審査要旨 | | 本論文は,7章から成り,第1章は概要であり,第2章の序論は,難溶性無機固体膜イオン選択性電極(ISE)の歴史と現状の問題点が述べられている.第3章は,フッ化ランタンとその関連化合物・水溶液界面における非化学量論的溶出とイオン選択的電荷分離との相関について論じている.第4章では,重金属フェロシアン化合物・水溶液界面におけるイオン選択的電荷分離と,それに基づくアルカリ金属イオン及びアンモニウムイオンセンサーについて論じている.第5章では,マンガン酸化物に基づくアルカリイオンセンサーの開発について記述している.第6章では,無機固体・水溶液界面でのイオン選択的吸着現象を,水晶発振子マイクロ天秤(QCM)により測定と解析を行い,また,その結果をもとに,電気伝導性のない無機固体膜を無機固体膜センサーに拡張出来ることを示している.第7章は,総合的結論が述べられている. 今までの無機固体膜型イオン選択性電極は,(1)目的イオン(固体構成イオン)の固体表面上への,選択的吸着量と膜電位量変化の定量的関係の実験的考察が成されていなかった.又,(2)難溶性無機塩を感応素子とする膜電位応答のイオン選択性は,一般に溶解度積に支配されている.更に(3)膜電位を測定するためには,電気(イオン)伝導性が必要であり,ISEの感応膜として適用しうる難溶性塩が極めて限定される,などの問題点があった.これらの問題点を解決するため,申請者は(1)水晶発振子マイクロ天秤(QCM)法のより,目的イオンと膜電位変化の同時測定を行い,固液界面での目的イオン(塩構成イオン)の吸着量と膜電位変化量の定量的関係の解析を行った.(2)膜電位応答が,溶解度積に支配されない無機化合物のイオン選択的膜電位応答機構の解明と,それに該当する無機化合物の検索を行った.更に(3)塩構成イオンの選択的単イオン吸着現象もしくは結晶成長過程を,より一般的な分析法として取り入れるため,QCM法で質量変化として情報変換する事を行った. 水晶発振子マイクロ天秤(QCM)による,目的イオンの選択的吸着量と膜電位応答の相関の定量的測定に関しては,その結果を,Gouy-Chapmann理論に基づき考察し,無機固体膜イオン選択性電極の膜電位が,目的イオンの選択的吸着によって生じる,溶液側の拡散電気二重層と固体表面の空間電荷層の電位差の和によって表わすことが出来ることを初めて実験的に示した.QCMに基づくこのアプローチは,電気伝導性に乏しい無機塩をQCM電極上に固定化する事で,固体構成イオンを検出できることを示唆しており,事実,申請者は,このことに気づいて,リン酸クロム,及び炭酸ランタンを感応素子としたリン酸センサー及び炭酸センサーを開発した.次に,種々の難溶性希土類及びアルカリ土類フッ化物の電解質水溶液への非化学量論的溶出を発見し,その結果をもとに,イオン選択的膜電位とバルクのイオン伝導性,イオン交換現象とを関連づけることを行った.同様な事を,重金属フェロシアン化合物,及びアルカリ金属イオンを包埋したマンガン酸化物で行い,やはり,固体構成イオンの非化学量論的溶出が,固体界面でのイオン選択的電荷分離にとって必須であることを明らかにした.この研究結果に基づき,重金属フェロシアン化合物系については,アルカリ金属イオンの電位応答識別が,膜電位応答により可能な事を示すだけではなく,アルキルアンモニウムイオン類に対し,イオンの大きさに基づく電位応答識別能を有していることを見出し,無機固体化合物で,直接有機物イオンが,膜電位応答識別出来ることを初めて示した.また,アルカリ金属イオン包埋マンガン酸化物系では,ナトリウムイオンに対するカリウムイオンの選択性が2000倍,また,カリウムイオンに対するナトリウムイオンの選択性が250倍という優れた電位応答選択性を示す固体膜イオン選択性電極がそれぞれ得られ,このアプローチによるカリウム及びナトリウムイオンセンサーの実用化の可能性が強く示唆された. 以上要するに,申請者は,(1)QCMを用い,AgI,Ag2S固体膜電極表面への選択的な目的イオンの吸着量と膜電位変化量を定量的に検証し,(2)フッ化ランタンとその関連化合物,重金属フェロシアン化合物,及びアルカリ金属イオン包埋マンガン酸化物について,構成イオンの溶解現象,イオン交換現象が,どの様にイオン選択的電荷分離現象を生起させているかを精密に検証した.又,(3)得られた結果により,重金属フェロシアン化合物を用いて,アルカリアンモニウムイオン類の大きさに基づく電位選択性を発現させる事ができた.アルカリ金属イオン包埋マンガン酸化物を用いて,各アルカリ金属イオン選択性電極を提案できた.更に(4)得られた結果を一般化するために,電気電導性がない無機化合物に拡張できるよう単分子吸着過程を,膜電位ではなく質量変化として情報変換する事を行い,それが可能な事を示した. 本研究は,分析化学にとって重要なものであり,博士(理学)取得を目的とする研究として十分であると審査委員会は全員一致で認めた.なお,本研究は,各章の研究が複数の研究者との共同研究であるが,論文提出者が主体となって行ったもので,論文提出者の寄与は十分であると判断する. |