学位論文要旨



No 111680
著者(漢字) 和南城,伸也
著者(英字)
著者(カナ) ワナジョウ,シンヤ
標題(和) 準解析的手法を用いたONeMg新星による元素合成の研究
標題(洋) A Quasi-Analytic Study of Nucleosynthesis in ONeMg Novae
報告番号 111680
報告番号 甲11680
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3044号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 尾崎,洋二
 東京大学 教授 江里口,良治
 国立天文台 助教授 梶野,敏貴
内容要旨 1.目的および背景

 新星爆発は,近接連星系において一方の赤色矮星から他方の白色矮星に降着した水素ガスがその表面で起こす熱核反応の暴走であると考えられている。最近の可視光や紫外線による新星の観測によって,全体の約25%はネオンやその他の中間質量元素の強い輝線によって特徴づけられるONeMg新星(または,ネオン新星)であることが分かっている。ONeMg新星とは,8-10の主系列星の進化の終末の姿であると考えられるONeMg白色矮星の表面での爆発現象のことである。ONeMg新星から観測で検出されているネオンやその他の重元素の存在は,主に水素からなる降着ガスにネオンなどの元素が白色矮星の表面から混入していたことを裏付けているが,その理論的機構は今のところ明らかにされていない。

 ONeMg白色矮星はネオンなどの中間質量元素を豊富に含む高温水素ガスの原子核反応の暴走であることから,rp過程(急激な陽子捕獲反応過程)による爆発的元素合成で,様々な中間質量元素,重元素が合成される可能性が高いと考えられている。特に,26Alや22Na等の放射性元素の起源として注目されている。

 80年代から急速に発展してきた人工衛星を用いたガンマ線の観測によって,我々の銀河系には1-3程度の26Alが存在していることが明らかにされた。この事実は,26Alの約100万年という短い崩壊寿命(銀河の進化のタイムスケールに比べて)を考えると,現在でもなお活発な元素合成や物質の循環が銀河系内で絶えまなく続いていることを示す一つの好例である。それにもかかわらず,この26Alの起源は明らかにされていない。新星爆発,II型超新星爆発,Wolf-Rayet星はその起源の候補としては有力であると考えられてきたが,最近のコンプトンガンマ線天文台(CGRO)によって明らかになった不均一な分布から,新星爆発である可能性は低いと指摘されている。

 22Naは現在のところまだその存在が確認されていないが,近い将来にCGROやINTEGRALによってONeMg新星からその崩壊核ガンマ線(平均寿命〜3.75年)が検出される可能性が高いと期待されている。22Naは炭素質コンドライト隕石の分析によって明らかにされたネオン同位体比の極端な異常(Ne-E)を生じた原因であると考えられている。

 本論文の目的は,ONeMg新星における元素合成の計算を,白色矮星の質量(MWD)とその表面への降着ガスの質量(Menv)をパラメーターとして,その様々な組合せについて行ない,それぞれの元素の合成量のこれらのパラメーターに対する依存性についての考察をすることである。その結果と観測から得られているデータを詳細に比較することにより,ONeMg新星の質量や降着ガスの質量に厳しい制限が与えられると期待できる。さらに,そこから得られた制限を基に,どの程度の26Alや22Naが観測されているONeMg新星から作られるか,そしてそれらの崩壊核ガンマ線の検出可能性について議論する。また,ONeMg新星で起こりうるrp過程による重元素合成について詳しく調べる。

2.計算方法

 ONeMg新星における降着水素ガスの温度や密度などの物理量の時間発展を計算するために,白色矮星の表面での水素殼フラッシュの準解析的なモデルを用いた。このモデルでは,白色矮星の質量(MWD)と降着ガスの質量(Menv)が与えられると,その水素燃焼殻の物理的な構造は一意的に決まる。ただし,この水素燃焼殻(1-zone)は完全な対流平衡にあると仮定されている。このモデルを用いて計算した新星爆発の際のピーク温度を等高線として図1に示す。ピーク温度は白色矮星の質量(MWD)が大きいほど,そして降着ガスの質量(Menv)が大きいほど高くなっている。水素捕獲反応はその温度に極めて敏感であるため,このピーク温度はONeMg新星における元素合成の結果を決定する最も重要な物理量である。

図1.水素燃焼殻のピーク温度。MWD-Menv平面上に等高線として描かれている。実線上の数字は,109Kを単位としたピーク温度。

 元素合成の計算および核エネルギー生成率は,水素からニッケルまでの163の安定核および陽子過剰核を含む原子核反応ネットワークの解法によって計算した。核エネルギー生成率は,水素燃焼殼の時間発展を計算するために必要なエネルギー方程式に現れる。原子核反応率は全て最新の実験データおよび理論計算による推定値を用いた。水素燃焼殼の爆発前の元素組成は,太陽系の元素組成に等しい降着水素ガスと,ONeMg白色矮星の表面から混入したO,Ne,Mg等の元素の混合物であると仮定した。O,Ne,Mg等の元素の水素燃焼殼への混合率は,最近のONeMg新星の観測から明らかになった極めて高い金属量を考慮して(〈Z〉=0.52)50%とした。

 数値計算は,4通りの白色矮星の質量(MWD=1.1,1.2,1.3,1.4)と4通りの降着ガスの質量(Menv=10-6,10-5,10-4,10-3)の組合せ,計16通りについて行なった。前者(MWD)については8-10の主系列星(単独星の場合)の進化計算より得られたONeMg核の質量の範囲からとった。現実には,連星系の進化においてはこれと異なる可能性があるが,逆にこの数値計算の結果と観測データとの比較によって制限を与えることができると期待できる。後者(Menv)についても,最近の観測から見積もられた値が理論的に予想されていたものより異常に大きいことが指摘されていたが,元素合成の立場から制限を与えることはこの問題を解決する重要な鍵になると考えられる。

3.結果および結論

 計算の結果,MWD,Menvの組合せに応じてCNOサイクル,HCNOサイクル,Ne-Naサイクル,Mg-Alサイクル,rp過程など多彩な原子核反応過程によって様々な元素が合成されることが分かった(図2参照)。そして,それぞれの質量比をMWD-Menv平面上に等高線として描いてみると,C,O,Ne,S,Ar,Caなどのように図1に示したピーク温度と相関をもつ元素と,N,Na,Mg,Al,Siなどのようにピーク温度への依存性が明白ではない元素の2つのタイプがあることが分かった(図3参照)。これらの結果などから得られた結論を以下にまとめる。

図2.ONeMg新星における元素合成の一例。円の大きさはその元素のイールド(Yi≡Xi/Ai),矢印の長さはその元素の流出量を表している。図3.Na(左)とS(右)の生成量。MWD-Menv平面上に等高線として描かれている。実線上の数字は,それぞれの質量比の対数値。

 (1).ONeMg新星の観測と比較する上で重要な元素は上述の前者のタイプであり,O,Sの質量比を数値計算の結果と比較することにより,ピーク温度がかなり高かった(4x108K)と考えられる新星(V1370 Aql,QU Vul)と,比較的低かった(1.5-2.5x108K)と思われるもの(V693 CrA,V351 Pup,V1974 Cyg)が存在することが分かった。これからただちに観測されているONeMg新星のMWD,Menvを特定することはできないが,MWD-Menv平面上にその存在範囲が限定されることになる(図1)。さらに,その降着ガスの質量が観測から見積もられているものについては(QU Vul:〜10-3,V1974 Cyg:〜10-4)ONeMg白色矮星の質量は比較的小質量(1.1-1.2)であったと推測できる。これは,以前に予測されていた結果(1.2-1.35)と逆である。

 (2).放射性元素26Al,22Naの合成量は上述の後者のタイプ,つまりピーク温度に対する依存性が小さく,MWD,Menvの組合せにかかわらずその質量比は〜10-3程度であることが分かった。これは降着ガスの質量(Menv)が大きいものほどその放出量が大きいということを意味する。現実のONeMg新星が(1)で述べたような比較的重い降着ガスをともなうものであれば,数値計算の結果から我々の銀河系に存在する26Alの総質量は〜1となり,ガンマ線観測の結果と合致する。22Naについては,比較的近傍(〜1kpc)にONeMg新星が現れればCGROやINTEGRALによって崩壊核ガンマ線が検出が可能であるという結果が得られた。CGROのガンマ線観測によってV351 Pup,V1974 Cygからの22Naの崩壊核ガンマ線は検出限界以下であったが,(1)で述べたようにこれらの新星ではそのピーク温度が低かったために,22Naの生成量がやや少なかったと考えられる。

 (3).水素燃焼殼の温度が3×108Kを越えるともともと豊富に存在していた20Neが陽子捕獲反応によって激しく燃え始め,rp過程による重元素合成が起こる。しかし,rp過程にはいくつかのボトルネック(例えばS,Ar,Ca,Tiの陽子捕獲反応)がともなうために,重元素が合成されるためにはより高い温度を要する。さらに,20Neの急激な陽子捕獲反応による極めて高い核エネルギー生成率によって爆発のタイムスケールは著しく短くなり,これらのボトルネックのともなう元素のところで止まってしまう。これらの元素は観測からそのONeMg新星でのピーク温度を推測するのに極めて有効であるが,現在のところ有意に検出がされたのはSだけである。Caより先まで元素合成が進んだのは16通り中4通りのみで,そのピーク温度が極めて高い(7×108K)場合のみである。(1)の考察からはこれに該当する観測されたONeMg新星はないと思われるが,もしこのようなONeMg新星が近い将来に起これば,そこで合成される44Tiの崩壊核ガンマ線はCGRO,INTE-GRALやASTRO-Eの重要なターゲットになり得る。

審査要旨

 本論文は、ONeMg新星における元素合成の計算を白色矮星の質量と降着したガスの質量のふたつのパラメータの様々な組合せに対して行ない、各種の元素の合成量を幅広く調べ、その結果と観測から得られているデータを比較することにより、ONeMg新星の質量や降着ガスの質量を明らかにしたものである。

 論文は5章からなり、第1章は関連研究のレビューと本研究の目的、第2章はエンベロープを一層で近似して計算する新星の爆発の計算方法と核反応のネットワークについて、第3章は計算の結果と核反応による元素合成量、第4章は一層近似の計算の問題点の議論と観測との比較、第5章は論文全体の結論、という構成になっている。

 新星爆発は,近接連星系において一方の星から白色矮星表面へ降着した水素ガスが、その表面で起こす熱核反応の暴走であると考えられている。最近の可視光や紫外線による新星の観測によって、全体の約25%はネオンや他の重元素の強い輝線によって特徴づけられるONeMg新星であることが分かっている。ONeMg新星とは,8-10の主系列星の進化の最後にできたONeMg白色矮星の表面上での爆発現象であると考えられている。

 19例の詳細に観測された新星のうち5例はONeMg新星である。このうちの2例は放出ガス中のイオウの質量比がかなり高く,酸素の質量比は比較的低い(S-rich novae)。残りの3例は酸素の質量比が高く,イオウは検出されていない(O-rich novae)。また,5例中2例はその放出ガスの質量が見積もられており,10-4-10-3程度という結果が得られている。これは,現在まで理論的に予想されていた値の10-100倍に達する。

 現在までにONeMg新星のモデル計算は,白色矮星の質量と降着ガスの質量の組み合わせでたった3例について元素合成が計算されているだけである。ONeMg白色矮星の質量は光度曲線のモデル計算や爆発の頻度のモデル計算からチャンドラセカール限界に近い、比較的大質量(1.3)の白色矮星だと考えられてきた。しかし、上で述べた観測的な差異がどのようにして生じているのかの解明はまだなされていない。さらに、新星爆発を起こすONeMg新星の質量は連星系の進化のなかでの不確定要素を伴うために,その頻度を理論的に推測することは困難であるし、その放出ガスの質量も,理論的に推測されていた降着ガスの質量と大きな違いがあることの説明もつけられていない。

 以上のようなONeMg白色矮星の質量と降着ガスの質量の不確定性を考慮すると、できるだけ広いパラメータ範囲をくまなく調べておくことが、観測と比較する上で重要になる。このために通常の計算手法である、星の内部を多くの球殻で近似する方法ではなく、白色矮星表面にたまったガスを一層で近似し、その構造を準解析的に扱える方法、いわゆる一層近似を用いている。このような効率化をおこなったため、白色矮星の質量で1.1-1.4までの7例、降着ガスの質量で10-6-10-3の範囲の7例、これらの組合せで合計49例について詳細な元素合成を計算することができている。この手法を多層近似の場合と比較すると、爆発時に対流層が急速に縮んでくる場合などに近似が悪くなり、差が出てくる。しかし、本論文では多層近似の計算がある場合と同じパラメータで詳細な比較を行ない、どのような核種がその影響をうけるのかを明らかにし、影響を受ける元素については、観測との比較では除外している。

 計算の結果,ONeMg新星における元素合成には2つの型があることがはっきりした。ひとつは温度依存型元素であり、酸素、ネオン、イオウがこれにあたる。これらの元素の合成量は、爆発時の燃焼ガスのピーク温度と強い相関がある。白色矮星の質量が重いほど、降着ガスの質量が大きいほど温度は高くなるので、これらの元素の合成量は白色矮星質量と降着ガス質量の2次元パラメータ平面上で、左下から右上にかけて増大する。もうひとつは、タイムスケール依存型元素で、炭素、マグネシウムなどの合成量が爆発のタイムスケールに強く相関する。タイムスケールは白色矮星の質量によって主に決まってくる。したがって、これら2種類の元素合成量の等高線が白色矮星質量-降着ガス質量の2次元パラメータ平面上で有意の角度で交わっている。観測から決定される、これらの2種類の元素合成量の等高線の交わるところが、実際の白色矮星の質量と降着ガスの質量を与える。

 これらの特性を利用して、観測されている5例のONeMg新星の元素組成と計算結果の比較を行い,それぞれの新星について2次元パラメータ上における制限を与えている。S-rich新星はイオウを含む重元素のデータが豊富なため,狭いパラメータ範囲に特定することができ、QU Vulは(MWD,Menv)〜(1.2,10-4)であり、今まで考えられてきたよりも小さめのONeMg白色矮星で起こった新星爆発であるという結果が得られた。また、水素殻の質量は比較的大きく、観測による放出質量の推定値の誤差範囲内で一致する。V1370Aqlは(MWD,Menv)〜(1.35,3×10-6)であり、質量の大きなONeMg白色矮星で起こった新星爆発であるという結果が得られた。O-rich新星はイオウや他の重元素のデータがやや少ないため、パラメータを十分狭く特定することはできなかった。しかし、これらはいずれも比較的小質量のONeMg白色矮星(1.1-1.2)で起こった新星爆発であることは明らかにできた。5例のONeMg新星に関する限りは4例が比較的小質量のONeMg白色矮星で起きた新星爆発であることを示唆しており、これはごく最近の、改定された吸収係数を用いた新星爆発の研究の成果(MWD〜1.1-1.2)とも大筋で一致している。

 以上の知見、とりわけ元素合成量の詳細な計算を行ない、観測と比較することによって、新星の未知のパラメータであるところの白色矮星の質量と降着ガスの質量を特定する方法を提案し、実際に観測されたONeMg新星に適用し、その有効性を実証したことは新しい知見である。これらの結果は、新星現象の理論への貢献にとどまらず、連星系の進化の理論およびガンマ線観測可能性への示唆など、さらに新たな知見を付け加えるものであり、天体物理学の分野での極めて重要な寄与をしたものとして高く評価できる。以上により、審査委員一同は,本論文は博士(理学)の学位論文として合格であると判定した。

 したがって、和南城伸也氏は博士(理学)の学位を授与される資格を有するものと認める。

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