学位論文要旨



No 111691
著者(漢字) 襲田,一彦
著者(英字)
著者(カナ) オソダ,カズヒコ
標題(和) 置換1,4-ジシアノベンゼン誘導体を用いる光増感反応の制御
標題(洋)
報告番号 111691
報告番号 甲11691
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3055号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 小林,啓二
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 中村,栄一
内容要旨

 光増感反応は素反応過程の追跡や励起会合体の構造など物理化学的視野から詳細に研究が行われているものの、有機合成手法としての応用例は非常に限られている。筆者はキラルな1,4-ジシアノベンゼン誘導体を合成し、ジアステレオ選択的な不斉光増感反応の開発を試みた。また、種々の置換1,4-ジシアノベンゼン誘導体の合成法を開発し、これらを用いて光電子移動反応の効率化について検討を行った。

1不斉光増感反応の開発

 最近、不斉光増感剤を用いた不斉反応の開発が試みられているが、良い不斉収率が達成されている例はほとんど知られていない。筆者は、分子内に反応基質を保持できるような不斉光増感剤を開発し、これを用いて不斉光増感反応の開発を試みることとした。すなわち、キラルな光増感剤1に反応基質を共有結合により繋ぐことを考え、(R)-(+)-プレゴンより9段階でジシアノフェニルメントール誘導体1を合成した。

 

 次に光増感剤1と3,3-ジフェニル-2-プロペン-1-オールを炭酸エステル2へ誘導し、分子内光増感反応によるメタノールの付加反応を試みた。すなわち、ベンゼン-アセトニトリル混合溶媒中、室温で高圧水銀灯を用いて光照射(300nm≦hv≦320nm)したところ、anti-Markovnikov型付加反応が進行し、対応する炭酸エステル3が61:39のジアステレオマー生成比で得られることがわかった。

 

 さらにフェニルメントール誘導体1をクロトン酸エステル4へ誘導し、クロトン酸部分へのジアステレオ選択的な分子間光アミノメチル化反応を試みた。すなわち、4をジエチル(トリメチルシリルメチル)アミン(5)存在下メタノール-アセトニトリル混合溶液に室温で高圧水銀灯を用いて光照射(300nm≦hv≦320nm)したところ、光アミノメチル化反応が進行し-アミノエステル6がジアステレオマー生成比70:30で得られることがわかった。

 

 対照実験として、光増感剤として1,4-ジシアノベンゼン7の存在下フェニルメントールより誘導されるクロトン酸エステルと5との反応を、同様の条件で行ったが、生成物は得られなかった。このことから増感剤に導入されたアルキル置換基が、電子移動反応に大きな影響をもつことが示唆された。

2一重項光増感反応における1,4-ジシアノベンゼン誘導体の置換基効果

 光電子移動反応では反応基質から増感剤への電子移動は通常十分に速いが、増感剤のアニオンラジカルから反応基質のカチオンラジカルへの逆電子移動が副反応として存在するため、一般に反応効率は高くない。また、逆電子移動過程に関して、反応基質の置換基効果は報告例があるが、増感剤については詳細には調べられていない。筆者は先に見い出した電子移動反応における増感剤のアルキル置換基効果を詳細に検討するために、種々のメチル置換1,4-ジシアノベンゼン誘導体の合成法の開発を行った。1,4-ジシアノベンゼンの2位置換体の合成法として、1,4-ジシアノベンゼンのリチオ化を検討したところ、THF中-95℃でリチウム 2,2,6,6-テトラメチルピペリジドを作用させるとリチオ化が進行し、続いて種々の求電子剤を作用させると、2位置換1,4-ジシアノベンゼンが良い収率で得られることがわかった。

 

 また、ジおよびテトラメチル置換1,4-ジシアノベンゼンは以下のように合成できる。すなわち、メチル置換p-ヒドロキノンを出発物質として用い,このものをジトリフラートとした後、下記の条件下シアノ化を行うと、メチル置換1,4-ジシアノベンゼン9、10が良好な収率で得られる。

 

 次に、合成した種々の1,4-ジシアノベンゼン誘導体(7〜10)を増感剤とし、6,6-ジフェニル-1,4-ジオキサスピロ[4.5]デカン(12)の6,6-ジフェニルヘキサン酸メチル(13)への光開裂反応を試みたところ、顕著な置換基効果を見出すことができた。増感剤7を用いた場合にはエステル13の収率が25%であるのに対し、増感剤8を用いた場合には95%と向上した。また、光照射時間を3時間と短縮した場合、エステル13の収率は8、9を増感剤とするとそれぞれ43%、65%となり、モノおよびジ置換1,4-ジシアノベンゼンほど反応が速く進行することがわかった。これに対しテトラメチル-1,4-ジシアノベンゼン(10)を用いた場合、反応は進行しなかった。この理由として、10の励起状態での酸化力が十分ではないことが考えられる。

図表

 また、5-メチル-3-フェニル-2,3-デヒドロベンゾフラン(15)の光増感酸化反応を、種々の1,4-ジシアノベンゼン誘導体の存在下アセトニトリル-メタノール中で光照射下試みたところ、この場合にも増感剤のアルキル置換基効果が明らかになった。

図表

 この光増感剤のアルキル置換基効果として、反応基質から光増感剤への一電子移動過程の逆反応である光増感剤のアニオンラジカルから反応基質のカチオンラジカルへの逆電子移動が遅くなるために、反応が効率良く進行したと考えられる。

審査要旨

 本論文は2章からなり、第一章では不斉1、4-ジシアノベンゼン誘導体の合成とこれを用いる不斉光増感反応の開発の試み、第二章では置換1、4-ジシアノベンゼン類の合成法の開発とこれらを用いる光増感電子移動反応の効率化について検討を行った結果について述べたものである。

 第一章 不斉1、4-ジシアノベンゼン誘導体を用いる不斉光増感反応の開発の試み:光増感反応は素反応過程の追跡や励起会合体の構造など物理化学的視野から詳細に研究が行われているものの、有機合成手法としての応用例は非常に限られている。最近、不斉光増感剤を用いた不斉反応の開発が試みられているが、良い不斉収率が達成されている例は1、2例が知られているのみであり、反応の収率も低い。著者は不斉光増感反応を開発するための基礎的な知見を得るためにジアステレオ選択的な光増感反応を検討した。まず、分子内に反応基質を保持できるような光学活性な光増感剤として、ジシアノフェニルメントールを、(R)-(+)-プレゴンを出発原料として、新たに開発したMichael型反応を利用し、9段階、全収率30%で合成した。

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 続いて、ジシアノフェニルメントールの分子内に増感部位を導入して不斉光増感反応を試みている。すなわち、ジシアノフェニルメントールに3、3-ジフェニル-2-プロペン-1-オールを炭酸エステルとして繋いだ基質を用い、メタノール中光照射すると、反Markovnikov型メタノール付加生成物が61:39のジアステレオマー比で得られることを示した。

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 また、不斉光増感剤であるジシアノフェニルメントールに導入したラジカル受容体部位への不斉光増感アミノメチル化を試みている。その結果、ジシアノフェニルメントールのクロトン酸エステル部に対し、光アミノメチル化が70:30のジアステレオ選択性で進行することを明らかにした。

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 この光アミノメチル化反応の検討中、1、4-ジシアノベンゼンを光増感剤として用いた場合には反応が全く進行しないが、一つメチル基が導入された2-メチル-1、4-ジシアノベンゼンを用いると光アミノメチル化が進行するという、興味ある光増感剤の置換基効果を見出している。

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 第二章 光増感電子移動反応における光増感剤の置換基効果:第一章で見いだした光増感電子移動反応における光増感剤の置換基効果について、詳細な検討結果を述べている。従来置換1、4-ジシアノベンゼン誘導体の合成は一般的な合成法がなく困難であったが、著者は次の二つの優れた合成法を確立した。

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 次に、これら合成した各種置換1、4-ジシアノベンゼン類を用いて幾つかの光増感電子移動反応を検討し、光増感剤にアルキル置換基を導入するだけで、光増感電子移動反応の効率が上がることを見いだした。また、このアルキル置換基効果が光増感剤と反応基質との間の逆電子移動速度に起因することを明らかにしている。さらに、有機光増感電子移動反応の多くがMarcusの逆転領域に入っていることも明らかにし、アルキル置換1、4-ジシアノベンゼンがこれら光増感電子移動反応の光増感剤として有効であることを示している。

図表図表

 以上、第一章では、不斉光増感剤の分子内に増感部位や受容体を存在させるというアプローチによって不斉誘起の可能性を示し、また第二章ではアルキル置換光増感剤の光増感電子移動に対する有効性を明らかにし、電子移動反応の光増感剤の選択に重要な指針を提供している。これらの業績は有機合成化学の分野に貢献すること大である。なお、本研究は数名による共同研究であるが論文提出者が主体となって研究開発を行なったものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断する。従って、博士(理学)を授与できると認める。

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