固体惑星の表面の元素組成はその惑星の成り立ちを知るうえで最も基本的な情報である.その惑星に直接ランディングすることなく元素組成を調べる最も有効な方法は大気がない場合は蛍光X線スペクトロメトリーである.アポロ計画による月探査では、月面の約10%弱の領域について蛍光X線観測が行なわれた.月の地殼の元素組成の推定は月の地殻の分化、初期進化の理解に極めて大きな役割をはたし、月の熱的、化学的な進化過程に制約を与える重要な情報を得ることに成功した.現在、日本では小惑星探査と月探査が計画立案されつつあり、筆者らのグループはそれらの探査計画で蛍光X線観測を行うことを提案している.これが実施されれば小惑星の科学、月の科学に対して大きな進歩に貢献できるものと考えられる. 本論文では固体惑星・衛星の表面化学組成探査のための蛍光X線観測用のデバイスの開発とその探査における有効性のチェックが中心課題として述べられている. 惑星探査の蛍光X線観測では特に高い精度が要求されるものは岩石の主要元素であるMg,Al,Si,Ca,Feである.これらの存在比を精度よく観測することで多くの場合は岩石の種類(岩型)が決定される.それを周回軌道から順次場所を移動させて観測することで惑星の表面の元素マッピング、岩石区分が可能となる.これは次の意味で科学的意義が極めて高い. 1)表層物質(地殻)の平均的組成が決定される. 2)表層物質の場所による系統的な組成変化が決定される. 3)各地質構造に対応した元素、または岩石が決定される. このうち1)は惑星の平均組成を知るうえで重要である.ある程度以上大きな惑星は形成初期にコア・マントル・地殻に物質分化しており、地殻の平均組成を知ることはこの初期の大局的進化の過程を知るうえで重要である.このようなことは直接ランディングによる局所的探査では不可能である.2)、3)は惑星の表層に残されている進化の以上に述べた観測・探査を可能にならしめるためには、地質構造に対応する空間的スケールの分解能を持ち、岩石構成主要元素に十分な感度を有する衛星搭載型蛍光X線ディテクターが必要であるが、残念ながら現在のところこのようなスペックを満足するものは存在していない.本研究においてはこのようなディテクターの開発が目的である.過去の蛍光X線観測では使用された機器の性能が低く十分な定量的データが得られなかった.主たる原因はエネルギー分解能が低い比例計数管(PC)が用いられていたためである.本研究では比例計数管よりもエネルギー分解能が2倍良好なガス蛍光比例計数管(GSPC)を数多いX線センサーの中から選択した.その基準は 1)X線天文学において衛星搭載実績があり、基本的な点でのKnow-Howの蓄積がある、2)探査機と惑星表面の間の大きな相対速度にもかかわらず高い空間的分解能を確保するためには短時間で高い計数量を稼ぐ必要があり、ディテクターの大口径化が可能なものである必要性ある.特に2)は固体惑星表面探査に固有の問題であり、本研究における中心的課題である.対地速度、予想される地質構造から求められる空間的分解能、分析に必要な統計的に有意な計数量 という3つの制約条件からX線センサーの有効面積は100cm2程度必要であることが明らかになった. 大口径センサーを目指したGPC試験モデルを制作しその性能試験を実施した.入射X線のエネルギーに対して出力波形が線形であること、エネルギー分解能が良好であること、大口径センサーのどの面に入射しても出力特性が変化しないことなどが試験項目である.前2者は比較的容易に実現された.入射位置に関する依存性の解消のために、湾曲グリッドを用いた入射位置依存性を補償する手段が考案された.数値シミュレーションによって最適なグリッドの湾曲構造を求め、それを室内実験において検証するという手法をとった.その結果ほぼ完全な入射位置の補償が直径60mmまでは可能となった.数値計算上は直径100mmでも十分開発可能という結果が得られているので大口径化の問題はほぼクリアーしたと判断した. さらにここで開発してきたGSPCの改良型モデルを使用して岩石、隕石の元素分析を行った.これは将来の惑星探査機による蛍光X線観測において惑星表層物質の元素組成を決定するための解析システムを構築するための基礎実験である.解析ソフト自体はファンダメンタル・パラメーター法に基き、2次の蛍光X線までを考慮にいれて解くものを独自に開発した.実際には地球の様々な岩石や隕石試料に対して約10%の精度で多くの主要元素の組成が決定できることが確認された. 本研究において実際の蛍光X線探査において実用レベルで機能をはたすことができるシステムが可能になったと判断している. |