内容要旨 | | はじめに 霧島火山は南九州に位置し,大小20あまりの火山が集まった火山群である.火口または火山は主に北西-南東方向に並び火山列を形成している.歴史時代にも新燃岳,御鉢が噴火を繰り返し,最も最近では1959年に新燃岳が噴火している.また,1768年には,韓国岳北西麓で溶岩が流出し硫黄山が形成された.この様な活火山の下で地下のマグマ供給系がどのようになっているかを知ることは,火山学的に非常に興味のある問題である. 霧島火山では,電磁気探査(MT法)による地下構造探査が,精力的に行われている.これらの結果から,霧島火山の北部では深さ約10kmのところにマグマが存在し,新燃岳,硫黄山の下ではこれが部分的に数kmのところまで上昇している,また,南部の御鉢では,もっと深部からマグマが供給されている,といったマグマ供給系のモデルが提唱されている. マグマの存在は,地震波速度の減少および地震波減衰を引き起こす.このため,地震波速度および減衰構造を求めることで,マグマの存在に関する情報が得られる. 本論文では,霧島火山で観測されたやや遠地からの地震波を用いて,トモグラフィーにより霧島火山の地震波速度および減衰構造を求めた.さらに,速度および減衰構造の結果を総合し,また電磁気探査等の結果も考慮して,これらから考えられるマグマ供給系について議論する. 地震波速度構造 解析には東大地震研霧島火山観測所で展開している地震観測網の17点を用いた.また,解析に用いた地震は,1989年5月から1992年12月の間にこの観測網で得られた地震から83個を選んだ.震源から観測網までの距離は60kmから2200km,マグニチュードは2.5から7.8の地震で,これらから1190個のP波到着時を読みとり,データとして用いた.これらの地震は,観測網の差し渡しに比べて十分遠地から到来すると仮定され,観測点近傍では平面波入射,すなわち見かけ速度から定まる一定の入射角で火山直下に入射するものとした.この仮定のもとで到着時と震央距離から走時直線を最小二乗法で求め,観測値と計算値の差を走時残差とする.解析領域(霧島火山を含む24km×32km×深さ15kmの領域)を4km×4km×深さ5kmのブロックに分け,上記に得られた走時残差をもとにブロックインバージョンにより各ブロックの地震波速度異常値を計算した.このインバージョンにより求められた地震波速度構造は以下の通りである.インバージョンモデルの第3層目(海面下8kmから13km)の深さに霧島火山の火山列に沿うような形で周りより17%ほど地震波が遅い低速度異常領域が決定された.この場所は,電磁気探査の結果とも調和的である.また,第2層(海面下3kmから8km)では,火山体部分に顕著な速度構造はないことが分かった. 地震波減衰構造 地震波減衰構造にも速度と同様の観測網を用いて解析を行った.しかし,解析期間が異なるので若干観測点分布が変わっている.解析に用いた地震は,1994年8月から1995年7月までの期間に得られた地震41個で,震源からの距離は60kmから430km,マグニチュードは2.5から4.8で,これらから469個のP波初動部の振幅エネルギーを計算してデータとして用いた.振幅のデータはまずソースでの影響を取り除くため,各地震ごとにすべての観測点での値を平均したものとの比をとり,それにsite correctionと幾何減衰を補正して途中の経路での減衰の情報を取り出した.このデータをもとに速度構造を求めるときと同様なブロックインバージョンにより,各ブロックにおける減衰定数のこの地域の平均的な値からの偏差を計算した.計算に用いたブロックおよび解析領域は速度構造解析のものと同じである.結果は,第2層目(海面下3kmから8km)の火山体中央部直下に顕著な地震波減衰領域が見つかった.また3層目(海面下8kmから13km)も山体中央部の直下に先ほど見つかった低速度異常領域に対応する形で減衰領域が広がっていることが分かった. さらにバンドパスフィルターをかけて周波数帯を限った波形をデータとし,上記と同じ方法で減衰構造を求めることによりこの減衰構造(特に第2層目山体中央部の減衰領域について)の周波数依存性を見てみた.その結果,第2層目山体中央部の減衰領域は相対的に8Hz付近の周波数帯が選択的に減衰されている事が分かった.さらにこれを確認するために,この減衰領域を波線が通る地震波について初動部のスペクトル比(スペクトルをその地震の平均スペクトルで割ったもの)を計算した.これからも上記の減衰領域を通る地震波のスペクトルは,平均的なスペクトルに比べて,7Hz付近の周波数帯が選択的に吸収されていることが分かった.例えばこれは,7〜8Hzを固有周波数にもつ球状の共鳴体が存在し,それらが存在している領域を地震波が通る際に7〜8Hz付近の周波数帯域が共鳴エネルギーとして選択的に吸収されているというモデルで説明をすることができる.Fujita et al.(1994)では,無限媒質の中にある弾性体球の固有周波数を,その弾性球と周りの物理量に対して求めているが,彼らのモデルに今回の結果をあてはめると,共鳴体のP波速度を2.5km/s周りの岩石のP波速度を6.0km/s,周りの岩石と共鳴体内部の密度比を1から5であるとして,7〜8Hzを固有周波数に持つ共鳴体の半径は約200m程度であるという結果を得た. マグマ供給系 今回の解析で得られた速度構造,減衰構造およびそれらの特徴から霧島火山のマグマ供給系として次のようなモデルを提唱する(図1). 図4:霧島火山のマグマ供給系のモデル (1)インバージョンの第3層目(深さ8〜13km)の火山列直下では,低速度異常かつ地震波減衰領域となっている.これは,霧島火山の活動を担っている深部のマグマだまりに対応していると考えられる. (2)インバージョンの第2層目(深さ3〜8km)では,火山体中央部の韓国岳直下に減衰領域が存在している.さらにこの減衰領域は7〜8Hzの周波数帯域を選択的に吸収する性質を持っていることから,半径が200m程度の球状の共鳴体が存在していることが考えられる.深部のマグマが山体中央部で浅い所にまで上昇しポケット状に存在しているのであろう.またこの程度の大きさのため,減衰構造には現れたが,速度異常には現れなかったものと考えられる. (3)以上の共鳴体の直上には,1768年に溶岩流出を起こし現在も活発に噴気活動を行っている硫黄山がある.この共鳴体から硫黄山に高温の火山ガスなどが供給されているものと考えられる. |
審査要旨 | | 火山の地下でマグマがどのように供給されるかは,噴火のメカニズムを解明する上で最も基本的な情報である.ところが,マグマだまりや火道の場所,大きさ,状態などについて,現状ではきわめて乏しい知識しか得られていない.本論文では,やや遠地から到来する地震波を用いたトモグラフィーによって,この問題にアプローチし,特に地震波の減衰構造について,今までにない新しい成果を得た. 本論文は4章から構成され、第1章の序論では本論文が研究の対象とした霧島火山の概要とこれまでの研究のまとめが述べられる。霧島火山は,大小20あまりの火口を持ち,その中で活動的な火口は主に北西-南東方向に連なる.霧島火山の地下構造については,主に電磁気探査を用いた解析が行われてきたが,電磁波は地震波に比べて解像度が悪いため、地震波を用いた精度の高い火山体の構造の研究が待ち望まれていた。 第2章では地震波初動の到着時間を用いた3次元地震波速度構造の解析と結果が述べられる。本論文では,地震波トモグラフィーを用いた3次元構造解析が行なわれたが,その解析には,震源からの距離が100km〜1000kmほどの地震が地震波の発生源として用いられている.地震波の記録は,霧島火山観測所の定常観測点で得られたものである.やや遠地地震を使うことにより,近地地震を用いるトモグラフィーの長所と,遠地地震を用いる長所を兼ね備えた解析となっている.解析法は,従来の方法を改善して,論文掲出者自身が開発したもので,特に解の安定性に優れている. 解析の結果,マグマが存在すると考えられる霧島火山の比較的深部,地下約13kmまでの3次元地震波速度構造が,4km程度の空間分解能で明らかにされた.読み取られた初動データは,全部で1190個にのぼり,波線は解析領域内をまんべんなく通るように選ばれているため,計算された解の解像度は十分に高い.インバージョンの結果,地下約10kmの深さに,霧島火山の火山列に沿って,マグマ溜まりに対応すると考えられる地震波低速度異常領域が検出された.これは,電磁気探査により低抵抗領域として見つかっていた場所に対応している. 第3章ではP波振幅を用いた減衰構造の解析と結果が述べられている。霧島火山では,特定の方向から到来する地震波に顕著な減衰が起こることが以前から気づかれていたが,その原因の解明はなされていない.本論文は,この減衰を起こす領域の位置と状態を,初めて定量的に解析した.解析法は,バシドパスフィルターをかけて周波数帯を限った波形の振幅をデータとしてトモグラフィーを行うもので,論文提出者によって新たに開発されたものである.解析の結果,霧島火山中央部直下(硫黄山直下)深さ約5kmのところに,7〜8Hz付近の周波数帯を選択的に減衰する顕著な地震波減衰領域が見つけられた.7〜8Hz付近の周波数帯の選択的な減衰は,地震波形のスペクトルによっても確認された.この解析結果は,今までにない斬新な成果で,マグマだまりの物理的な性質を究明する極めて重要な手がかりを提供するものである. 第4章は地震波速度と減衰構造に基づいて、霧島火山の下のマグマ供給システムについてのモデルを構築している。減衰構造の解析結果を説明するモデルとして,本論文では,7〜8Hz付近を共鳴周波数に持つ球状の共鳴体が提案され,共鳴周波数から,その半径は200mと計算された.このモデルは,現在活動的な硫黄山の直下で,マグマがポケット状に分布することを示唆する.モデル自体にはまだ任意性が大きいが,地震波の減衰構造からこのような定量的なピクチャーを描くことは,今までほとんどなかったことで,火山の地下構造の研究が.物理的なモデルの構築に発展する可能性を示す先駆的な例となっている.地震波速度および減衰構造に基づいて,この論文で提案される霧島火山のマグマ供給系のモデルは,電磁気探査等の研究と整合的である.特に着目すべきことは,山体中央部直下に地下約5kmまでマグマが部分的に上昇している証拠が示されたことである.また,本論文で開発された解析法は,マグマ供給系を含む火山体の構造解析に適しており,他の多くの火山に適用が可能なであり、本論文の内容は火山学全般に大きなインパクトを与える可能性を秘めている. 以上述べた様に,本論文は,火山体の構造の研究として、霧島火山の構造を解明したことに加えて、新しい火山体構造の解析方法を考案したものであり、火山学の今後の発展にとっても大きな貢献をなすものである。従って、審査委員一同は本論文が,博士(理学)の論文として十分の価値のあるもの判断した。 なお,本論文第2章は,井田喜明氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となってデータ収集,解析および考察を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.また,第3章は,及川純氏・井田喜明氏との共同研究が出発点となっているが,この部分でも論文提出者が主体となって解析・考察を行ったと認められる. |