学位論文要旨



No 111685
著者(漢字) 多田,卓
著者(英字)
著者(カナ) タダ,タク
標題(和) 境界積分方程式法で解く自由形状2次元亀裂の動力学と静力学
標題(洋) Boundary Integral Equations for the Time-Domain and Time-Independent Analyses of 2D Non-Planar Cracks
報告番号 111685
報告番号 甲11685
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3049号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 教授 松浦,充宏
 防災科学技術研究所 主任研究官 福山,英一
 東京大学 教授 島崎,邦彦
 東京大学 教授 山下,輝夫
内容要旨

 地震断層面上の破壊挙動の複雑性を物理学的にモデル化する際には、平らな断層面上の破壊特性の不均質性として取り扱うことが、従来普通であった。実際には、平面からはずれた断層形状の不規則性が、破壊特性の不均質性の実体なのではないかとも考えられていたが、非平面的な形状の亀裂の動力学(ダイナミクス)を扱うことのできる数値的手法が最近に至るまで確立されていなかったため、やむを得ず平面で表現していたのである。しかし断層面の屈曲や弯曲、分枝の形成といった非平面的な特徴が広汎に存在することは断層の実地調査からよく知られており、このような非平面形状の亀裂の動力学を取り扱うことのできる数値的手法を開発することが、地震破壊の複雑性をよりよく理解するために重要である。

 まっすぐな2次元亀裂や平らな3次元亀裂の動力学解析を時間領域内で行う数値的手法は、差分法や境界積分方程式法、有限要素法を用いるものが以前から開発されており、広く実用化されている。また自由形状の2次元亀裂の静力学的な解析の手法も、境界積分方程式法によるものが知られている。しかし自由形状の亀裂の動力学解析の手法はほとんど開発されていない。数学的取り扱いの容易な並行亀裂系の場合を除けば、わずかにKoller,Bonnet and Madariaga(1992)が自由形状の2次元面外亀裂の動力学を境界積分方程式法で解析する手順を示しているが、その定式化は十分簡素化されているとはいえない。

 本研究では正則化された境界積分方程式を導くことにより、無限均質等方媒質中に置かれた自由形状の2次元亀裂の動力学を、初めて面外亀裂および面内亀裂の両方の場合について解析することができるようにした。

 弾性体力学の表現定理によれば、2次元の無限均質等方媒質中に1個または複数の亀裂が置かれている場合、媒質内の任意の点(観測点)・任意の時刻における弾性場(変位場・応力場)は、亀裂面上のすべり分布の時間履歴関数をある積分核とともに時間・空間領域でたたみこんだもの(convolution)として表現される。この表現定理で観測点を亀裂面に無限に近づける極限操作を行えば、亀裂面上の応力を亀裂面上のすべりと関連づける境界積分方程式が得られる。この積分方程式を逆問題(inversion)として解けば、与えられた亀裂面上での応力降下量(の分布の履歴)に対し、亀裂面上のすべり(の分布の履歴)を求めることができる。しかしこの積分方程式の積分核には超特異点が現れるため、これを数値計算に乗せるためには何らかの工夫が必要とされる。

 本研究ではKoller,Bonnet and Madariaga(1992)およびCochard and Madariaga(1994)の正則化法を応用してこの超特異点を除去し、Cauchy主値積分として評価できる形にまで変形した。部分積分法に基づくこの正則化の手順は本研究の中で大きな比重を占めており、本研究の最も独創的な点の一つである。正則化して得られた面外亀裂の動力学方程式はKollerらの示した式に比べるとはるかに簡潔でわかりやすく、数値計算に応用しやすい形となっている。一方正則化された面内亀裂の動力学方程式は面外亀裂の場合に比べるとかなり煩雑な式であるが、これは本研究で初めて示されたものである。

 同様に時間に依存しない静力学的な問題設定の場合にも、弾性体力学の表現定理から出発して、亀裂面上の応力を亀裂面上のすべりと関連づける境界積分方程式を得ることができる。静力学的な場合の積分核は超特異性をもたず、そのままの形でもCauchy主値積分として評価できるので、正則化の手順は不要である。本研究では動力学的な場合と同じ表記に従って、静力学的な境界積分方程式をも示し、2つの場合を直接的に比較対照できるようにした。自由形状の2次元面外・面内亀裂に対する静力学方程式の導出自体は本研究が初めてではないが、従来異なった研究グループによりまちまちな表記で示されてきた動力学と静力学の方程式を、初めて統一的な表記で整理して示したことは本研究の重要な意義の一つである。

 得られた表式を実際の数値計算に乗せるためには、亀裂面上の応力分布およびすべり分布という連続区間で定義された関数を、離散的な有限個の点(集積点という)で代表させなければならない。本研究ではこれらの関数を、各有限区間内で一定値をとる棒グラフ状の関数でもって表現する「区分的0次近似」の手法を用いて関数の離散化を行った。離散化によって境界積分方程式は、有限個の未知数をもつ連立線形方程式に帰着され、数値的な取り扱いが可能となる。

 導いた境界積分方程式および数値計算法の正しさと有効性を確かめるため、動力学的および静力学的な若干の問題について、数値計算結果を既知の厳密解と比較して検算を行った。一定応力下で自己相似的に時間発展する亀裂の問題(Kostrovの問題)を面外剪断、面内剪断、面内引っ張りの3つのモードで解いたところ、数値解と厳密解とはいずれもよい符合を示した。また等長等間隔の3つの分枝から成る亀裂や、円弧状亀裂が静力学的な面外剪断応力下に置かれたときの亀裂先端の応力拡大係数を求める問題でも、数値解と厳密解とはよく一致した。

 さらに応用例として、まっすぐな主枝の両側に多数の斜め方向の小分枝が出た形をもつ「糸鋸状」の亀裂の力学を面外剪断と面外剪断、動的な場合と静的な場合のすべての組み合わせについて数値的に計算し、亀裂先端における応力集中の度合いを求めた。この「糸鋸状」亀裂モデルは、旧来の計算法では扱うことのできなかったモデルであり、亀裂の非平面的形状や分岐が先端での応力集中レベルにどのような効果をもたらすか見積もることを目的としている。計算によると、動力学的な面内剪断問題においては次々と分岐が起こるにつれ、亀裂主枝がますます長くなってゆくにもかかわらず、先端の応力集中レベルは逆に一時的にはっきりと低下することが観察された。これは分岐によって応力集中が各分枝に分散されるためであるが、この計算結果から、分岐によって亀裂進展が停止しやすくなることが示唆される。

 最後に、滑らかに曲がった2次元亀裂が、線分亀裂要素の連鎖で分割間隔を無限に細かくしていった極限と等価であるがどうかという問題を検討し、この2つは面内剪断問題においては一致しないという、従来看過されてきた重要な事実を指摘する。すなわち滑らかな曲がりは線分要素の連鎖としてではなく、あくまで滑らかな曲がりの形を保持したままで数値モデル化しなければならない。2通りの形状によって、亀裂力学の計算結果、とりわけ亀裂沿いの垂直応力の分布は大きく食い違うことがありうるため、注意が必要である。これは、曲がり部分における亀裂の方向変化が連続的であるか不連続的であるかによって、亀裂上の応力と亀裂上のすべりとを結びつける境界積分方程式の積分核が異なる形をもつからであり、より直感的な言い方では、不連続な折れ曲がり位置で面内剪断すべりが抑止される効果に起因する。なお面外剪断問題および開いた面内亀裂の問題においては、滑らかな曲がりを線分要素の連鎖の極限形で表現しても差し支えない。

審査要旨

 本論文は自由形状の2次元亀裂の力学を支配する境界積分方程式を最も一般化されたすべての場合について導き、数値的応用例を示すとともに、曲がった2次元亀裂の空間的離散化法に関する一つの問題点を指摘したもので、6章から成っている。過去の研究のレビューと本研究の位置づけを述べた第1章と、結語の第6章を除けば主要部分は4章であり、このうち第2章は境界積分方程式の導出手順、第3章は数値計算の手法と若干の場合についての検算、第4章は多数の分枝をもつ複雑形状の亀裂モデルに新しい境界積分方程式法を適用した結果、第5章は曲がった亀裂の空間的離散化に関する問題点の指摘に、それぞれ充てられている。

 第2章では弾性体力学の表現定理を基礎として、無限均質等方媒質中に置かれた自由形状の2次元亀裂の力学を支配する動力学的・静力学的な境界積方程式を、面外亀裂と面内亀裂の双方の場合について導いた。このうち動力学的な定式化は、時間領域内で行われた。動力学的問題の場合、積分方程式のなかに形式上超特異点が現れるが、本論文ではKoller,Bonnet and Madariaga(1992)およびCochard and Madariaga(1994)の正則化法を応用してこの超特異点を除去し、Cauchy主値積分として評価できる形にまで変形した。部分積分法に基づくこの正則化の手順は第2章のなかで最も主要な部分を占めている。また面内亀裂問題に対する時間領域での定式化は、本論文で初めて導かれたものである。さらに静力学的な場合の境界積分方程式が、動力学的な場合と共通の統一的な表記に従って示された。

 第3章では得られた表式を数値計算に乗せるための空間・時間的離散化手法が議論された。連続区間で定義された関数を、離散的な有限個の集積点で代表させるに当たって本論文では、これを各有限区間内で一定な棒グラフ状の関数でもって近似するという「区分的0次内挿」の手法を採用している。あわせて厳密解の知られているいくつかの動力学的・静力学的な2次元亀裂問題について、数値的に求められた解が厳密解とよく一致することが示された。なかでも自己相似的に時間発展する亀裂のいわゆるKostrov問題に関しては、3種類の破壊モードに対応する厳密解が従来知られていたよりもさらに一歩進んだ形で、「付録B」という別章に詳細に記述された。

 第4章では応用例として、まっすぐな主枝の両側に多数の斜め方向の小分枝が出た形をもつ「糸鋸状」の亀裂の力学が、新しい境界積分方程式法を用いて数値的に取り扱われ、とりわけ亀裂の先端における応力集中の度合いに関心が集中された。計算によると、動力学的な問題では次々と分岐が起こるにつれて応力集中の分散が起こり、とくに面内亀裂の場合には亀裂主枝がますます長くなってゆくにもかかわらず、先端の応力集中レベルの一時的な低下が観察された。この計算結果は、分岐が亀裂破壊の減速・停止機構のなかで重要な役割を果たしているという考察を裏づけるものである。

 第5章では、滑らかに曲がった2次元亀裂が、線分亀裂要素の連鎖で分割間隔を無限に細かくしていった極限と等価であるかどうかという問題が検討された。その結果、この2つの形状は面内剪断問題においては等価ではなく、同一の条件に対しても異なった解を生み出しうるという、数値計算上重要な事実が指摘された。従って滑らかな曲がりを数値モデル化する場合には、線分要素の連鎖としてではなく、あくまで滑らかな曲がりの形を保持したままで取り扱わなければならない。これは、曲がり部分における亀裂の方向変化が連続的であるか不連続的であるかによって、亀裂力学を支配する境界積分方程式の積分核が異なる形をもち、どんなに分割間隔を細かくしても、この差異が解消されないからである。なお面外剪断問題および開いた面内亀裂の問題においては、曲がりの分割表現に関する同様の問題は生じない。

 以上をまとめると、自由形状の2次元亀裂の力学を記述する正則化された境界積分方程式が、初めて時間領域の動力学問題と静力学問題、面外問題と面内問題のすべての組み合わせをカバーする形で導かれ、統一的な表記法で表現された。またこれらの新しい表式が、実際に数値計算に応用可能であることが示された。あわせて面内剪断問題においては、滑らかに曲がった亀裂が、線分亀裂要素の連鎖で分割間隔を無限に細かくしていった極限と等価ではないという、従来看過されてきた重要な事実を初めて指摘した。以上の業績は地球惑星物理学、特に理論地震学の発展に寄与するものである。本論文は指導教官である山下輝夫教授との共同研究であり、また第4章は梅田康弘教授、亀伸樹氏を加えた4名の共同研究であるが、全編にわたって申請者の独創性に負うところが大きく、よって博士(理学)の学位を授与するにふさわしいものと認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53903