本論文は、8章からなり、第1章で関連論文の紹介、第2章、第3章で観測とデータの基本的な性質を説明している。第4章では外部磁場変動による誘導分についての解析と解釈が行われ、第6章では海流による誘導分について記述されている。第5章と第7章はその他の成分(潮汐と永年変化)についての簡単なまとめである。 本論文は海底同軸ケーブル4本を用いて地球規模(約3000〜5000km)で地電位差を測定し、外部磁場変動による誘導と海流による誘導に着目して、前者はフィリピン海の上部マントルまでの電気伝導度分布について、後者は北太平洋の大規模な海流と風の関連について、それぞれ述べたものである。本研究の一つの特徴は、太平洋の異なる場所で大規模な地電位差の連続観測を行い、十分な量のデータに基づいて詳しい解析を行ったことである。地震研所有の二宮〜グアムケーブル(2、700km,GN)に加えて、3本の他のケーブル(GP、GM、HAW-1)を用いて1〜4年の観測を実施しているが、始めの3本のケーブルについては論文提出者が観測面において大きく貢献した。長期観測を行ったことでデータの使用範囲を広げることができ、質の悪いデータも研究に使用可能なことを示したことに加え、大規模な地電位差変動では微弱と考えられていた成分を安定に取り出す手法を見つけた。近年、国際電話通信用の海底同軸ケーブルシステムが相次いで引退したことから太平洋を覆う地電位差観測網が実現しつつあるが、本研究の成果は今後この観測網を地球物理学的に活用する際の一つの指針を示している。 本研究の主な結論は次のようなものである。 1)外部磁場による電位差変動の研究では、GN・GPケーブルの電位差とケーブルの両端に近い3点の地球磁場のデータにMT法を適用し、直交する二方向についてフィリピン海プレートの平均的な一次元電気伝導度構造モデルを求めた。GNから推定されたモデルは海底下に80kmの低電気伝導度層を示しこれまでに知られているプレートモデルと調和的であるが、GPから推定されたモデルは低電気伝導度層の厚さが300kmあり、低電気伝導度層とプレートのリソスフェアを対応させて考える一般的なプレートモデルからは受け入れ難い。GNとGPのモデルに現われた著しい違いは、3次元的な海陸分布を取り入れたMakirdyらによる薄層近似モデリング(と沈み込むスラブの影響を考慮した歌田の2次元モデリングで説明できることがわかった。すなわち、表層の海陸分布がGPの電場をゆがめ一次元構造でみたときに低電気伝導度層を厚くする効果を与えていること、GNに対する海陸分布の影響はGPの場合よりも小さいこと、太平洋プレートの沈み込みが影響しているとすればGNの長周期成分に限られること、が示唆された。結局、GNで得られたタイプの一次元モデルがGN・GP両方を満足しフィリピン海プレートの電気伝導度分布として最適であるが、より深部ではスラブの沈み込みを考慮する必要があることがわかった。 2)海流による電位差変動の研究では、HAW-1ケーブルの電位差からホノルルの磁場を参照して外部磁場による誘導分を取り除き、3.6年分の海流による電位差変動を抽出することに成功した。次に、海流を駆動する気象観測量とHAW-1の電位差の間に高い相関が見られることを見つけた。周期5〜130日にわたり、ケーブルの電位差はECMWFによる海面上の風、圧力と太平洋上の広い範囲で最高0.8の高い相関を示す。これまで西岸境界流域に設置された数百km以下のケーブルでは海水の流量と電位差に比例関係があることが知られていたが、強い定常流がない地域の4000kmのケーブルでも同様の現象があることが示唆された。また、相関の高い地域・周期はデータの期間によって異なっており、地球規模の気候変動を捉えている可能性がある。以上により、強い表面海流がない地域でもケーブルによって海流による電位差変動が観測できることがわかった。海洋変動でこのような長期間の連続データが得られた例は極めて稀であり、海底ケーブルの今後の利用に新しい可能性を示した。 よって、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。 |