本論文は3章からなり、第1章では、本研究を行なうに至った動機と学問的背景が、第2章では、うお座-ペルセウス座領域の銀河の表面測光の結果が、第3章では、本研究で得られた銀河の測光分光カタログを基にしてなされたハッブル定数の決定について述べられている。 現在の宇宙の膨張率を表すハッブル定数H0は、宇宙モデルを特徴づける最も基本的かつ重要な宇宙パラメータである。宇宙空間における銀河分布が100h-1Mpc規模で非一様であることが明らかになった現在、このH0の決定は、少なくともこの規模に匹敵する広い範囲から大局的に行なわれることが最も望ましい。またH0は一般に、宇宙膨張(ハッブル膨張)に則って運動している銀河の後退速度と距離の比として求められるが、これらの量を観測から求める際の様々な不確定要素を考慮すれば、このH0決定はより多くの銀河サンプルを用いた統計解析によりその信頼性が向上するものであることも明白である。更に、この解析には銀河サンプル自体が偏りのない均質なサンプルであることが非常に重要である。 このような背景の下に、大局的なH0決定のための銀河測光データを取得するため、申請者はうお座-ペルセウス座領域に対して、東京大学木曽観測所105cmシュミット望遠鏡を用いてBバンド写真撮像サーベイ観測を行ない、撮像領域内の全てのCGCG及びUGC銀河を同定、詳細な解析を行ない、均質な銀河サンプル総計1524銀河の表面測光データを取得した。この結果は全1524銀河の写真測光データ及び70銀河のCCD測光データのカタログとして本論文第2章に掲載されている。さらにアレシボカタログ及び、その他の文献からの引用も含めて、21cm線幅を957銀河について、後退速度は1082銀河について同カタログに再掲してある。このカタログは申請者が第3章で展開するハップル定数の評価以外にも、銀河の測光量の均質かつ大規模なカタログとして、銀河進化を考察する上での非常に重要なものであり、天文学への貢献は測り知れない。 第3章では、申請者は以上得られた測光分光カタログを基に、441個の均質な渦状銀河に対してTF解析を行ないH0の決定を行なっている。申請者の広領域サンプルでは、V〜12000kms-1という遠方まで銀河が分布しているためにTF関係の単純な適用では領域全体に対する正しいH0の値は得られない。これはサンプル銀河の平均絶対光度がその後退速度(距離)に伴って増大することに起因する。これを解決するために申請者は最尤法に基づく新たなTF解析の方法を考案した。この方法は、H0及びTF関係の内部分散TFを変数としてこれらの値に対して同関係における尤度を計算するものであり、本研究においては観測データの収得とともに高く評価されるものである。この方法の妥当性については、申請者自身による疑似サンフルを用いたシミュレーション解析によって、与えられたH0、TFの値を十分良く再現することが確認されており、信頼性は高い。 この方法を適用することにより、申請者はうお座-ペルセウス座領域V12000km-1sにおける大局的なハップル定数H0=75±3±8kms-1Mpc-1を得た。ここで誤差の第一項目は本解析での統計内部誤差であり、第二項目は統計と独立な外部誤差である。このハッブル定数の値は、近傍もしくは小サンプルを用いた研究においては様々な距離推定法から近年合意が得られつつある値H0=80±10kms-1Mpc-1を支持するものである。BバンドTF関係の内部分散は=0.44±0.05magと求められた。同関係の内部分散に関しては、従来主に銀河団銀河を用いて調べられており、0.5mag程度を境界としてその値の大小について主張が分かれているが、今回求められた値は、この問題に対して小さい側の値を支持するものとなっている。 申請者は更に、後退速度についてlogV=0.1毎に分割した個々のサンプルに対して同様の解析を行ない、局所的なH0の値の変化を調べた。その結果、これら分割領域においてはいずれも統計誤差以上の有意なH0の変化は認められず、同領域内に存在するうお座-ペルセウス座超銀河団の+800km-1s以上もしくは-400km-1s以下の大規模特異運動は棄却されるという結果を得ている。これに基づけば、申請者の得たハッブル定数は局所的な銀河の運動によって影響はされていないという重要な事実を示唆する。 本論文はこれまでに最多数、偏りのない銀河サンプルを広領域に観測し、TF関係の適用に新たな方法論を考案して、その限界を克服した上でハッブル定数の有用な推定値を与えた点で、天文学並びに観測的宇宙論に極めて重要な貢献をするものであり、東京大学博士(理学)の学位論文として充分な資格を有するものと審査員一同判定した。 |