本論文は、超新星残骸と分子雲との相互作用の描像を確立することを目的として行った電波観測研究の結果をまとめたものである.論文の構成は8章からなっている.すなわち, 第1章では,超新星の残骸と分子雲の相互作用を研究の動機と目的,およびその背景について概説している.第2章では観測に用いた主要装置,すなわち東大-野辺山60cm望遠鏡と野辺山宇宙電波観測所45m望遠鏡による観測法について述べている.第3章では60cm望遠鏡を用いて超新星残骸に付随する分子雲のサーベイ観測を行った結果について述べている.第4章では,サーヴェイの結果分子雲との相互作用が検出された超新星残骸W44について野辺山宇宙電波観測所45m望遠鏡による精密かつ高分解の電波観測を行った結果について述べている.第5章では関連の近赤外線観測を行なって衝撃波との相互作用を確認した結果について述べている.第6,7章ではこれらの解析結果をもとに,巨大分子雲と超新星残骸の衝撃波の相互作用についての描像を提案している.第8章は論文についてのまとめてある. 以下にその内容と評価を記す. 研究の動機と目的(第1章) 大質量星が超新星爆発を起こすと,まだ近傍に残るその母胎となった分子雲と相互作用すると考えられる。相互作用の現場は星間衝撃波理論の貴重な検証の場になると同時に星間化学、星形成のトリガーとしての衝撃波の役割の解明など応用分野も広い.しかしこれまで相互作用の明確な証拠が得らている天体はIC443一例に留まっていた.しかもIC443は小質量の暗黒星雲との相互作用の例であり,銀河系内域での分子ガスの主要な存在形態である巨大分子雲との相互作用を示す例は報告されていない 本論文では銀河系内域の超新星残骸について衝撃波-巨大分子雲の相互作用を確認することを目的としており,衝撃波星間物理学の基本的な問題にせまる的確なテーマが設定されている. 60cm望遠鏡によるサーヴェイ観測(第3章) 超新星の残骸における衝撃波と分子雲の相互作用の新しい指標としてCO輝線ウィングのJ=2-1および1-0輝線強度比を用いることを提案している.すなわち,まず超新星残骸W44領域の60cm電波望遠鏡を用いた12CO(J=2-1)輝線によるサーベイ観測で超新星の残骸に付随する巨大分子雲の複合体の広域マッピングを行い,40km/sの線幅を持つCO輝線のウイングを見いだした。つぎにこのウイングでは、分子雲の物理状態を反映するJ=1-0輝線とJ=2-1輝線の強度比R2-1/1-0が非常に高い(>1)ことを見いだした.このことはウイングのガスが超新星残骸による加速のために線幅の増大で光学的に薄くなるとともに,衝撃波における加熱圧縮により高温高密度になった事を示している.なお比が高い領域はウイングに加え、ウイングをなびかせているまだ静かな分子雲本体の表面にも及ぶ事も見いだした. 以上,銀河系内に多数存在すると見られる超新星-分子雲相互作用領域の探査に、CO輝線強度比という新たな指標を導入できる事を提案している点において優れた成果である. 高分解能観測による巨大分子雲の構造解明および衝撃波-巨大分子雲相互作用の描像について(第4,6,7章) 銀河系内域では星間ガスは主に巨大分子雲として存在するが、その形状を高い空間分解能で広い範囲にわたり観測した例はこれまで無かった。本研究では内域の分子雲の例として超新星残骸W44とその周辺の領域を、45m鏡を用いて12CO(J=1-0)輝線で高空間分解能観測を行った。その結果、60cm鏡による観測で見いだした巨大分子雲の複合体は細かく分解され,多数のクランプ構造を持つ事がわかり,クランプ状の内部構造の超新星残骸に接すると思われる縁を中心に12CO(J=1-0)輝線の線幅が最大55km/sに達するウイングが初めて見いだされた.その分布は電波連続波強度が大きな位置と良い相関を持ち,COウイングの明瞭な領域では速度幅55km/sの特異なプロファイルを持つHCO+輝線が見いだされた.これら分子雲の高速な成分の成因として,巨大分子雲のクランプの表面での"cloud shock"により発生したRayleigh-Taylor不安定による加速の結果と考えられることを提案している. さらに電波観測によって見いだされた衝撃波-分子雲相互作用を確認する赤外線観測も行っている(第5章).すなわちショック領域の観測には振動励起された近赤外水素分子輝線が有効である事を用いて,岡山の188cm望遠鏡に搭載された近赤外線分光装置OASISを使い、W44の近赤外分光撮像観測を行った結果フィラメント状に広がった水素分子輝線を見いだし、その分布は電波連続波と良い相関を持つ事を示した.水素分子輝線の分光観測の結果,輝線励起が高温高密度ガスにおける衝突である事が判明し、超新星残骸と分子雲との相互作用をいっそう確実にした. これら一連の観測結果および考察は,衝撃波と分子雲の相互作用の観測的研究の可能性を大きく広げ,衝撃波理論との詳細な比較を可能にする基礎となるものと考えられる優れた成果である. 以上要約するに,本論文では大質量星形成の自然の帰結である超新星と巨大分子雲との相互作用の観測的描像を,銀河系内域のW44で初めて明らかにした点において星間物理学の電波観測研究の分野に重要な寄与を行ったと評価される.加えて今後,衝撃波化学等の研究が発展する進む足掛かりをも与えている.本論文は博士論文として十分な内容であると認められる. なお,本研究は数名の共同研究者と行った結果であるが,観測,解析およびその解釈において,本申請者が主となっておこなったものであることが確認された. |