内容要旨 | | マントルの粘性を見積もることは古くからの課題であった.以前は後氷期上昇運動の速度から粘性構造を求める方法が主流であったが,最近の10年において,全球規模の地震波トモグラフィーの発展と相まって,トモグラフィーに基づく対流計算から粘性構造を求める研究方法が開発され,脚光を浴びてきた.しかし,研究グループにより地震波速度異常から密度興常を推定する際の解釈が大きく異なり,その結果,全く違う粘性構造を求めてしまっている.この問題について,どの様な粘性構造が正しいかを,より現実的な密度異常モデルを用いることにより判定した. 最近開発された,粘性構造を推定する方法を簡単に説明する.地震波トモグラフィーによって得られたマントル内3次元速度構造を,高速度異常は高密度異常,逆に低速度異常は低密度異常というような比例関係を仮定して,密度構造に変換する.また,マントルの粘性構造を仮定する.これらの密度構造と粘性構造から,流体力学の方程式に基づき瞬間的なマントル対流を計算し,密度構造そのものと対流による地表及びコアーマントル境界の変形からくる密度異常の足し合わせとして,地表で観測されるべきジオイドを計算する.そして.観測値ジオイドを満足するような粘性構造を推定するというものである.今までの研究では,研究グループにより用いる密度構造に違いがあり,その結果推定される粘性構造も違ったものとなっていた.これらのグループは深さ400kmより深いマントルでは,同じ密度を用いているが,400km以浅のマントルについては,全く違う密度構造を用いている.これらは主に2つのグループに分けられる.Aグループは,沈み込み帯に高密度スラブを挿入しているが,Bグループではトモグラフィーの結果をそのまま密度に変換し,結果的に低密度な沈み込み帯となっている.A,Bのグループが求めた粘性構造を図1に示し,それぞれ粘性A,粘性Bと名付ける.粘性Aは低粘性アセノスフェアを有し,粘性Bは低粘性遷移層を有することが特徴である. 図1: 典型的な粘性構造であるA(左)とB(右) 一方,400km以浅のマントルの密度異常を考える際に,化学異常が存在する場合,先に述べた,速度異常-密度異常の比例関係が成り立たない.これが顕著に現れるのは,高速度異常であるにもかかわらず低密度であるといわれる,大陸下のテクトスフェアである.いままでの研究ではテクトスフェアの存在が無視され,その部分には速度異常からそのまま変換した高密度異常を与えていた. 本研究では,低密度テクトスフェアを古い大陸下300kmまで挿入してやり,より現実的な密度異常モデルを用いた.沈み込み帯の密度については化学異常が含まれてはいるものの,その度合いが不確定であるのでパラメータとした.高密度スラブを挿入した場合は密度(),速度構造から変換した場合は密度()と名付ける.残された海洋域の密度構造については,速度異常からそのまま変換した.これら,(),()の密度と,(A),(B)の粘性を組み合わせて長波長ジオイド(球関数次数2-8次,及び5-12次)を計算し,どの組み合わせが最も良く観測値ジオイドを説明するかを調べた.また,これとは別に,海洋域では(),()の密度とも同じで,速度異常と密度異常が良く対応していると考えられるので,この領域に限った解析をおこない,粘性(A),(B)のどちらが良いかも調べた.この場合,全球解析ではないので,長波長ではなく,中波長ジオイド(12-25次)を用いた. その結果,長波長の解析においては,粘性(A)と密度()の組み合わせが最も良いことがわかった.観測値ジオイドとこの組み合わせで計算されたジオイドとを,それぞれ次数5-12次について,図2a,図2bにそれぞれ示す.両者が非常に良く一致していることがわかる.次数5-12次の合計での相関は0.8であった.一方,各次数についての相関をグラフにしたものを,図3a,3bに示す.このグラフからも,(A),()の組み合わせが良いことがわかる.また,中波長の解析においては,解析領域が十分に広くとれた太平洋について,粘性(A)による次数12-25次での相関は0.39,粘性(B)では0.13で,明らかに粘性(A)が良いことがわかる.相関係数の値は,次数により統計的信頼度が違ってくるが,中波長における相関0.39は,信頼度90%を越える非常に高いものである.中波長ジオイドについても,次数12-25次の観測値ジオイドと計算されたジオイドを図4a,4bに示す.太平洋のジオイドの高低の目玉が良く一致していることがわかる. 図表図2: 長波長ジオイド(次数5-12)の観測値(左)と計算値(右)黒は負のジオイド. / 図3: 観測値と計算値の次数毎の相関係数.左は密度(),右は密度()でそれぞれ粘性AとBの場合が示されている. / 図4: 中波長(12-25次)のジオイドの観測値と計算値.黒は負のジオイド. 以上見てきたように,これまで不確定であった,粘性(A),(B),及び密度(),()について,はっきりした結論を出すことができた.すなわち,低粘性アセノスフェアを有する粘性(A),沈み込み帯が高密度である密度()が現実的なモデルであることがわかった.この結果は粘性構造の微小な変化,例えばアセノスフェアの厚さの変化,及び与えた密度以上の大きさの違いについて,非常に安定した結果である. |
審査要旨 | | 本論文は3章からなっている.第1章では,粘性の推定に関するこれまでの研究の説明を行い,それらの問題点を指摘し,解決方法を提示する.第2章では,その解決方法による具体的な計算方法,及びその結果を示す.第3章では,その結果に基づく議論を行なっている.以下に本論文の内容とその審査結果について述べる. マントルの粘性を推定する研究は古くからの課題であった.これまでは,後氷期上昇運動の様態から粘性を推定する研究方法が主流であったが,最近,全球規模のマントル対流から粘性を推定する方法が見いだされ,これについても多くの研究が成されてきた.これは,3次元全マントル密度構造を与え,仮定した粘性を用いて瞬間的な3次元対流パターン及び地表でのジオイドを計算し,観測値ジオイドと比較することにより,仮定した粘性に修正を加えていくものである.マントル密度構造は,近年発展してきた全球地震波トモグラフィーによる速度構造から,速度異常が密度異常に比例するとして推定したものである.瞬間的な対流のみを考えればよいのは,マントルの粘性が非常に高く,慣性項を無視できるからである.また,ジオイドは,マントル内密度異常そのものによる重力場の変化と,対流にともなう密度境界(すなわち地表及び核-マントル境界)の変形によるそれとの足し合わせで決まる. こうした研究からこれまでにいくつかの粘性モデルが提唱されてきたが,密度構造の推定方法の違いから,それらのモデルは研究者により全く異なったものであった.これらの粘性モデルは主に2通りに分類される(本論文中の記述を用いれば,粘性A,B).これらはそれぞれ,低粘性アセノスフェアモデル,低粘性遷移層モデルと呼べるものである.ここで,密度構造の推定方法の違いとは,沈み込み帯付近の浅いマントルの速度異常をどう解釈するかの違いである.一般に大局的に見た場合,沈み込み帯の浅いマントルは低速度異常を示し,密度が軽いことが予想されるが,実際には体積的には小さいが高密度である沈み込むスラブも存在する.粘性Aを主張するグループは沈み込み帯にスラブにともなう高密度異常を与え,粘性Bを主張するグループはトモグラフィーの結果通り,低密度マントルを与えている.その他のマントルの領域は両者とも基本的にトモグラフィーによる速度異常から密度異常を求めている.これらの大きく異なった密度構造モデルからでも,それぞれ粘性A,Bを用いることにより観測ジオイドを説明できる結果,粘性がひと通りに確定せず研究に行き詰まりを見せていた. 本論分ではこれらどちらの粘性が正しいかを見極めるために,次の2通りの解析を試みた.どちらの粘性が正しいかを見極めることは,沈み込み帯の密度が大局的に見て,高密度であるのか低密度であるのかを見極めることにもなる. 1.「長波長ジオイド解析」 上で述べたどちらの密度モデルを用いても観測ジオイドを説明できてしまうことから,既知の範囲でより現実的な密度モデルを採用した.それは古い大陸下300kmまでのびる低密度テクトスフェアを考慮することである.一般にテクトスフェアは,温度が低いことによる密度増加の効果と同等か或いはそれを上回るほど,組成的に周囲のマントルより軽いと考えられている.テクトスフェアは地震波速度が速いため,単純に密度に換算すると高密度となってしまい,これまでの密度推定の大きな矛盾点となっていた.そこで,沈み込み帯の密度の解釈は2通りのまま,テクトスフェア部分に低密度を与えてジオイドの計算を行った.その結果,唯一沈み込み帯に高密度スラブを与えた密度モデルと粘性Aとの組み合わせの場合のみ観測ジオイドを説明できることが示された. 2.「中波長ジオイド解析」 上とは独立な方法として,これまで密度推定が不確定であった沈み込み帯とは無関係な,海洋域のみでの解析を行った.一般に海洋域のマントルは組成が均一で,速度異常がそのまま密度異常を反映していると考えられている.この場合,全球解析ではないので中波長のみを取り出した解析となる.結果として,中波長解析からも,粘性Aのみが観測ジオイドを説明できることが示された. 以上述べたように,本論文は新たに現実的な密度モデルを採用することによって,統一的見解が得られていなかった対流に基づく粘性推定の研究分野において,唯一正しい粘性モデル及び密度モデルを提示した非常に重要な研究である.この成果は博士(理学)の学位にふさわしいものと判定される. |