学位論文要旨



No 111681
著者(漢字) 仲佐,ゆかり
著者(英字)
著者(カナ) ナカサ,ユカリ
標題(和) 南シナ海の構造発達史の研究 : 大陸海洋遷移域のリフティングと海盆部拡大に関する考察
標題(洋) A Geophysical Study on the Rifting and Spreading of the South China Sea
報告番号 111681
報告番号 甲11681
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3045号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 末広,潔
 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 浜野,洋三
 千葉大学 教授 伊勢崎,修弘
 海洋科学技術センター 深海研究部長 木下,肇
内容要旨

 大陸縁辺が分裂拡大し背弧海盆が生ずる過程は,大陸縁辺の地殻に拡大初期の変形,変質が残されていれば,大陸海洋遷移域から海盆にかけての地殻構造あるいは地磁気,重力値を調べることにより推定することができる.本論文は,南シナ海の形成過程,特に拡大前のリフティングと拡大期における火成活動の性質について主に2ヵ年の現地地球物理観測実験の結果をもとに考察を行ったものである.

 南シナ海は,アジア大陸,フィリピン,パラワンに囲まれ,北西太平洋の縁辺海域の中では最大の面積を有する(230万平方km).東縁はマニラ海溝に沈み込み(10Ma以降),南北に伸びる東部海盆部と,南西方向に伸びる西部海盆部とに分けられる.東部では北緯14°近辺に点在するスカーボロー海山列を中心に,南北に磁気異常11-5d(32-17Ma)が明らかにされている(Briais,1993;Lee and Lawver,1994;倉持,1993).海洋底拡大は,32-17Maの時代を通して起こったと考えられており,それにより生じた海洋性地殻の分布域は,地磁気縞状模様の存在領域およびソノブイのデータから,およそ3,500mの等水深線で囲まれている範囲以深と一致し,海洋性地殻の厚さは6-10kmである(Lee and Lawver,1994).また,海陸境界部での物質の違いを反映して,負の重力異常分布域に淵取りされている(Taylor and Hayse,1980,1983).海域全体の地殻熱流量の平均値は,90mW/m**2で,36-14Maの年代が出されている(Watanabe et al.,1977).海陸の北側境界部にあたる北緯18-19°近辺では,東西に延びるシャープな正負の重力異常と,地磁気平坦面が見られる.南シナ海は深海掘削やコアサンプルがないため,形成年代を決める手段は地磁気解析に依っている.しかしながら,地磁気のデータ密度はまばらであり,特に南西海盆部,東部海盆の南北および西部(Macclesfield Bankの北側)縁辺では,線状異常がはっきりせず,詳細な拡大史が明らかでない.概ね32からl7Maまでに海洋底拡大で形成されたというものの,南西海盆部は約20Maから生じた(Pautot et al.,1990;Jolivet et al.,1987),漸新世末(55Ma)から始まった(Ru and Pigott,1986)という説,白亜紀後期(72Ma)から生じた(Lu et al.,1987)等が挙げられている.

 1993年5月南シナ海北部域,また1994年6月海盆北部をターゲットに,日中共同で詳細な地震波地殻構造および地磁気構造探査を行なった.1993年の調査は,香港南部から南北400kmの長測線と,それに直交する2測線上で,エアガン,ダイナマイトを音源としOBS15台を南北に並べ,海陸境界部の地殻構造を明らかにした.同測線上で,重力,全磁力及び3成分磁力探査を行なった.1994年の調査では,海盆北部域である北緯14-19°,東経114-119°で囲まれた南北方向8測線上で,地磁気探査のみ行なった.また海洋研究所の白鳳丸KH89,KH93-3航海で,南シナ海南西部において3成分磁力値を観測した.

 本研究では,南シナ海初の3成分磁力観測値を,全磁力と併せて解析を行ない2次元の磁化構造を見積った.地磁気3成分値については国際標準磁場IGRF90を差し引き3成分異常を求めた.観測値には,船の針路の動揺による短波長のノイズが見られたため,10kmの節間隔のフィルターリングにより取り除いた.また,実験の期間中には,大きな磁気嵐は観測されなかったため,地球外起源の磁気変化の補正は行わなかった.日変化の波長も一般には大きいが,南シナ海の緯度と船速から考えられる日変化の波長はおよそ300kmであり,ここで取り扱う地磁気異常は200km以下の波長であるので,異なる波長領域を見ていることになり,考慮しなくてもよいとした.その結果以下の特徴が得られた;

 1.北緯18°付近に,海洋性地殻を主たる磁性体とする北限があり,磁気異常11と同定された.

 2.この北限以南の磁気異常11,10,9,8では,断裂帯により縞模様が切られ,東西方向の連続性が失われている.

 3.この海域での地磁気異常は,拡大の途中で拡大方向が細かく変化した.海底地形からは,多くの海山,高まりの存在,単成的な火山活動の痕跡が認められるが,海盆を形成する主要因となった空間的に連続な海嶺そのものではない.

 海盆部の地磁気異常解析と重力および地殼構造のデータを用いて,総合的に構造発達史を推定すると,南シナ海は磁気異常11-7a(32-26Ma)の間,26mm/yrの速度で南北方向へ拡大した.この間の磁気異常は北北西-南南東方向のトランスフォーム断層によって切られており,同方向の応力場が卓越していたことを示唆する.これは正断層が多く見られる,北部および南部域の反射波の記録(Xia et al.,1994)からも推定される.インドブレートとユーラシアプレートの衝突(Scharer et al.,1990)があったとされる時期と一致する.両プレートの衝突により,インドシナ半島と中国が南東方向へ押し出され,その影響で南シナ海縁辺に伸張力がかかり拡大が生じたと考えられる.磁気異常8および6と比較して,斜交した7(25Ma)の形状から,この時期は北北東-南南西方向へと変化していたと考えられる.続く24-22Maでは,また南北方向へと変化し,29mm/yrで進行した.レッドリバー断層は,それまで右横ずれであったが,23Maに左横ずれに変化したことも,拡大方向の変化に寄与したと考えられる.拡大の最終段階は,6-5d(21-17Ma)の間,拡大速度28mm/yrで北西-南東方向に進行した.海盆南西部は,ほぼ北東-南西方向の磁気異常のリニエーションが確認され,6-5e(21-17Ma)と同定された.海盆東部の最終段階と同時期に拡大を始め,拡大軸,拡大方向の変化が短期間に生じ,不安定になったことを示している.

 1993年度の測線上(東経115°)の大陸と海洋性地殻との境界部に,負の重力異常帯,それに重なるようにして地磁気異常の平坦域があり,そこの地殻最上部には凹凸のある音響基盤面と地殻下部には7.0-7.3km/sという高速度層が存在する.この異常域は東側Nissen et al(1995)の測線上(東経118°)でも,観測されるが,西側Nissen et al(1995)の測線上(東経111°)には見られない.これら3測線分の地震波速度構造モデル(Nissen et al.,1995;Hayes et al.,1992;Sekine et al.,1994)をもとに重力/地磁気観測データを説明するモデルを構築した.すなわち,大陸側から堆積層,上部および下部地殻というように順を追って構造を考察する.大陸側から100kmほど海側までは,地磁気異常が±100nTもみられることより,上部に磁化強度の高い火成活動の名残である凝灰岩を主とする堆積層,6.0-6.4km/sの地震波速度を有する上部および6.7-6.9km/sの下部地殻が海側へ100kmほど続く.100-300kmの範囲は,水平方向に200kmほどの広がりを持つ,7.0-7.3km/sの高速度層が存在し,その上に6.5-6.8km/sの引き伸ばされた大陸下部地殻が存在する.上部地殻は凹凸が激しく,それぞれが強い磁性をもつ洪水玄武岩が存在するため,磁気異常の振幅が見かけ上,小さいと考えられる.ここは境界域にあたり,南シナ海が海底拡大により形成される以前のテクトニクスを考察する上できわめて重要である.海側300kmの位置に磁気異常11が確認されることから,これより海側には海洋性地殼(厚さ8km)が存在する.拡大に先立ち,大陸地殻のリフティングが生じ引き伸ばされ,この地殻底に高速度層が付加し,その際に上面に洪水玄武岩として数回の噴出をもたらしたとすると,地磁気異常の平坦域を説明することができる.その後,32MaからはStableな海洋底拡大が進んだと考えられる.

 本研究では,観測を行った北側に注目したが,南部には,Reed Bankに代表されるかっての大陸片が残されており(Hinz and Schluter,1985),海盆南北は互いにconjugate marginとみなすことができる.これは規模こそ小さいが,水平200km及び100km,垂直方向10km程度の,大西洋縁辺域と類似の拡大前の火成活動と考えられる.深海掘削や地殼構造のデータが豊富な大西洋縁辺域は,大陸地殻の割れ始めから拡大までの一連のプロセスが残されており,大陸側から,薄く引き伸ばされた大陸地殻,遷移域,アイスランド・ホットスポットの影響を受けたと推定される地殻,そして海洋性地殻の存在が示唆されている(e.g.,Mutter et al.,1988;Chain and Louden,1994).また7.0-7.5km/sの高速度層,地磁気異常の平坦面,急激な重力異常の変化も観測されている.さらに地殻構造探査から,大陸よりの堆積層下に海側に斜交する反射面が見つかっており,大陸分裂時の大陸地殻上に噴出した洪水玄武岩と推定される.今後,南シナ海でも,高密度地殻探査を行い,大陸地殻の分裂当時の量,年代が押えられれば,複雑な縁辺海域のテクトニクスに普遍性を与える鍵となりうる.

審査要旨

 本論文は6章からなり,第1章は研究の目的と背景について,第2章は研究に用いたデータについて,第3章はデータ解析手法について,第4章は解析結果について,第5章は結果の解釈について,そして第6章には結論が述べられている。

 この論文は,大陸の分裂・海洋底拡大というプレートテクトニクスのダイナミックな過程について,南シナ海における地球物理観測実験の結果を主に用いて研究し,そのグローバルな普遍性について考察を行ったものである。大陸縁辺の地殻に残された拡大初期の変形,変質を,大陸海洋遷移域から海盆にかけての地殻構造,地磁気・重力データから推定し,海洋底が生ずる過程について,特に拡大前のリフティングと拡大期における火成活動の性質について考察し,北大西洋拡大との比較を行った。

 南シナ海は,西太平洋最大の縁海で現在は拡大が終了し,東縁はマニラ海溝に沈み込んでいる。海盆部の地磁気異常から海洋底拡大の過程は,32-17Maの時代を通して起こったと考えられており,それにより生じた海洋性地殻(厚さ6-10km)は,地磁気縞状模様の存在するおよそ3,500mの等水深線で囲まれている範囲以深に分布する。海陸境界部は,負の重力異常分布域に淵取りされているのが特徴である。これ以上の詳細については観測データ密度がまばらで,明らかでなかった。たとえば南西海盆部の拡大は約20,55,72Maと異なる時期が提唱されていた。また,境界部の特徴についての説明も十分ではなかった。

 論文提出者は,日中共同実験として実施された1993年5月の南シナ海北部域,1994年6月の海盆北部における詳細な地球物理学探査のうち,重力,全磁力及び3成分磁力探査データを主に上記目的の研究を進めた。実験は多数の日中共同研究者の参加により実施されたが,地磁気・重力観測は,論文提出者が主体となって観測機器開発,観測データ解析まで行ったものである。第1の成果はこの新たな高精度の地磁気観測データを加えて南シナ海の地磁気異常分布図を改訂したことである。大きな特徴をあげると:(1)北緯18度付近に,海洋性地殻を主たる磁性体とする北限があり,磁気異常11と同定した;(2)磁気異常11,10,9,8では,断裂帯により縞模様が切られている;(3)この海域では,拡大の途中で拡大方向が細かく変化した。

 次に,この結果に加え重力および地殻構造データと総合して構造発達史を推定している。南シナ海は,磁気異常11-7a(32-26Ma)の間,26mm/yrの速度で南北方向へセグメンテーションしながら拡大した。拡大のトリガーとして,同時期のインドプレートとユーラシアプレートの衝突により,インドシナ半島と中国が南東方向へ押し出されたことを可能性として指摘している。

 海盆部は大きく海盆東部と海盆南西部に分けられるが,今回の解析により,海盆南西部は,海盆東部の拡大の最終段階(21-17Maの間,拡大速度28mm/yrで北西-南東方向に進行)と同時期に拡大を始めことが明らかにされた。

 本論文後半では,さらに海盆部北端の大陸海洋境界部(約200km幅)の構造を明らかにして,それを説明する2次元モデルを構築し,拡大初期の過程について論じている。境界部付近では,負の重力異常帯と地磁気異常の平坦域が重なっており,地震学的には地殻最上部に凹凸のある音響基盤面と地殻下部には7.0-7.3km/sという高速度層が存在する。この異常域は少なくとも東経118-115度の範囲には観測されるが,東経111度にまでは広がっていない。大陸地殻のリフティングが生じ引き伸ばされ,この地殻底にマグマが付加し,その際に上面に洪水玄武岩として数回の噴出をもたらした後(地磁気異常を見かけ上小さくする),32Maから海洋底拡大のステージに移行したという解釈を提出している。

 この研究では,同様の解釈が大西洋の縁辺域にも適用されることが示され,グローバルな意義を認められる。このような比較はデータ不足の時代は不可能であった。北大西洋縁辺域は深海掘削や地殻構造のデータが豊富で,7.0-7.5km/sの高速度層,地磁気異常の平坦面,急激な重力異常の変化も観測されている。さらに大陸よりの堆積層下に海側に斜行する地層面が見つかっており,大陸が分裂したときに大陸地殻上に噴出した洪水玄武岩と推定されている。

 この研究では,南シナ海における観測データから,南シナ海拡大過程の詳細を求めたこと,観測された地球物理学的特徴は北大西洋ときわめて類似性が高く,拡大初期の過程は同じものと捉えられることを強く示唆した点で評価される。

 なお,本論文第2章は,木下肇氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。

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