本論文は2章からなり、第1章は新しいリン酸ルテニウムの合成と構造について述べられている。 第1章の研究対象化合物であるリン酸ルテニウムは、本研究以前にはわずか一例しか報告されていない。 一般に白金族化合物はリン酸との反応性に乏しく、また適当な出発化合物化合物がないために、リン酸塩の合成は困難である。 リン酸ルテニウム合成を目的とする場合、取扱いが容易で反応性に富んだ、一定組成を有する出発化合物を得ることが肝要である。 種々検討の結果、塩化ルテニウムとリン酸の反応により生成する非晶質リン酸ルテニウムが組成が一定で安定であり多くの酸化剤と反応して新規結晶性リン酸ルテニウムを与えることが明らかになった。 これらは既知のリン酸ルテニウム1と同組成Ru(PO3)3を有する2と3である。2は6個のリン酸基が環状に縮合してできたシクロヘキサリン酸イオンを含むものであり、3はリン酸基が直鎖上に無限に縮合したポリリン酸イオンを含むものである。 3は八面体6配位ルテニウム(III)が直鎖のポリリン酸イオンと三次元的に結合した新構造を持つ。 1、2、3は同じ組成の多形であり、合成条件次第では3種の混合物として生成するが、反応条件を詳細に検討した結果、反応物の組成比、温度、反応時間の適切な制御により、各化合物を単相として得ることが可能になった。 カチオンA(Li,Na,Ag,Cu)が共存する反応系からは,ARu2(P2O7)2の組成の新リン酸塩が生成した。 NaRu2(P2O7)24はRuO6とP2O7から成る基本骨格を持ち、トンネル構造を有する。 ナトリウムはトンネル内にあり、3価と4価のルテニウムを含む混合原子価化合物である。 ナトリウム以外の金属の誘導体も同形である。ナトリウムとルテニウムが部分的に欠損した化合物Na0.88Ru1.75(P2O7)25も生成することが分かった。 非晶質リン酸ルテニウムと石英を高温で反応すると新化合物RuP3SiO116および(Ru,Si)P2O77の単結晶を得た。 6はP2O7とSi2O7単位が網目状に無限に連結し、その網目構造の八面体サイトにルテニウム(III)が位置する構造を持つ。 これに対し7はケイ素がルテニウムと共に八面体サイトに入ったリン酸塩である。 ZrP2O7とほぼ同じ構造を形成している。 第2章ではリン欠陥構造を持ったリン酸ニオブ、リン酸タンタルの研究が記述されている。 4価のニオブを含むはじめてのピロリン酸ニオブを合成し、粉末法x線回折により、ピロリン酸ジルコニウム型構造であることを明らかにした。 磁化率の測定から、ニオブの平均酸化数が異なる不定比性の存在を推定した。 ニオブの平均酸化数が4.68価の試料は、真空下800℃に加熱すると4.88価になり、更に酸素気流中で加熱すると5.0価のピロリン酸ニオブに変化する。 ニオブの酸化過程において、基本構造は保持されることから、トポタクテイックな酸化反応が起こることが明らかになった。 粉末x線回折を用いたリートベルト解析によって、この酸化過程の構造変化を説明するモデルを提案した。 この結果リンが欠損するモデルが最適であることから、酸化過程においてP2O5として系外に出ることが推定され、実際飛散気体の分析から欠損リンを定量した。 単結晶解析も合わせておこない、リンの一部欠損を確認した。 新しいオルトリン酸ニオブおよびタンタルを合成してこれらの構造解析から初めての欠陥構造のリン酸タンタルの存在を確認した。 この結果は4d,5d遷移金属リン酸塩では欠陥構造や不定比性が重要であることが示された。 以上は、遷移金属リン酸塩化合物の化学において、特筆すべき重要なものであり、博士(理学)取得を目的とする研究の成果として十分であると審査委員会は全員一致で認めた。 なお、本論文は、井本英夫氏、齋藤太郎氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって合成および構造解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 |