学位論文要旨



No 111686
著者(漢字) 藤井,郁子
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,イクコ
標題(和) 地球規模の地電位差変動の考察
標題(洋) On Geoelectric Potential Variations Over a Planetary Scale
報告番号 111686
報告番号 甲11686
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3050号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠原,順三
 東京大学 教授 杉ノ原,伸夫
 東京大学 助教授 歌田,久司
 東京大学 教授 河野,長
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨

 国際電話通信に用いられてきた海底同軸ケーブルシステムが近年相次いで引退時期をむかえたのに伴い、これらのケーブルを用いた大規模な地電位差変動の長期間にわたる観測が可能になった。地球規模で観測される電位差の原因には、外部磁場変動による誘導、海流による誘導、地球中心核のトロイダル磁場に伴う電場の漏れだし、の3種類がある(Meloni et al.,1983)。これらはいずれも地球科学的に重要な情報を含んでおり、長期観測が可能になった現在、大規模な地電位差変動を精査することはたいへん意義深い。本研究は,数千km規模の電位差観測を行い,観測値データのうち比較的周期の短い成分に注目して、(1)外部磁場変動によって誘導された電場変動から二地点間の海底の平均的な電気伝導度構造を推定すること、(2)海流によって誘導された電場変動からケーブルを横切る海流の性質を調べること、の二点を目的とする。

 これらの目的のため四本の太平洋横断ケーブルを使用した。そのうち、西太平洋にあるGN(グアム-二宮、全長2700km)・GP(グアムーフィリピン、2716km)・GM(グアムーミッドウェイ、4821km)の三本については、1992年から継続して電位差観測を行った。GNは給電されており他の二本に比べてデータの質が悪いが、観測項目を増やし解析を工夫することで研究に使用できることがわかった。解析面では、GN・GP・GMに加えて、アメリカのグループと共同しHAW-1(ハワイーカルフォルニア、4000km)を用いた研究にも参加した。

 外部磁場による電位差変動の研究では、GN・GPの電位差とケーブルの両端に近い3点の地球磁場のデータにMT法を適用し、直交する二方向についてフィリピン海プレートの平均的な一次元電気伝導度構造モデルを求めた(図1)。GNから推定されたモデルは海底下に80kmの低電気伝導度層を示し、これまでに知られているプレートモデルと似ているが、GPから推定されたモデルは低電気伝導度層の厚さが300kmあり、低電気伝導度層とプレートのリソスフェアを対応させる考えからは受け入れ難い。GNとGPのモデルに現われた著しい違いは、3次元的な海陸分布を取り入れた薄層近似モデリング(Makirdy et al.,1985)と沈み込むスラブの影響を考慮した2次元モデリング(Utada,1987)で説明できることがわかった。すなわち、表層の海陸分布がGPの電場を歪め、一次元構造でみたときに低電気伝導度層を厚くする効果を与えていること、GNは海陸分布よりもスラブの沈み込みが影響していること、が示唆された。結局、GN・GP両方を満足するモデルとして、GNで得られたタイプのモデルにスラブを加えたものが、フィリピン海プレート海流による電位差変動の研究では、HAW-1の電位差からホノルルの磁場を参照して外部磁場による誘導分を取り除いて、3.6年分の海流による電位差変動を抽出することに成功した。取り出された電位差は、周期5〜130日にわたりECMWFによる海面上の風、圧力と太平洋上の広い範囲で最高0.8の高い相関を示した(図2)。これにより、従来数百km以下のケーブルでは海水の流量と電位差に比例関係があることが知られていたが4000kmのケーブルでも同様であること、北東太平洋で周期5〜130日の大規模な流れが直接的に風で駆動されていること、が示唆された。相関の高い地域・周期はデータの期間によって異なっており、地球規模の気候変動を捉えている可能性がある。HAW-1の解析から海流によって誘導された電位差変動が観測できることがわかったことは、海底ケーブルの今後の利用にとって重要な意味をもつ。というのは、(1)HAW-1の経路上には強い表面海流がなく海流変動のエネルギー自体が弱い、(2)長いケーブルでは空間的に平均されたものしか見えないため海流変動の小規模運動が捕えられず結果として信号が弱くなる、など条件としては不利だったからである。海洋変動でこのような長期間の連続データが得られたことはあまり例がなく、海洋物理学にとっても大規模海底ケーブルという新しい観測手段の可能性を示すことができた。

図表図1GN・GPケーブルから求められたフィリピン海プレートの一次元電気伝導度分布の電気伝導度分布として最適であることがわかった。 / 図2 HAW-1の電位差と太平洋上の(a)wind stress curl、(b)風の応力の東向き成分、(c)風の応力の北向き成分、(d)表面圧力とのコヒーレンス。コンターの最低値は0.4、間隔は0.1。
審査要旨

 本論文は、8章からなり、第1章で関連論文の紹介、第2章、第3章で観測とデータの基本的な性質を説明している。第4章では外部磁場変動による誘導分についての解析と解釈が行われ、第6章では海流による誘導分について記述されている。第5章と第7章はその他の成分(潮汐と永年変化)についての簡単なまとめである。

 本論文は海底同軸ケーブル4本を用いて地球規模(約3000〜5000km)で地電位差を測定し、外部磁場変動による誘導と海流による誘導に着目して、前者はフィリピン海の上部マントルまでの電気伝導度分布について、後者は北太平洋の大規模な海流と風の関連について、それぞれ述べたものである。本研究の一つの特徴は、太平洋の異なる場所で大規模な地電位差の連続観測を行い、十分な量のデータに基づいて詳しい解析を行ったことである。地震研所有の二宮〜グアムケーブル(2、700km,GN)に加えて、3本の他のケーブル(GP、GM、HAW-1)を用いて1〜4年の観測を実施しているが、始めの3本のケーブルについては論文提出者が観測面において大きく貢献した。長期観測を行ったことでデータの使用範囲を広げることができ、質の悪いデータも研究に使用可能なことを示したことに加え、大規模な地電位差変動では微弱と考えられていた成分を安定に取り出す手法を見つけた。近年、国際電話通信用の海底同軸ケーブルシステムが相次いで引退したことから太平洋を覆う地電位差観測網が実現しつつあるが、本研究の成果は今後この観測網を地球物理学的に活用する際の一つの指針を示している。

 本研究の主な結論は次のようなものである。

 1)外部磁場による電位差変動の研究では、GN・GPケーブルの電位差とケーブルの両端に近い3点の地球磁場のデータにMT法を適用し、直交する二方向についてフィリピン海プレートの平均的な一次元電気伝導度構造モデルを求めた。GNから推定されたモデルは海底下に80kmの低電気伝導度層を示しこれまでに知られているプレートモデルと調和的であるが、GPから推定されたモデルは低電気伝導度層の厚さが300kmあり、低電気伝導度層とプレートのリソスフェアを対応させて考える一般的なプレートモデルからは受け入れ難い。GNとGPのモデルに現われた著しい違いは、3次元的な海陸分布を取り入れたMakirdyらによる薄層近似モデリング(と沈み込むスラブの影響を考慮した歌田の2次元モデリングで説明できることがわかった。すなわち、表層の海陸分布がGPの電場をゆがめ一次元構造でみたときに低電気伝導度層を厚くする効果を与えていること、GNに対する海陸分布の影響はGPの場合よりも小さいこと、太平洋プレートの沈み込みが影響しているとすればGNの長周期成分に限られること、が示唆された。結局、GNで得られたタイプの一次元モデルがGN・GP両方を満足しフィリピン海プレートの電気伝導度分布として最適であるが、より深部ではスラブの沈み込みを考慮する必要があることがわかった。

 2)海流による電位差変動の研究では、HAW-1ケーブルの電位差からホノルルの磁場を参照して外部磁場による誘導分を取り除き、3.6年分の海流による電位差変動を抽出することに成功した。次に、海流を駆動する気象観測量とHAW-1の電位差の間に高い相関が見られることを見つけた。周期5〜130日にわたり、ケーブルの電位差はECMWFによる海面上の風、圧力と太平洋上の広い範囲で最高0.8の高い相関を示す。これまで西岸境界流域に設置された数百km以下のケーブルでは海水の流量と電位差に比例関係があることが知られていたが、強い定常流がない地域の4000kmのケーブルでも同様の現象があることが示唆された。また、相関の高い地域・周期はデータの期間によって異なっており、地球規模の気候変動を捉えている可能性がある。以上により、強い表面海流がない地域でもケーブルによって海流による電位差変動が観測できることがわかった。海洋変動でこのような長期間の連続データが得られた例は極めて稀であり、海底ケーブルの今後の利用に新しい可能性を示した。

 よって、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。

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