい。また、極域増光については新しい構造を発見し、今後の研究の道を開いた。これらの諸点を高く評価して、審査委員全員一致して、本論文が博士(理学)の学位を受けるにふさわしいものと判定した。

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