学位論文要旨



No 111676
著者(漢字) 瀬田,益道
著者(英字)
著者(カナ) セタ,マスミチ
標題(和) 超新星残骸と分子雲の相互作用の観測的研究
標題(洋) An observational study of the interaction between supernova remnants and molecular clouds
報告番号 111676
報告番号 甲11676
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3040号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 助教授 山本,智
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 東京都立大学 助教授 政井,邦昭
内容要旨 はじめに

 大質量星は、その生涯の最後に超新星爆発を起こし、まだ近傍に残るその母胎となった分子雲と相互作用を起こすと考えられる。相互作用の現場は星間衝撃波理論の貴重な検証の場になり、星間化学、星形成のトリガーとしての衝撃波の役割の解明など応用分野も広い。しかしながら、これまで、輝線にウイングを持つ分子雲の存在やショック励起の水素分子赤外輝線の検出などの相互作用の明確な証拠が得らている天体は、IC443一例に留まっていた。しかしIC443は小質量の暗黒星雲との相互作用の例であり、銀河系内域での分子ガスの主要な存在形態である巨大分子雲との相互作用の姿を示しているとは限らない。内域の観測は、超新星残骸と相互作用する分子雲の特定が難しいため進んでいなかった。また銀河系の外域のみについて行われた付随する分子雲のサーベイ観測では、超新星残骸との空間的な一致が議論されたにすぎなかった。

 本研究は、超新星残骸と分子雲との相互作用の観測的描像を確立する事を目的としている。先ず東大野辺山60cm電波望遠鏡を用いて、6個の超新星残骸に対し付随する分子雲のサーベイ観測を行った。その中で相互作用の兆候を見いだしたW44領域を、野辺山45m鏡による高空間分解能観測と岡山188cm鏡のOASISによる近赤外分光撮像観測で詳細に調べ、銀河系内域にあって超新星と相互作用する巨大分子雲の姿を初めて明瞭にとらえた。解析では形態からの考察に加え、COや水素分子輝線の輝線強度比を基に物理状態に関する知見も得た。特に重要な成果として、(1)超新星と分子雲の相互作用の新しい指標としてのCO輝線強度比の提出、(2)高分解能観測による巨大分子雲の構造解明、(3)巨大分子雲と超新星残骸の相互作用の描像の提出、(4)超新星残骸に付随する水メーザーの発見、(5)W44での水素分子輝線の検出、(6)超新星残骸と相互作用する分子雲のサーベイの銀河系内域への拡大、の6項目を挙げる事ができる。以下にそれぞれの成果の概要を述べる。

超新星と分子雲の相互作用の新しい指標としてのCO輝線強度比

 超新星残骸W44領域の60cm電波望遠鏡を用いた12CO(J=2-1)輝線によるサーベイ観測では、W44に付随する直径30pc程度の巨大分子雲の複合体の広域描像を得た。太いビーム(9’)にもかかわらず、W44近傍で40km/sの線幅を持つ12CO(J=2-1)輝線のウイングを見いだした。ウイングでは、分子雲の物理状態を反映する、J=1-0輝線とJ=2-1輝線の強度比R2-1/1-0が非常に高い(>1)。このことはウイングのガスが超新星残骸に由来する加速による線幅の増大で光学的に薄くなるとともに、衝撃波における加熱圧縮により高温高密度になった事を示している。なお比が高い領域は、ウイングに加え、ウイングをなびかせているまだ静かな分子雲本体の表面にも及ぶ事もわかった。但し、その範囲は7pc以内に限られ、単一の超新星爆発がkpcスケールでの分子雲の物理状態にに与える影響は強度比R2-1/1-0をブローブとする限りは小さい。さらにビームサイズを揃えたIC443の観測でも、相互作用領域で、比R2-1/1-0が非常に高い事が判明した。これらの事は、分子雲が複雑に存在し、軟X線による探査も吸収のため困難な銀河系内域に多数存在すると見られる超新星-分子雲相互作用領域の探査に、CO輝線強度比という新たな指標を導入できる事を意味する。

高分解能観測による巨大分子雲の構造解明

 銀河系内域では星間ガスは主に巨大分子雲として存在するが、その形状を高い空間分解能で広い範囲にわたり観測した例はこれまで無かった。本研究では内域の分子雲の例として超新星残骸W44とその周辺の領域を、45m鏡を用いて12CO(J=1-0)輝線で34"グリッド(0.5pc)の高空間分解能観測を行った。その結果、60cm鏡による観測で見いだした巨大分子雲の複合体を細かく分解した。また30pc程度の巨大分子雲はその内部に10pc程度の大きさで質量が集中するクランプ構造を持つ事を示した。

巨大分子雲と超新星残骸の相互作用描像

 W44に付随する巨大分子雲において、クランプ状の内部構造の超新星残骸に接すると思われる縁を中心に12CO(J=1-0)輝線の線幅が最大55km/sに達するウイングを初めて見いだした。その分布は電波連続波の強い位置とよい相関を持ち、合計12箇所を数える。さらに12COのウイングの明瞭な領域では、速度幅55km/sの特異なプロファイルを持つHCO+輝線を見いだし、その分布は12COのウイングの分布と一致する事が判明した。これら分子雲の非常に高速な成分は、巨大分子雲のクランプの表面での"cloud shock"により発生したRayleigh-Taylor不安定による加速の結果と考えられる。ウイング領域におけるCOの速度構造を詳細に見ると、ウイングに伴う急激な速度変化に加え、緩やかな速度のシフトがあり、その近傍には高速の淡い雲が散らばっている事が判明した。緩い速度の変化は、衝撃波による雲全体としての膨張と、衝撃波によりCOが解離し分子輝線として受からなくなった領域が見かけ状シフトとして見える効果が重なっていると考えられる。淡い雲は衝撃波により巨大分子雲から塊としてはぎ取られた分子雲の一部であると考えられる。

 電波連続波のフィラメントは分子雲のクランプの表面に平行に伸び、超新星残骸全体の形状は巨大分子雲を避けるように歪んでいる。この形態は、超新星残骸の均一な膨張が分子雲の存在で妨げられたためと解釈できる。

 顕著なウイング領域に関しては、17"グリッド観測から、0.3pcのスケールで衝撃波が分子雲と相互作用している領域を特定した。これは衝撃波領域の星間化学を初め、超新星と分子雲の相互作用の観測的研究の可能性を大きく広げ衝撃波の理論との比較を可能にする基礎となるものである。

超新星残骸に付随する水メーザーの発見

 水メーザーは従来、分子雲にまだ埋もれている若い星、質量放出を起こしている年老いた星、そして系外銀河での存在が知られていた。本研究では、超新星残骸W44で水メーザーを発見した。水メーザーの位置は連続波のフィラメントの近傍であり、顕著な4成分の速度はCOウイングの速度範囲と合致することから、超新星との関連が濃厚である。また近くにはIRAS点源が無く、コンパクトHII領域も観測されていない事から、従来知られている若い星や年老いた星の可能性は小さい。この水メーザーは、初の超新星残骸起源の水メーザーである可能性が高く、今後この方面の研究が発展する糸口となろう。

W44での水素分子輝線の検出

 ショック領域の観測には振動励起された近赤外水素分子輝線が有効である事が知られている。そこで岡山の188cm望遠鏡に搭載されたOASISを用いて、W44の近赤外分光撮像観測を行った。その結果フィラメント状に広がった水素分子輝線を見いだし、その分布は電波連続波と良い相関を持つ事を示した。しかしCO及びHCO+ウイングの検出位置は、水素分子輝線とは一致せず、3pc程度衝撃波の進行方向前方に位置している。この位置関係は、水素分子輝線がejectaとシェルとの間で形成される"ejecta shock"起源であるのに対し、COウイングはシェルと分子雲の表面で形成される"cloud shock"の結果であるとして解釈される。なお5本の水素分子輝線の分光観測の結果、その強度比から輝線励起が高温高密度ガスにおける衝突である事が判明し、超新星残骸と分子雲との相互作用をいっそう確実にした。

超新星残骸と相互作用する分子雲のサーベイの銀河系内域への拡大

 相互作用の新たな指標であるCO輝線強度比R2-1/1-0を頼りに、サーベイ観測をこれまで観測の手薄であった銀河系内域へと拡大した。W44領域の広域観測では、比が非常に高い孤立した分子雲を見いだした。近傍には連続波源が在り、従来知られていなかった超新星残骸である可能性がある。さらにKes67領域でも、強度比の高い分子雲を見いだした。位置的相関からも超新星と相互作用している分子雲を検出した可能性が高い。

まとめ

 本研究により、大質量星形成の当然の帰結である超新星と巨大分子雲との相互作用の観測的描像が、銀河系内域のW44で初めて明らかにされた。そこでは分子ガスが加速され、12COのウイングや線幅の広いHCO+輝線が観測され、衝突励起された水素分子輝線が観測されるなど、これまでIC443の研究だけから知られていた小質量の暗黒星雲との相互作用の描像が巨大分子雲の場合まで拡大できる事を示した。また輝線強度比R2-1/1-0が相互作用の指標として導入できる事を示した。なお水メーザーを発見するなど、従来知られていなかった観測的描像を提出した。さらに、ショック領域を高い分解能で確定し、ejecta shockとcloud shockの空間的な分離を明らかにしたり、銀河系内域に新たな相互作用の候補を特定している。この事は本研究が巨大分子雲と超新星の相互作用のパイオニア的研究である事に加え、今後、衝撃波化学等の研究が発展する進む足掛かりをも与えている事を意味する。

審査要旨

 本論文は、超新星残骸と分子雲との相互作用の描像を確立することを目的として行った電波観測研究の結果をまとめたものである.論文の構成は8章からなっている.すなわち,

 第1章では,超新星の残骸と分子雲の相互作用を研究の動機と目的,およびその背景について概説している.第2章では観測に用いた主要装置,すなわち東大-野辺山60cm望遠鏡と野辺山宇宙電波観測所45m望遠鏡による観測法について述べている.第3章では60cm望遠鏡を用いて超新星残骸に付随する分子雲のサーベイ観測を行った結果について述べている.第4章では,サーヴェイの結果分子雲との相互作用が検出された超新星残骸W44について野辺山宇宙電波観測所45m望遠鏡による精密かつ高分解の電波観測を行った結果について述べている.第5章では関連の近赤外線観測を行なって衝撃波との相互作用を確認した結果について述べている.第6,7章ではこれらの解析結果をもとに,巨大分子雲と超新星残骸の衝撃波の相互作用についての描像を提案している.第8章は論文についてのまとめてある.

 以下にその内容と評価を記す.

研究の動機と目的(第1章)

 大質量星が超新星爆発を起こすと,まだ近傍に残るその母胎となった分子雲と相互作用すると考えられる。相互作用の現場は星間衝撃波理論の貴重な検証の場になると同時に星間化学、星形成のトリガーとしての衝撃波の役割の解明など応用分野も広い.しかしこれまで相互作用の明確な証拠が得らている天体はIC443一例に留まっていた.しかもIC443は小質量の暗黒星雲との相互作用の例であり,銀河系内域での分子ガスの主要な存在形態である巨大分子雲との相互作用を示す例は報告されていない

 本論文では銀河系内域の超新星残骸について衝撃波-巨大分子雲の相互作用を確認することを目的としており,衝撃波星間物理学の基本的な問題にせまる的確なテーマが設定されている.

60cm望遠鏡によるサーヴェイ観測(第3章)

 超新星の残骸における衝撃波と分子雲の相互作用の新しい指標としてCO輝線ウィングのJ=2-1および1-0輝線強度比を用いることを提案している.すなわち,まず超新星残骸W44領域の60cm電波望遠鏡を用いた12CO(J=2-1)輝線によるサーベイ観測で超新星の残骸に付随する巨大分子雲の複合体の広域マッピングを行い,40km/sの線幅を持つCO輝線のウイングを見いだした。つぎにこのウイングでは、分子雲の物理状態を反映するJ=1-0輝線とJ=2-1輝線の強度比R2-1/1-0が非常に高い(>1)ことを見いだした.このことはウイングのガスが超新星残骸による加速のために線幅の増大で光学的に薄くなるとともに,衝撃波における加熱圧縮により高温高密度になった事を示している.なお比が高い領域はウイングに加え、ウイングをなびかせているまだ静かな分子雲本体の表面にも及ぶ事も見いだした.

 以上,銀河系内に多数存在すると見られる超新星-分子雲相互作用領域の探査に、CO輝線強度比という新たな指標を導入できる事を提案している点において優れた成果である.

高分解能観測による巨大分子雲の構造解明および衝撃波-巨大分子雲相互作用の描像について(第4,6,7章)

 銀河系内域では星間ガスは主に巨大分子雲として存在するが、その形状を高い空間分解能で広い範囲にわたり観測した例はこれまで無かった。本研究では内域の分子雲の例として超新星残骸W44とその周辺の領域を、45m鏡を用いて12CO(J=1-0)輝線で高空間分解能観測を行った。その結果、60cm鏡による観測で見いだした巨大分子雲の複合体は細かく分解され,多数のクランプ構造を持つ事がわかり,クランプ状の内部構造の超新星残骸に接すると思われる縁を中心に12CO(J=1-0)輝線の線幅が最大55km/sに達するウイングが初めて見いだされた.その分布は電波連続波強度が大きな位置と良い相関を持ち,COウイングの明瞭な領域では速度幅55km/sの特異なプロファイルを持つHCO+輝線が見いだされた.これら分子雲の高速な成分の成因として,巨大分子雲のクランプの表面での"cloud shock"により発生したRayleigh-Taylor不安定による加速の結果と考えられることを提案している.

 さらに電波観測によって見いだされた衝撃波-分子雲相互作用を確認する赤外線観測も行っている(第5章).すなわちショック領域の観測には振動励起された近赤外水素分子輝線が有効である事を用いて,岡山の188cm望遠鏡に搭載された近赤外線分光装置OASISを使い、W44の近赤外分光撮像観測を行った結果フィラメント状に広がった水素分子輝線を見いだし、その分布は電波連続波と良い相関を持つ事を示した.水素分子輝線の分光観測の結果,輝線励起が高温高密度ガスにおける衝突である事が判明し、超新星残骸と分子雲との相互作用をいっそう確実にした.

 これら一連の観測結果および考察は,衝撃波と分子雲の相互作用の観測的研究の可能性を大きく広げ,衝撃波理論との詳細な比較を可能にする基礎となるものと考えられる優れた成果である.

 以上要約するに,本論文では大質量星形成の自然の帰結である超新星と巨大分子雲との相互作用の観測的描像を,銀河系内域のW44で初めて明らかにした点において星間物理学の電波観測研究の分野に重要な寄与を行ったと評価される.加えて今後,衝撃波化学等の研究が発展する進む足掛かりをも与えている.本論文は博士論文として十分な内容であると認められる.

 なお,本研究は数名の共同研究者と行った結果であるが,観測,解析およびその解釈において,本申請者が主となっておこなったものであることが確認された.

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