学位論文要旨



No 111675
著者(漢字) 坂本,和
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,カズシ
標題(和) 渦状銀河中心領域の分子ガス観測
標題(洋) Observations of Molecular Gas in the Central Regions of Spiral Galaxies
報告番号 111675
報告番号 甲11675
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3039号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 中田,好一
 国立天文台 教授 石黒,正人
 東京大学 助教授 川辺,良平
内容要旨

 渦状銀河中で分子ガスがどのように分布し運動するかを理解することは,分子ガスが星形成の直接の原料であり活動銀河中心核の燃料でもあるため,渦状銀河の進化と活動現象を考える上で重要なステップである.そして渦状銀河の中心領域におけるガスダイナミクスを明らかにし同領域中の活動現象(星形成および活動銀河中心核)とガスダイナミクスの関係を探るという目的のために現在最も有力な方法は,近傍渦状銀河の中心領域をミリ波干渉計を用いてCO J=1-0輝線で観測することである.このような観測は10年ほど前から可能になったものであるが,観測装置性能の制約のために観測例は多くはなく(normalな近傍渦状銀河が十分な空間分解能で観測された例は10余しかない),様々な形態を示す渦状銀河の全体像が得られているとは言いがたい状況である.そこで,このような状況を打開するために,野辺山ミリ波干渉計を用いてnormalな近傍渦状銀河のみに的を絞ったCOJ=1-0の高分解能観測を行った.

 観測されたガス構造は,銀河のバーの強さ,アームの強さ,爆発的星形成の進化段階など,数多くのパラメータによって様々な様相を示すため,これを一つの枠組みで統一的に解釈しようとすることは現実的ではない.そこで,本論文では,渦状銀河中心領域で見いだされる様々な構造のうち,特に3つの特徴的な要素を抜き出して考察し,それぞれを解析する手法と解釈の枠組みを構築するというアプローチをとっている.

 第一の要素,銀河中心領域のcircum nuclear spiral構造を持つ銀河として,M100を取り上げた.銀河中心領域のガスは星の作る重力場にしたがって運動しているため,ガスダイナミクスを理解するためにはガスと星の分布を同時に観測する必要がある.そこで,CO輝線に加えて星の質量分布をよくトレースする近赤外光の観測も行った.CO観測を行ったM100の中心5kpcの領域内には,顕著な二本のガス渦状腕構造(nuclear spiral arms)が,赤外でのみ顕著に見える長さ1kpcほどの星の棒状構造(nuclear bar)の両端から伸びている.nuclear spiral armsの内側,銀河中心の半径120pc以内には大量の分子ガスが集中しており,その質量は3×108と推定された.また,ガスの速度場はアームの位置で円運動からの顕著なズレを示した.

 以上の観測結果を次のように解釈した.M100では星の棒状分布が観測されたため,銀河円盤内のガスダイナミクスは基本的には2回対称のバー構造によるガスの回転運動への摂動問題として扱える.Wada(1994,PASJ,46,165)による解析的扱いによれば,ガス雲(粒子として考える)の軌道は楕円となり,その長軸の向きが半径と共に変化する.この向きの変化は共鳴(ガス粒子の平衡軌道の周りの単振動と,バーによる周期的な摂動との共鳴であるInner Lindblad Resonance)の半径付近で急速に起こり,そのためILR共鳴半径付近には軌道の密集した領域が二本のスパイラル状に生じ,そこでの速度場が特徴的な歪みを示すことになる.観測されたスパイラル構造とそこでの速度場の歪みは,以上の解釈に基づく解析的なモデル,およびそれを精密化した数値シミュレーション(Wada & Habe 1992,MNRAS,258,82)によって再現された.

 さらにガスの中心集中のメカニズムは次のように考察した.一般にILR共鳴半径の内側ではバーによるトルクがガスに角運動量を与える向きに働くので,この半径を越えてガスを銀河中心へ輸送することは困難である.そしてこのことが銀河中心核の活動性を維持するための燃料供給の問題点として,銀河内でのガスダイナミクスの議論の一つの焦点となってきた.ところが,M100ではIILR共鳴(一般に近接して二つ生じるILR共鳴のうち内側のもの)の内側の銀河中心に大量の分子ガスが見いだされた.このガス集中を説明するため,既存の数値シュミレーションによる研究(e.g.,Wada & Habe 1992)と観測とを比較検討した.その結果,ガスがいったんIILR共鳴半径のところに集中した際に,自己重力不安定を起こしていくつかのガス塊に分裂し,それらが相互に衝突しながらエネルギーと角運動量を失って中心へと落下したと考えられることが明らかになった.実際,観測されたガス量は自己重力不安定の条件を満たしている.

 M100の中心領域のガスダイナミクスと活動現象の関係については次のような議論を行った.M100の中心部には,hots potと呼ばれる活発な大質量星形成領域が銀河中心を取り巻いて存在する.観測された分子ガスの分布と比較した結果,hotspotは分子ガスのスパイラルに沿って存在していることが分かった.この領域は前述の考察で明らかになったように軌道が密集してショックが起こる領域であり,このような力学的な要因が盛んな星形成の引き金となっている可能性がある一方,銀河中心核の活動性については,過去の観測データの検討から,この銀河には存在しないかあったとしても非常に弱いことを見いだした.したがって,バーによる銀河中心核への燃料供給が半径100pc程度まで有効に働いた場合でも,顕著な銀河中心核の活動が観測されない例が見いだされたことになる.より中心でのガス輸送や銀河毎の中心の巨大ブラックホールの有無(あるいは大小)が活動銀河中心核が観測されるかどうかを左右する重要な要因であると考えられる.

 第二の要素,形状が軸対称に近く円運動を示すガスディスク,およびGMA(Giant Molecular Association)構造を持つ銀河として,NGC4414を取り上げた.NGC4414はnon-barred flocculent spiral galaxyであり,ガスの軌道運動を乱す要因が少ない.実際,観測されたガス分布はほぼ軸対称であり,速度場もほぼ円運動を示していた.また,ガスディスク中に直径400pc程度,質量約107の分子ガス塊(GMA)が散在していることが見いだされた.回転ガスディスクの局所重力不安定性条件を評価したところ,観測した範囲内のガスディスクは中心にある直径約1kpcの分子ガスホールを除いてほぼ全面で不安定発生の臨界状態にあることが分かった.不安定発生時に形成されるガス塊の質量(最も成長の速いモードから推定される)が観測されたGMAの質量と同程度であることも併せて考えると,観測されたGMAは銀河分子ガスディスクの自己重力不安定で生じたものと結論できる.GMAは従来spiral armの強い銀河でのみ検出されていたが,今回の観測例はarmの助けを受けずに形成されるdisk-GMAを初めて検出したものである.観測されたGMAのうちの二つは周囲に比べて特に大きな速度分散を示し,自己重力的に束縛されていない.この二つを含めてGMAの多くで大質量星形成が起こっており,また星形成が分子ガスの電離やoutflowや超新星爆発等で周囲の星間物質にGMAの重力束縛エネルギーと同程度のエネルギーを与え得ることから,二つのGMAは星形成の影響で散逸し始めているものと考えられる.以上の結果は,ガスディスクの重力不安定によるGMA形成,GMA内での星形成,星形成によるGMAの破壊,という一連の過程がフィードバックとして働いて銀河ガスディスクを臨界状態に保つという従来提唱されていた描像を観測的に支持するものである.今回観測されたGMAでは,一連のプロセスはseveral 107yrかかるものと推定される.

 第三の要素,銀河中心の1kpc以下の領域内に大量の分子ガスが集中した構造を持つ銀河として,NGC3368(M96)およびNGC4535を取り上げた.両銀河の分子ガス分布は,銀河中心の大きさ約0.5kpc(FWHM)の領域に観測した4-6kpcの範囲内の分子ガスの大半が存在するという,極端に中心集中したものとなっている.この領域内にある分子ガスの質量は,銀河系内のCO-H2換算率を当てはめれば両方の銀河とも約6×108という大きな値となり,この大量の分子ガスが両銀河の中心における星形成およびNGC3368のLiner中心核への原料・燃料の供給源となっている可能性が高い.ところでこのようなコンパクトな領域に集中したガス分布は,上記のM100を含めてこれまでにいくつかの系外銀河で見いだされているが,現在のミリ波干渉計で典型的に得られる数秒角の空間分解能をもってしてもその内部構造を分解することはできない.しかしながら,銀河中心から100pc以内でのガスダイナミクスや星形成,および活動銀河中心核への燃料供給を議論するためには,このコンパクトな領域内部での分子ガス空間分布や速度構造を知る必要がある.そこで,輝線観測で得られる詳細な速度情報を生かし,位置-速度図をモデルと比較することから内部構造を探ろうと試みた.その結果,回転曲線のturnoverの半径が観測の空間分解能の約1/2以上の場合は,輝線強度分布が中心にholeを持てば位置-速度図上のダブルピーク構造としてその存在を検出できることが分かった.銀河中心に分子ガス輝線のコンパクトなピークを持つ実際の銀河の観測結果を調べたところ,NGC 4535およびNGC 3504は中心にholeを持ち,一方NGC 3368およびM100は顕著なholeを持たないことが明らかになった.

 渦状銀河の中心領域に観測される分子ガス構造は上記の3つの要素のどれかを含むことが多い.したがって,各要素に対して本論文で用いられた解析の手法および解釈の枠組みは,そのような場合における一つの指針となり得るものである.

審査要旨

 本論文は、渦状銀河の中心領域(中心から3-4パーセク以内)での活動現象(星形成および活動銀河中心核)と、そこでのガスダイナミクスとの関係を、銀河間相互作用などによる擾乱の少ない4個の銀河の詳細な分子輝線観測から明らかにしようとしたものである。

 論文は大きく導入部と最後のまとめに挟まれた三つの部分から構成される。第一部では、バー(星が作る棒状に歪んだ重力ポテンシャル)の存在する銀河M100が取り上げられ、その中心5キロパーセクの分子ガスの渦巻き構造が詳細に観測・分析される。第二部では逆にバーを持たず渦巻き構造も断片的なNGC4414が取り上げられ、その中心2キロパーセクの分子ガスが観測・分析される。そして第三部ではNGC3368(M96)およびNGC4535を取り上げてその中心1キロパーセク以下の領域に集中する分子ガスが観測され、その空間分布や運動が分析される。

 なお、観測データの中心をなすのは、国立天文台野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計により取得した、一酸化炭素(CO)分子のミリ波スペクトル輝線観測の結果である。彼は、観測装置の深い理解を背景に、多数の銀河を観測するプロジェクトを立案し、中心となって実行した。本論文は、その成果の一部を用いている。

 まず第一部について。渦状銀河の中心領域における星間分子ガスの分布と運動は、さまざまな要素の影響を受けているが、なかでもバーの存在は決定的に重要な役割を果たす。申請者は小規模な棒状構造を持つ銀河M100の中心近傍約5kpcの領域のCO分子輝線による観測を行った。他方、星の分布を明らかにするために、宇宙科学研究所の1.5m赤外線望遠鏡によるイメージを取得し、その解析から棒状の歪みを持つ重力ポテンシャルの形状を明らかにした。それに基づいて共同研究者が行った、そのような重力場中でのガスの運動の数値シミュレーション結果と、観測されたガスの分布・運動とを比較して、ガスの運動に関する現在の理論が観測を再現できることを実証した。

 第二部では、逆にコヒーレントな重力場の歪みが存在しない銀河について、NGC4414をその例として調べた。観測された分子ガスの運動は、確かに回転以外の大規模なパタンを示さない。それに対して分子ガスの分布は、多数の巨大な塊を示している。これらはその大きさや質量から、巨大分子雲の集団(GMA)であると考えられる。これまでGMAは大規模な渦状腕に沿って存在することが知られていたが、大規模な渦状腕のない銀河にもGMAが存在することが明らかになったのが本研究の大きな成果である。GMAの形成は、円盤の重力分裂によるらしい。

 第三部では、中心核に活動性が見られる二つの銀河、NGC3368およびNGC4535が取り上げられた。これらの中心核を取りまく1kpcの領域には、6×108太陽質量の分子ガスの集中が見られる。速度場の解析から、前者では、中心核のごく近くに分子ガスの少ない領域があることが判明した。

 このように本研究は、上質のデータを用いて、銀河内域の分子ガスと星形成の関係に関する現代的なパラダイムを裏付けることに成功しており、学問的価値の高い手堅い研究である。全体としてみるとき学問的に新味がない点が懸念されるが、論文の各部分の高い完成度や手堅い解析の態度から、上述の大プロジェクトの完成後にもう一度現在のパラダイムを検討することにより、大きな飛躍を生み出すことも十分予想できる。

 以上の理由により、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。

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