学位論文要旨



No 111679
著者(漢字) 渡邊,大
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マサル
標題(和) 均質な銀河表面測光データを用いたタリー・フィッシャー解析による、うお座-ペルセウス座V=12,000kms-1領域内におけるハッブル膨張の研究
標題(洋) A TULLY-FISHER STUDY OF HUBBLE EXPANSION UP TO V=12,000 KM/S IN THE REGION OF PISCES-PERSEUS USING SURFACE PHOTOMETRY OF A MAGNITUDE-LIMITED SAMPLE OF GALAXIES
報告番号 111679
報告番号 甲11679
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3043号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 有本,信雄
 東京大学 教授 岡村,定矩
 東京大学 教授 辻,隆
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
内容要旨

 現在の宇宙の膨張率を表すハップル定数H0は、宇宙モデルを特徴づける最も基本的かつ重要な宇宙パラメータである。宇宙空間における銀河分布が100h-1Mpc規模で非一様であることが明らかになった現在、このH0の決定は、少なくともこの規模に匹敵する広い範囲から大局的に行なわれることが最も望ましい。またH0は一般に、宇宙膨張(ハップル膨張)に則って運動している銀河の後退速度と距離の比として求められるが、これらの量を観測から求める際の様々な不確定要素を考慮すれば、このH0決定はより多くの銀河サンプルを用いた統計解析によりその信頼性が向上するものであることも明白である。更に、この解析に用いられるデータはその精度もさることながら、その銀河サンプル自体が偏りのない均質なサンプルであることが非常に重要である。これまでの研究に用いられた銀河サンプルは、そのほとんどが我々の近傍である局所超銀河団内の銀河(後退速度V3000kms-1)か、もしくは広範囲(V15000kms-1)に分布しているが非常にまばらな数十個程度の銀河団銀河であり、上述の要請全てを必ずしも満足するものではない。Ichikawa&Fukugita(1992)は、均質な約400個の渦状銀河のサンプルを用いてうお座-ペルセウス座領域のV〜12000kms-1に及ぶ範囲で、タリー・フィッシャー(TF)関係を用いた銀河の距離推定に基づくH0の決定を行なった。この大規模なTF解析は、アレシボHI21cm線サーベイが同領域内の約1000個の渦状銀河に対して与えている銀河形態、後退速度、21cm線幅などの情報を基に行なわれたものである。しかし彼らの解析は、測光データを写真乾板を眼視測定した銀河カタログであるCGCG及びUGCに依拠している点、また解析時に銀河個々に与えられる重みが明確でない点などにおいて不十分なものであった。

 このような状況の下、大局的なH0決定のための銀河測光データを取得するため、我々はうお座-ペルセウス座領域(22h19504h,22°195033°)に対して、東京大学木曽観測所105cmシュミット望遠鏡を用いてBバンド写真撮像サーベイ観測を行ない、撮像領域内の全てのCGCG及びUGC銀河を同定、詳細な解析を行ない、均質な銀河サンプル総計1524銀河の表面測光データを取得した。このデータの光度絶対較正は、今回のサンプル銀河の中から選択された70銀河に対して同望遠鏡で観測されたCCD測光データを用いて行なわれた。この光度較正は、文献に与えられている光電測光データを用いた較正に比較して、今回の写真測光の内部整合性を改善している。画像処理では、スカイの差引、星像等の除去、成長曲線計算後のテンプレートフィットなど、重要な手続きは各銀河に対して全て眼視検定の下で行なわれた。銀河の全等級BT及び有効開口直径Aeはこのテンプレートフィットにより求められた。また処理された画像を用いて、表面輝度25mag/□"の等輝度線パラメータが自動ソフトにより計算され、等級B25、視直径D25、長短軸比R25、及び位置角25が求められた。全1524銀河の写真測光データ及び70銀河のCCD測光データはカタログとして本論文に掲載した。分光データはその大半をアレシボカタログに依拠し、その他の文献からの引用も含めて、21cm線幅は957銀河、後退速度は1082銀河について本カタログに再掲した。すべての測光パラメータに関して誤差評価が行なわれ、測光精度は0.13magと評価された。他の測光カタログとのデータ比較も行なわれ、その結果、我々と同様な測定基準に基づいている測光パラメータはほぼすべて我々の測定結果と良い一致を示した。値の食い違いの大きい数例の銀河については、様々に検証した結果、我々の測定値に明らかな問題は認められないことが確認された。銀河の軸比に関しては、我々のデータと測光波長帯及び参照する等輝度線の選択法の二点が共に異なるrバンド、Iバンドの測光データとの比較において系統的な差異が認められた。今回取得された銀河測光分光サンプルを用いて銀河パラメータの簡単な統計が行なわれ、限界等級は全サンプルについて15.5mag程度、後退速度の与えられている銀河サンプルについては15.0mag程度が示唆された。また、軸比R25から推定される銀河傾斜角分布に関して、我々の測光データは、視直径D25<1’以下程度の比較的小さい横向き銀河に対して、その傾斜角を過少評価する傾向にあることが示唆された。これは、シーイング(〜4")の影響によって、25mag/□"の等輝度線の偏平度が鈍らされることに起因すると考えられる。

 以上得られた測光分光カタログを基に、441個の均質な渦状銀河に対してTF解析を行ないH0の決定を行なった。V〜12000kms-1という遠方まで銀河が分布している我々の広領域サンプルでは、TF関係の単純な適用では領域全体に対する正しいH0の値は得られない。これはサンプル銀河の平均絶対光度がその後退速度(距離)に伴って増大することに起因する。このような状況を考慮に入れ、我々はこの広領域サンプルに対しても正しいH0の値が導出されるよう、最尤法に基づく新たなTF解析の方法を考案した。この方法は、H0及びTF関係の内部分散TFを変数としてこれらの値に対して同関係における尤度を計算するものであり、前述のIchikawa&Fukugita(1992)の解析における不明瞭点は解決されている。この方法の妥当性については、疑似サンプルを用いたシミュレーション解析によって、与えられたH0TFの値が共に十分良く再現されることが確認された。

 この方法を適用することにより、我々はうお座-ペルセウス座領域V12000kms-1における大局的なハップル定数H0=75±3±8kms-1Mpc-1を得た。ここで誤差の第一項目は本解析での統計内部誤差であり、第二項目は統計と独立な外部誤差である。このハップル定数の値は、前述の近傍もしくは小サンプルを用いた研究においては様々な距離推定法から近年合意が得られつつある値H0=80±10kms-1Mpc-1を支持するものである。また、前述の軸比に関する測定の不定性は、今回の解析結果にはほとんど影響を与えないことも確認された。BバンドTF関係の内部分散は=0.44±0.05magと求められた。同関係の内部分散に関しては、従来主に銀河団銀河を用いて調べられており、0.5mag程度を境界としてその値の大小について主張が分かれている。今回求められた値は、この問題に対して小さい側の値を支持するものとなっている。

 更に、同領域内での銀河の大規模運動を検討するために、後退速度についてlogV=0.1毎に分割した個々のサンプルに対して同様の解析を行ない、局所的なH0の値の変化を調べた。その結果、これら分割領域においてはいずれも統計誤差以上の有意なH0の変化は認められなかった。特に、同領域内に存在するうお座-ペルセウス座超銀河団(V〜4500kms-1)自体に関しては、+800kms-1以上もしくは-400kms-1以下の大規模特異運動は2レベルで棄却される。

 続いて、我々のサンプルと共通な銀河のr、I及びHバンド測光データを文献から引用し、いずれも非均質なサンプルであることを考慮しつつ、これら他バンドでの同様のTF解析を試みた。この中でrバンドサンプルは、銀河数(218銀河)及びサンプルの均質性の両面でいずれも比較的信頼性の高い統計サンプルであり、その故にrバンドTF解析は、これら三つのTF解析の中では唯一その結果をほぼ直接Bバンドの結果と比較し得るものである。その解析の結果、H0及びその局所値は共にBバンド解析で得られた値と矛盾しないものであることが確認された。TF関係の内部分散に関しては=0.28magを得、サンプルの多少の非均質性を考慮しても、長波長バンドほど内部分散が小さい、というこれまでのTF関係の一般的な解析結果を支持する結果が得られた。他のI及びHバンドサンプルの解析では、サンプル数がそれぞれ40個程度と非常に限られておりまたサンプルの均質性も低いため、その結果は現時点では参考の域を出ないが、この非均質性を考慮すれば、H0及びその局所値には共にBバンドの結果との有意な違いは認められなかった。また、TF関係の内部分散に関しても、大きな不定性を認めつつも、B及びrバンドの値と比較してこれらより小さい値が得られており、rバンドでの結果と同様に、長波長バンドほど内部分散が小さいという示唆が得られた。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章では、本研究を行なうに至った動機と学問的背景が、第2章では、うお座-ペルセウス座領域の銀河の表面測光の結果が、第3章では、本研究で得られた銀河の測光分光カタログを基にしてなされたハッブル定数の決定について述べられている。

 現在の宇宙の膨張率を表すハッブル定数H0は、宇宙モデルを特徴づける最も基本的かつ重要な宇宙パラメータである。宇宙空間における銀河分布が100h-1Mpc規模で非一様であることが明らかになった現在、このH0の決定は、少なくともこの規模に匹敵する広い範囲から大局的に行なわれることが最も望ましい。またH0は一般に、宇宙膨張(ハッブル膨張)に則って運動している銀河の後退速度と距離の比として求められるが、これらの量を観測から求める際の様々な不確定要素を考慮すれば、このH0決定はより多くの銀河サンプルを用いた統計解析によりその信頼性が向上するものであることも明白である。更に、この解析には銀河サンプル自体が偏りのない均質なサンプルであることが非常に重要である。

 このような背景の下に、大局的なH0決定のための銀河測光データを取得するため、申請者はうお座-ペルセウス座領域に対して、東京大学木曽観測所105cmシュミット望遠鏡を用いてBバンド写真撮像サーベイ観測を行ない、撮像領域内の全てのCGCG及びUGC銀河を同定、詳細な解析を行ない、均質な銀河サンプル総計1524銀河の表面測光データを取得した。この結果は全1524銀河の写真測光データ及び70銀河のCCD測光データのカタログとして本論文第2章に掲載されている。さらにアレシボカタログ及び、その他の文献からの引用も含めて、21cm線幅を957銀河について、後退速度は1082銀河について同カタログに再掲してある。このカタログは申請者が第3章で展開するハップル定数の評価以外にも、銀河の測光量の均質かつ大規模なカタログとして、銀河進化を考察する上での非常に重要なものであり、天文学への貢献は測り知れない。

 第3章では、申請者は以上得られた測光分光カタログを基に、441個の均質な渦状銀河に対してTF解析を行ないH0の決定を行なっている。申請者の広領域サンプルでは、V〜12000kms-1という遠方まで銀河が分布しているためにTF関係の単純な適用では領域全体に対する正しいH0の値は得られない。これはサンプル銀河の平均絶対光度がその後退速度(距離)に伴って増大することに起因する。これを解決するために申請者は最尤法に基づく新たなTF解析の方法を考案した。この方法は、H0及びTF関係の内部分散TFを変数としてこれらの値に対して同関係における尤度を計算するものであり、本研究においては観測データの収得とともに高く評価されるものである。この方法の妥当性については、申請者自身による疑似サンフルを用いたシミュレーション解析によって、与えられたH0TFの値を十分良く再現することが確認されており、信頼性は高い。

 この方法を適用することにより、申請者はうお座-ペルセウス座領域V12000km-1sにおける大局的なハップル定数H0=75±3±8kms-1Mpc-1を得た。ここで誤差の第一項目は本解析での統計内部誤差であり、第二項目は統計と独立な外部誤差である。このハッブル定数の値は、近傍もしくは小サンプルを用いた研究においては様々な距離推定法から近年合意が得られつつある値H0=80±10kms-1Mpc-1を支持するものである。BバンドTF関係の内部分散は=0.44±0.05magと求められた。同関係の内部分散に関しては、従来主に銀河団銀河を用いて調べられており、0.5mag程度を境界としてその値の大小について主張が分かれているが、今回求められた値は、この問題に対して小さい側の値を支持するものとなっている。

 申請者は更に、後退速度についてlogV=0.1毎に分割した個々のサンプルに対して同様の解析を行ない、局所的なH0の値の変化を調べた。その結果、これら分割領域においてはいずれも統計誤差以上の有意なH0の変化は認められず、同領域内に存在するうお座-ペルセウス座超銀河団の+800km-1s以上もしくは-400km-1s以下の大規模特異運動は棄却されるという結果を得ている。これに基づけば、申請者の得たハッブル定数は局所的な銀河の運動によって影響はされていないという重要な事実を示唆する。

 本論文はこれまでに最多数、偏りのない銀河サンプルを広領域に観測し、TF関係の適用に新たな方法論を考案して、その限界を克服した上でハッブル定数の有用な推定値を与えた点で、天文学並びに観測的宇宙論に極めて重要な貢献をするものであり、東京大学博士(理学)の学位論文として充分な資格を有するものと審査員一同判定した。

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