学位論文要旨



No 111683
著者(漢字) 岡田,達明
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,タツアキ
標題(和) 惑星表面の蛍光X線観測に関する基礎研究
標題(洋) Basic Study for XRF Spectrometry of Planetary Surfaces
報告番号 111683
報告番号 甲11683
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3047号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 栗田,敬
 東京大学 助教授 八木,健彦
 宇宙科学研究所 教授 水谷,仁
 東京大学 教授 井上,一
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨

 固体惑星の表面の元素組成はその惑星の成り立ちを知るうえで最も基本的な情報である.その惑星に直接ランディングすることなく元素組成を調べる最も有効な方法は大気がない場合は蛍光X線スペクトロメトリーである.アポロ計画による月探査では、月面の約10%弱の領域について蛍光X線観測が行なわれた.月の地殼の元素組成の推定は月の地殻の分化、初期進化の理解に極めて大きな役割をはたし、月の熱的、化学的な進化過程に制約を与える重要な情報を得ることに成功した.現在、日本では小惑星探査と月探査が計画立案されつつあり、筆者らのグループはそれらの探査計画で蛍光X線観測を行うことを提案している.これが実施されれば小惑星の科学、月の科学に対して大きな進歩に貢献できるものと考えられる.

 本論文では固体惑星・衛星の表面化学組成探査のための蛍光X線観測用のデバイスの開発とその探査における有効性のチェックが中心課題として述べられている.

 惑星探査の蛍光X線観測では特に高い精度が要求されるものは岩石の主要元素であるMg,Al,Si,Ca,Feである.これらの存在比を精度よく観測することで多くの場合は岩石の種類(岩型)が決定される.それを周回軌道から順次場所を移動させて観測することで惑星の表面の元素マッピング、岩石区分が可能となる.これは次の意味で科学的意義が極めて高い.

 1)表層物質(地殻)の平均的組成が決定される.

 2)表層物質の場所による系統的な組成変化が決定される.

 3)各地質構造に対応した元素、または岩石が決定される.

 このうち1)は惑星の平均組成を知るうえで重要である.ある程度以上大きな惑星は形成初期にコア・マントル・地殻に物質分化しており、地殻の平均組成を知ることはこの初期の大局的進化の過程を知るうえで重要である.このようなことは直接ランディングによる局所的探査では不可能である.2)、3)は惑星の表層に残されている進化の以上に述べた観測・探査を可能にならしめるためには、地質構造に対応する空間的スケールの分解能を持ち、岩石構成主要元素に十分な感度を有する衛星搭載型蛍光X線ディテクターが必要であるが、残念ながら現在のところこのようなスペックを満足するものは存在していない.本研究においてはこのようなディテクターの開発が目的である.過去の蛍光X線観測では使用された機器の性能が低く十分な定量的データが得られなかった.主たる原因はエネルギー分解能が低い比例計数管(PC)が用いられていたためである.本研究では比例計数管よりもエネルギー分解能が2倍良好なガス蛍光比例計数管(GSPC)を数多いX線センサーの中から選択した.その基準は 1)X線天文学において衛星搭載実績があり、基本的な点でのKnow-Howの蓄積がある、2)探査機と惑星表面の間の大きな相対速度にもかかわらず高い空間的分解能を確保するためには短時間で高い計数量を稼ぐ必要があり、ディテクターの大口径化が可能なものである必要性ある.特に2)は固体惑星表面探査に固有の問題であり、本研究における中心的課題である.対地速度、予想される地質構造から求められる空間的分解能、分析に必要な統計的に有意な計数量 という3つの制約条件からX線センサーの有効面積は100cm2程度必要であることが明らかになった.

 大口径センサーを目指したGPC試験モデルを制作しその性能試験を実施した.入射X線のエネルギーに対して出力波形が線形であること、エネルギー分解能が良好であること、大口径センサーのどの面に入射しても出力特性が変化しないことなどが試験項目である.前2者は比較的容易に実現された.入射位置に関する依存性の解消のために、湾曲グリッドを用いた入射位置依存性を補償する手段が考案された.数値シミュレーションによって最適なグリッドの湾曲構造を求め、それを室内実験において検証するという手法をとった.その結果ほぼ完全な入射位置の補償が直径60mmまでは可能となった.数値計算上は直径100mmでも十分開発可能という結果が得られているので大口径化の問題はほぼクリアーしたと判断した.

 さらにここで開発してきたGSPCの改良型モデルを使用して岩石、隕石の元素分析を行った.これは将来の惑星探査機による蛍光X線観測において惑星表層物質の元素組成を決定するための解析システムを構築するための基礎実験である.解析ソフト自体はファンダメンタル・パラメーター法に基き、2次の蛍光X線までを考慮にいれて解くものを独自に開発した.実際には地球の様々な岩石や隕石試料に対して約10%の精度で多くの主要元素の組成が決定できることが確認された.

 本研究において実際の蛍光X線探査において実用レベルで機能をはたすことができるシステムが可能になったと判断している.

審査要旨

 『Basic Study for XRF Spectrometry of Planetary Surfaces(惑星表面の蛍光X線観測に関する基礎研究)』と題するこの論文は、将来の固体惑星探査において、蛍光X線による惑星表面の主要元素グローバル・マッピングを行うための観測機器、蛍光X線分光計(XRS)の基礎開発を中心とした開発的研究である。この類の機器開発は地球惑星科学の中でも緊急に必要かつ重要とされる分野であり、タイムリーな研究として高く評価できる。実際に開発した機器はX線天文衛星で実績のあるガス蛍光比例計数管(GSPC)である。しかし惑星探査用として最適なスペックを検討した上で、大口径かつ極薄膜の入射窓を有する型を考案し、惑星探査用への転用に成功したことは、日本による蛍光X線探査を可能にし、より高い観測精度を目指す今後の惑星探査のニーズに応える意味で、この研究の果たす科学的意義は大きい。

 論文を概観すると、(i)全体のレビューと問題設定、(ii)蛍光X線の数値モデリング、(iii)機器選定と機器開発、(iv)蛍光X線観測の室内模擬実験、(v)探査構想と提案、という構成で大別される。数値モデリングでは、太陽X線のような連続成分を持つ複雑なスペクトル形状をもつ蛍光X線の励起源に対しても、高精度で蛍光・散乱X線強度を算出できる計算機コードSPXを新たに開発している。それを用いて各種岩石・隕石に対する蛍光X線スペクトルを算出し、各物質に対する蛍光X線スペクトルの形状や絶対強度を比較し、Mg-Al-Si(-S)のX線強度比で代表的な岩石タイプや系列がほぼ決定できることを見出している。また、K系列だけでなく、FeのL線の検出の可能性も見出されている。惑星からの蛍光X線放射強度を算出するものとしてこのコードは現在世界1の精度があり、観測運用、装置開発、データ解析を実施する上で、重要な成果と見なすことができる。

 天文衛星と異なり、惑星探査機は表面に対して相対運動をするため、1地点に対して長い積分時間を確保することができない。そこで蛍光X線強度の計算結果や探査機搭載時のリソースの制約からも、小型・軽量・省電力かつ短い積分時間で計数が確保できるGSPCがX線センサーとして最適だと判断し、GSPCを用いたXRSの機器仕様を検討している。GSPCの製作に際しては、X線入射窓の貼付法等についての新技術の開発も行った(名大理と共同)。更に、製作したGSPCの性能試験や元素分析試験を行うため、独自に実験・計測系を組み上げ、その結果、最終的に元素定量分析が可能な性能を有する大口径GSPCが完成された。特に、入射窓の大口径化を達成するために、数値シミュレーション(計算機コードGRDXを新規開発)による湾曲した電極グリッド構造を設計し、更にプレス加工により製作した湾曲グリッドを用いた室内実験で確認することによって、X線の入射位置依存性を解消している。湾曲グリッド型GSPCは、小型ながら大口径入射窓をもつ新型センサーであり、惑星探査を中心に幅広い分野での応用の利くセンサーの開発として高く評価できる。

 機器の性能確認に止まらず、蛍光X線観測の室内模擬実験を行っている。実際の蛍光X線観測で得られるデータは、惑星からの蛍光・散乱X線放射、太陽X線、各センサーの校正値、太陽・表面・探査機の位置関係や探査機姿勢のデータのみであり、それらから元素定量分析が可能な計算機コードELMXを新規開発した。計数誤差や校正誤差による影響を運用試験として計算機上で評価した後、元素分析試験に適用した。10ミクロン以下の細粒の粉末を混合した6組成成分の岩石シミュラントに対する実験で、10%程度の決定精度があることが示された。これは岩型決定には十分、詳細な分類も一応可能な精度であり、ELMXが将来の蛍光X線探査における解析システムとして機能し得ることが確認された。

 以上から、探査機による惑星表面の蛍光X線観測を行うという1つのビジョンをもって研究計画を立て、各段階において理論・実験・シミュレーションを含めた広範囲かつ適切な処置を取ってきたことが読み取られる。ここに、筆者の研究者としての高いセンスと技能が顕著に見られる。この論文の成果は、近い将来に実現する、日本の小惑星探査、月探査に実際に応用される予定である。また、それに続く探査として水星や別の小惑星探査への利用も期待されている。筆者は独自の研究を地道に行うだけでなく、探査計画を実際に提案し、また計画実現に向けて積極的に運動してきている。研究の実務能力のみならず、独創的な視点や研究の構想力に卓抜しており、長期展望をもって大業を成す資質のある優れた研究者であると、この論文から推察される。

 よって、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。

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